1-4. フラグ折らずとも断罪は回避できるのが権力というもの①
前世のゲームのなかでは卒業式はかなり省略されており、生徒代表の挨拶とヒロインへの卒業証書授与、そして記念のスチルのみだった。
生徒代表は王族ではなく、聖女、あるいは成績優秀者と定められている。従ってヒロインがノーマルエンド以上を迎える場合は、挨拶する生徒代表はヒロインだ。
今世の卒業式でも、生徒代表として挨拶したのはヒロインのアナンナだった。
内容が 「特待生として不安な入学でしたが、高貴な方々にもひとかたならぬご支援をいただき……」 とヨハンとの付き合いを匂わせるものだったので、やはりアナンナは第三王子ルートのハッピーエンドを迎えると考えるべきだろう。
それはすなわち、この後の卒業パーティーで私がヨハンから断罪・婚約破棄される、ということに他ならない。
―― もっともそれは、この前にヨハンが難癖つけに来た時点で予測済み。
すでに手は、打ってある。
それにしても、王族ともあろうものが現実で、ゲームみたいなバカバカしい婚約破棄劇を繰り広げるとは思えないんだけど……
聖女と結婚したいなら、普通に公爵家に申し入れて条件すり合わせの上、円満な婚約解消をはかればいいじゃない?
ゲームと現実は違うわけだし、もしかしたらそうなるかも ―― という私の予測は、卒業パーティーが始まってまもなく、砂のごとくに崩された。
「公爵令嬢ヴェロニカ・ヴィンターコリンズ! おまえとの婚約を破棄する!」
アタマ大丈夫なのかな、ヨハン殿下。
いやまあ、敷かれたレールの上は歩かない、という年相応の反骨精神の現れと思えば、微笑ましくすらあるけど ――
けどね…… こっちはすでに、前世でやりこみまくったあげく、飽きてスキップしてた流れなのよね、この 『ラスト直前☆あるある婚約破棄』。
退屈で、あくびでそう。
だが、あくびするより思いきり被害者ぶるほうが周囲の同情票が入ることは間違いない。
よし。やるか。
―― 私は前世で生徒が同僚のコーチにレイプされかけているのを発見したシーンを思い出してみた。
あのときの私は 『ゴミクズ発見』 とワクワクしていただけだったが、今はやはり、現世のヴェロニカの感情にわずかに身体が引きずられている。
腹の底から胸になにか重たいものが突きあげる…… これは 『怒り』 か。
そして背筋がゾクッと緊張するような感覚。 『嫌悪』 や 『恐怖』 といったものだろうか。
必要な感情は、揃った ―― あとはこれらの感情を使い、被害者らしく演技をするだけ。
果たして、この私に、たかだか第三王子ふぜいが正義の鉄槌 (笑) を下せるものかどうか ―― やってみるといい。
「そんな…… なぜ、ですの?」
私は、わざと声を詰まらせつつ第三王子に問いかけた。
「理由を、お聞かせ願えませんでしょうか、ヨハン殿下」
ふん、とヨハンが鼻でわらう。自信満々だな、おい。
「ここにいる全員が、証人だ!」
ヨハン殿下は、気持ちよく正義に酔っていらっしゃるようだ。テンプレだけど。
「おまえは取り巻きたちとアナンナを嘲笑っただろう! そして取り巻きに、アナンナをいじめさせたのだ!」
「まあ、わたくし、そのようなことは……」
「ではおまえは、言った覚えがないというのか!? 礼儀作法がなってない平民あがりだと!」
いや礼儀作法がなっていないのも平民あがりも真実でしょうが。
まあ以前の私が、取り巻き令嬢たちの陰口に困りながらも追従笑いしてたのは事実。
悪意はなかったとはいえ、取り巻きたちが 『その笑いGOサインね』 と解釈してやっちゃうことさえ予測できてないあたり ―― 覚醒前の私、終わってるな、正直……
だがここで、それを認めてあげる義理はない。
「嘲笑ったりなどと、そんな……! わたくしたちはただ、貴族として気になる振る舞いを注意しただけですわ…… あのまま放っておいては、アナンナさんが卒業後に社交界で、笑い者になるだけですもの」
「それだけではないだろう! おまえはアナンナに嫉妬していたんだ! だから、彼女を階段から突き落としたのだろう!?」
「そんな……! あれは、アナンナさんが勝手に落ちてしまいそうになるのを、止めようとしただけ…… わたくしがアナンナさんの下敷きになって頭を打ったことは、ヨハン殿下とてご存じのはずではありませんか?」
