表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢に転生したサイコパスは毒と魔術を操って、すべてのクズにザマァする。  作者: 砂礫零
第4章 愛しあうふたり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/62

4-7. 思いどおりにも一筋縄にもいかないのはたぶん趣味のせい③

【???視点】


「ねえ、いつになったら、帰してくれるの?」


「さあ? 頭領(ボス)がOKしたら、すぐに帰れるんじゃない? おいらじゃ、わからないけど」


 ネイトの(いえ)からこの大きな(いえ)()()()()て、3日ほど ――

 そのあいだ、デイジーは毎日のように同じ質問を繰り返していた。

 そのたびに、世話係につけられた少女 ―― 『ターニィ』 は同じ答えをよこす。

 『テン』 と同じく黒髪に黒い瞳、年は12歳だというターニィ。

 彼女は普段、デイジーに優しくしてくれる。

 なのに、この質問に関してだけはいつも、そっけない。

 意地悪じゃなくて本当に知らないんだろう、とデイジーは考えた。


 ターニィはデイジーにとっては、世話係というよりは教師だ。

 テキパキと根気よく、食事の作りかたや掃除のしかたを教えてくれる ――

 決してそれがイヤなわけではない。だが、前の生活とあまりに違いすぎることが、デイジーを不安にさせていた。


(どうしよう…… もう2度と、ネイトに会えなかったら)


 だがその不安は、ひょんなことから解消される。


 その日、デイジーが廊下を掃除していると、ターニィが慌てたようにやってきて、デイジーを上階へと連れていった。

 いつもふたりで使っている部屋 ―― そこに閉じ込もり、ターニィは内側から鍵をかける。


「どうしたの、ターニィ? まだお昼前なのに」


「うん…… しばらく部屋にこもって、絶対に出てくるなって、頭領(ボス)が」


「ふうん?」


 理由がわからないままに時間が経つ ――


「ねえ、ターニィ。まだなのかな?」


 言いながらふと窓の外を見たデイジーは、ことばを失った。

 ちょうど、この邸から出てきたばかりの男 ―― 侍従を連れ、豪華な服装をした彼は、ネイトとそっくりだった。


「ネイト……?」


「ああ…… 新国王陛下だよ」


 ターニィが教えてくれる。


「へ? 王さま?」


「めったにご自分では、こちらまで来られないんだけど…… よほど緊急のご用なのかな。たぶん、おいらたち、陛下の前で()()()しないよう、部屋にいろって言われたんだろうね」


 ここでデイジーは初めて、この(いえ)が王宮の一角にあることを知ったのだった。

 

(王さまがネイト……? まさか、そんな…… でも、あんなにソックリなひと、見たことない……!)


