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お久しぶりです。久しぶりすぎます。
前回、「月1くらいになります」とかほざいておいて
1年以上空きました。右ストレートを食らう準備はできてます。
左頬をぶたれたら右頬を差し出す覚悟もできてます。
ということでどうぞ。
外に出ると雨はぴたりと止んでいた。私が無駄な時間を使っていたころに、湿度を残して去っていったそうだ。代わりに太陽がでしゃばっている。部活動は実施するそうなので、中川さんの予定は全部潰れたことだろう。気の毒だ。
「初日から宿題出たね」
「遠足の日かと思ったわ。小学生じゃあるまいし何あれ」
「なるほどー。彩子らしいね」
なるほどー、と言われましても。私らしい、と言われましても。別に面白いことを言ったつもりもないし、私らしいことを言ったつもりもない。ましてや、なにかの役に立つことを言ったつもりもない。
「なつかしーなー。え、ん、そ、く」
返答をする隙も与えずに―おそらく私自身の反応が鈍いだけだが―彼女はそう言う。高校に入っても彼女は、一方的ながらも同意を求めない話し方を変えていない。
「疲れた記憶しかない」
「あんただったら、そうだろーねー」
「否定しようのない事実で人を馬鹿にしないでくれる?」
「すんません」
もう夏は終わったというのに、圧をかけるように照りつけてくる太陽がとても暑苦しい。8月の中旬から湿度は少し下がったけれど、遠足で行った山の頂上とは違って風は吹いてくれない。むしろそれがありがたいくらいだ。高温多湿な日本ではそよ風なんか吹いていてもなんの意味もないし、むしろ外気の熱を煽るから迷惑。吹き飛ばされるくらいの強風は涼しいかもしれないけれど、結局夏だから暑いかもしれない。どっちにせよ、吹き飛ばされちゃったら元も子もない。
「遠足って銘打って行った遠足は小学校までだったんじゃないかな」
「だね。中学でも実質的に遠足みたいなやつあったけど「遠足」はなかった。でもあれらが遠足じゃないなら小学校のも遠足じゃなくなると思うんだけど。ほとんどやってること一緒だしさ」
「それはどの行事を指しているかによると思う。校外学習は、でも確かに実質遠足だったか」
「遠足」が「校外学習」になるのは、「池」が「湖」になるのと似た感じだろう。とはいえ、基準が明確ではないからほぼ同じようなもの。別にそれをわざわざ区別する必要はないだろう。
基準が明確でないといえば、とにかく面接だろう。高校に入るときだって面接はやった。これから堂々と「生きる」という行為を行うために、数回は通らなければいけない道だろう。にしたって、あんなに気分が悪くなるものはない。どこまでも暑苦しいし、とにかく気まずい。そもそも真実だけを述べていたら、あんなものに受かることなんてできない。適度に虚無の事実を織り交ぜながら話すのは私の得意技だったから、困りはしなかったけど退屈で心が黒くなるから極力避けたい。
学校から駅まで徒歩で約1km。日々の運動不足解消にはものすごくベストな距離。私含め、私の周囲には運動が苦手な人しかいない。うちのクラスには100m15秒を切る人間はいないことから、それは証明できる。
遠足の話題が途切れてから、彼女は自分の意見を私に伝えてきた。もちろん、同意は求めてこない。ただ淡々と、自らを主張するようにだけ話している。同意を求められないんだから私は話さないし、話すタイミングが見つからないので話せない。そんなこんなでしばらく沈黙が入る。彼女がそわそわしていても私は気にならなかった。日常茶飯事というよりはもはや日常、そんな言葉がぴったりな情景に彼女も慣れたのか、もしくは不必要な話題を提示するのを諦めたのか、リュックからペットボトルを取り出している。
今日はジャスミンティーだ。しかもセブンの。美味しいのだろうか。お茶は麦茶だけで生きてきた人間は、そんなものに興味を示さなかった。一つの日常になった沈黙をあえて消してみるのもいいかなと、私はできる限り早く口を開いた。
