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EP19・堕天使の翼

床に落ちていた己の魂の半身──ルシファーズ・ハンマー。 おもむろに、それを拾い上げる。


カチャリ。 冷たい金属音が、静寂のなかに、反撃の狼煙のように響き渡る。


ジュリエッタの顔に、侮蔑の笑み。 最後の悪あがきだと、心底楽しそうだ。


「あららぁ~? いいのかしら、そんなことをして。貴方が最も大事にしている、愛しのアーシェちゃんが、どうなっても?」


返答は、無言。 答えは、一発の弾丸。


低く、重い銃声が炸裂する。


「ちっ……!」


ジュリエッタの舌打ち。 放たれた弾丸は、影蝙蝠となって霧散した虚像を穿つだけ。手応えはない。


だが、隻眼に宿る光は、もう消えかけた『灯』ではない。 仲間の熱い想いを薪とする、揺るぎない『復讐の炎』。再び燃え盛る。


ジュリエッタは悟る。言葉の毒では、もうこの男は堕とせない。


(おのれ……! あともう少しだった……!) (いや、この絶望に酔いしれ、余韻に浸り過ぎた、わらわの失態か……!)


遊戯の色は消え去った。 残るは、獲物を確実に仕留める、処刑執行人としての純粋な殺意。


「──ならば、貴様ら全員、ここで死ねぇっ!!」


ジュリエッタの絶叫と共に、地下墓所の闇が、殺気に呼応するように揺らめいた。 身体から、血のように赤い花弁が無数に咲き乱れ、噴水のように舞い散っていく。


「まずいわ!」


レネが叫ぶ。 即座に両手を広げ、空間そのものを歪ませた。 三人を包む無色の球体──『重力レンズ』の防壁。


しかし、遅い。 血の花弁は一瞬で墓所全体に広がる。壁も、床も、天井も、全てが毒々しい赤に染め上がった。 バリアの周囲を覆い尽くすように、増殖する花弁。


摩擦音。 重力の壁が、不快な高音を立てて火花を散らす。 花弁が、バリアの表面を物理的にではなく、概念的に浸食している。


「何だ、これは!?」 神狼フェンリルすら、黄金の瞳に焦りを浮かべる。 「まずいぞ、これは!」


三人を取り囲む血の花園から、ジュリエッタの楽しそうな声が響く。


「どうかしら? わたくしめの『血の花園』は」 「もちろん、人間の貴方たちがその花弁に触れれば、たちまちに拒絶反応を起こして、お亡くなりになりますわ!」


声は、壁からも、床からも、天井からも、同時に聞こえる。 この空間そのものが、彼女の体内テリトリー


「故に、人はわたくしの事を、『花葬のジュリエッタ』と呼びますのよぉ~……」 「あははははははははッ!!!」


狂った高笑いが、血の花に閉ざされた絶望の空間に反響する。


レネは左手でバリアを維持する。右手で花園の主を捉えようと、重力操作を試みる。 だが、血の花弁は無限に増殖し、ジュリエッタの気配を覆い隠す。


本体は、有効射程の僅か数メートル外側。 魔法ではない毒気。俺の『破魔の肉体』ですら、生物的な毒やウイルスへの耐性はない。


じりじりと浸食されるバリア。外は、触れれば即死の毒の園。 完全なる詰み(チェックメイト)。死の影が、喉元まで迫る。


『──身の程を知れ、夜の眷属如きが』


神狼フェンリルが、天を仰ぐ。 その咆哮は、単なる獣の唸りではない。 物理法則をねじ伏せ、世界を書き換える、神の詠唱。


『神狼の蒼炎よ、全ての穢れを焼き払え!』


それは、内に秘めた神聖なる力の解放を告げる、反撃の狼煙。


足元の影から、蒼炎の幻影狼の群れが、泉のように創り出される。 数十、数百。その数は無限に膨れ上がる。


幻影狼たちは、身に宿す神聖な熱で、周囲の血の花弁を焼き払い、進路を確保する。 驚くべきことに、その蒼い炎は、仲間には一切の害を与えない。


瞬く間に、地下墓所は絶望の赤から、希望の蒼へと塗り替えられる。 血の花園を燃やし尽くす、広大な蒼炎の海。


だが、炎の中から、ジュリエッタの高笑い。


「きゃははははっ! 見事な番犬だこと!」


炎が晴れる。そこに彼女の姿はない。 天井に、壁に、床に、無数の蝙蝠の影が蠢いているだけ。


(……逃げられたか)


ルシファーズ・ハンマーを構え直す。忌々しげに舌打ち。


厄介なのは、あの影蝙蝠の霧散化だ。 時戻し? 時の静止? どちらも確実性に欠ける。 ジュリエッタは正体を知る。手の内も研究済み。霧散化のタイミングを完璧に読まなければ、《天の法》すら無駄弾。


