令和の刀剣男子と霹靂(へきれき)、そして転生(1)
令和七(二〇二五)年二月――冬の夕暮れ時を俺たちは東京・上野公園を歩いていた。北に向かって進む俺たちは国立博物館の見学を終えたところだ。今日一日、雨に祟られなかったのは普段の行いがよかったのだと思う。冬に冷たい雨だとシャレにならないのだから。
目的は国立博物館に所蔵されている刀をみること。中世、近世と様々な時代の刀をつぶさに見てきた。どの刀も俺の魂を揺さぶるものだった。
鎮座する刀に宿る歴史の息づかい。数多の人の手によって大切に管理されてきた刀たちがそこにあった。大学の春休みを利用して、福岡からわざわざ東京に見にきた甲斐があったというものだ。
それにしても寒い。北風が肌身にしみる。東京は今朝の最低気温が氷点下だった。明日も予想最低気温が氷点下とのことだ。スマホの天気アプリの情報によれば、十七時の時点で摂氏五度を下回っているようだ。
俺は砥上剣刀。俺の左を歩くのは恋人の秋月沙弥だ。当然、俺の左手と彼女の右手は互いの指同士が絡まり合っている。いわゆる恋人繋ぎという形だろう。左手から沙弥のぬくもりが伝わってくる。
沙弥はかわいい、というよりかは艶やかに美しい。そのくせしてかわいい声なもんだから、そこにグッときてしまう。
俺からみて、沙弥は父方の従堂妹、母方の従妹なので血縁もそれなりに近いし、同い年なのだ。かれこれ十五年以上の長い長い縁だ。俺たちの年齢? 今年、二十一歳になる。今春から地元の大学の三回生になる。
俺たちは偏差値が足らないから地元の大学を選んだわけでない。東大や京大、私立最難関に行こうと思えば行けた。が、互いに地元を離れたくなかったのだ。
「剣刀。来月はどこ行くつもりなん?」
っと、鶯谷駅もかなり近づいてきたところで、沙弥が話しかけてきた。しかも、俺の顔を覗き込むように。いや、近いな。身長差もそこまでないからそうなるのも仕方ないとはいえ。ん? 身長? 俺が一八五、沙弥が一七三だな。
「俺は山陰地方に行きたいかな。古代の伯耆、出雲、周防の出土品がある博物館に行ってみたい。上古刀を見たい。沙弥は?」
「私なら東海地方かな。名古屋、岐阜、静岡で戦国時代から織豊時代、江戸時代の刀を見てみたいやん?」
母方の祖父、叔父が糸島で刀鍛冶をしていることもあって、幼きころから刀剣の魅力に触れてきた俺たち。
どの時代の刀、どの産地の刀も好きだ。文様が出す美しさ、人斬りの伝説が醸し出す妖しさ、錆付き加減に秘められた時代の流れの重さ、などなど。それぞれの刀に異なる魅力を持っているのだ。
「でも、山陰でも尼子氏、毛利氏、大内氏、所縁の刀があるはずやん?」
「なるほど。でも、やっぱり愛知がよかね」
「ブレないのは沙弥らしいな。戦国時代の刀が好きやもんな」
沙弥は武士の持つ刀が好きなのだ。その中でも戦国三英傑にまつわる刀がお好みらしい。織田信長は刀の蒐集家だったから、愛知に行けば多くの刀を見ることはできるな。
「まあねえ。そういう剣刀は最近は古代の刀にはまっているやんね」
「そうやな。どの時代の刀も好きやけど、今のような反った日本刀になる前の直刀もまたよかろう?」
「守備範囲広すぎるとよ。それが剣刀んよかところなんやけど」
古代の刀、なかんずく古墳時代から奈良時代までの上古刀に今、俺はハマっている。直刀という反りのない形ではあるが、磨き上げれば地鉄の文様が妖しさを帯びることもある。長らく土の中にあって錆びついたものもあるが、それはそれで高貴なる人の棺の副葬品として埋められたという歴史を感じさせるのだ。
「ははは。そやな。じゃんけんして勝ったほうが多めに日程をさけるようにするか?」
「それもよかやなか? 今回も勝ったるばい」
「まあ、負けても夏休みの日程を決める勝負があるばい。勝負は時の運や」
高校一年のころから二人で旅行するようになった。旅程を決める際には互いに行きたいところが一致しないことがままあるので、じゃんけんで予定を決めることにしている。
それにしても沙弥も勝つ気満々だな。前回じゃんけんをしたのは今年の正月。今月の予定を決める勝負は負けたからな。今回は勝ってやる。通算九戦して沙弥が三つ勝ち越してるからな。慢心してる沙弥の鼻を明かしてやる。
何? そんなに旅行できる金がよくあるなだと? 心配には及ばない。俺も沙弥も金持ちの類だ。
俺も沙弥も子供のころから投資を学ばされている。最初の元手は十万だったが今となっては個人資産は八桁を超えているし、月日を追うごとに増えていっているのだ。いくら旅行しても余るほどだ。当然、これだけ旅行してれば航空会社のマイルも鉄道会社のマイルもたっぷりある。旅行もし放題というわけだ。
そんな金持ちの俺が将来何をしたいか。刀に関わる仕事だ。いずれ刀鍛冶になりたいということは両親にも意思表明をしていて賛同は得られている。俺は三男坊だから跡継ぎになる必要もない。自由といえば自由だ。父からは「大学卒業は必須だ。数年くらいはうまいこと大手に潜りこんでおけ」とは言われたがな。
たとえ、どんな時代に生まれたとしても俺の中で刀鍛冶はやりたい仕事ナンバーワンだろう。もし、時代を遡れるのならば――。いや、今は考えないことにしよう。
「剣刀? じゃんけんするっちゃろ? てれっとせんとって、はよう手ば離して」
「悪い悪い。じゃあ、やろっか」
っと、沙弥を待たせてしまった。まずはじゃんけんに集中だ。
「最初はグー。じゃんけん――」
勝利の女神よ。俺に力をくれ。