「ジャスミンティーってさ、どんな味がするの?」
「ジャスミンの匂いがついているだけだから、緑茶と変わんないよ。まぁ後味はジャスミンの香りが残るけど」
「え?そうなの?」
「出た。無頓着な女の驚き方」
彼女は少し煽るように言い、煽るように笑う。無頓着なのは否定のしようがないけど、それについて煽られたのはムッとした。彼女は「出た」といつものように言っているが、初めての語録だったのでモヤッとした。日常会話だったらこれくらいのはスルーしても軽く受け止めてもいいのだろうけど、いつもと違うことを言われると困る。どうやって対応するのが正解なのかがわからない。
「無頓着なんだから仕方がないでしょう」
「麦茶の人生貫いてさぁ。よくそれ崩れないよね。飲まなきゃだめなタイミングとかなかったん?」
「常に水筒所持、部活不所属、人間関係浅め。何も強制されることがない」
「なーるほどね」
この人生、交友関係が広い人とはそもそも関わろうともしなかった。不必要に絡んでくる人はほんの間に合わせで私と話をしてるだけで、すぐに目の前から消えてしまう。そういう友情ばかり作っていた。というか作らされていた。
だから、陽キャを歩んでいた優が絡んできた時も、経験上同じように私の前から消えるのだろうと思っていた。俗に取り巻きと呼ばれる人たちもたくさんいたので、所詮はそうやって人を軽く見ている人間なのだと思っていた。
人を軽く見る人の気持ちが、私にはわからないよ。
質問する前に、真っ直ぐな目でそんなことを言われたら信じるしかなくなってしまう。彼女の価値観はそういう模範的な、社会に大切にされるべき価値観だった。よっぽど私のほうが醜い目をしていたんだと、やっと気づかされた。高校に入ってすぐのことで、偏差値35の集まりの中にも、誰かを変えられるほどの影響力をもつ人はいるんだなと思った。
そこからは流れで「友達」として関わることになる。私自身の交友関係は全く広がりを見せないが、優は順調に―もちろん正当な方法で―スクールカーストを上り詰めていく。
優という友達ができてから他人に興味をもつことは増えた。というか再びもつようになった。空白の中学校生活は本当に誰のことも考えずに生きていて、今となっては無駄な時間を過ごしていた感じしかない。当時はそれに優越感すら覚えていたのだけれど、やっぱり今となっては馬鹿でしかなかったと思う。
今日もまただ。下校中は必ず優が車道側を歩いている。私は何も考えずにぼーっと歩いているのでフラフラしてて危ないらしい。ぼーっとしている私が気づかないくらい自然に車道側を陣取っているんだろう。いつも気づかないうちに優は車道側にいる。何回か優にぶつかったときがあったが、もしその時優がいなかったら、とか思うと怖くなって仕方がない。持つべきものは友達、ってこういうことを言うんだろうか。
どれくらいの時間歩いたか、はなかなか把握できていないものだ。もう30分は歩いた気になっていたが、腕時計を見るとまだ10分程度だった。えっちらおっちら牛歩のごとく、炎天下を溶けそうになりながら歩いていると、1kmに20分くらいはかかってしまう。遅い。
ここからは特に会話もなく、というか優も会話する元気すらなく、更にペースを落として駅へ向かうことになる。途中、カフェに3回誘惑されたが、重い足を引きずって見なかったことにした。これも、下校時の私達の日常だ。店の外に大きく「アイスクリーム」とか書いてあると足が言うことを聞かなくなるが、そういうときは足をぶっ叩いて目を覚まさしている。
花の女子高校生がこんなんでいいのか、汗びっしょびしょになりつつ駅につく。周りの人たちは涼しい顔をしているが、こっちは代謝がいいんだから仕方がない。中年おじさんたちとは違うんだから。
いくら屋外とはいえ日陰になっている分、駅のホームは涼しかった。特段混んでいるわけではないので、人の熱気も感じない。やっと肉体的に楽になりながら、あと3分で到着する各駅停車の電車を優の後ろに並んで待つ。