一瞬、脳裏に浮かんだ、かつての戦場。 (ロアンのジャミングがあれば……ベルゼの広範囲魔法で焼き払えれば……)


過去を断ち切れない自分への嘲り。


(否、いけねぇ。未練たらたらだ)


そうだ。もう、あの頃とは違う。最強の仲間は、もういない。 だが、孤独でもない。


背後には、俺を信じ、共に戦う仲間がいる。 蒼炎を操るフェンリルと、息を切らしながらも毅然と立つレネ。 その姿を、隻眼に焼き付ける。


(今は、フェンリルとレネが、俺のチームだ!)


過去への未練が消える。残るは、冷徹な「知略」のみ。 新たな作戦を組み立てる。 答えは一瞬で見つかった。


ルシファーズ・ハンマーを構えたまま、背後の二人に告げる。


「レネ」 「……はい」 「お前の力で、俺を『持ち上げ』続けられるか? ただ浮かせるだけじゃない。俺が望む座標へ、縦横無尽に」


瞬時に理解した。瞳に覚悟の色。 「……無茶を言いますね。ですが、あなたという『質量』一つを操るだけなら……やってやります!」


次に、神狼へと視線を移す。


「フェンリル」 『うむ』 「その蒼炎、俺の弾丸に宿せるか」


神狼は、答えの代わりに静かに足元へ歩み寄る。 巨大な口を開き、凝縮された蒼炎の息吹を、構える魔銃の弾倉へと、そっと吹き込む。


カチャリ。 シリンダーが戻される。隙間から覗く弾丸は、内部から神聖な蒼い光を放っていた。


『我が魂の一部だ。存分に使うが良い』


準備、整う。 口の端に、猛々しい笑みを浮かべる。


「──ショータイムだ」


次の瞬間、身体が、ふわりと宙に浮く。 レネが全神経を集中させ、重力を操作し始めたのだ。


「きゃはははっ! 何のつもりかしら、飛べない鳥が空を夢見たところで……!」


天井の闇から、ジュリエッタの嘲笑が響く。


それは夢ではない。 身体は、床と水平に、不可視の翼を得たかのように、凄まじい速度で空を駆ける!


まるで、翼を捥がれて地上へ堕とされた天使が、再び翼を得て、天を舞うことを許されたかのように。


レネの重力操作は、ただ浮かせるのではない。 望む方向へ、斥力と引力を瞬時に切り替え、「落下」と「飛翔」を繰り返す。 三次元空間を縦横無尽に滑空させる。


堕天使の翼が、闇を切り裂く。


「なっ……!?」


ジュリエッタの笑みが凍りつく。 これは、ただの飛行ではない。物理法則を無視した、予測不能の三次元機動。


柱を蹴る。壁を走る。天井から逆さまに滑り落ちる。 正確無比な射線を、ジュリエッタの影蝙蝠へと合わせ続ける。 乾いた銃声が、リズムを刻む。


影蝙蝠の群れが次々と撃ち抜かれる。


「ちょこまかと……! 鬱陶しい!」


ジュリエッタは怒りの声を上げ、その身を完全に霧散させる。地下墓所の空間全てを満たす、無数の影の霧。 もはや、物理的な弾丸では捉えきれない。


「──そこだ!」


それこそが狙い。 空中でピタリと静止。銃口を、霧の中心──ジュリエッタの気配が最も濃い虚空へと向ける。


「喰らい尽くせ、フェンリル」


引き金が、引かれる。


放たれたのは、弾丸ではない。 銃口から解き放たれる、神狼の魂を宿した蒼炎の奔流。


地下墓所の闇が、蒼白く爆ぜた。


一瞬にして、空間全体が、太陽が生まれたかのような蒼い光と神聖な熱量で満たされる。 それは、霧散化したジュリエッタの影全てを焼き尽くす、逃げ場のない浄化の炎。


「ぎゃあああああああああかっっ!!!」


霧の集合体の中から、断末魔が響き渡る。 炎の中で、強制的に実体を取り戻したジュリエッタが、その身を焼かれながら苦しみ悶える。


蒼炎が晴れる。


そこに立つのは、静かに硝煙を吹く魔銃を構えた俺と、俺を支えるレネとフェンリル。 床には、翼を焼かれ、黒焦げになりながらもかろうじて息をする、ジュリエッタ。


ゆっくりと地面に降り立つ。彼女を見下ろす。


冷たく言い放つ。 「言ったはずだ。『お前には、お前の戦場がある』とな」


かつてエリオットに告げた言葉。 そして今、この新たな仲間たちと共に、己の戦場を勝ち抜いた、勝利の宣言だった。

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