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EP16・大聖堂の楔

腕の中。 銀髪の少女レネが、ゆっくりと目を開ける。


羅刹の冷たい光は消え、永い悪夢から覚めたばかりの、あどけない少女の瞳がそこにあった。


「……あなたは……?」


「バーレイグだ」


不器用な笑みを浮かべる。


「お前のその力は、もう誰も傷つけない。これからは、誰かを守るために使えばいい。……俺の仲間になれ、レネ」


少女──最初の仲間は、戸惑いながらも、俺の目を見て静かに頷いた。


◇◆◇


束の間の休息。 崩壊した神殿を見渡す。


「……これから、どうする?」


レネは答えず、神殿の遥か上──分厚い岩盤の天井を、悲しげな瞳で見上げている。


「……あそこ」


か細い声。


「私を、永劫の闇に縛り付けた**『楔』**が、あそこにある」


「楔……?」


「この神殿の真上……セレンチア大聖堂。あれこそが、私の力を吸い上げ、封じ込めるための巨大な装置」


レネは俺の方を向き直り、深く頭を下げた。


「お願い、バーレイグ。あの大聖堂の中に、囚われている子がいるの。どうか、その子を解放してあげて」


「魔女か?」


「ううん。私の……たった一人の、大事な『使い魔』」


瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。 彼女は、数千年前の絶望を、血を吐くように語り始めた。


あの子が捕まり、人質に取られたこと。 抗うこともできず封印され、力を根こそぎ奪われたこと。 聖女としての、女神の祝福ごと。


「……奪われた……?」


「そう。そして、その奪われた力が、何になったか分かる?」


自嘲するように、悲しく笑う。


「今、人間社会が使っている『魔法』よ。私達の犠牲の上で、貴方たちの魔法文明は始まったの」


息を呑む。 悪魔王の厄災。魔法の恩恵。 その全てが、今、全く違う意味を持ち始める。


「力を奪われた挙句、『羅刹の魔女』という汚名を着せられ、この闇に捨てられた」


彼女の言葉が、グレンが言っていた「世界の真実」と繋がる。 ダルクニクスの陰謀。 その背後で蠢く、さらに巨大な『何か』。 その全ての根源は、この数千年前の**「原罪」**にあったのだ。


「黙示録」とは、世界の終末ではない。 彼女たちの封印を解けば、人間社会から魔法という恩恵が消え失せる。 つまり、**「魔法文明の終わり」**の比喩。


天井の先──大聖堂が建つ遥か上空を、隻眼で睨みつける。


俺の戦いは、もはや個人的な復讐ではない。 この世界の、あまりにも永く、あまりにも深い**「歪み」**そのものとの、戦いの始まりだった。


◇◆◇


歪みの中心へと続く道を探し、探索を再開する。


「……皮肉なもんだぜ」


崩れかけた壁画を見上げ、忌々しげに呟く。


「地の底まで潜って見つけた答えが、結局、目の前の大聖堂だったとはな」


(クソじじい……一言『真下だ』と言えば済むものを……!)


『バーレイグ、こちらだ』


フェンリルの声。 レネが、一つの壁画の前に立っていた。 壁の一部に触れると、重い音を立てて隠し通路が出現する。 上へ、上へと続く、長い螺旋階段。


暗い通路を抜け、やがて、ひんやりとした乾いた空気に包める。 石造りの厳かな空間。──大聖堂の地下墓所クリプト


窓はないが、夜の気配を感じる。 完全な闇と静寂。


「フェンリル、灯りを」


『承知』


数匹の蒼炎の幻影狼が放たれ、ステンドグラスを内側から照らし出す。 壁に描かれた聖人たちの顔が、不気味に浮かび上がった。


「さて、彼女の相棒はどこかな?」


レネは、見えない糸に引かれるように、祭壇の方へと歩き始める。


「恐らく、主祭壇です」


神殿の最奥、最も神聖な場所。 天を衝くかのような巨大な女神像が鎮座していた。 慈愛の笑みと共に掲げる、白金の杖。 その先端で、ひときわ大きく、血のように赤い輝きを放つ、巨大なルビー。


レネは、震える指でそれを指し示した。


「……これです」 「このルビーの中に、私の**使い魔(守護精霊)**が閉じ込められている」


「あの子を解放できて、はじめて私は、聖天の乙女の一人……**『天輪の聖女』**として、完全に復活することができるの」


巨大な宝石を見上げる。 継ぎ目もなければ、鍵穴もない。完璧な結晶体。


「……だが、どうやって解放する? 術式が分からなければ、手も足も出ないぞ」


三者が思案に暮れ、静寂が訪れた、その時。


「……ウ……ウゥ……」


教会の入り口──地下墓所の方角から、不気味なうめき声が漏れ聞こえてきた。 一つや二つではない。 何十、何百という声が重なり合い、不協和音となって聖堂内に反響する。


地下神殿の崩壊とレネの覚醒が、この聖域の「清浄な結界」をも揺るがしたのか。


「……チッ、面倒なのがお出ましだな」


舌打ちと同時に、地下墓所の入り口から、腐敗した死者たちの群れが雪崩のように溢れ出てきた。


ボロボロの貴族服、錆びついた鎧。 かつてこの聖堂に埋葬された者たちが、安らぎを破られ、生者の肉を求めて彷徨い出たのだ。


「ウウウウウゥゥゥッッ!!」


うめき声が木霊し、静寂は蹂躙された。


即座に魔銃を構える。 だが、その表情は、ゴブリン戦の時とは比較にならないほど険しい。


(不味い……! この場所じゃ、いつもの跳弾リコシェは使えねぇ……!)


壁や柱に精密な角度で弾丸を反射させる神技は、この場所では自殺行為。 下手に撃てばステンドグラスを割り、祭壇を破壊し、最悪の場合、あのルビーを傷つけてしまう。


(かといって、一体一体狙い撃っていたらキリが無い。すぐに弾切れを起こす……!)


絶え間なく溢れ出てくる屍者の群れ。 封じられた跳弾。 未だ解けぬ「封印」の謎。


最悪の状況下で、最悪の選択を迫られていた。

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