全員「派遣社員」の勇者一行、魔王との決戦中に定時退勤する 〜あとは勇者派遣センターにお問い合わせください〜
「ハァ……、ハァ……。これで、終わりだ……!」
魔王城最上階、天を衝く玉座の間。
勇者は膝をつき、ひび割れた聖剣を杖代わりに、眼前の巨躯を睨みつけた。
鎧は砕け、額を流れる血が視界を赤く染めている。
「勇者様……、もう、魔力が……」
「勇者、すまねぇ……、俺の斧も、ボロボロだ……」
背後では僧侶が祈りの姿勢で涙目に、戦士は折れた武器を握りしめて天を仰いでいる。魔法使いにいたっては、魔力枯渇(MP切れ)で白目を剥いて床に転がっていた。
満身創痍。まさに一歩も引けない絶体絶命の最終局面。
「クハハハハ……! 見事だ、人間どもよ! だが、我が真の絶望はここからよ!」
魔王が咆哮した。
どす黒い魔力が渦を巻き、その肉体がさらに巨大に、禍々しく膨れ上がっていく。
これがいわゆる、歴史に刻まれるであろう『魔王の第二形態』。勇者一行が命を賭して、愛する者たちを想い、奇跡を起こして打ち勝つべき、クライマックスの場面――。
ピピピピ。ピピピピ。
その時、静寂と緊張に包まれた戦場に、あまりにも場違いな電子音が響いた。
勇者が血まみれの手で懐から『魔法の端末』を取り出す。アラームを止め、画面をスワイプして時刻を確認した。
「……あー、はいはい、そっか」
勇者の瞳から先ほどまでの熱い使命感がスーッと引いていく。
彼はスッと立ち上がると、聖剣を鞘に収め、パタパタと手で鎧の埃を払った。
「戦士さん僧侶さん、お疲れ様です。17時になりました」
「おー、やっとか。お疲れー」
「お疲れ様です。最後ちょっと押しちゃいましたね。僧侶さん、魔法使いさん起こしてあげてください」
「分かりましたー」
瀕死だったはずの戦士がひょいと立ち上がり、僧侶は事務的な手つきで魔法使いの頬を叩き始めた。
「な……!? 貴様ら、何を……!? 恐怖で狂ったか!?」
あまりの展開に、変身の途中(背中から翼が生えかけている状態)で、魔王がポカンと口を開けて固まっている。
「あ、魔王さん。申し訳ないんですけど、我々定時になったので帰りますね」
勇者はビジネスマン特有の『申し訳なさを1ミリも感じていない会釈』を魔王に向けて放った。
「待て待て待て、おかしいだろ!?」
魔王の叫びが静まり返った玉座の間に響き渡る。
背中からはみ出しかけていた禍々しい翼が、困惑のあまり中途半端な位置でプルプルと震えていた。
「『定時』だと!? 今、我は第二形態に変身している最中なんだぞ!? 傷も全回復して、ここからが本当の地獄……、いわば後半戦のスタートなんだぞ!」
魔王の必死な訴えをよそに、戦士は肩を回してコリをほぐしている。
「あー、おつおつー。勇者、王都の居酒屋『のみの塔』さ、18時までハッピーアワーやってんだよ。移動魔法使えば余裕で間に合うんじゃね?」
「そうですね。生ビール半額はデカいです」
勇者は淡々と答えながら、魔法の袋から水筒を取り出して喉を潤す。
「魔法使いさーん、起きてくださーい。タイムカード、アプリで切っておきましたから。直帰扱いにしときますねー」
僧侶は白目を剥いていた魔法使いを、慣れた手つきで蘇生(物理的なビンタ)して立たせた。
「……えっ、……何? ……もう終わり? ……残業?」
「いえ、定時です。さあ帰りましょう」
つい先程まで命のやり取りをしていたはずの勇者一行に、急速に漂い始める「仕事終わりの開放感」。魔王は浮いた右拳のやり場に困り、おずおずと口を開いた。
「いや……、あの……、我、全回復したんだけど。フルパワーなんだけど。これ、どうすればいいの?」
勇者は「あー、それね」という顔で、懐から古びた羊皮紙――契約書を取り出し、魔王に突きつけた。
「魔王さん、これ見てください。我々が王国と結んでいる『勇者派遣契約書』の第12条のところです」
「契約書……?」
「ええ。『労働時間は8時から17時まで。休憩1時間。休日出勤、および時間外労働は別途、王国の国庫より特別手当を支給するものとする』……。で、ここが重要なんですけど、王国の担当者に念押ししたんですよ。『魔王さんが第二形態になったら残業代出ますよね?』って。そしたらなんて言ったと思います?」
魔王は巨大な指で契約書の細かい文字を追いながら尋ねた。
「……何て言ったんだ?」
「『今月、勇者の派遣予算もう無いから、あとは気合いで頑張って』、だそうですよ。これ、完全な契約違反っすよね」
勇者が深いため息をつく。
「というわけで、ここから先の『第二形態との戦闘』は、我々にとって完全に『サービス残業』になるわけです。コンプライアンス的にアウトですし、何より無報酬ではやる気も出ません。なので、あとのことは勇者人材派遣センターの方に問い合わせてもらえますか?」
「いや、それ、我に言われても困るんだけど! 我、一応ラスボスだよ!? 問い合わせるとか、そういうのないから!」
魔王の必死なツッコミは、もはや悲鳴に近いものだった。
その時空中に巨大な『魔法の鏡』が浮かび上がる。
映し出されたのは、王都の安全な執務室で優雅にワインを傾けていたはずの王国の宰相である。
『待て待て待て! 勇者よ、何を勝手に帰ろうとしているのだ! 魔王の変身が終わったところではないか!』
