5-4. 王妃とメイドと精霊術師は毒でつながる④
シャングリラ王国の隣国、フェリーチェ。
こちらもやはりゲーム製作陣の 『適当におめでたく』 的なノリでつけられたとしか思えぬ国名 ―― だが、ともかくも。
その隣国から我が国に嫁いできたのが、前王母のマルガレーテだ。
ゲームでは式典の背景にめちゃ雑に描かれているだけの顔すらないモブ妃だった。
しかしこの世界のご本人は理想的なたまご型の顔に濃い金髪と青い瞳のいかにもな王族である。
―― 精霊術師の診療所を訪れた翌日。
私は、王宮の敷地の端、王家の墓所の入り口にある教会へ向かった。
ここには前王父が亡くなって以来、マルガレーテが侍女たちを連れて引きこもっている。
その後、息子である前国王も亡くなったため、もう城には戻らないと決めたそうだ。
夫と息子のために祈りを捧げる日々を送りながら、余生を送る女子修道院の完成を静かに待っている ―― 表向きは。
先触れだけの突然の訪問だったが、さして待たされることもなく、マルガレーテは姿を現した。
黒い喪のドレスを身にまとい、死んだような表情をしている。
声にはまったく、感情がこもっていない。
「よくきましたね、ヴィンターコリンズ令嬢。すこやかでしたか」
「はい…… と申し上げとうはございますけれども、すこし…… 」
「なにか病気ですか? お大切になさい」
「ありがとう存じます、殿下」
「ところで…… 本日は、どのような? 先触れは、用件を申しておりませんでしたが……?」
「ええ。少しこみいったお話になりますものですから」
マルガレーテと差し向かいに座り、出されたお茶に口をつけつつ、私は彼女をどう攻略するか、頭を巡らせていた。
―― 私が確かめたいのは、母の死にマルガレーテが加担していた事実。
ほんのわずかに封印が解かれた、あの記憶のなかでは……
カマラが毒を使うことで罪に問われたりしないよう、父がマルガレーテに根回ししていた。
(父が、カマラの前でそうすることにより、母に毒を盛らせるよう仕向けたことは明白だった)
マルガレーテが計画に素直にうなずいたのは、おそらく父に弱みをにぎられていたからだろう。
父はいったい、彼女のなにを知っていたのか?
―― 私の推測では、それは……
しかしストレートに本人にきいても、答えてはもらえなさそうだ。
やはりここは、いかにもそれらしい話題から入ろう。
「公にはしておりませんが、先日。メイドのリザ・カツェルが、陛下とわたくしのお茶に毒を入れましたの ―― 殿下の元侍女のリザですわ…… 覚えておられますか?」
毒、ということばに、ぴく、とマルガレーテが反応する。
「 …… わたくしの指示では、ありません」
「失礼ではございますけれども、その証拠は? ありまして?」
「では聞きますが、ヴィンターコリンズ令嬢。そのメイドが、わたくしの指示だと申したのですか?」
「いいえ、まだ…… いま、取り調べが行われているところですけれど、いくら拷問をしても、己の独断と言い張るので、手を焼いているそうですわ」
「ヴィンターコリンズ令嬢。あなたはそのようなことをわたくしに申すために、わざわざ来たのですか?」
「ええ。拷問がひどくて、彼女が気の毒なのですもの…… 殿下がひとこと、おしゃってくだされば、あの娘は助かりましてよ?」
「そうは言われましても、身に覚えがありませんから」
「マルガレーテ殿下……もし指示されたのが殿下だとしましても、咎められはしませんことよ? このたびのことは内密かつ穏便に処理したいといいますのが、陛下のご意向ですもの」
マルガレーテの膝に置かれた手の中指が、イライラと動く。
「してもいないことを、した、と言うわけがないでしょう? それも、たかだかメイドふぜいのために!」
「あら…… ですけれど、そうしなければ、いつ、彼女の口からもれるか、わかりませんことよ?」
「なにが、もれるというのです?」
「ナサニエルさまの秘密が…… 」
膝をとんとん叩いていた中指が、ぴたりと止まった。
私は、しれっと続ける。
「リザ・カツェルはナサニエルさまの恋人でしたのでしょう? ナサニエルさまの悩みごとも打ち明けられていて、当然ですわよね?」
「恋人など…… あの娘が身のほど知らずにも、一方的にまとわりついてきていただけです!」
「あら…… では、なぜリザは知っていたのでしょうか? ナサニエルさまに、お父上であるフィリップ陛下の血が一滴も入ってい」
ふいにマルガレーテが金切り声をあげ、私のことばをさえぎった。
―― そんな反応したら、ほんとうだってバレちゃうよ?
