5-1. 王妃とメイドと精霊術師は毒でつながる①
【ヴェロニカ視点・一人称】
いまさらだが、乙女ゲーム 『光の花の聖女さま~魔法学園で咲かせる恋の華~』 の攻略対象は8人 ――
けれどもゲームによく似たこの世界では、すでに半分の4人が消えている。
4人ともみんな、表の顔はゲームどおりのイケメンだったが、裏の顔はとんでもなかった。
なお残った4人は、私にとっては信頼できる仲間ではあるものの、どこか後ろ暗さがあって ―― 王道とか正統派からは、きっちり外れている面々ばかりだ。
主役級がこれなのだから、ほぼモブ扱いの男性にも善人が少ないのはあたりまえ。前々国王 (下半身モンスター) とか、私の父 (無自覚モラ & 流され浮気男) とか。
―― もしかしたらこのゲームの原作者、ものすごく性格悪いかイケメンに恨みでもあるのかもしれない。
あるいはこの世界が、ゲームそのものではないか…… そっくりなだけのパラレルワールドってことも、ありうる。
「 ―― 知りようのないことを考えるのは、時間に余裕があるか、それがよほど好きなひとのすることですわよね。そうではなくて、メアリー?」
「はい、そうかもしれませんが…… どうされたんですか、お嬢さま? もしかして結婚式が近くてウキウキで、毎晩お眠りになれません?」
「このわたくしがどうして政略結婚する程度でそのような」
「はいはい。ウキウキなんですね」
私は純白のドレスのなかで自分のほおに手を当ててみた。うん、平熱。
ナサニエルの葬儀より2ヵ月が過ぎた春のはじめ ――
私とメアリーは、王宮に特別に用意された、結婚式のための衣装部屋にいた。
式のためのドレスができあがったので、試着をしているところなのだ。
―― ちなみに、いま着ている大聖堂用のものは繊細なレースを重ねて真珠をあしらったマーメイドライン。すその長さなんと、3m。
とうぜんメイドたちにすそを持って移動してもらうのだが、個人的な感想としては、もはや式というより運動会である。
すそにシワをよせず、豪華かつエレガントに見えるように。歩調を合わせてはい 1、2、3 ……
「このドレス…… もし襲撃されましたら、スカートをぶったぎるよりほか、ありませんわよね。どこかに刃物は隠せますかしら?」
「そのような心配しなくても、私があなたを守りますよ、ロニー」
「ラフィー。きてくれましたのね」
セラフィンは私に目を向けたまま、部屋のなかに入ってきた。
「きれいだ…… よく似合っていますよ」
「とうぜんでしてよ」
つんとアゴをあげてドヤる私に、セラフィンが笑顔で応じる。
彼の 『かわいくてしかたない』 と言っているかのような表情に、私のほおの温度はわずかにあがった。
「ところで、襲撃とは。なにか不穏な情報でもつかんでいるのですか、ロニー?」
「いえ、とくには、なにも…… ただ」
「ただ?」
「あら、言い間違えてしまいましたわ。なんでもありませんのよ、ほんとうに」
いまのところ襲撃のおそれなどまったくないが、こういう発想になってしまったのには理由があった。
私自身のこと、父のこと……
私の婿となって公爵家を継ぐ予定だったセラフィンが国王になってしまったため私はいま、父と跡取り問題で少し、もめているのである。
だがそんなグチは私らしくなかった。
最近はセラフィンといるとどうも…… 油断してしまって、困る。
「 ―― お忙しいなか、きてくださって感謝しますわ、国王陛下」
「すぐに私を追い出そうとしますね、ロニーは」
「だってお忙しいのでしょう?」
「忙しくても、この程度の時間はありますよ」
「陛下! ヴェロニカさまのお召し物が汚れてしまいますよ! 失礼ですがお控えください!」
「あ…… すまない」
この程度、といいながら私の肩を抱き寄せようとするセラフィンに、メアリーの容赦ない叱責がとぶ。
しゅん、となったセラフィン ―― 雨にぬれた大型犬みたいだ。
「では、このあと、お茶の時間に…… ふたりで」
セラフィンは私の手をとり、爪にそっと唇を落として帰っていった。
「―― で、ラフィー? ふたりで、とは、このようなことでしたの?」
「悩みがあるんでしょう? 私にも聞かせてください」
お茶の時間。
いつものサロンに行くと、セラフィンはいなかった。
かわりに侍従に案内されたのは、前王母の室内庭園 (私好みに改装中) ――
ふたりぶんのティーセットとデザートの並んだテーブルのまえに、セラフィンが待っていた。
あたりに人の気配がないのは、人払いをしたせいだろう。
セラフィンは立ち上がり、わざわざ私の椅子をひいて座らせてくれたあと、横にひざまずいて私の手を握った。
灰青色の瞳が、こちらを見上げる。
「約束したでしょう? わるいことは必ず一緒にしようと…… 」
いや 『必ず』 なんて言ってないよ、私は。
「まだ、実行のめどはたっておりませんもの。腹が立つというだけでは、処理できませんわ」
「それでも、隠されるのは寂しいです」
また、雨ふり大型犬モード…… これを発動されると私は弱い。本来は1ミリもないはずの罪悪感を刺激されてしまうのだ。
「…… わかりましたわ」
私はうなずき、ポットを取り上げた。
話す前にまず、お茶だ。
セラフィンのカップにポットからお茶を注ぎはじめて。
すぐに私は、あることに気づいた。
なにくわぬ顔で自分のカップにもお茶を入れたあと、セラフィンに砂糖の壺を差し出す。
