4-6. 思いどおりにも一筋縄にもいかないのはたぶん趣味のせい②
【ヴェロニカ視点・一人称】
「お嬢。大当たりだ。あいつは激ヤバい」
私が王宮に幽閉されて3日 ――
テンが調査報告をもって現れたのは、朝食後のお茶をセラフィンと楽しんでいたときだった。
―― セラフィンは私が新国王に実質とらえられた、と知るや、すぐに駆けつけてきてくれた。
そして 『婚約者が帰ってきてくれないと、仕事に手がつかない』 と公言してストライキを始め、私と一緒に貴賓室に泊まり続けてくれているのだ。
大丈夫だから、と言ってもきかない。
『もし ネイトが襲ってきたら、どうするつもりですか』
『そのときにすることなど、ひとつだけでしょう?』
『王宮でそれはさすがに危険です。ですから、どうか私にあなたを護衛させてください。させてくれなければ…… いますぐ私が彼の首を斬りに行きます』
『わかりましたわ…… 』
この会話をメアリーは後日、 『青は藍より出でて藍より青し、って、こういうことなんですね!』 と評した。師匠よりも弟子が優れることのたとえだが……
私がセラフィンを育てた覚えは、ない。
(なお、いまさらだが 『ネイト』 は新国王ナサニエルの呼び名である)
ともかくも。
新鮮な果物とティーセットが置かれたテーブルで、テンが私たちに報告したところによると ――
―― 新国王はどこぞの裕福な平民に変装して、貧民街から戸籍にのっていない少女を拾い、別荘でこっそり飼っているらしい。
「それはまあ、美少女育成願望と考えれば、あり寄りのありなんだが…… 」
「適度に育ったところで、そのひとを殺しているのですね」
「なぜわかる」
「…… ただのカンでしてよ」
―― ほんとうは先日、彼が私の首をしめあげたときに、その胯間があからさまに盛り上がったから気づいたのだが……
セラフィンの前では言いにくい。
そのセラフィンは私とテンとのやりとりを聞き、黙ったままフォークを握りしめた。怒っているのだ、新国王に。
「それも、ただ殺すんじゃなくてだな…… エンバーミングって、わかるか?」
「エンバーミング…… 遺体を半永久的に保たせる、防腐処理術のことですね」
「そうそう」
エンバーミングは、前世でもあった遺体の防腐処理技術だ。古代のミイラづくりなんかもそのひとつ。
こちらの世界にもそれはあり、魔法や魔道具を使って遺体をきれいな状態のまま半永久的に残すことを、エンバーミングと呼んでいる。
「もしかして…… ネイトは殺した遺体にエンバーミングを施していたと、いうのでしょうか?」
「たぶん…… 地下に、彼女らを飾る部屋があってな…… あいつは土の魔力持ちだから、そういうのが得意なんだよな、きっと。あの部屋で、彼女らをメンテして、おか…… うっ…… おっと失礼」
「見たのですね?」
たずねると、テンは両手で口をおさえ、コクコクとうなずく。顔色があまり良くない ―― 意外と、繊細なのだ。
「いま、ひとり飼ってるんだが…… 彼女を殺すのも時間の問題と思う」
「なら、すぐに…… テン、セラフィン、行ってくださる? 彼女にお土産をもって、事情を説明してくださいな。もし言うことを聞かなければ…… わかっているでしょう?」
「おう。無理やりにでもウチで保護する、でいいよな?」
「ええ、正解」
うなずくと、セラフィンが怪訝そうな顔をした。
「ロニー、あなたは同行しないのですか?」
「わたくしは今回は、おとなしくお留守番していますわ。代わりに、わたくしの風の魔力石を使ってくださいな。目立たず空を飛べましてよ」
「お嬢、悔しそうだな?」
「ええ、とっても…… けれど、人命優先ですもの。ここにいて、ネイトを油断させることにしますわ」
「お嬢…… 最近出された食事に、変な味がするもんなかったか?」
「人格改造などされていませんわ? わたくし、もとからゴミクズ以外には優しくしてあげていてよ?」
「 ………… 」
セラフィンはすぐにうなずいてくれたが、テンは首をひねってしばらく考えこんだのだった。解せぬ。
※※※※※
【 ??? 視点】
このひとたちはどうして、こんな意地悪を言うんだろう……?