宰相が、鼻の頭を真っ赤にして叫ぶ。
「あ、宰相さん。お疲れ様でーす。ちょうど今、業務終了したところです。俺たち直帰しますのでー」
『何をふざけたことを! 世界の平和はどうなるのだ! ここで魔王を倒さねば人類は滅びるのだぞ!?』
その言葉にそれまで黙って帰り支度をしていた僧侶が、氷のように冷たい視線を鏡に向けた。
「……宰相様。それ、俗に言う『やりがい搾取』ですよね? 『世界のため』と言えば、私たちが無給で労働力を差し出すとお思いですか? ちなみに、前回のワイバーン戦の深夜手当、まだ振り込まれてないんですけど。早く経理に確認してもらえます?」
『そ、それは……、救国の英雄に対して、金の話など……』
「……こちとらMP限界なんですよ」
魔法使いが虚ろな目で鏡に詰め寄る。その手には、震える手つきで書き殴られた『労働実態記録帳(血染め)』が握られていた。
「昨日の宿屋での平均睡眠時間、3時間。その間も魔王軍の夜襲対応。これ、冒険者ギルドのコンプライアンス委員会に報告しておきますね。あ、ついでにSNS(思念拡散魔法)で拡散もしておきます」
『ひっ……! ま、待て、話し合おう!』
その光景を中途半端な姿で浮いていた魔王が、なんとも言えない複雑な表情で見守っていた。
「……いや、お前らも大変なんだな」
魔王がふっと魔力を解いて床に降り立った。巨躯から漏れるのは、殺意ではなく、深いため息である。
「実は我もさ……、四天王の連中が『有給取らせろ』とか『魔王城の冷房が効かない』とかうるさくて……。部下のシフト管理だけで一日の大半が終わることもあるのに。この変身だって本当はやりたくないんだよな。こんなの演出上の過剰労働だぞ……」
「えっ、魔王さんも管理職の苦労あるんですか?」
戦士が少し同情したような声を出す。
「あるに決まっている! この魔王軍、実は世襲制じゃなくて完全実力主義だから、ちょっと実績(虐殺数)が落ちるとすぐに株主……じゃなかった、古参の魔族たちがうるさいんだよ。我だって本当は、魔王城の地下で一日中スライムの動画でも見ていたいんだ……」
「……すごく、わかります」
勇者が魔王の肩にそっと手を置いた。
数分前まで殺し合っていた二人の間に、種族を超えた『労働者としての絆』が芽生えた瞬間だった。
『貴様ら! 魔王と馴れ合ってどうする! 早く戦え! これは王命だぞ!』
鏡の向こうでギャーギャーと喚く宰相に対し、勇者は「あー、聞こえなーい」という顔で、通信魔法の電源を物理的に叩き切った。
「それじゃ、魔王さん。そういうわけなんで、失礼しまーす」
勇者は事務的な一礼をしてから、思い出したかのように魔王へ告げる。
「あ、そうだ。俺ら来週から溜まってた有給を全部消化するんで、一ヶ月くらい連絡取れなくなります。もし明日以降、続きをやりたければ人材派遣センターの方に言ってください。引き継ぎは新人の『勇者候補生』にしておきますから。……あ、彼らは確かまだレベル5なので、その時はお手柔らかにお願いしますね」
「レベル5って……、お前、我の第二形態にスライムぶつける気か?」
困惑する魔王を気にもせず、勇者たちは魔法使いが発動させた移動魔法の光に笑顔で包まれる。
「みんな、お疲れ様でしたー」
「居酒屋、生ビールへ急げー!」
「仕事終わりの一杯楽しみー!」
勇者一行は清々しいほどの爽快な表情で光の中に消えていった。
後に残されたのは、誰もいない静まり返った玉座の間。
そして、無理な変身のせいで筋肉がパンパンに膨れ上がり、もはや一人では服も着られそうにない、ムキムキで孤独な魔王だけだった。
「……さて」
魔王は、通信が切れて真っ暗になった魔法の鏡(の向こう側にいるはずの宰相)に向かって、ボソリと呟いた。
「これ、我の変身が解けるまで待ってくれるのか? それとも、今からこの筋肉で王都まで殴り込みに行った方がいいのか?」
鏡の向こうから、ガタガタと歯の根が合わない音が聞こえてきた。
――数日後。
魔王城のポストに、一通の封書が届いた。
差出人は『アベンジャーズ・エージェンシー(勇者人材派遣センター)』。
中に入っていたのは一枚の書類だった。
『【御見積書】魔王討伐・業務延長パック(プレミアムプラン)』
そこには王国の国家予算を軽く三回は吹き飛ばすような、目が飛び出るほどの金額が並んでいる。
そして備考欄には、丁寧な筆致でこう書かれていた。
「※担当勇者の有給消化期間につき、特急料金として+300%加算しております。なお、魔王様が自ら『討伐され役』としてご協力いただける場合は、法人割引の適用が可能です」
魔王はその見積書をじっと見つめ……。
やがて、手元のペンで『不承諾』のサインを入れた。
「……やってられるか。我も転職活動しよう」
その後、魔王城の正門には『当面休業』という看板が掲げられ、世界には、ある意味で非常に平和な、そして極めて事務的な静寂が訪れたのであった。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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本作はサービス残業中に脳内で現実逃避して生まれた結晶です。定時上がりは最高!