「そのお茶…… お砂糖をたくさん入れたほうが、よろしくてよ。香りが少し…… 甘い味のほうが合いませんこと? ほら」
私はポットのふたをあけ、セラフィンの顔に近づけた。
「お茶の香りのなかに、少し甘い匂いが混じっていますでしょう?」
「これは…… おそらくネリウム (夾竹桃) の一種ですね」
「ええ。雑な方法ですわね」
ネリウムはこの国では山野に自生しており、花も葉も枝もすべて猛毒だ。
そこから毒を作ることは難しくはない。
だがその毒は人によって効く量の幅が大きく異なるため、確実に死なせられる量を入れると気づかれてしまう。いまのように。
プロではあり得ない、稚拙な仕事と言えるだろう。
セラフィンは少し考え、うなずいた。
「―― 私を消せば、転がり込んできますね」
「そのとおりでしてよ。直系の王子、国王が次々と消えて、遠かった王座が隣にやってきましたの。手を伸ばさないひとでは、ありませんわ…… 」
セラフィンと私はいま、同じ人物のことを考えている。
私の父 ―― 宰相、ヴィンターコリンズ公爵だ。
「雑なのは、わざとですわね。いま調べさせても、おそらく毒を入れたメイドがすぐにわかるだけでしょう」
「でしょうね」
セラフィンもうなずく。
毒を入れることを指示した人物を探るのは、おそらく困難。
見つからない自信があるからこそ、彼はあえてプロを使わなかったのだ。
私たちが気づいて騒ぎ立てても、ウッカリ毒にあたって死んでも。
事態はおそらく、彼にとって有利にしか動かない ――
「静観するしかないですね」
「ええ…… けれど、念のためにメイドは、とらえさせましょう」
「もう捕まえてるぞ」
「テン?」
ふいに天井から声が降ってきた。
見上げると、小柄な男がぶらさがってこちらに手を振っている。いかにも画家らしい、長袖のシャツと袖なしジャケット。
テンは宙返りを繰り返しながら、音もなく床に降りた。しなやかなネコみたいだ。
「王宮は暗部の者たちが常に見張っているんだ。怪しい動きをする者は即、捕縛する」
「その割にお茶に毒が入ったままでしたけれど……?」
「気づいたろ?」
むしろ気づかなきゃガッカリ、とテンが軽口を叩く。
「毒を入れたのはリザ・カツェル。もとは前王母殿下の侍女だ ―― 」
※※※※※※
【リザ・カツェル視点】
ここまですればマルガレーテ殿下もわたしの忠誠心を認めてくださるだろう。
リザは冷たい石の床のうえで、そのことばかり考えていた。
―― 国王と婚約者のお茶に毒を入れたことは、すぐに知られてしまった。
人払いがされた室内庭園でのお茶は、めったにない好機だと思ったのに。
ポットのふたをあけ、毒を入れた次の瞬間には、音もなく背後に立っていた男に捕まってしまったのだ。
目隠しをされ、地下牢に連れてこられた。
拷問をすると脅されたが 『マルガレーテ殿下でなければ、お話できません』 と言ってやった。
―― マルガレーテはまだ、やってこない。
(もしマルガレーテ殿下がいらっしゃったら、きっと、ほめてくださるわ。よくフィリップ陛下とナサニエルさまの仇を討とうとしてくれたと、感激されるに違いないわ)
そしてきっとまた、側仕えの侍女に戻してもらえるはず ―― そのときの晴れがましさを思えば、少しのあいだ牢に閉じ込められる程度、なんでもない。
だってリザは、マルガレーテのことが大好きだったのだから。
ある日とつぜん、理由もわからないまま側仕えを解任されたときは悲しかった。だが、それでも……
リザにとってマルガレーテはずっと、キラキラした憧れのお姫さまなのだ。
―― 捕らえられてからどれだけ時間が経ったのかは、1日2回出される食事だけが知らせてくれる。
その朝の食事は、昨日よりもしっかりしたものだった。パンとスープだけでなく、サラダと卵焼きとヨーグルトまでついている。
(もしかしたら、わたしのこと、マルガレーテ殿下のお耳に入ったのかも。だから、待遇を良くしてもらえた……?)
リザが希望をもって朝食を終え、しばらくったころ。
「おい、くるんだ」
牢の扉から、小柄な黒髪の男が入ってきた。
「なに? マルガレーテ殿下が、いらっしゃったの?」
「くるわけないだろ」
あっさりと冷たい返事にリザはガッカリしかけたが、次の瞬間には笑い出しそうになった。
「国王陛下と婚約者のヴィンターコリンズ令嬢が、中毒で亡くなった…… これから、おまえの審判が行われる。覚悟しとくんだな」
「ほんとうなの!? へえ…… あのお茶、すぐに替えなかったんだあ…… 」
「…… 替える前に、飲まれてしまったんだ…… くそ女が」
「ふふっ。それで、ふたりとも飲んじゃったんだあ…… うかつぅ! ざまあみろ、ですねえ!」
審判なんて怖くない、とリザは思った。
―― むしろ、わたしがフィリップ陛下とナサニエルさまの復讐をして差し上げたことが、マルガレーテ殿下のお耳に入れば。
きっと会いにきてくださるに違いない。ほめてくださるに違いない。
もし死刑に決まったとしても、永遠にマルガレーテ妃殿下の側仕えだと認めてくださるに違いないし、減刑だって嘆願してくださるはず ――
だが連行された部屋には、裁判官も陪審員もいなかった。
目隠しをとったリザの前には、死んだはずの女 ―― つややかな黒髪の美女が、紫水晶の瞳に心底から嬉しそうな笑みをたたえて、待っていたのだ。




