幽霊少女との出逢い
初書きです。暖かい目で見てもらえたらと思います。
どんよりとした黒い雲が灰色の空を覆い隠すように広がり、一日中雨音を響かせている。
雨に打たれ続けた青い傘は勢いよく雫を跳ねさせ、跳ねずに流れた雫は丁度、京亮の肩に落ちた。三年間着た白いシャツはべったり肌に張り付き、そこからなんとも言えない不快感が襲う。そういえば、朝テレビにいつも出ている天気予報のお姉さんが、浮かない顔で二日も前にこの地域の梅雨入りを宣言していた事を思い出した。
梅雨の時期に入ると人は、この雨空と同じようにどこか陰鬱とした表情をする。晴れの日であれば確認できる洗濯物を干すという生活感や、外でキャッチボールをする等といった活気をも失い、人はただ、太陽の再来を願いながら静かに外を眺め続ける。肌に張り付く服や髪、濡れて滑りやすい学校の廊下、すれ違うとき相手の傘から落ちてくる雫。それら全てに不快な気持ちは抱くものの、京亮は雨を嫌いになれないでいた。いつもより静かで雨音だけが響く瞬間、そこから発生する孤独感は、なんだか自分を肯定し、寄り添ってくれているような気がするからだ。
五月雨京亮は特に何の変哲もない、ただの男子中学生。とはいっても来年には中学を卒業し、高校生になっているであろう中学三年生だ。容姿は地味寄りの普通なパッとしないようなもので、友達は多くも少なくもなく、成績は中の下、運動神経も並で家庭環境も両親共働きでひとりっ子。何か面白がってネタにして話すようなこともない、本当に普通の男子中学生である。
そんな京亮には、最近お気に入りの場所が出来た。大人も子供も中々こない、学校から少し離れた場所にある、遊具もブランコと鉄棒に滑り台くらいしかないこじんまりとしたただの公園。昔はこの公園も、もう少し遊具の数に恵まれていた。だが子供が怪我をすると大人達が判断し、いくつかは撤去されていった。子供が来なくなるのも納得がいく。
此処には何か迷いがあるときは勿論、特に何もないがひとり孤独に酔いたいときはよく訪れている。ここ数日は雨ばかり降っていて中々来れずにいたが、進路のことで頭を悩ませていた京亮は、土砂降りともいえる今日、自然と此処に足を運んでいたのだ。こんな雨の日に来てできることは、公園を散歩するくらいだというのに。
土砂降りで元々人も来ないような公園とはいえ、あまりにも人っ気がないと、なんだか不気味に感じてしまう。考えすぎだろうと京亮は正面の入り口から足を踏み入れ辺りを見渡すと、手入れが行き届いていない木のすぐ側に、長い黒髪の女を見た。先程の不気味な雰囲気はやはり考えすぎだったと安堵し、そっと胸を撫で下ろす。
こんな雨の日に傘もささずに何をしているのだろうか。風邪をひいてしまうと一言声でもかけてみようと踏み出し瞬きをすると、その女は木の側からいなくなっていた。不安になって見た幻覚、気のせいだろうかと眉をひそめながら首を傾げ、もう一度瞬きをしたその瞬間。
「…………ばぁっ」
目の前には、切り揃えられた艶やかな長い黒髪に吸い込まれそうになる紅の瞳、色気を感じさせる紅の唇を持つ、真っ赤で大きなリボンが特徴の黒色セーラー服を着た京亮より少し年上であろう美女が、悪戯っ子のような顔をしながら立ち塞がっていた。容姿からして、彼女は京亮が一瞬見かけた人に違いない。とはいえ、いつの間に目の前に来ていたのだろうか。あの一瞬の間、足音ひとつしなかったというのに。走ってきたにしても、ここまで近くに来るなら足音がしないと不自然である。それに、雨でぬかるんでいる地面で京亮のもとまで全力で走ってくる事は難しいだろう。
「うわぁ!? な、なんだよあんた!」
大袈裟にも見える程目を見開き、肩をびくつかせながら大声をあげる。傘が揺れて、少し濡れてしまった。初対面の人間に何をするんだと京亮は女に文句を言ってやりたい気持ちになったが、驚きのあまりまともな言葉を発せずにいると、目の前の女は声高らかに笑い始める。
「あははは! めっちゃびっくりしてる! きみ、あたしのことが見えてるのね!」
そう言って悪戯っ子のような笑みをした女はぷかぷかと浮き始める。何が起きているのか、京亮はこの瞬間、理解ができなかった。目の前の女と、その女の異質さに頭は理解する事を拒んだのだ。
そのまま恐怖に支配された京亮はなんとかこの場を去ろうと後退りをすると、雨でぬかるんだ土の上では思ったように動くことができず、転びそうになった拍子に傘から手を離し、その傘が足に引っ掛かっては派手な音を鳴らしながら惨めに転んで、そのまま腰を抜かして立ち上がれなくなってしまう。そんな滑稽な姿を見て女は更に笑い声をあげた。
「あっははは! 怖がってる〜! 超嬉しい!!ねぇきみ、名前を教えて? あたしとお友達になりましょうよ。あたしのことが見えるの、きみがはじめてなの!」
女は目を輝かせながら、自分のことが唯一見えている京亮との距離を縮めようとする。腰を抜かした京亮と目線を合わせるようにうきうきとした様子で膝をついているものの、全身が泥まみれで雨でも濡れてぐしょぐしょになった京亮とは違って、女は泥で汚れていない。姿をきちんと観察してみると、雨がこんなにも降っているというのに、服も髪も頬も女は雨で濡れていないのだ。
この女はずっと、無邪気な笑顔を京亮に見せている。突然現れて驚かせたり、目の前で浮いてみたり以外何の害も与えようとはしていない。普通の人間には不可能だが、行いだけを見るとただの悪戯の範囲だとも思える。だが今の京亮にとっては、瞬間移動をしたり、浮いたり、雨で濡れることもなければ泥まみれになることもない。そして女の"見えてるのね"という発言。目に見えるだけの情報でも照らし合わせるとこの女は、本来人間には見えないモノ、見えてはいけないモノだということ。頭では案外悪い子ではないのかもと思っていても、一度植え付けられた恐怖を拭うのは難しかった。
恐怖で震え、何も話せない京亮の頬を、女は白く細い手で包み込む。目を逸らしたい筈なのに、女の紅の瞳は人の視線を吸い込む力があった。笑顔で、明るい声をしている筈なのに、瞳の奥から感じる圧。そして、今この女に触れられているという感覚は全く無く、体温も感じない。それなのに女が触れている京亮の頬は、体温を奪われるかのように、冷たくなっていくような気がした。
「あたしは八乙女依桜、見ての通り幽霊よ。……ねぇ、きみの名前は?」
京亮は悟った。この女……八乙女依桜から逃げる事はできないと。彼女もまた、自分の事が見えている京亮の事を簡単に放す気はないだろう。今の京亮は、蜘蛛の巣にかけられた蝶でしかないのかもしれないと。
見つけてしまった人間と、やっと見つけてもらえた幽霊少女の、奇妙な"お友達"関係がはじまった。