ちょっとカマかけただけなのに、素直でおかわいいこと。
どうしました、と数人の侍女が駆けつけてくる。
マルガレーテは即座に表情を変えた。
「なんでもありませんよ。虫が飛んできて、驚いただけですから」
「では、虫除けをたいておきますね」
「そうですね。お願いします。こちらは心配ありませんから、もうお下がりなさい」
「かしこまりました。失礼いたします」
落ち着いたほほえみで侍女たちを追い返したあと。
マルガレーテはひとつ息をはき、声を殺して問いかけてきた。
「…… あの娘が…… リザ・カツェルが、そう申したのですか?」
「リザ・カツェルはマルガレーテ殿下に認めていただきたい一心なのですわ。かわいらしいこと」
「それがなぜ、あなたに、そのようなでたらめを告げることにつながるのです!?」
「さあ、わたくしにも…… と、申し上げたいところですが。実は、尋問の際に薬を使いましたら、たまたま、というだけの話なので…… あの娘が誰かまわずそれを言いふらしたわけでは、ございませんの」
「…… 嘘です」
「なにが、でございましょうか、マルガレーテ殿下?」
「ナサニエルが…… 陛下と血がつながっていない、などと。そのようなこと、あるはずがないでしょう?」
「さあ…… わたくしにはわかりかねますけれども…… ナサニエルさまは、そういえば、王家には珍しい土の魔力持ちでしたわね?」
「それがなにか」
「もし噂になっているとしましたら、きっと、そのせいではございませんこと?」
「噂など、知りません!」
マルガレーテは立ち上がると、侍女を呼んだ。
「ヴィンターコリンズ公爵令嬢がお帰りです。出口まで送ってさしあげて」
「かしこまりました…… 令嬢、こちらでございます」
「ではね、ヴィンターコリンズ令嬢。おしゃべりをありがとう」
本当に露骨なひとだ…… よくそれで、王妃がつとまったものである。
「では、マルガレーテ殿下。女子修道院が完成いたしましたら、またお祝いさせていただきますわね」
―― そのときまで、マルガレーテが生きているかはわからないけど。
「テン。これから、リザ・カツェルへの差し入れに注意してちょうだい。特に、マルガレーテ殿下の侍女あたりからの」
「こんどはなにをたくらんでんだ、お嬢?」
教会からの帰りがけ。
芸術家たちのアトリエがある離宮 (その実は王家暗部の本拠) へ寄ると、テンはちょうど作業中だった。
白いウェディングドレス姿の私が、画布のなかからこちらに向かってほほえんでいる。結婚記念の肖像だが、その腕にとまっているのは、なぜか鷹だ。
テンいわく 「一般的には犬だが、お嬢ならやっぱこっちだろ」 とのことで…… まあたしかに、犬より似合っているとは思う。
「テン、覚えていて? ナサニエルは砂色の髪でしたでしょう? 両親とも見事な金髪ですのに」
「そうだったな。マーゴはそれ言われんのがキライでさ、しつこく噂する某男爵夫人のしまつを、だんな経由で頼んできたことあったわ」
「まあ。そこまでなさっていましたの」
「しかも1回や2回じゃないぞ? しまいにゃ誰も噂しなくなったからな」
「先に聞いていましたら、わざわざリザを囮に使わずともほぼ確定でしたのに…… 」
「なにがだ?」
「ナサニエルが、マルガレーテ殿下の浮気の子だということが、でしてよ」
「ああー…… 」
テンが伸びをして 「まあそりゃ確実だろ」 と、つぶやいた。
「了解。じゃ、リザへの差し入れはすべて、こっちでいったん回収。調べることにするよ」
「ありがとう。それと…… 」
「マーゴと親父さんの監視強化なら、もうしてるぞ」
「さすがですわ。では、よろしくお願いしますね」
「おう。じゃ、またな」
テンは私にむかって片手を振ると、再び真剣な顔で絵筆を画布に置きはじめた。
離宮を出ると、メアリーが私に向かって駆け寄ってきた。
「ヴェロニカさま! セラフィン陛下が、またふたりでお茶をいかがかと…… この前のが、なにも話せないまま、流れてしまったので」
「ええ喜んで、と伝えてくださいな」
「はい、かしこまりました」
メアリーは礼をとるとまた、急ぎ足で戻っていく。
遠ざかっていく後ろ姿をゆっくりと追いかけながら、私は今後の計画を練った。
―― 父もマルガレーテも。ラクに死ねるとは思わないことだ。




