表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/44

EP11・堕天使の十字砲火(クロスファイア)

一発の銃声がもたらした静寂。


それは、長くは続かない。


広間に流れ込んだ大量の血の匂いが、迷宮の深奥で眠る獣の本能を呼び覚ます。


闇の底から、地響きのような雄叫びと、無数の足音。


「……ちっ、キリがねぇ」


舌打ちが漏れる。


「この数のゴブリンだ……」


後ろで、エリオットが険しい顔で呟く。


「雑魚だけじゃ、これだけの規模の巣は維持できない。 間違いなく、群れを統率する**『キング』**がいる」


ただ怯えるだけの少年の瞳ではない。


仲間の命を預かるリーダーとして、生存への最適解を探る冷静な光。


それが、エリオットの資質。


「だが、どうする……。神晶球とか言ったか? あんたのその左目で敵の位置は分かっても、この迷宮は複雑すぎる。 奴らの玉座まで、まともにたどり着けるか……?」


的確な懸念。


答えず、静かに左目の眼帯を外す。


【神晶球】が、濃密な邪気に反応し、硝子の中で血管のように光を脈動させた。


「今にわかるさ」


それだけ言い残し、迷宮の闇へと再び身を投じる。


今度は闇雲ではない。


「おい、待て!」


エリオットが慌てて追走する。


信じられない光景だっただろう。


無数に枝分かれする通路を、一切の迷いなく、ただ一直線に駆け抜けていく。


右へ、左へ、時に逆走するかのような不可解なルート。


常人であれば確実に迷う道を、まるで生まれた時から知る庭のように突き進む。


神晶球には、もはや迷宮の壁など映っていない。


無数のゴブリンを示す赤い点。


その中心で、一際大きく、禍々しい光を放つ**「王」**の存在。


王へと続く、最短にして唯一の「正解ルート」だけが、光の線となって脳内に焼き付いている。


「ウォン!」


後方から合流したフェンリルが先行し、雑魚を蹴散らす。


俺が中央を駆け、エリオットが後方を固める。


即席の布陣だが、連携は驚くほどに噛み合っていた。


そして。


迷宮の最深部、巨大な空洞へとたどり着く。


うず高く積まれたガラクタと、無数の人骨で築かれた、歪な「玉座」。


そこに、一体の悪夢が鎮座していた。


通常のゴブリンの三倍はあろうかという巨体。


傷だらけの王冠と、錆びついた鉄鎧。


何より異様なのは、その肌。


地獄の業火を固めたような、禍々しい緋色。


ゴブリンの王。


その濁った瞳が、侵入者(俺たち)を捉え、獰猛な光を放つ。


「……いたな、親玉」


魔銃を静かに構える。


だが、エリオットが息を呑み、肩を掴んだ。


「待て……! よく見ろ!」


指さす先。


玉座の左右から、二つの巨大な影がせり上がってきた。


王を守護する、二体の門番。


一体は、鋼のような青き肌。 巨大な戦斧を担ぐゴブリン・ジェネラル。


もう一体は、闇よりも深い黒き肌。 鋭利な長槍を構えるゴブリン・ランサー。


その巨躯は、王の更に倍。


絶望的な質量が、雑魚とは次元が違うことを示している。


隻眼が、三体の強敵を冷静に捉える。


額を、一筋の冷たい汗が伝った。


グリップを握る手に、力がこもる。


神晶球が映し出す敵の輪郭は、これまでの赤い点ではない。


燃え盛る炎のような、明確な「死」の色。


「グルルル……」


緋色の王が、玉座に座ったまま、地を這うような低い唸りを上げる。


それが、開戦のゴングだった。


一瞬。


脳裏に、かつての戦いの日々が、幻のようにフラッシュバックする。


(……いつもなら、ライザが斬り込み、ベルゼが援護し、アーシェが支えた。 そして中央には、常にあの男がいた……)


幻影が霧散し、残酷な現実が隻眼に焼き付く。


最強の仲間はいない。


いるのは、少年と、一匹の神狼だけ。


指示を出す指揮官も、傷を癒す祈禱師もいない。


(今はすべて、俺が背負う)