 彼をもう一度見てみたい、というデイジーの願いは、すぐにかなった。

 新国王はそれから、毎日のようにやってくるようになったのだ。



※※※※※※

【新国王 (ナサニエル/ネイト) 視点】


「まだ見つからないんだ?」


「はい。すみませんね。金髪碧眼の若い女なんて、国じゅうにいるもんで」


「旧市街を中心に探せと言っただろう! 『デイジー』 はそこしか知らないはずなんだ!」


「探してるんですが…… なかなか」


 ナサニエルは、苛立ちもあらわにテン ―― 暗部の頭領をにらみつけた。


 いくら国王直属とはいえ、暗部コヨーテはあくまで公的機関。あまりにプライベートなことに使うのは良くない ―― ナサニエルは普段、そう考えている。

 がまんできなくなったのは、いまの 『デイジー』 が姿を消して3日経ったころだった。

 別荘の者たちにどれほど探させても…… 『デイジー』 は、どこにも見当たらなかったのだ。


 ―― せっかくあそこまで育て上げて、ようやっと()()()()が来ていたというのに……


 逃げた 『デイジー』 のことを考えると、どうにも落ち着かない ―― ついにナサニエルは、己の信条を破って、暗部を彼女の捜索に使うことにしたのだった。

 ―― だが結局のところ、いまにいたるまで 『デイジー』 は見つかっていない。


 毎日のようにテンをせっついても、結果は同じだった。

 ―― この黒髪の頭領は、そのたびに深刻な表情を作りはするが…… 答えは常に 「まだ」 なのである。


「いそいでくれたまえ。どうしても見つけられない、というのなら…… 無能な暗部(コヨーテ)など、全員クビにするぞ」


「そうですか? しかし陛下。陛下の寝所が安全であるよう陰から警備しているのも、我々 『土狼(コヨーテ)』 であることをお忘れなく」


「はっ! 代わりなど、いくらもいる!」


 言い捨てて、荒々しく立ち上がる。


 ―― たかが拾った女ひとり程度で、とは思うものの……

 ひさびさに、たっぷりと趣味に(ひた)れる、と期待していたのだ。


 ―― 女たちは誰でも、拾ってしばらく育てていると 『愛している』 と言うようになる。

 幼かったころ、母がナサニエルにそう言っていたように。


 ―― だが、首をしめると必ず、彼女らはすごい形相でナサニエルをにらみつける。

 その表情もまた、幼い我が子を思いどおりの理想の王太子にしようと(しか)るときの、母の顔にそっくりで ――

 ナサニエルはいつも、()()()()してしまう。


 それでも首をしめつづけていると、やがて、憎々しげだった瞳が力を失う。表情も、ほんのすこしやわらぐ ―― この瞬間の、なににも代えがたい安心感をことばにするのは難しい。


 ―― 『デイジー』 が。母が。

 許し、受け入れてくれたのだ ――


 ―― おかあさまはもう、ボクを、憎むことも裏切ることも、ない。思いどおりにならないからと悲しみ、怒ることもない ――


 ―― 勝ったのだ。もう、憎まれないのだ。もう、悲しくこわい思いをしなくても、いいのだ ――


 勝利の記念品として、ナサニエルは彼女らに丁寧にエンバーミングを施す。きれいに飾って、ときに、おかす。


 ―― かつて、友人だったバーレント・フォルマの妹、カタリナ・フォルマの美しい遺体に恋をして以来、ずっと続いている秘密の趣味 ――

 ナサニエルは、死んだ女でないと愛せないのである。

 それも、もっとも興奮する相手は、己の手で拾い、育て、殺した女。

 だから、今回の 『デイジー』 がうまく育って、愛のことばを話すようになったときも、ナサニエルは嬉しかった。

 ―― もうすぐ、真実の愛の(よろこ)びが味わえるのだ、と期待した。

 

 なのにまさか、成就する直前の、このタイミングで逃げられてしまうとは ――



「いいか。なんとしてでも、さがしだすんだ……!」


 テンにもういちど厳しく言いつけて、ナサニエルは土狼(コヨーテ)の離宮をあとにした。

 むろん、彼は知らない。

 その背を見送っていたテンが、嫌悪感もあらわに 『だから、あんたなんていつでも殺せるってことだよ』 と毒づきまくっていたことを。



※※※※※※

【???視点】


「棚のなかの色粉はぜったいに触らないでね、デイジー。それから、換気とマスク、これもぜったい」


「うん、わかった、ターニィ」


 デイジーは素直にうなずいた。


 ―― さらわれて、5日。

 ここが国王のお抱え芸術家集団の暮らす離宮であることは、デイジーにももう、わかっている。

 画家、踊り子、歌姫に音楽家 ―― 彼らはひとつの家族のように仲が良く、支えあって生活している。

 掃除や食事づくりを担当しているのは、見習いと呼ばれる子どもたち ―― ターニィは踊り子見習いだそうで 『デイジーが仕事を覚えたら練習時間が増える』 と喜んでいた。

 それなら頑張ろう、とデイジーは素直に思う。

 ―― ネイトには会いたいけど。

 貧民街と比べれば、どこでも天国のようなものなんだから。

 それに、ここの人たちはみんな優しい。


(かぞく、かぁ…… )


