4-4. 正しいパーティーのありかたとかけて恋とイジメと復讐と解く③
【ヴェロニカ視点】
「薬草茶をしっかりと飲んでくださいましたのね ―― ありがとう存じます、陛下」
天井をにらんだまま静止している血走った瞳に、私は話しかけた。
国王フィリップは胸に手を押し当てるようにして横向きに倒れたまま、動きを止めている。
おそらくはもう、私の声も聞こえてはいないだろう ――
新年の贈り物だった薬草茶。
飲む前には毒味もされたはずだが、そこでなにかが出てくるわけがない。
心臓の持病に良いとされる薬草ばかり ―― 国王も心臓にコレステロールが詰まっていそうなタイプだから、飲んだあとはかなり調子がよくなったはずだ。
だが、そこに媚薬 『アモルス』 を服用すると劇的な反応が起こってしまう ――
以前にメアリーから伝え聞いていた、テンの豆知識だ。
我が家の侍医ですら知らない情報だったが、もし事実であれば ――
おそらくは、媚薬の持つ交感神経を興奮させる効果を薬草茶が爆発的に高め、その結果、脈が過剰に速くなって急性高血圧症を引き起こすのだろう…… と、私は想像している。
だから、薬草茶を贈ってみたのだ。
うまくいかない可能性はあるけれど…… 幸運の女神も戦いと殺戮の女神も、間違いなく私の味方だもんね。
その証拠に、いま ――
国王の顔も首も手も、高血圧によると思われる内出血で赤黒く染まっているわけで (ついでに鼻血もでてる) 。
つまりは 『結果は上々』 ってこと。
「ロニー! ヴェロニカ! どこですか!? 」
あわただしい足音とともに、セラフィンが呼ぶ声が扉の向こうからかすかに聞こえた。
私の戻りが遅いので、探しにきてくれたのか ―― 考えたとたん、心臓がぎゅっと収縮する。
この世界では心臓はきゅんと鳴るのか (自由律俳句・異世界ふう)
セラフィンの足音と声は、どんどん近づいてくる。そして。
「きゃああああああっ……!」
私は思い切り息を吸い込み、悲鳴をあげたのだった。
「ロニー!」
「ラフィー! 陛下が! 陛下が……!」
とびこんできたセラフィンは、倒れた国王にちらりとも目をやらず、私の肩に手を置いた。
抱きしめられる。
「…… 心配しました」
「あら、ラフィー。このわたくしが、運動不足の中年ごときに負けると思って?」
「知っています。だが、心配だった…… 」
口調を裏付けるように、セラフィンの動悸が伝わってくる ――
私はセラフィンを軽く抱きしめかえした。
「わたくしの実力は、ご存知でしょう?」
「しかし…… 今回は幸運にも、フィルひとりだけでしたが、もしネイトが一緒だったらと思うと…… 」
「まあ。ゴミクズが1人増えても、たいしたことはなくってよ? ですけれど…… そのネイトさんは、なぜ、いらっしゃいませんでしたのかしら」
「さあ? さすがにおや…… コホッ、そこまでゲスではなかったのでは?」
いま 『親子丼』 って言いかけましたか、セラフィンさん?
そうこうしているうちに医師が呼ばれた。
しばらく診察したのち、医師は深くためいきをついて首を振る。
「残念ですが、もう…… 」
「ああっ、陛下…… なんということでしょう」
「陛下…… 偉大な兄上が、どうして…… 」
私とセラフィンはそろって、涙を流したのだった。もちろん、嘘泣きだ。
―― 数日後。
フィリップ前国王の葬儀と新国王・ナサニエルの即位式がたてつづけに行われた。
前国王の死因は 『飲酒と極度の興奮による脳内出血』 とされた。
私が疑われることはない。
当然だよね。残されたワイングラスからは、毒は検出されなかったのだから。
『パーティーでドレスを汚され…… 着替えのために案内されましたお部屋に、国王陛下が……
ワインを勧められ、ここには誰も来ないから、と、貞操を捧げるように迫られました…… おそろしゅう…… いえ、申し訳なく、存じます…… 』
涙ながらに私が語ったことは、パーティーに居合わせた貴族や周囲のメイドたちの証言から、すべて事実と認められた ―― そのうえ前国王には、知る人ぞ知るたぐいの重ねてきた実績もあった。
そのいちばんの被害者は、むろん前王妃マルガレーテ ―― 彼女は私の話を伝え聞くと 『神罰ですわね』 とつぶやいたのだそうだ。
(なお前王妃はその後、王家の墓所を管理している教会に引きこもった。前国王のために祈りを捧げる日々を送っているというから、仲が悪かったわけではなさそうだが…… 浮気者を夫に持つと大変だ)
だが、ことはそれだけでは終わらなかった。
―― 新国王の即位からあまり経っていない、ある日。
ヴィンターコリンズから慈善の一環として出資している孤児院をメアリーを連れて視察し、子どもたちからも婚約を祝ってもらった帰り道 ――
私とメアリーが乗った馬車は、新国王の近衛隊に囲まれた。
「ヴェロニカ・ヴィンターコリンズ令嬢。フィリップ前国王がみまかられた件について、詳しくお話をうかがうよう、ナサニエル陛下より指示が出ております。王宮までご同行願えますか?」
言葉遣いは丁寧だが、実質は新国王の指示による強制連行 ―― 行ったらなかなか帰れないたぐいのアレである。
たぶん表向きはゲスト扱いしながら幽閉。そのあとの処遇は新国王の決定による、といったところか。
―― まさかこうも、あからさまにくるとは……
ネイト、はしゃぎすぎじゃない?
