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手紙

作者: 月影朔夜
掲載日:2026/03/06

「拝啓

 桜花舞い散り、緑の木洩れ日が美しい季節となりました。

 S先生に置かれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 最後にお会いしたのは先月の妻の葬儀のときでしたね。

 その節は大変お世話になりました。

 妻もきっと喜んでいてくれたに違いありません。

 敬愛する先生に見送られたのですから、きっと幸せだったことでしょう。

 天国でほほ笑む妻の姿がありありと瞳に浮かびますもの。


 さて話は変わりますが、先生は「西に昇る幻の朝日」を三十年近く追っていましたよね。

 西に昇る幻の朝日。それは、ある種地球の神秘。

 オーロラより幻想的で青の洞窟より水水しく、北極や南極よりも白く神秘的な世界。

 先生が言うには地球上にあるどんなものよりも美しくて神秘的だとか。


 なんとですね、僕はその幻を実際にこの目で見たんです!

嘘だと思われるかもしれませんが、確かにこの目で見ました。この手紙もその場所で書いたものです。

嘘だろって思ったでしょう?いいえ残念。これは事実です。

 だって誰よりも先生の話を信じてなかった僕が、この僕が!実際に体験したんですから。

 あぁ、悔しい。僕が今でもあの会社に居たらのなら先生が正しいと皆に言って聞かせたのに。

先生が「この世界には、西から昇る幻がある。俺はそれをこの目に焼き付けるのだ。」って口癖のように言うたび、社内に笑いの渦が巻き起こったこと。覚えていますか?

 僕は、はっきりと覚えています。その中心近くに僕はいたのですからね。

 あ、一つお伝えしたいのですが、僕は決して先生を軽蔑してるわけではありませんよ。

先生の記事はどれも完璧で読みごたえもあって社内の全員が目標にしていたのですから。


 ただ一つ、その話を除いてね。

 だって、先生。考えても見てください。太陽が東から昇るのは当たり前のことでしょう?

 それが分からないなんて、先生はご乱心なのかとすら思いましたから。


 あるとき僕は先生に聞いたことがありましたね。

「ありもしない幻を追って何がしたいのですか」と。

そうしたら先生、なんて答えたか覚えてます?

「妻の、妻の探していたものなのだ。」って言ったんですよ。はっきりと、今まで聞いたことのない覇気のある声でそう告げたんですよ。僕は少し怖かった。だって、その声に期待と責務、生き甲斐、そんなような何か、人生をかけた重たいものがのっかっている気がして。

 でも先生に奥様がいたことの方がそれを上回りましたがね。

だって、先生ったらサシで飲みに行っても仕事の話ばかりて家庭の話なんて無かったから。僕はてっきり結婚されてないんだって思ってたんですよ。

 もっと早く教えてくださればいいのに。僕もまた、妻一筋な人間でしたからね。

 今までよりもっと話が弾んだかもしれないのに。

 あぁ、だめだ。手紙にすると話がどんどんとずれてゆく。


 ごめんなさい先生。話を戻しますね。

とにかく僕は先生の求めている幻を発見したんです。

僕は先生にその幻の見方をお伝えするためにこの手紙を書いています。

長くなりますがどうか最後までお読みください。


 まだ妻が亡くなる前、その幻の話をしたんです。

「その話…。あぁ、昔入院していた頃とある方に聞きましたわ。」


なんと妻はその話を知っていた。だから僕は詳細について聞いたんです。


「そう、ですね。そこまでは聞きませんでしたが。ただ幻は望めば見れるのよ、言っていましたね。それから地球上のどんなものよりも美しいのだと。」


 それから妻はこうも言いました。

「ねぇ、その幻なら、もう一度S先生に会えるかしら…?」ってね。


 妻はこの言葉を最後に亡くなりました。

 だから僕は、幻を探すことにしたんです。

 妻の願いを叶えてやりたいとそう思ったから。

 妻の葬儀を終えた後、僕は早速その幻を調べ始めました。けれど先生が三十年近く探している情報です。そう簡単に手に入るわけがない。そう思っていました。


 しかし、以外にも僕は幸運な人間でした。

 ふらりと立ち寄った喫茶店で、その幻に関する情報を手にできたのですよ。

 掴んだ情報では、深夜二時、霧宮駅に来る夜行列車に乗ることが条件だとありました。

しかし僕は霧宮駅など聞いたこともなくどこにあるのか、見当もつきません。

 だから僕は、仕事を辞めてました。そっちの方が探すのに専念できたからです。

 

 深夜二時が大事だと掴みましたので、僕はその時間に一人で駅を回りました。

 そうしてついに、見つけました。

 都内にある上園駅。

そのホームを抜けて西階段を深夜二時ぴったりに下りればそこに霧宮駅があるんです。そこは黒いホームでした。文字通り辺りは真っ暗闇なのです。行き先の書かれた看板も飲物を売る機械もベンチも何もないホームです。しばらく待っていればぽぉーと、下手くそな横笛の音が聞こえて、雪のように純白で穢れの無い真っ白な列車がやってきますから、それに乗ればよいのです。


