1-5. フラグ折らずとも断罪は回避できるのが権力というもの②
「失踪したのはアナンナ・リスベルと親しくなった令嬢ばかりです!」
卒業パーティー会場である学園の大広間の、ど真ん中。
メアリーは以前の控えめな態度が嘘のように、凛と立っている。
これまでガマンしていた何かが、急に切れたんだろう。
涙を目にためて叫ぶさまは、真に迫っていた。
「わたしの友だちのステラも、アナンナが第三王…… 「もうよろしくてよ、メアリー。おさがりなさい」
私はメアリーを遮った。
完全に流れがこちら側に向いているタイミングでの告発はほめるべき…… けれど、王族の名まで持ち出すのはやりすぎだ。
学園を卒業した今、それをすれば不敬罪に問われかねない。
「告発に感謝します、メアリー」
もう下がりなさい。
目で合図したのが、伝わったようだ。
メアリーが一礼して壁際に引っ込むのを確認し、私はヨハン第三王子に向き直る。
ヨハン王子は、思いがけずアナンナが非難されそうになっている事態に、呆然としているようだ。
アナンナからしきりに脇腹をつつかれているのに、目は天井の優雅なアーチのあたりをさまよっている。
「ヨハン殿下、この件の調査に関して、わたくしから提案がありますの」
「なんだ」
いま私、公式に調査を行うことにサックリ決めちゃったんだけど…… ツッコまなくていいのかな。
まあ、アナンナに小突かれてるのも気づかないようじゃ、しかたないか。
「わたくし、この件の調査にはセラフィン王弟殿下を推挙いたしますわ。もしお受けくだされば、ですけれども」
「なぜ、セラフィンを?」
ヨハン王子が不快そうな表情になるのも、無理はない。
王弟セラフィン・グリュンシュタットは、ゲームではいわば 『悪役令息』 だった。悪役令嬢のヴェロニカにひそかにベタ惚れしており、そのせいでなにかとヒーロー・ヒロインと対立する立場である。
そしてヴェロニカが断罪されたのちは闇落ちし、彼もまた成敗されてしまう ――
こちらの世界でもセラフィンがヴェロニカに好意を持っているかは不明だが、覚醒前の私が彼の世話になったことは、いちどだけあった。
そのときの印象ではセラフィンは、気難しく皮肉屋にみえて実は話の通じやすい人だったのだ。
それにセラフィンがしばしばヨハン王子とアナンナに苦言を呈しているのも、事実である。
敵の敵はすなわち味方。セラフィンならきっと、ヨハン王子やアナンナに忖度しない調査結果を出してくれることだろう。
「セラフィン殿下はどの派閥にも属さないかたですから、公平な調査を行ってくださるものと期待しますわ、ヨハン王子殿下」
「むう…… 」
ヨハン王子はうなった。
公平な調査を行われたくないということなら ―― やはり、ヨハン王子も真っ黒だな。
「しかし、セラフィンもなにかと多忙で」
「いえ、お受けしますよ」
進み出たのは、どこか影のあるイケメン。短めの銀髪と灰青色の瞳が冷酷な雰囲気を醸し出している。
誰にもなびかない 『氷の貴公子』 的な雰囲気 ―― だがここだけの話、ゲームのセラフィン攻略ルートは比較的チョロかった。
対立するたび彼をかばい理解を示すだけで、完全になつかれてしまったのだ。単純すぎて興ざめだった件。
―― フタを開ければ単なる寂しがりさんだとか、悪役をナメている設定だと思う。
それはさておき。
こちらの世界のセラフィンは、まさに悪役そのものの冷めた表情をヨハン王子にむけていた。
「放置してもいずれはこちらが内密に処理せねばならぬ案件として、まわってきそうなんでね」
「それを内密に処理するのが、おまえの仕事だろう!」
「仕事にした覚えはないが…… この件についてこの場で議論するとなると、困るのは誰かな?」
怜悧な美貌に浮かぶ皮肉な笑み。
あらあら、どうやら、セラフィンはヨハン王子から汚れ仕事を押し付けられているようね。
この場でそれを匂わせるということは、セラフィンも、ヨハン王子を見限ったということかしら。
思わぬ反撃にあい押し黙ってしまったヨハン王子をスルーし、私はセラフィンに流し目を送った。
「では…… 調査の内容は逐一、わたくしに報告くださいます? 調査にかかった費用は公爵家にご請求くださいませね」
「了承しました」
「では、詳しいことは場所をかえてお話しいたしましょう。メアリーもいらっしゃい…… さて、みなさま」
私は前世の 『体操の先生』 モードの声音を使って会場を見渡した。
「女生徒失踪の件につきましては、わたくし、公爵家のヴェロニカ・ヴィンターコリンズの預かりとさせていただきます。調査は王弟殿下がみずから行ってくださいますゆえ、必ず早晩解決するものとご期待くださいませ…… では、わたくしたちはこれにて」
「おい! ちょっと待てっ」
軽く会釈をしてセラフィン、メアリーとともに会場を出ようとしたとき。
