1-7. この世界は楽しそう、すなわちクズが多めの予感②
人は視覚情報に弱い生き物だ。
それは、暗殺者たちにも適用されることだったらしい。
頭上にひらめく、いかにも悪役令嬢っぽい真紅のドレスの裾 ―― 敵が一瞬、目を奪われた隙に、セラフィンとザディアスの長剣が彼らのスモールソードを弾く。
武器が銀の軌跡を描いて宙を舞う…… だがそれよりも早く、暗殺者たちは地面を蹴っていた。
いつのまに出したのか。彼らの両手には、すでに新たな短剣が握られている。
風魔法の結界が邪魔して投げられないため、長剣の不利になるふところに飛び込もうというのだろう。
敵ながら、なかなかの判断力と瞬発力ではある。
―― けれども。
「ああら。背後をお忘れでしたの? 手練れのかたがたと思いましたが、間違えていましたかしら?」
気持ちよく煽りを入れつつ、私は鞭を引き寄せた。
ぎゅっと肉をしめつける手応え。ほぼ同時に、暗殺者のうちのひとり、小柄な黒髪の男の喉から、苦しそうなうめきが漏れる。
縛めを解こうと、彼は首に短剣を当てた ―― けれど残念。
絡まり食い込むひもは、糸のように細くした革を強化魔法と耐性魔法を織り込みながら丹念に編み上げたものなのだ。普通のダガーでは、切れるわけがない。
(職人さんいい仕事をありがとう)
そして残るふたりには、明らかに隙が生まれている。
彼らは後方に、さっと跳びすさった。
せっかくザディアスとセラフィンのほうに詰めた間合いが再び、大きく開く。
騎士たちを倒すより先に、ターゲットである私を片付けて仲間を助けようというのだろう。
ずいぶんとナメてくれたものだ。
そしてその判断は、間違いなく命取りである。
なにしろ ――
「わたくしを殺せば、魔力暴走で彼の首が本格的に絞まってしまいますわね…… 」
このたったひとことで、動けなくなってしまうのだから。
男の異変に気づいた、ほかの暗殺者たちも同じ ―― この職業なら普通は、ひとりを犠牲にしても獲物のほうを取るだろうに。彼らが所属しているのは、よほど人情味あふれる組織らしい。
それとも彼らにとっても、もともと意に染まぬ仕事だったのか……
ザディアスとセラフィンがふたりを制圧し、武器を捨てるよう宣言すると、暗殺者たちは次々と従った。
「さて、詳しい事情を聞かせてもらいましょうか…… あなたが暗殺者組織の代表格だったとは驚きでしたけれど」
私は男を鞭でしめつけたまま、彼の耳元にささやきかけた。
―― 覆面はしているが、特徴あるツンツンした短い黒髪や少年ぽい小柄な身体を、私が見間違えるわけがない。
「ねえ? 表の顔は宮廷画家の、通称 『テン』 さん?」
鞭の柄で覆面を払いのけると、予想どおり。
子犬のような黒い大きな瞳が、驚いたようにこちらを見ていた。
―― 攻略対象その3 (あくまで私にとっての攻略順位) 、名無しの宮廷画家・テン。
彼の攻略は、このゲームの王家の面々 (王太子、第二・第三王子) の攻略ルートにて宮廷を訪れるイベントから始まる。
風景をスケッチする彼に話しかけ 『名をつけてあげる』 ことでルートに入るのだ。
人嫌いで風景しか描かない彼に 『あんたを描きたい』 と言わせれば攻略はほぼ完遂。他国へ駆け落ちするけど成功と愛を手に入れるハッピーエンドが待っている。
このルートで難しいのは、序盤でイイ線行ってた王子との関係を生かさず殺さず保っていなければいけない点である。
王子をキープしておかねば宮廷に出入りできないので攻略自体がはかどらず、かといって王子の好感度をあげすぎると一介のお抱え絵師にすぎない彼は身を引いてしまう。
ゲームの説明書では 『ドキドキの秘密の恋♡』 と宣伝されていたルートだ…… が、ドキドキというよりは 『浮気にも気づかずデレてくる王子などウゼェだけだわ殺したい』 とイライラした思い出。
さて、それはさておき。
ツンツン黒髪のかわいい少年枠キャラ・通称テンさんは、どういうわけかいま、私と出会って3分であっさりとそして勝手に攻略されかかっている。
「あんたを描かせてくれるってんなら、事情を話してやってもいいぜ」
「あら? あなたは人外専門でしょう?」
「だから、あんたは俺が初めて描きたいって思った人間なんだよ。おけ?」
「ついでにもう一度、鞭で首しめられたい、などとは思っていないでしょうね?」
「別に…… でもあんたなら、それもいいかもな」
からかい気味にきいてみたら、ウットリしたような顔をされた。もしや私は…… 攻略対象の隠れたドM属性を、刺激してしまったんだろうか。
「まあ、かまわなくてよ。あなたを貸してもらえるよう、公爵家から正式に申し入れておきますわ」
「本当か!? じゃあ、約束だ!」
さっきまで命のやりとりしていた相手と仲良く指切りしている不思議。
「では、さっそく教えてくださいな。あなたがたに、この襲撃を命じたのは、どなたかしら?」
私はなるべく優しくほほえみ、鞭の柄でテンの頬をピタピタ叩いてみせたのだった。
テンが白状したところによると ――
王家のお抱え芸術家集団は、裏では 『土狼』 と呼ばれて俗にいう暗部の仕事をしているらしい。
言われてみればない話ではない。
楽師やダンサーはよく貴族の館に貸し出されているから情報収集には最適だし、絵師は毒の調合にも向いている。この世界で使われる毒の多くは、絵の具の原料にもなっているからだ。
この職につく彼らには名前がなく、代々の通り名だけで呼ばれる。
『影』 は王家の暗部 『土狼』 の首領の通り名なのだ。
で、この年若き首領の目下の仕事が、年齢の近いとある王子を学園でお守りすること ―― 少なくとも、国王から命じられたときはそれだけのはずだった。
なのに、なにかを勘違いして増長した某王子殿下が今回の襲撃を申しつけた、ということらしい。
「それ違うよ、ってツッコみたかったんだけどさ。どーせ父親の権力ふりかざして 『命令きかねばおまえらクビ。代わりなどいくらでもいるぞ? 』 とか言ってくるんだろーなー、って思ったらダルくて?」
「それで罪もない公女殿下を襲ったというのか、きさまら!」
「…… ヨハン王子の越権行為は国王陛下に奏上し、それから、そなたらの処遇を決めることにしよう。いいな?」
「いいのですよ、ザディアス。セラフィン殿下も…… よろしければこの件、わたくしに預けてくださいませんこと?」
私の騎士と王弟殿下はそれぞれに激怒してくれている…… けど。テンたちにそんな倫理観を求めても、ね。
求めるならば、もっと別のものだろう。
ザディアスとセラフィンがうなずくのを確認し、私は改めてテンたちを見下ろした。
「さて、では。結成より初めての、そして最大の失敗で捕縛されてしまった憐れな 『土狼』 のみなさんに、慈悲をさずけます。選ばせてあげますわ」
鞭をもてあそびながら口にするのは、2つの道。
どちらを選んでもらっても、私にとっては楽しさしかない質問だ。
「絶対の忠誠と服従か、それとも、死ぬまで続く拷問か…… どちらに、なさいます?」