4-2. 正しいパーティーのありかたとかけて恋とイジメと復讐と解く①
ふんわり軽やかな淡いピンクのフリルドレス。胸元には繊細なレースをあしらい、散らされた細やかなグリッターでドレス全体がやわらかく輝く ――
ふだんの私はどちらかといえばシブい色合いのドレスを着ることが多いのだが、今回は王宮での新年パーティーだ。雰囲気にあわせ、明るい色合いを意識する。
ピンクのフリルなど小動物系ヒロインの衣装だと?
そんなもの案外、ウィッグとメイクでなんとかなるものなのだ。
着付けとメイクを終えると、侍女たちの唇からはいっせいに賞賛のためいきがもれた。
「よくお似合いです」 「華やかでかわいらしくて、しかもとっても上品で……」 「着こなしてらっしゃいますね、お嬢さま」
「やっぱり! 女の子はコレですよね!」
ぐいぐいと力説するのはメアリーだ。
「次からは、この路線でいきましょうね! セラフィン殿下だって喜ばれますよ!」
「あら。セラフィンはわたくしが何を着ても、喜びますわよ?」
「それはそうですけど…… ではセラフィン殿下の反応をご覧になってから、お考えくださいませ、ヴェロニカさま」
なんか自信たっぷりに言われたが、たとえ婚約者でも好みに合わせる気なんかない。私はいつでも、私が決めたものを着るのだから。
―― という私の信条は、セラフィンが迎えにきてくれて7秒で崩壊した。
セラフィンは私の姿に目をみはって静止したあと、嬉しさとてれが半々、というような絶妙な表情になったのだ。
かわいらしいではないか。
―― そんな顔をされたっていまさら、この私が小娘のようにドキドキしたりするとは思わないことね!
と、考えはしたのだけれど。
実質、ドキドキしちゃってるよ。なんなんだもう。
今世の私がチョロすぎてまじにごめん前世の私 (自由律俳句・異世界ふう)
「とても…… きれいで、かわいいですよ、ロニー」
「あら、ラフィー。あなたもでしてよ? わたくしの瞳の色のカフスがすてきね」
「光栄です」
ちなみに私はセラフィンの瞳の色のものを身につけたりはしていない。灰青色は私には少々、似合わないのだ。残念。
今日の私のアクセサリーは、ドレスが甘くなりすぎないよう、シンプルなダイヤと真珠である。
―― 見えるところは。
「そうそう、こちらを、少しだけ見せて差し上げますわね」
私はスカートをわずかに持ち上げ、足首をセラフィンに見せてあげた。
ユークレースのアンクレット ―― 割れやすく加工が難しい石なので、むしろその独特な質感を生かそうと、割れた形のままの小さなカケラをつなげたもの。特別に、こっそり作ってもらっていたのだ。
「ラフィーの瞳の色でしょう?」
「まったく、あなたというひとは…… なにからなにまで完璧だ」
「当然でしてよ」
この程度でもセラフィンが感動してくれることなど、わかりきっていた。
けど、予想してなかったこともある。
―― 顔面崩壊してるセラフィンを見るのがこんなにも幸せだとか、そういうところ。
「パーティーでは、国王と王太子にご注意ください」
王宮に向かう馬車のなかでセラフィンが言ったのは、先日メアリーがテンから聞いてきたこととほぼ同じだった。
―― すなわち、国王と王太子が私をモノにしようと画策してるらしい。
ヒマか!
とツッコみたいが、意外とふたりとも仕事はちゃんとしている。
特に国王は、歴史的にみれば政治体制の転換期に発生しやすい絶対王政を維持・発展させている、ある意味チートな政治家で ――
産業が発展し民衆が力を得てもなお王族・貴族の特権を守り続けるための政策を、どんどん実行している。
たとえば、平民の魔法と魔道具の使用は、許可がない限り原則、禁止。
とはいえ、それで特に平民が不便している、というわけではない。
上下水道や街灯、公共施設などで魔法・魔道具は普通に使われているからだ。法律の 『許可がない限り』 という部分がミソなのである。
つまり、許可があれば平民でも魔道具を使ってよい。
だがそれらの所有者は、貴族や王族に限られている ―― したがって、王族貴族がいなければ平民の便利な暮らしが成り立たない。そういうちょい詐欺っぽい仕組みにしているのだ。
さらに平民には、死なない程度に重税が課されている。いろいろと名称を変えてごまかし少しずつかすめとっているが、総合すると働くのがイヤになるレベル。
―― 国王の賢いところは、そうしておきながら、祭りなどでは平民全員に銀貨やワインをふるまうところだ。
おかげで平民からは 『優しい立派な王様』 として慕われているが ―― うん、まあ、立派といえば立派だよね(笑)
さて、それはさておき。
私はかねてからの疑問を、セラフィンにぶつけてみた。
「王太子殿下は今年じゅうには帝国の末姫と婚約が整いそうという噂もございますし…… 王妃殿下のご出身国の心情にも配慮は必要ですわよね?」
「そのとおりです」
「でしょう? なのに王弟の婚約者に手を出されるなど…… 対外的には爆弾でしかないように思いますわ?」
「国王と王太子も、そのあたりはわきまえておられて…… 『婚約や結婚を邪魔する気はないよ。コッソリやるから。キミが騒ぎたてなければ万事OK、ってわかるよね?』 と言われましたよ」
セラフィンの目付きが鋭くなった。かなり、怒っている…… 当然か。
「そうでしたの…… 」
「パーティーでは私から離れないように…… と、言いたいところですが」
セラフィンが私の手をぐっと握りなおす。
「おそらくあなたには無理でしょうから…… 私が、なるべく離れないようにします。あとは、あまり無茶をしすぎないようにしてください」
「わかりましたわ…… それから、もうひとつ」
「なんでしょう?」
「もし万一、どちらかが急にお亡くなりになれば…… こまりますかしら?」
「…… 国王が亡くなっても、王太子は普通に後を継げるでしょう。バカではないので。ただ、王太子が亡くなれば…… いずれ私に王位がまわってくるでしょうね」
この国での王位継承順位は血筋で決まる。
セラフィンは母親が他国の王女であるため、継承順位としては上のほうなのだ。
それでも宮廷での立場が弱いのは、おもに母親の政治力のなさと無駄な争いを避けたがるセラフィンの性格による。
いまも、王位を口にしながら、その表情は憂うつそうだ。
「王位がまわってきますのは…… ラフィーにとってはよろしいことでは、ありませんの?」
「政治は好きではないです。それに、あなたが王妃になれば、今よりも少々、窮屈な思いをさせてしまうかもしれません」
「あら、まさか。いやなことは変えれば良いだけではなくて?」
「周囲がいろいろと言ってくると思いますが」
「かまいませんわ。敵は平伏させるためにいるものでしてよ」
「…… ほんとうに。あなたというひとは…… 」
セラフィンのしかめられた眉が、ふっとほどけた。
灰青色の瞳が近づき閉じて、唇が、ほんのすこしだけ私の唇にふれる。
「…… なにがあっても、私はあなたの味方ですよ、ロニー」
「そのようなこと…… 存じておりましてよ」
こんどは私から、セラフィンの唇にふれる。
私たちは王宮につくまでに、メイクが崩れないように気をつけつつ何度もキスを繰り返し ――
そして、王宮についたあと。
「ちょっとお嬢さま! 少しだけ、そのままじっとしていてくださいね!」
別の馬車に乗っていたメアリーに、その場でリップを塗りなおされたのだった。