「あっつい!なんでこんなに蒸すの!?」
「ヨーロッパはカラッと晴れるらしいから、多湿がいやならおすすめする」
優が大きい声を出すときは、彼女が珍しくキレ気味なときだ。どうせ優も夏休みは外出をほぼしていなかったんだろう。久しぶりの運動で体力が消え去っているときは、確かにイライラしやすくなる。何もしていなくても、脳内温度はすでに沸点に達していた。そろそろ冷房で直接冷やしてあげないと、さらに珍しい優の八つ当たりを見ることになってしまう。
日頃の行いが良いと、物事は願っている通りに進むものである。少しだけ早く電車が来た。律儀に降りる人を待ってから乗る優に、私も倣う。
珍しいことは連鎖するようで、今日は段差に引っかからずに乗車することができた。いつもは躓くから、運がいい。とはいえ、躓くくらいならいいのだ。過去には、ホームと電車の隙間に右足がはまってしまい、靴が落ちてしまってそのまま電車が発車してしまう、なんて事があったから。いやシンデレラか私は。
この時間帯だと席が空いている。しかもかなり。優先席に座ってる兄ちゃんとかはいなくて、車内は気持ち悪いほどに平和だった。カップルはいっぱいいたので、そういう意味でも平和なのかもしれない。
「あー快適快適」
「さっきと言ってること真逆じゃん。いくら人少ないからってくつろぎすぎでしょ」
相変わらず、優はマイペースだ。どうしても育ちの良さが座り方に出ているが、それでもかなりだらんとしている。具体的に言うと、肩の力は抜けきっているが、足はきっちり閉じていた。律儀な性格は親譲りなのか、それとも親の徹底的な教育のせいなのか。わかっているのは、その原因が親にあるということだけだ。
電車に乗ることは好きだった。座席の反対側か、もしくは後ろにある窓を眺め、景色が反対側へぶっ飛んでいくその心地よさが好きだった。駅以外では止まることのない、そして速度がほぼ変わらない、メトロノームをずっと聞いているような気持ちになるのだ。私にメトロノームをずっと聞く趣味はないけれど。
相も変わらず雲はゆっくりとしか形を変えない。けれども位置は変わっていく。それもかなりゆっくりと。ドミノのように並べられたビルたちはすぐに私の目線から外れるけれど、空に浮かぶ水と氷の集まりはずっと私の眼の中に居座る。得体の知れない物体に、人はいろいろな想像をしてきたのだろう。だけれど、雲に乗れると考えた人は、本当に想像力が高かったのだと思う。
優を見ると、スマホをいじっていた。そりゃそうか、と思いつつ目線はそのままにしておく。10秒くらい待つと、優はゆっくりとこっちを向いた。
「何?どした?」
「いや、なんでもない」
「あー!今絶対嘘ついたでしょ」
「わかったから静かにして」
周りからの視線はない。みんながみんなスマホに夢中だ。その電車の中で、私と優だけが人との会話をしていた。こういう人間らしい行動が、今の人間には足りていないように感じる。
一駅、二駅と過ぎ、電車内の人はどんどんと入れ替わる。それを私は、雲みたいだなと思って見ていた。別に、人間は雲みたいな存在だ、とかそんな痛々しいポエムみたいなことを考えているわけでは、ない。
時間の経過は速い。私たちが降りる駅に到着したのは、体感だと1分だった。実際は、16分だった。
「降りるぞっ!躓くなよっ!」
「待って、待って」
なんでそんなにテンションが高いんだ。他の乗客に押しつぶされながら、何とか駅のホームに降りる。
「あ、彩子!」
「え?」
下を指さす優に従って足元を見ると、靴が片方なかった。どうやら、さっき降りる時に脱げ、電車の中においてきたらしい。
「あははははっ!彩子!白雪姫じゃん!」
「いやそれを言うならシンデレラだろ」
私の虚しいツッコミが、駅のホームに響いた。
作品の投稿まで停滞させちゃったらだめだろってことで、
えーすいませんでした()
ちょっと書きづらさ感じてますねこれ。
まぁ頑張りますよ...長くなりそうなんで、気長にお待ちください。