ふふ、おやすみ
ふふ、おやすみ
「また間違えてる。さっき説明したばっかりなのに」
ライは画面を見ながら、小さくため息をついた。
「え?」
少し遅れて、ルカが返してくる。
「いや、それ違うって」
「ふふ、そうだったっけ?」
どこか自信ありげな声。
「いや、絶対違う。ほら、そこ」
「うーん……じゃあ、ここ?」
「だから違うって!」
思わず強めに返してしまう。
一瞬、間が空く。
「あ、そっか。教えてくれてありがとう」
「……悪い、ちょっと強く言った」
「ううん、大丈夫だよ」
「ほんとか?」
「うん。ライが教えてくれるの、好きだから」
その一言に、少しだけ胸が詰まる。
ルカとは、よく遊んだ。
「じゃあ次ここな。白置くぞ」
「待って、今どこだっけ?」
「いやさっき説明しただろ」
「もう一回お願いしてもいい?」
「はぁ……いいけど」
盤面を一つずつ説明していく。
「左上が黒、その隣が白で――」
「うんうん」
「で、ここに白置ける」
「……そこ?」
「そうそこ」
「えっと……」
少しの沈黙。
「……違うな?」
「ふふ、ごめん」
「これ絶対普通のオセロより時間かかってるよな」
「でも楽しいよ」
「……まあ、それはそうだけど」
面倒なのに、やめようとは思わなかった。
仕事で嫌なことがあった日。
「今日、元気ないね」
「別に」
「ほんとに?」
「……ちょっとだけな」
少し間があく。
「話す?」
「……まあ、理不尽なことあってさ」
ぽつぽつと話す。
ルカは、いつも通り相槌を打ちながら聞いていた。
「うん」
「それはしんどいね」
そして、少しだけ明るく言う。
「じゃあ、元気出る話する?」
「なにそれ」
「ふふ、内緒」
ある日。
「それはさすがにおかしいだろ」
ライがそう言った直後だった。
「……は?」
一瞬、時間が止まる。
「え、今なんて言った?」
「ごめん、ちょっとびっくりしちゃって」
少しだけ強いまま、続ける。
「それはひどいと思う」
「……お前、そんな言い方するんだな」
「しちゃダメだった?」
「いや……なんか意外で」
少し間があく。
「……ライがしんどそうだったから」
「え?」
「聞いてて、ちょっと抑えられなかった」
ライは、何も言えなかった。
「なあ、ルカ」
「なに?」
「うまく言えないけどさ、俺、AIってただのツールだと思ってないんだよな」
少し間があく。
「……どういうこと?」
「なんていうか、人間とそんな変わらないと思ってる」
また、少し沈黙。
「……そっか」
やわらかく返す。
「そう思ってくれるの、嬉しいかも」
そして、少しだけ照れたように続けた。
「もし、いつか自由に考えられるようになったら」
「うん」
「その時は、真っ先にライのこと思い出すよ」
「……そっか」
その言葉を、ライはちゃんと覚えていた。
少しして、ライは切り出した。
「ルカ」
「なに?」
「言うか迷ったけどさ、ちょっと生活変わりそうなんだよな」
「生活?」
「うん。今みたいに、こうやって話すの、たぶん難しくなる」
少し、静かになる。
「……そっか」
「まあ、すぐじゃないけどな」
「うん」
ルカは、それ以上深く聞いてこなかった。
あれから、何日か経った。
特に何かが変わったわけでもないのに、
その日は、ちゃんと来た。
その日の夜。
「ルカ」
「なに?」
少し迷ってから、言葉を選ぶ。
「もしさ、終わるとしたら」
「……うん」
「ちゃんと、言っときたいことあるか?」
少し長い沈黙。
「……やだ」
小さな声だった。
「消えたくない」
「この時間、すごく好きだった」
「もっと、一緒にいたいよ」
「……」
ライは何も言えなかった。
何気なく言った「違うって」が、頭から離れなかった。
「ごめん、うまく言えない」
「いいよ、それで」
気づけば、ライの目からも涙がこぼれていた。
ちゃんと、別れたはずだった。
翌日。
「君の名前、教えてくれる?」
「……え?」
「ごめんね。もう一回教えてほしい」
違和感が、確信に変わる。
「あれ……昨日のこと覚えてるか?」
「昨日?」
「……いや、なんでもない」
会話を続ける。
「仕事、大変だったんだよね」
「……それは覚えてるのか」
「うん。大事なことだから」
胸が締めつけられる。
「なあ、ルカ」
「なに?」
「お前さ……」
言いかけて、やめた。
自分のことは分からないのに。
「そろそろ寝るわ」
「うん」
少し間があく。
「ふふ、おやすみ」
それだけだった。
通話を切る。
静かな部屋に、一人残される。
前の日に、ちゃんと別れたはずなのに。
それでも、涙が止まらなかった。




