4-3. 正しいパーティーのありかたとかけて恋とイジメと復讐と解く②
生活していると、たまに 『やっぱりゲームの世界なのかな、ここ』 と思うことがある。
舞踏会もそのひとつで…… オープニング曲が前世の 『美しく青きドナウ』 なんだよね。
ゲームをプレイしてたときには普通に聞いてたけど、この世界では違和感しかない。
だってこの国、ドナウ川ないし。作曲者のヨハン・シュトラウス2世もいないし。
ちなみにこの世界の人たちの認識は 『神曲』 ―― 神がこの世に与えてくれた曲、だ。
今回の舞踏会のオープニングも、当然ながらこれ。
そして、オープニングのあともう一度流れた神曲でワルツを踊っている途中 ―― セラフィンはずっと私を誉めたたえていた。
「きれいです」 「あなたとこうして踊れるとは、私は幸せ者です」 「ずっとこうして踊っていたい」 等々……
それも、悪役令息 (ゲーム設定) どこにいった、と言いたくなる、とろけそうな、それでいて恥ずかしげな、初々しい表情で。
そして、その次の曲も、そのまた次の曲も……
いや、嬉しくないとは言わない。
もともと私は承認欲求のかたまり。誉められるのはいつでも大歓迎だ。
それも、好きなひと ―― いや私は利用できるひとはみんな大好きなんだけれど、それとはどうも違う感じで、好きとか思ってしまうひとからだし ――
私の強運もここで使い果たすんじゃないかとか…… らしくもなく弱気になってしまうくらいに、幸せではある。
―― だけど。
話が進まないんだよね。
こうもセラフィンにビッタリ貼り付かれてると…… さすがに国王も王太子も、なにもできない感。
これでは、やつらのしっぽをつかむどころではない。
できればこの王宮でのパーティーで、ふたりともサクサク片付けてしまおうと思っていたのに ―― どうしようかな。
解決は、私の背後からやってきた。
ゆったりとした曲調にあわせ、身体を寄せあい揺れるだけのスロータイム ――
「きゃあああっ! すみませんすみませんすみませんすみませんすみません!」
わざとらしく私にぶつかってワインをスカートにこぼし、心底おびえた目で謝ってくる令嬢 ――
たしか、第三王子派だったシェッテン伯爵の娘だ。
いよいよきたか ―― というか、ちゃんときてくれてよかった。
「そのように大声を出さずとも、聞こえておりましてよ? シェッテン令嬢?」
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみません!」
「謝られましても…… 飲み物を片手にダンスの場を横切るなど、マナー以前の問題ではなくて?」
「す、すみま…… せん…… 」
周囲からくすくすと笑い声がもれ、シェッテン令嬢が真っ赤になってうつむく ―― おそらくは (国王あたりからなにか頼まれた) 父親からの命令だったのだろう。かわいそうに。
親ガチャなど存在しない、と主張できるのは成功した一部のおめでたいひとだけ、ということがよくわかる一幕である。
恨むなら、私ではなく親と国王と王太子を恨んでね、シェッテン令嬢。
「これは、たいへん申し訳ないことでございます、ヴィンターコリンズ令嬢 ―― どうぞ別室でお休みくださいませ。衣装管理の者に伝えますので、すぐにお着替えが届けられることでしょう」
王宮のメイドがテキパキと別室に案内してくれようとする。
「ラフィー。着替えてまいりますので、こちらでお待ちくださいな」 と告げると、セラフィンの顔がさっと曇った。
心配してくれている ―― 嬉しいが、ここでついてこさせてなるものか。
「私も ―― 「心配ありませんわ、ラフィー。すぐ戻ってきましてよ」
「しかし ―― 「令嬢のお着替えに殿方が付き添われることはなりません、殿下。恐れ入りますが、そちらでお待ちくださいませ」
メイドさん、グッジョブ。
こうまで言われてはセラフィンとて、ごり押しはしにくい。
―― もちろん、これが、ただの着替えであるはずがないわけで。
私が別室に案内されてすぐ、別のメイドがやってきた。
「ヴィンターコリンズ公爵令嬢。恐れ入りますが、こちらにおいでくださいませ」
「なにかしら? わたくし、着替えを待っているのですけれど」
「お着替えを選ばれる、ためではないでしょうか……? 特別にご案内せよと仰せつかっております」
「わかりましたわ」
責任の所在をうやむやにする命令系統では、誰もが無自覚に悪に荷担することが可能になる。
―― はたして、メイドについていった先の貴賓室には、ラスボスが隠れていた。
「しばらくお待ちくださいませ」
メイドが去っていったあとソレは、カーテンの陰からぬらりと現れたのだ。
「ばあ……! なあんちゃって♡ てへぺろ♡」
ああ…… めちゃくちゃ萎えます、国王陛下。
ノリがなんだか前世のおじさん構文で……
「驚かないのだね? ヴィンターコリンズ令嬢」
「いえ…… とっても、驚いておりますわ…… 陛下おひとりですの?」
「陛下などとやめたまえ。そなたといるときは、ひとりの男でいたいんだ…… どうかフィルと呼んでほしい」
「はあ…… 」
「怖がらなくていい。いまの朕は国王ではない。ただの恋する奴隷だよ…… 」
自称ただの奴隷にしては、やたら 『国王』 強調されているようですが?