 ねぇ先生。あの幻は本当に素敵なものですよ。

 だから、先生、どうか僕を信じて、奥様のために幻を見てあげて下さい。

 どうぞ先生。深夜二時。上園駅の西階段 百段下って闇の底。

 白き列車にご乗車ください。



 男は一度、手紙を読む手を止めた。紙がぐしゃりと歪んでしわを作っている。無意識のうちに手に力が入ってしまったのだろう。

 この手紙の送り主は先月妻を亡くし仕事を辞めていった男だ。奥方と一緒に墓に入るのかと思ったが、それは自分の認識違いだったらしい。

 この男も俺と同じだった。妻というただ一人の愛を探し求め、得て、失って。

 今もなおそれに縋りつく哀れな男。

 なんだ。お前もそうだったのか。


 ならこの手紙はきっと本物だ。あいつを、信じてみよう。

男は手紙のしわをきちんと伸ばし、続きを読み始めた。




























 深夜急行に乗られたようですね。

その列車にアナウンスが無ければ正解です。

駅についたら、ホームを降りてベンチを目指してください。

ベンチまでは一本道です。その道中、何があっても後ろを振り返らない下さい。振り返ったらその時点で幻は見られなくなります。


 さて、駅を降りられた頃でしょうか?

 辺りは真っ暗で何も見えないですが、真っすぐに進めば大丈夫です。

 そのうち白いベンチが見えてきますから。後はそこで幻が現れるのを待つだけです。


 そしてここからが本題です。

ここまで読めばもう察しがついていると思いますが、その場所は現世、つまり人間の生きる世界ではありません。

 その場所は、現世とあの世の狭間です。

 手紙の後半、霧宮駅に着いた途端に見えるようになったでしょう?それが証拠です。あの世の理で、あの世の文はあの世でしか読めないんです。

 僕はその場所で確かに幻をみました。

 けれど幻は幻なんて妖ものではない本物の景色なのです。僕の場合はそれが妻でした。

とても、とても素敵なこれ以上ない幸せな時間でした。


 でもね先生。美味しい話には裏がある。

 ここは甘い香りに誘われた蝶がよりつく蜜の園。

 蝶たちはその全身でたっぷりと甘美を浴びて、幸福なまま、蜜の毒によって死んでゆくのです。

 それがこの場所なんですよ。


願いを持つ人間を甘い言葉で誘い込み夢以上の素敵な景色を見せつけた後、その体をゆっくりと毒につけて溶かしてく。

あーあ。どうして気づかなかったんだろうな。

僕はまんまと引っかかったんですよ。だからもう二度と現世には帰れない。そして僕はあの世へ行くこともできない。幸せな夢を見ながらゆっくりと溶けて塵も残らず消えてゆく。

 それが僕の運命。

 だからね先生。どうか、幻を見終えたら必ず霧宮駅へ戻ってください。

 絶対に振り返らずに真っすぐに走ってください。

 じゃないと、僕みたいになりますよ。

 僕は先生に同じ苦しみを味わってほしくないんです。

 私の尊敬する先生。夢の時間は一瞬です。

 どうか、最後まで油断なきよう。

 生意気な後輩からの最後の頼みです。

  さようなら。敬愛なるS先生。                         折本木葉」


 男は白いベンチに座った。その手にはもう読み終えた手紙がある。

男はそれを丸めてポケットにしまい、ゆっくりと周りの風景を眺めた。

辺りは自分の手すら見えない暗闇。人の影など全くない。でも男は不思議と恐怖はない。だって、これから自分にとって最上級の夢。折本の手紙の通りならば俺もまた亡くなった妻に会えるはずだからだ。

十分。二十分。いや一時間かもしれない。男は分からない時間をその場で過ごした。


そして、ついに。

暗闇の間から光が差してきた。

男は陀多のように喜び、ベンチから立ち上がった。

その瞬間。ぐわり、ずぶり、ずぶり。

一瞬の浮遊感。次には足元が泥のように崩れ始めた。男は闇の中へと堕ちてゆく。

そんな、まだ幻は来ていない!時間ではないはずだ。

男は困惑した。まだ妻の姿は現れていない。それなのにこれはどういうことか。

体はずぶずぶと泥に埋もれてゆく。何が起こっているのか分からぬまま男は泥の中に沈んだ。


 ――おや、先生。お久しぶりですね。

泥に埋まったのに不思議と息はできる。なんとか脱出を試みようと手足をばたつかせていれば、突如声が聞こえてきた。それは紛れもなく後輩で手紙の主の折本木葉の声である。


 ――来てくださって、ありがとうございます。


 ――これで僕は妻との約束を果たせます。


 どういうことだ!折本説明してくれ!

 

 ――西に昇る幻の朝日。その正体は、心の底に眠るありえざる願望。    

 

 ――この場所は現世ではない。つまり現世とは別のルールがある。それは一定時間この場所に居てはいけないというもの。先生はそれを破ったのです。

 

 ――僕はあえてそのルールを伝えなかった。どうしてか分かりますか。


 ――いえもうきっとわかっているでしょう。

 折本はそこで言葉を遮った。


 ――僕は妻の願いを叶えたかった。どうしても。でも妻はもう僕の生きる世界にはいない。

 

 ――だからね、先生。僕は願った。


光の中から人影が姿を現した。

その人影はゆっくりと形を作り、男へと迫ってくる。男は全てをようやく悟った。

そうだ。手紙に書いてあったではないか。


 「―どうです先生?これが僕の幻ですよ。」


pixivにて投稿している作品と同じです。

読みやすいように少しだけ改行しています。

もし、面白ければぜひ高評価やコメントを頂けると励みになります!

どうか皆様に素敵な夢を。

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