「ふっ…… 証人はちゃんといるぞ ―― ドリス・トレイター! 前へ!」
「はい! 証言します!」
ショッキングピンクのドレスをまとったダイナマイツなぽっちゃりさんが前に進みでてきた。ドレスに合わせた華やかめのメイクをしてあげたのは、私だ。
我ながらいい出来栄えだけれども ―― ここでドリスが出現、ということは、懐柔には失敗しちゃったか。
まあ仕方ない。持たざる者の嫉妬にまみれた恨みは、根深いものだものね。
「この女は……」
ドリスは私を憎らしげににらみつけ、指さした。
「この女は、アナンナさんを階段から突き落としたうえで、自分に疑いがかからないよう、わざと一緒に落ちたのです!」
「嘘を言わないで…… ドリス」
セリフはゲームどおりにしてみたが、ゲームの悪役令嬢のように金切り声をあげて怒り狂うなんて愚かなマネはしない。
私の被害者演技は、まだ続行中 ――
うつむき、震える声を紡ぎ出す。
か細い声でもよく通るようにするには、腹筋をしめてハミングの要領で音を鼻の奥に通し、脳天まで突き上げるように発声する必要があるんだよね。
被害者は腹のなかで足を必死に動かしてる、ってわけ。あと笑ってもいる、楽しすぎて。
「このような嘘を言われてしまうのも、これまでわたくしが至らぬ主人だったせいでしょう…… ですけれど、わたくしは…… 神に誓って、アナンナさんを階段から突き落としたりはしていません」
涙を自在に出せるのも、私の特技だ。このときには心の半分程度で 『本当に私、かわいそう!』 と思い込むのがコツである。
自分で言うのもなんだが真珠のごとき涙を2粒、4粒と、私は頬に転がしていった。
―― いかにも悪役令嬢っぽいキツめの顔にスリットの入った悪女ドレスを装着中とはいえヴェロニカは基本、超がつくほどの美少女。
キツめな外見と可憐な涙とのギャップに、会場の皆さんが萌えてくだされば本望だ。
「そんな! あたしは嘘なんて、言ってません!」
派手なドレスに派手メイクの女が、いくら金切り声をあげても…… ねえ?
会場の皆さんの視線はすっかり疑わしげに、ドリスとアナンナ、そしてヨハンに注がれている。
「うっ……」
たじろぐヨハン。
さくさく断罪を進めてしまおうとでも思ったのだろう。大声で兵を呼んだ。
「衛兵! 衛兵!!! 衛兵ぇえええ!!! …… どうして誰もこないんだ」
「さあ? 学園内だから、では、ありませんの?」
誰も来ないのはもちろん、その辺すでに仕込み済みだからである。
しゃくりあげながらすっとぼける私を、ヨハンがいまいましそうににらんだ。
あら、舌打ちまで…… ますます人望が離れそうね。
「誰かっ! この女をとらえろ!」
誰も動かないのは、妾腹の第三王子と宰相を父に持つ公爵令嬢とを秤にかけた結果だろう。
自分の立場をきちんと把握していないとは、致命的ね、ヨハン殿下?
「ちっ…… 使えないやつらばかりだ……」
ヨハンは、ついに黙ってしまった。
さて ――
そろそろ、反撃を始めさせてもらいましょうか。
いままで黙っていたヒロインを、第三王子の庇護下から引きずり出してあげるわ。
「実は…… アナンナさんの名誉のために黙っておりましたけれど…… わたくし、見ましたの…… 」
「ふんっ、ざれ言を…… いったい何を見たというのだ」
ヨハン王子が鼻で笑ってみせるが、会場の空気は完全にこっち。美少女の涙の威力すごい。
「あのとき、アナンナさんの背後に、たくさんの少女の亡霊が…… 」
ひっ、とあちこちで悲鳴があがる。
―― アナンナと関わって姿を消した侍女科の生徒たちがすでに亡くなっているという確証はない。なにしろ失踪じたいが揉み消されて、噂にもなっていないのだから。
けれども不信感を抱いていたのはきっと、情報提供してくれたメアリーだけではないはず。
それならば、と私は予想していた。
その不安を刺激するだけで、みんなは勝手にアナンナの犯罪を真実にしてくれるだろう ――
読みは、あたっていたようだ。
なにより、アナンナの表情。ぱっと見には 『急に身に覚えがないこと言われて困ってますぅ』 といった感じに作っているのはさすが。
けど、目がほんのわずかに泳いじゃってるね?