「そなたは驚いているかもしれぬが、朕は、ひとめみたときから、そなたの美しさの虜になったのだよ」
キメ顔でささやいてくる国王の、腹が微妙にあたってくる。ぽよぽよ。
「どうか、朕の想いに応えてくれないだろうか、愛しいひとよ……!」
「…… わたくしには婚約者がおりますわ、陛下」
「わかっている。そなたたちの結婚を邪魔する気はない…… だが1度だけ…… せめて1度だけでも、頼む!」
「そのようなこと…… 王妃殿下にも申し訳なく…… 」
「心配ない。彼女とは十数年もレスだよ。立場上、離婚はできないが…… ほんとうのところ、気持ちはお互いに、すっかり冷めているのだ」
浮気男の常套句、キターーーー!!!
それは王妃殿下とてイヤでしょうよ。
無節操にあちこちの穴につっこまれたブツなど、きもちわるすぎて。
「頼む…… ここには誰も来ないよう、手配してある。お互いに口をつぐみさえすれば、貴女の名誉が汚されることはない…… この寂しい年寄りを慰めてはくれないだろうか…… お願いだよ」
「…… わかりましたわ」
「ほんとうか! ああ! ヴェロニカ! 朕の天使!」
抱きしめてこようとする巨体をぎりぎりでかわし、私は目の前に丸薬の入った小瓶をつきつけた。
「陛下? これを試されたこと、ありまして?」
「いや…… 流行していたのは知っているが、宰相から法律で禁止すべき悪魔の薬だと聞いていたからな」
口では固いことを言っているが、瓶に彫られた 『アモルス』 の文字に、国王のにごった青の瞳は吸い寄せられていた。口元が笑み崩れている。
「わたくしも、まだ…… お父さまもセラフィン殿下も、厳しいのですもの。少し話題に出しただけですのに、絶対に使ってはいけないと、叱られてしまいましたのよ」
「そうか…… 試してみたいのだな、いけない娘だ」
「そうおっしゃる、陛下こそ…… 」
私たちは目をみあわせて、ほほえんだ。
※※※※※※
【フィリップ (国王) 視点】
王妃は冷感症のつまらぬ女だった。
それでも隣国の王女である。軽々しく離縁するわけにはいかぬ以上、ほかの女をこっそりつまみ食いする程度のことは許されねば、割にあわない。
ひたすらあがめられ、贅沢をし、すべての女を手に入れられる ―― そんな特典でもなければ、国王など単なる国の奴隷ではないか ――
目の前の新鮮さあふれる柔肌に、すぐにでもむしゃぶりつきたいのを抑えてフィリップは笑った。
「いけない娘だ」
「そうおっしゃる、陛下こそ…… 」
純粋ではかなげな微笑のなかに見え隠れするのは、蠱惑的な毒。
―― 学園生時代、ヨハンの婚約者だったころもたしかに美しい娘であったものの…… 特にそそられなど、しなかった。
だが、わずか見なかったあいだに ―― ヴェロニカは、あでやかに開花していた。
かつて 『社交界の真珠』 とうたわれた母のローザをほうふつとさせるが、彼女よりもさらに強い輝きを放つ ―― 己をどう魅力的にみせるかを熟知しているかのような一挙一動に、陰口など許されないと、ひとに思わせるだけの気品。
ひとめ見れば、目が離せなくなってしまう。
このような女が、王族のやらかしの尻拭いを黙々と行うだけが能のボンクラな末弟ごとき婚約者で満足するわけがない ――
そう考えてのアプローチは、正解だったようだ。
(この女ならナサニエルにも、問題なかろう)
国王と1度寝たからと得意満面になって周囲に言いふらし、愛妾の地位をねだるような女では困る ―― これまでに幾度、そういった身の程知らずのバカな女たちをひそかに片付けさせたことだろう。
だがヴェロニカなら、公爵家の後継という立場を守りつつ自分や息子と適度に楽しんでくれそうだ ――
フィリップはそう、あたりをつけた。
婚約者が王妃殿下が、と最初は遠慮してみせながら、フィリップの意志が固いと知るや、媚薬を見せて誘ってくるところなど、特にそうである。
(つまり 『秘密の仲になりましょう』 ということだろう? 己のことを賢いと思っておるのだな?)