「強硬突破しますか?」
馬車の外からザディアスがたずねるが ――
それをするとまず間違いなく、王家と公爵家の戦争になるだろう。
こちらはどんな手を使っても勝つから、その辺はかまわない。
しかし、戦争に巻き込まれるのは、社会のゴミクズではない平民たち…… すなわち貴族などよりよほど尊い労働力だ ――
私は首を横にふった。
「いいえ…… ここは、従いましょう」
「ですけど、お嬢さま。これって……!」
ネイトの色ボケ発揮案件じゃないですか!? ――
メアリーが悲痛な表情で私にささやいてきた。
まあ、たぶんそれ正解。
「同行させていただくには、いくつか条件がございますわ」
「できることなら許可しましょう」
「ひとつ、わたくしの世話係としてここにいるメアリーをつけること。ひとつ、面会と差し入れは自由とすること。ひとつ、公爵家と同等の生活を保証すること」
「それは…… 」
「のんでいただけないのであれば、いったんは帰らせてくださいませ。準備を整えさせましてのち、こちらから王宮にうかがいますので」
「いえ。おっしゃるとおりに…… ただ、生活のほうは、公爵家とすべて同等というわけには」
「わたくしが許せる範囲なら、よろしくてよ」
「助かります」
近衛騎士があからさまにほっとした顔をする。おそらく、今日中に私を連れてくるよう命令されていたのだろう。
前後を近衛騎士に護衛 ―― というか、ばっちり見張られながら、公爵家の馬車は王宮へと向かった。
私とメアリーは小声で相談する。
「わたくしの行動がネイトにもれていますのね…… 怪しいのは、孤児院長かしら」
「テンにでも伝えて、しめあげてもらいます?」
「いいえ。裏切り者は己の手で掃除したいものでしょう? それにテンにみだりに仕事をふるわけには、いきませんもの」
テンは私に忠誠と服従を誓ってくれたとはいえ、立場としては王家の暗部。つまりは新国王の陰の部下である。
あまりに頼みごとを増やすと、仕事がしにくいはずだ。
だから、必要なときに便利に使えれば、それでいい ――
だが、メアリーは唇をかすかにとがらせた。
「テンはお嬢さまに、もっと信頼してほしいそうですよ!」
「…… あれから、デートしましたのね? 次の約束はいつかしら? そのときまでに、帰れますと良いのですけれど。もしそうでなくても…… メアリー、あなたは外出できるよう、取り計らいますわね」
「そんな問題じゃないです!」
メアリーは真っ赤になった。
王宮につき、滞在するようにと案内された貴賓室は、前国王が亡くなったとうの部屋だった。嫌がらせだろう。
「ナサニエルさまも、すでに報告を読まれていることと存じますけれども…… わたくしは、あのカーテンの陰から急に出てこられた前国王陛下より、執拗に関係を迫られただけでございますわ…… その途中で、陛下は急に倒れられて…… ひとを呼びましたが、どなたもなかなか、来てくださいませんでした…… 」
案内されてまもなくやってきた新国王・ナサニエルに、私はこれまでの説明をくりかえした。
―― ナサニエル・グリュンシュタット、愛称ネイト。クセの強い砂色の髪と青い瞳の新国王。
ゲームでは学園OB枠の王太子として攻略対象のひとりだった、細…… というにはちょっとガッチリしたマッチョである。
肉体美を (製作陣が) 披露したかったんだろう。王太子ルートに入ると、全年齢対象ぎりぎりのラッキースケベが連発する ―― 別名はもちろん 『軽エロルート』 だ。
そのためか、彼の印象は 『脱いだらスゴいんです』 しか残っていない。
たしか、学園生時代は明るく礼儀正しく親切な人気の生徒会長だった、とか、意外とインテリで医学が趣味だとかの設定が盛られていたはずだが ―― 正直、ツッコミどころしかなかった思い出。
たとえば体育祭でヒロインがケガをすると、彼がヒロインを横抱きにして保健室に運びこむイベントが発生する。しかし ――
① いきなり 『走ったら汗をかいてしまった』 と言いだしてシャツを脱ぎ、半裸に
← え? ケガの手当てが先でしょ普通?
② 『おそれおおい』 と遠慮するヒロインに 『医学が趣味だから』 と半ば強引に手当て。 『早くなおるよう、おまじないだよ』 とスリ傷に直接キス
← 趣味が医学でなぜこのふるまい。
百歩ゆずってこの世界の衛生学は進歩していないと思…… 上下水道完備してるのに衛生学が進歩してないって、どういうこと。
ツッコミどころが多すぎて、このルートでは私は思考停止することに決めた。
ゲームなのに考えたってしかたないじゃん。
これはただの三大欲求変態、すなわち 『脱ぎたい・さわりたい・チューしたい』 だ!
―― とか思っていたのが、今さらながらに悔やまれる。
もっと真面目に取り組んで、彼の性格的な弱点をきっちりとつかんでおくべきだった……
こんな事態になると、知っていれば。
いま現実に目の前にいるナサニエルの目的は、わかりきっている。
私が言いなりになるよう、仕向けるため……
おそらくは、前国王を殺したと認めるまで私を閉じ込め、弱みをにぎるつもりなのだろう。
「父の亡くなった経緯は知っているし、それで間違いないとも思うよ。だが…… 最近、あなたの周囲では人死にが相次いでいるね?
そうだろう、ヴィンターコリンズ令嬢?」
私に向けられたナサニエルの青い瞳は、すべてお見通し、といわんばかりに澄んでいた ――