奥歯を噛み砕く。


隻眼に宿る光は、もはや感傷ではない。


孤高の銃神の光だ。


エリオットへ、短く、絶対の命令を下す。


「エリオット! 直接やり合うな! 奴らの足元や体勢を崩すことに集中しろ! 俺が王を撃つ、ほんの一瞬の隙を創れ!」


「なっ……!?」


エリオットが戸惑う、その刹那。


玉座の緋色の王が、その顎門あぎとを大きく開いた。


灼熱の息吹。


巨大な火球が俺たちをめがけて吐き出される。


紅蓮の炎が空間を飽和させる。


だが、炎が晴れた後、そこに立っていたのは煤一つついていない俺の姿。


「破魔の肉体」の前では、いかなる魔法もただの風。


「……何故だ……?」


緋色の王が、初めて動揺を露わにした。


その隙を、二体の護衛が見逃さない。


二つの絶叫が重なる。


青きジェネラルが戦斧を、黒きランサーが長槍を構え、左右から挟撃を仕掛けてくる。


冷静に銃口を黒きランサーへ向け、引き金を絞る。


乾いた破裂音。


弾丸は、寸分の狂いもなくランサーの 眉間へと吸い込まれる。


だが。


硬質な金属音と火花。


火花が散った。


黒きランサーの肌が、黒曜石のような、鈍い光沢を放つ鋼鉄へと変化していた。


「……何!?」


その一瞬の硬直を、青きジェネラルが見逃さない。


巨斧が、頭上へと振り下ろされる。


『ウォン!』


神狼フェンリルが割って入り、その斧を牙で受け止めようとする。


だが、フェンリルの牙は、ジェネラルの身体を、水面を掻くかのように、何の手応えもなく通り抜けた。


「しまっ……!」


ジェネラルの身体は液体のように変形し、牙を回避。


再び実体化しながら、戦斧を振り抜く。


フェンリルは咄嗟に身を翻したが、その銀色の脇腹が浅く切り裂かれた。


「フェンリル!」


「嘘だろ……物理攻撃も効かねえのかよ!?」


エリオットが絶叫する。


鋼鉄化して弾丸を弾く黒鬼。


液体化して攻撃をすり抜ける青鬼。


後方から高火力の魔法を放つ火焔の王。


脳髄が焼き切れる速度で回転する。


(黒鬼は鋼鉄化している間、動かねぇ)


(青鬼は、攻撃する一瞬だけ、実体化する……!)


神晶球が、敵の魔力の流れと「癖」を完全に解析する。


「エリオット! フェンリル!」


怒号が、戦場に響く。


「黒は守り、青は攻めだ! 二体を分断する! エリオットは青を、フェンリルは黒を、それぞれ引きつけろ!」


「エリオット、仕事はさっきと同じだ! 斬るな、惑わせろ! 攻撃の瞬間だけを狙え!」


的確な指示に、エリオットは迷いを捨てて頷く。


戦術は決まった。


ここからが、本当の死線。


エリオットが青鬼を俊敏な動きで翻弄し、フェンリルが鋼鉄化した黒鬼に猛攻を仕掛けて攻撃を誘発する。


その後方で、俺は、三体の動きの全てを監視しながら、ただ静かに、たった一つの「解」が生まれる瞬間を待つ。


──生まれたのは、コンマ1秒の勝機。


二体の護衛が、同時に「攻撃」の態勢に入り、その巨体と巨体の間に、王へと続く一本の射線が、奇跡のように開いた。


待っていたのは、この瞬間。


防御も回避も捨てる。


ただ一歩、死地キルゾーンへ踏み出す。


左右から槍と斧が交差する、死の中心点へ。


脳内で、神の如き計算が完了する。


親指が、**『ルシファーズ・ハンマー』**を神速で三度、弾いた。


意思いのりを込める)


(弾種装填──【時の静止】【時戻し】【座標交換】)


引き金が絞られる。


乾いた破裂音が、三度、重なって響く。


死の三拍子を奏でる、『堕天使の円舞曲ワルツ』。


一発目の魔弾が青鬼に。


二発目の魔弾が黒鬼に。


そして三発目の魔弾が、緋色の王に着弾する。


最初の二発が、護衛たちの時間を狂わせた。


青鬼は**【時の静止】**に時間を凍らされ、攻撃の姿勢で固定される。


黒鬼は**【時戻し】**によって、鋼鉄化する前の「生身」へと強制的に巻き戻される。


そして、そのコンマ数秒の「バグ」の間。


三発目の**【反転・再配置クロス・リロケーション】**が発動した。


世界が、反転する。


俺と、緋色の王の座標が、完全に入れ替わったのだ。


「「グッ!?」」


時が動き出した護衛たちの耳に、聞き慣れない断末魔が届く。


彼らの渾身の槍と戦斧は、寸分の狂いもなく、今や俺がいた場所に立つ、敬愛するはずの緋色の王の身体を、深々と貫いていた。


王は、何が起きたか理解できぬまま絶命。


だが、円舞曲はまだ終わらない。


王の死に呆然とする護衛たちに、俺が最初に放った二発の魔弾が、時間差でその真の牙を剥く。


王を貫いた体勢のまま凍り付いていた青鬼は、時の静止が解けると同時に、その心臓を「静止していた弾丸」に撃ち抜かれる。


王を貫いたまま呆然としていた黒鬼もまた、時戻しで晒された柔らかい肉体を、正確に弾丸に穿たれた。


全てが、ほんの数秒の出来事。


後には、三体の王鬼の死体と、重苦しい静寂だけが残る。


「…………は?」


エリオットは、目の前で起きたあまりにも鮮やかで、あまりにも残酷な自滅劇に、声も出せずに立ち尽くしていた。


玉座があった場所から、静かにエリオットの方を振り返る。


硝煙を纏い、不敵に笑う。


「言っただろ、エリオット」


「お前が『隙』を創れ。俺が『王』を撃つ、と」


「――これが、**『堕天使の十字砲火クロスファイア』**だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