デイジーは混乱して、目の前のふたり連れを眺めていた。
ひとりは黒いツンツンした髪に黒い瞳の小柄な少年で、ひとりは銀色の髪に灰青色の瞳の青年。
青年のほうは、ネイトと同じくらいキレイなひとだけれど、すごく冷たくて厳しそうな感じがする ―― そうだ、絵本で見た 『死の天使』 みたいに。
玄関から来た客ではなかった。
彼らは、強い風とともにやってきたのだ ―― ひとり庭園を散歩していた、デイジーのところに。
―― いまデイジーは、死の天使からワインの小瓶をつきつけられていた。
「 ―― つまりあのかたは、あなたを殺そうとしているのですよ。逃れたければ、このワインを飲ませなさい」
「これは…… なんだ、ですか?」
「ひとくち飲めば数分で…… 死因は心臓発作と判断されるでしょうし、めったに入手できないものですから、あなたが疑われることはありません」
淡々と説明されたが、そもそもデイジーにはわかっていない。
「ネイトはあたしのことを大切にしてくれて、優しくしてくれて、愛してるって言ってくれるんだ…… なのになんで、あたしを殺すの? なんで、あたしがネイトを殺さなきゃいけないの?」
「―― それがあのかたの愛しかたであり、そうしなければ、あなたが殺されるからです」
「そんなの…… うそだ、うそだよ! あたしみたいな女がいい思いしてるから、意地悪しにきたんだろ!? あたしがこんなふうに暮らせるのが、おかしいから……!」
死の天使が眉をしかめて沈黙する。
黒髪の従者が、はじめて口を開いた。
「納得できねーのか? なら…… しかたないな」
小柄な身体がデイジーに向かって跳んだ。
逃げよう。
デイジーがそう思ったときにはもう、腕をつかまれていた。
「すまんが、ちょっと手荒なマネするぞ。こわかったら気絶してろ」
あっというまに口をふさがれた。手足を縛られ、目隠しをされる。
「失礼します」
死の天使の声がして、大きな腕に抱きかかえられた。
デイジーはもがきながら、なんども彼女の王子さまを呼ぶ ―― しかし、ことばにはならない。
(ネイト、たすけて……!)
デイジーのまわりで、音にならない音が満ちる。
空気が、どんどん冷たくなっていく。
奇妙な浮遊感。
すごい速さで、動いている ――
そのすべてが止んだとき。
デイジーは、ほんもののお姫さまと向かいあっていた ――
※※※※※※
【ヴェロニカ視点・一人称】
「いいこと? あなたはしばらく、こちらのテンが面倒をみます。ほとぼりが冷めるまで、隠れていらっしゃい」
「 ………… 」
2時間後 ――
テンとセラフィン連れてこられた少女は、半ばおびえ、半ば敵意のこもった目で私を見た。
みごとな金髪に、水色の瞳。たまご形の、整った顔 ―― 貧民街で拾ってきたとは、とても信じられない。
きっとナサニエルに大切に育てられたのだろう。
―― いつか、殺すために。
「わかって? そのあとは、もし働き口がなければ我が家でやとってあげてもよくってよ。希望の職がありましたら、斡旋もさせますわ」
「………… ネイトのところに帰らせて」
「わからないことを言うひとですわね。あなた、彼に殺されるところだったのですよ?」
「ネイトはそんなことしないよ! 帰して! ネイトはあたしを、お姫さまにしてくれるって言ったんだから!」
「 ―― あんた、いい加減にしろよ?」
テンが低い声で少女に問う。
「あんたが住んでた、そのネイトの邸の地下に、なにがあったかはもう、説明してやったろ? あんた、死体たちの仲間になりてーのか?」
「だって…… 」
少女は首を縮め、泣きそうな顔になった。
「あたしには、ネイトしかいないんだ…… ネイトに拾ってもらわなかったら、あたしなんか…… 「もう、けっこうでしてよ」
私は少女の話をさえぎる。
「疲れたでしょう? まずは、ゆっくりお湯でも使って、お休みなさい…… テン、お願いしますね」
「りょーかい。おい、あんた。俺におぶされ。じゃな!」
テンは少女を背負うと、軽々とベランダからとびおりた。
そのまま、芸術家たちのいる土狼の離宮に走っていく。
少女はおとなしくしているようだが ――
あのようすでは、ネイトを憎ませるのは難しそうだ。
―― ならばどうやって、ゴミクズにふさわしい処分をするか……
あれこれ考えると、ワクワクしてきた。
―― 王座にのっかったゴミクズなど、邪魔なだけ。
近々きっちり、お片付けしなきゃね…… 幽閉の、お礼も込みで。