賢く性欲のはけぐちになってくれる、そんな女ほど便利でありがたいものはない。
内心でほくそえみながらフィリップは、ほっそりとした手から媚薬の瓶を取り上げた。
「幸福な恋ができるという素晴らしい薬だと聞いておる…… 朕もそなたと、そのような恋がしたいものだ」
「嬉しゅうございますわ、陛下…… では、一緒にのみましょう? こうして、ほんものの恋人のように、見つめあいながら…… 」
「なにを言うのだ、かわいいひと。朕とそなたは、もう恋人どうしであろう? ほら、ここにワインもある…… これで飲もうか」
「はい、陛下…… 光栄で、ございますわ」
フィリップは、グラスに自らワインをそそいだ。
媚薬を口に含み、熱に潤むような紫水晶を見つめてグラスを持ち上げる。
「いとしいひとに、乾杯」
「乾杯…… 」
一息にのみくだし、果実のような唇にくちづけようと顔を近づける ―― 逃げられた。
ふたたび、唇を寄せてみるが ―― また。
くすくすと笑いながら、女はさっと身をひるがえす。
「なんだ? 追いかけっこがしたいのか? かわいい子鹿ちゃん?」
「ふふふふ…… 陛下につかまえられましたら、そのときは…… 」
振り返る女の口から、熱い吐息がもれる。
こんなに近いのに、手を伸ばせばまた、逃げられる。
2、3度繰り返したのち、フィリップはやっと女のスカートをつかんだ。幾重にも重ねられた、淡いピンクの輝きを放つフリルだ。
「つかまえたぞ」
きゃっきゃと無邪気にさえ聞こえる笑い声が響く。女がいたずらっぽい表情のまま腰をひねると……
フィリップの手には、フリルだけが残った。装着タイプだったのか。
媚薬がもたらしはじめた高揚のまま、フィリップはその匂いをかぐ ――
「おおお、まったく、このじゃじゃ馬娘が…… 今度こそ、つかまえて…… うっ…… 」
少し離れたところから笑顔でこちらを振り返る女を、今度こそ抱き寄せてやろうとした、そのとき。
ドクン……!
フィリップは心臓が痛いほどに強く打つのを感じた。
ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ……
心臓は凄まじい速さで打ち続ける。
ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ……
そして、さらに速くなる。
「うううううっ…… く…… 」
フィリップは床にうずくまった。
胸を抑えて、息を止める。
それでも心臓は止まらない。
全身の血管が膨れあがる ―― いまにも、破裂しそうだ。
くるしい…… 痛い…… さむい…… あつい…… イタイタイタイタイタイタイ、クルシイ………… クルシイ!
なにが起こったのかは、よくわからなかった。
痛くて苦しくて、なにも考えられない。
痛みは心臓にとどまらず、指先も、皮膚も、頭も、胃も ……
血がすごい勢いでかけめぐる。熱い、痛い、爆発する……!
(朕は…… 死ぬのか…… ? いや、もう…… …… あつうぅぅっ……!)
あつい、イタイイタイイタイイタイあつい、ああクルシイたのむからハヤクラクニしテくレ、あついあついあつイタイイタイイタイイタイイタイ!!! たのむ…… はや…… たすけ…… くるしい……!
指先、手足、腹のなか…… からだのいたるところで、強烈な痛みが次々とはじけて、散っていく。
(やめ、やめて…… とまってく…… あつぅっ、イ…… )
―― 永遠に続くかのような苦しみのなか。
のたうつフィリップの意識は、やがて、真っ赤に染まり……
それから、昏く、閉ざされた。