 最初に聞いたときは、わからなかった ―― そのことばを、デイジーは好きになりかけていた。


 それは 『愛』 と同じように、あたたかくて、幸せなもの ――


 ネイトにも 『かぞく』 をあげたいな、とデイジーは思った。

 ネイトはなんでも持っていて優しいけれど、いつもなかに冷たくて寂しいものを抱えているから。

 きっと 『かぞく』 をあげれば、あんなに寂しくはならないに違いない ――



「手袋も、できるだけとっちゃダメ。腕まくりもダメ」


 ターニィの説明は続いていた。

 いまデイジーとターニィは、絵具の部屋にいる。

 危険な毒ばかりだという色の粉はすべて、鍵のかかるガラス戸棚にしまわれているのに、ターニィの説明は細かかった。


「もし掃除の途中に、絵具に直接さわっちゃったら、すぐに洗ってね!」


「そんなに…… あぶないの?」


「もちろんだよ」


 ターニィは戸棚のなかに並ぶ色をひとつひとつ、指さしてみせた。


「白と黄色、青はゆっくり殺す毒。赤の毒は踊り死ぬ。オレンジは、重い病気にしちゃう毒。いちばん危ないのは緑。たくさんですぐ死ぬ、ちょっとなら、ゆっくり」


「へえ…… きれいなのに、こわいね」


「だから、ぜったい気を付けなきゃ」


 ターニィとデイジーが掃除をしていると、ノックの音がした。扉のすきまから顔をのぞかせるのは、ターニィと同じ踊り子見習いの少女だ。


「ターニィ、そろそろレッスンの時間だよ」


「あっそうだ。今日はぜったい行かなきゃ!」


「うん。あしたは 『頭領(ボス)チェック』 だもんね…… デイジーは外に出ないでね。いま、国王陛下来てるから」


「またあ? 頭領(ボス)、キレてるんじゃない?」


「うん。殺気がすごい。気づかない陛下もすごい」


「やっぱり。ぜったい、そうだと思った……

 じゃ、デイジー。わるいけど、おいらたちが戻ってくるまで、ここの掃除しててね。ぜったいに外に出ないでね」


「うん、わかった…… 」


 ネイトにそっくりなあのひとが、来てる…… デイジーは胸がドキドキした。

 ずっと会いたかったのだ。

 少しでも、近くで彼を見たい。


(ちょっとだけ…… ちょっとだけ行って、すぐ戻る…… )


 デイジーはそっと、絵具の部屋をあとにした。

 絵具の部屋は半地階 ―― 来客はたいてい、すぐ上のサロンにとおされる。

 デイジーが階段をのぼるとすぐに、どなっている声が聞こえてきた。


(やっぱり、ネイトだ……!)


 かけだそうとしたとき、ぐっと手を引かれた。

 厳しい表情で指を口にあて、首を横に振るのは、画家の仲間のひとり ――

 そうだった、とデイジーは思う。

 ―― ここの人たちはみんな、あたたかくて優しい 『かぞく』 だけど……

 ネイトにだけはぜったい、会わせてくれようとしないのだ。


「ごめんなさい…… 」


 小さな声で謝って、とぼとぼと階段をおりるデイジーの背を、焦ったネイトの声が追いかけてくる。


「まだ、見つからないのか! 本当に、探しているんだろうな!?」


(ネイト、あたしに会いたがってるんだ…… ここにいるよ、って言ってあげたいな)


 けど、声を上げたら怒られてしまうだろう。

 デイジーにはそれが、こわかった。

 優しいひとたちから、嫌われたくない ―― でも、ここのひとたちを好きになるほど、ネイトには2度と、会えなくなっていく気がする……


(どうしたら、いいんだろう)


 デイジーは絵具の部屋に戻り、もういちど、掃除をはじめた。

 この部屋は、いまデイジーしかいない。

 ひとりでいるとどうしても、さっきのネイトの焦った声が気になってしまう。

 ―― いっしょうけんめい、デイジーのことを探してくれていた……


(逃げられるかな)


 外に通じているのは、天井付近の換気窓だけ。

 机の上にのっても、届かない。


 やっぱり無理だ、と諦めかけたとき。

 ふと、色粉のならんだ戸棚が目に入った。


『いちばん危ないのは緑。たくさんですぐ死ぬ…… 』


 そうか ―― デイジーは了解する。


 方法は、もうひとつあったのだ。


 デイジーは手近にあった椅子をひとつ、ずるずると引っ張ってドアの前に移動させた。


 ―― 戸棚のガラスを割ったら、その音で、きっとすぐに誰かがかけつけてくる。

 ()()()()()()()()()まで、部屋に誰も入らせてはいけない ――


(ふう。やっと終わった…… )


 部屋のなかの椅子をすべてドアの前に積みおわると、デイジーは()()()の柄を握りしめ、深呼吸した。


 勝負は、一瞬だ。


 ―― ここのひとたちは、バカなことはやめろ、と言うだろう。

 自分のいのちを大切にしなさい、と言うだろう。

 けれど ――


 このいのちは、ネイトに拾ってもらって、はじめて意味ができたもの。

 ネイトが求めてくれるから、デイジーは、ゴミじゃなくてデイジーになったのだ。

 だからやっぱり、デイジーはいつでも、ネイトの隣にいてあげたい。

 ネイトの 『かぞく』 になってあげたい ――


(ネイト、すぐに帰るからね)


 デイジーは、ほうきをふりあげ、おもいきり戸棚を殴りつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりマザコン拗らせかッ…!にしても、これだけネクロフィリア中毒だったら政務に支障きたしそうだし後継も…(首締めで興奮するのかもですが(最低だ…)子種は仕込めても、妊娠状態の王妃とは完全…
[良い点] ネイトは一見すると王道な王子様風なのに、歪んでいますね。デイジーの無垢さがネイトの歪みを際立たせているような気がします。そして、フォルマー……!やはり君かっ! ここにきてカタリナのことに触…
[一言] あわわわわ……!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