脳内ではおそらく、どう出るのが正解かを高速シミュレーションしているのだろう。
私とアナンナ。どちらがより被害者になりきれるか ――
アナンナが 「そんな…… あれは呪いだったと、いうの……? 」 とつぶやき、フラッとよろける。
『少女たちの亡霊』 を 『呪い』 とし、問題をずらしたのだ。なかなかやるな。
すかさず支えにきたヨハン王子にだらしなく身体を預けたまま、アナンナはせつせつと訴えかけた。
「アナンナはぁ……っ! それほどまでに、嫌われて、いたんでしょうかぁ…… 一生懸命にやってきたのにぃ…… 平民あがりというだけでぇっ!」
「ヴェロニカの言うことなど信用するな、アナンナ。おまえだって、ヴェロニカに突き落とされたと言っていたではないか!」
「いいえ、きっとアナンナの勘違いだったんですぅ…… ヴェロニカさんが誰かを突き落とすなんて、するはずないもの。アナンナが、間違えて足を滑らせてしまっただけだわ。ごめんなさい、ヴェロニカさん。とってもご迷惑をおかけしましたぁ…… 」
「そんな! アナンナ!」
ヨハン王子はわめくが、この場ではアナンナが正解だ。女生徒失踪事件にこれ以上、注目されたくなければ、階段事件をもなかったことにして終わらせるしかない。
もっとも、この選択をしたことでアナンナは、私にとっては犯人確定なわけだけれど。
「いいのよ、アナンナさん。誤解がとけて、なによりですわ」
私は優しくほほえんでみせた。
社会のゴミクズをいたぶる…… こんな楽しいこと、これでおしまいにできるわけがない。
アナンナとヨハン王子には、もっと墓穴を掘っていただかなければ。
「それより、気になりますわね。あのとき、アナンナさんの背後にいた少女たちの亡霊は何だったのでしょう? なぜ、アナンナさんを突き落としたりしたのでしょうか?」
「そんなの…… アナンナだって、知りたいですぅ! 呪いをかけられるほど嫌われるなんて…… アナンナ、なにか悪かったんでしょうか…… 」
「もしかして、聖女だからではないか?」
ヨハン王子がハッとしたように両手を打った。ドヤ顔だ。
「アナンナが正式に聖女に認定される前から、光の国に旅立てない亡霊たちはアナンナの清らかな魂と光魔法の力に惹かれ、救いを求めていたのだろう!」
「なるほど、さすがはヨハン王子殿下。ご慧眼でいらっしゃいますこと」
あーあ。ヨハン王子ったら、もう(笑)
せっかくアナンナちゃんが 『誰かの呪い ⇒ ヴェロニカが嫉妬のあまり呪術師を使った (違法) 』 って流れに持っていきたくて頑張ってるのに、ねえ?
「そうしますと、神聖なるこの学園に、浮かばれない大量の亡霊がさまよっていた、ということになりますわね? あってはならない事態ではなくて?」
「うう、確かに…… 」
「そういえば、侍女科のほうで幾人も姿を消した生徒がいるとの噂を、ききましたわ。もしかして」
「……! そんなものはつまらぬ噂だ! 出所は、のちほど調査させる!」
ヨハン王子ったら、またまた(笑)
アナンナの歯をくいしばった口の動きをよく見れば、 『このバカ』 と言っているようだった。ウケる。
―― まあ、今日のところはこの辺でいいか。
婚約破棄はむしろ大歓迎なので、それだけ承る旨を告げてさっさと去ろう。
そう考えたとき。
聞き覚えのある声が、パーティー会場に響いた。
「失礼ながら、その件! アナンナ・リスベル子爵令嬢が関わっているかと思われます!」
アナンナをまっすぐに指差していたのは、初夏の草原のような色の髪と瞳の令嬢 ――
侍女科のメアリー・オーフェルンだった。