ヨハン王子がはっとしたように呼び止めてきた。
見れば、アナンナが顔面に余裕の笑みを貼り付かせたまま、ヨハン王子の二の腕を思い切りひねっている ―― よっぽどイラついたのね、アナンナちゃん。
「なにしれっと勝手に調査を横取りしてるんだ、おまえ! あと婚約破棄!」
「あら。学園内で起こったことを公爵家が調査するのは当然ではなくて? 貴族院の長はわたくしの父ですのよ?」
「うっ…… 」
再びつまるヨハン王子と、口の中で舌打ちしているらしいアナンナ。
この魔法学園は国内唯一の公共総合教育機関で、貴族院の管轄である。学園長は別にいるが、貴族院の長は私の父でかつ宰相でもある、ヴィンターコリンズ公爵。
つまり父の名を出されれば、アナンナはもちろんのこと、ヨハン王子とて引きさがらざるを得ない、というわけ。
いくら国王から溺愛されているとはいえ、妾腹の第三王子と聖女に認定されたばかりの子爵家の養女とでは、これ以上打つ手など思いつかないだろう。
「婚約破棄は承りますわ。父に報告し、後ほど家令を通じて条件の詳細を詰めることになりますでしょうから、よしなに――
それから、みなさま」
私は再び声音を変えて会場を見渡す。
公爵家の名を持ち出してしまった以上は、去る前にもう一芝居、打たねばならない。
「お騒がせしましたお詫びとして、みなさまには公爵家よりフローリス・カフェのケーキセット無料券を配らせていただきますね。では。引き続きパーティーをお楽しみになって」
フローリス・カフェは王都いちばんの目抜き通りのカフェであり、オーナーは私だ。6歳の誕生日で祖父からもらったプレゼントである。
余談ながら、ゲームでヒロインがカフェデート中に悪役令嬢の妨害を受けるイベント ―― 前世の記憶が戻るまえに、しっかりやらかしてたわ、私……
だって変装もしてない素のヨハン王子が、衆前でアナンナとイチャイチャしてたから。
あのときの私は 『こんなのゴシップ紙のかっこうのネタでしょう』 と判断し、王子と自分の店のために止めに入ったのだった。
―― 悪役令嬢の嫌がらせって、かくして形成されていくものなのね……
妙なところに感心しつつも私は、ドリスにカフェの無料券の手配と配布を頼む。
ドリスはおびえた表情でうなずき、小走りに去っていった。
―― 私がこの断罪劇を切り抜けるとは、考えていなかったんだろうな。おバカさん。
けど、ここで指示に従わなければ 『公の場で主人に恥をかかせようとする出来の悪い侍女』 と周囲から見られる、ということ程度は、わかっていたようでなによりだ。
―― 帰宅したら、今後の処遇を決めてあげなきゃね。
さて、これでようやく。
今度こそさよなら、ウザいパーティー。
先生がたに挨拶をすませ、私はメアリーを伴って出口へと向かう。
と、セラフィンが心得たように肘を差し出してきた。悪役とはいえさすがは乙女ゲームのヒーロー。エスコートは完璧だ。
「ヴェロニカさま」
会場の外に出ると騎士がひとり、すかさず寄ってきて私の前に膝をついた。
私の護衛騎士にしてヴィンターコリンズ騎士団の副長、ザディアス・レイだ。
海を思わせる青い髪に金色の瞳、均整のとれた身体。
前世のゲームでは攻略対象一の美貌とうたわれていたはずだが、私の前では頭を下げてばかりなので、ほとんどつむじしか見えないのが常である。
「ザディアス、ご苦労さま…… 賊はつかまえて?」
「はっ、しかし、彼らは第三王子の近衛兵でしたので…… 学院は我々、公爵家の騎士団の管轄である旨を告げ、お引き取りいただきました」
「それでけっこう」
卒業パーティーでヨハンが衛兵を呼んでも無駄だったのは、こういうわけだったのだ。
つまり、私が事前にザディアスに 『卒業パーティーを狙ったテロが起こるとの情報を得たので、念のために警備を増やし、賊をとらえておくように』 と伝えていたのである。
―― 私を断罪する予定なら、ヨハンは当然、兵を待機させているはず。
しかし学園の警備もまた、貴族院ひいては公爵家の管轄であり、王家ではない ―― つまり、もしヨハンがうまく私の断罪にこぎつけたとしても、ゲームのようにスムーズに 『捕縛~投獄~追放』 の流れにはなり得なかったのだ。
だって、ヨハンがどこかに潜ませている私兵をとらえさせるだけで、その流れは簡単に止めることができるのだから。
―― もしこの件で王室から抗議がきたとしても、非常事態でもないのに管轄外に兵を出すほうが悪いのは明白。なので、たいした問題にはならない。
結局は、私の前世の記憶が解き放たれたのがヨハンとアナンナの運の尽きだった、ということね。
―― あとは、あのふたりの裏の顔を暴き、完膚なきまでに叩き伏せるのみ。楽しいわね。
「では、行きましょうか」
私はメアリーとセラフィンをうながし公爵家の馬車に同乗してもらう。
悪だくみは、これからだ ――




