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EP18・絆という名の灯

隻眼から宿っていたはずの闘争の光が、急速に失われていくのが、ジュリエッタの目にもはっきりと映る。


武器は手から滑り落ちる。 魂は、完全に折れた。


バーレイグは、覚悟を決めたように、ゆっくりと目を閉じる。 まるで懺悔する罪人のように、冷たい石の床へ、両膝を落とす。


ジュリエッタは、目の前で起きている光景が信じられなかった。 最強の敵を前にした悪あがきでも奇策でもない。ただの、完全な降伏。


処刑執行人である彼女に、最後の確認、あるいは懇願。 か細い声で言葉を紡ぐ。


「…ダルクニクスに、伝えてくれ」 「アーシェのことを、頼む、と…」


それだけ。 無言で、さぁ殺してくれと言わんばかりに、首を傾け、無防備に差し出す。


その光景に、ジュリエッタの口元が歓喜に歪む。 笑い声が漏れそうになるのを、必死に堪える。


(いやいや…愉快、愉快…!) (あの悪魔王を討ち果たした勇者が、我ら吸血鬼の、このわらわの前に、自ら首を垂れておるわ…!)


彼女の数百年の生の中でも、これほど甘美な勝利の瞬間はなかった。 最強の獲物が、戦うことすらやめ、自らの命を差し出している。 我ら吸血鬼にとって、天敵とも言える「勇者」の、あまりにも無様な、そして美しい最後の姿。


ジュリエッタは、その恍惚に、しばし酔いしれた。 すぐに殺してしまっては、もったいない。 この男の絶望を、永遠に記憶に焼き付けたい。


彼女が、その余韻に浸りながら、バーレイグの首筋に、その鋭利な爪を伸ばそうとした、その時だった。


コツ、コツ…。


場違いな、軽い足音が、階段の方から聞こえてくる。 ジュリエッタは訝しげに眉をひそめる。


「──駄目ぇッ!!」


悲鳴にも似た、しかし芯の通った甲高い声が、地下墓所の闇を切り裂く。


声の主は、レネ。 その後ろから、神狼フェンリルもまた、鋭い牙を剥き出しにして駆けつけてくる。


「…ちっ」


ジュリエッタは、腹立たしげに唇を噛む。 あと一歩で、勇者の魂を完全に折れたというのに。


(いいところを、邪魔しおって…!)


「ええい、ならば貴様から死ぬがいい、小娘!」


ジュリエッタの怒りが、新たな侵入者へ標的を切り替える。 鋭利な鉤爪が、レネの顔面めがけて荒々しく振り下ろされる。


だが、その爪は、レネの額まであと数センチというところで、ピタリ、と静止した。


「…なっ?」


ジュリエッタの目に、初めて純粋な困惑の色が走る。 動かない。身体の自由が効かない。 見えざる超重力の壁に、腕を縫い付けられたかのような硬直。


「何だ…これは…?」


『ウォン!』


フェンリルが、その一瞬の硬直を見逃さない。 口から無数の蒼炎の幻影狼【アズール・バイト】を放ち、ジュリエッタへと襲い掛かる。


「…面倒な小娘の、面倒な番犬か!」


拘束された腕を無理やり引き抜くと、身体を黒い霧と無数の蝙蝠の影へと霧散させる。 幻影狼の牙をすり抜けていく。


だが、バーレイグが、二人の仲間に向かって、力の抜けた、絶望の声を上げる。


「やめろぉーー…。もう、いいんだ…!」


崩れ落ちたまま、顔を上げる力も無い。


「俺が…俺が悪いんだ…。頼むから、死なせてくれ…。俺さえ死ねば、もう誰も傷つかなくて済むんだ…!」 「頼む…死なせてくれ…」


魂の叫びを聞き、ジュリエッタは蝙蝠の群れから人の姿へと戻る。 心底楽しそうに、そして侮蔑するように笑う。


「フフフ…おやおや。なんと立派な勇者様だこと」 「ほうら、お前たち。勇者殿もこう言っているのだから、邪魔をしちゃあダメじゃない!」


レネは、その言葉に一歩も引かない。 絶望するバーレイグの前に立ちはだかり、処刑執行人ジュリエッタを、小さな身体で、しかし毅然と睨みつける。


「嫌よ!絶対に、この人を貴女には渡さない!」


頑強な抵抗。 背後のバーレイグに、その想いの全てをぶつけるように叫ぶ。


「何があったかなんて知らない!けど、バーレイグ!貴方は、私を絶望の淵から拾いあげてくれた!」 「そして、貴方は私に言ったわ!『その力は、誰かを守るために使えばいい』って!」


彼女の瞳に、強い意志の光が宿る。


「バーレイグ!私を信じて!」 「必ず、貴方も、貴方の大事な人も、私が護ってみせるから!」


魂の叫びが、闇に閉ざされかけていたバーレイグの心に、小さな光を灯す。


「…レネ…」


弱々しい声で、彼は、仲間の名を呟く。 だが、その心はまだ、罪悪感という名の重力に縛り付けられる。


その時、バーレイグの背後を守るように立っていた神狼フェンリルが、静かに、しかし力強く応える。


『友よ、そう悲観するな』


レネの感情的な叫びとは違う、冷静で、揺るぎないことわりの響き。


『私がこうして生きているということは、我が契約者である彼女もまた、無事だということだ』 『もし彼女の身に何かあれば、その魂と繋がる、この私にも必ず異変が起こる。だが、今の私に、その兆候は無い』


『安心しろ!』


その言葉、最後の引き金。 アーシェは生きている。無事。揺るぎない事実。


隻眼に宿る絶望の闇、そのさらに奥底。 嵐の夜の海の底で、静かに燃え続ける灯台のように。 仄かに、しかし確かに、淡い光の灯がともる。


まだ、戦える。 いや、まだ、戦わなければならない。 守るべきものが、まだ、ある。


バーレイグ、おもむろに床に堕とした魂の半身、ルシファーズ・ハンマーを拾う。


カチャリ。


金属音が、静寂のなかに、反撃の狼煙として響き渡る。

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