4-1. 新年の幕を開けるのは毒と媚薬と殺し愛
【ヴェロニカ視点・一人称】
ゆるふわな乙女ゲーム 『光の花の聖女さま~魔法学園で咲かせる恋の華~』 の舞台、シャングリラ王国。
なぜこの王国ネーミングで一致できた製作チーム! …… と、常にツッコみたくなる案件であるが、きっとみんな超過勤務と過重労働で意識がホワイトアウトしかかってたんだろう。
ともかくも。
―― そのゲームにそっくりなシャングリラ王国では年明け、良いことと悪いことの両方が立て続けに発表された。
良いことは私、公爵令嬢ヴェロニカ・ヴィンターコリンズと王弟セラフィンの婚約である。
そして悪いことは、第三王子ヨハンと光の聖女アナンナが、留学中に流行病で亡くなったこと ――
実はヨハンとアナンナが、婚約者がいながら浮気…… それどころか女生徒たちを監禁して媚薬の実験台にしたうえ、うち6名を死なせたのを知っているのは、テンとセラフィンと私とメアリー、それに被害にあったとうの侍女たちだけだ。
―― ふたりがまだ、その侍女たちに我が家の地下牢で復讐され続けていたりすることも。
「―― 今朝から、動かなくなっちゃったんです」
「そう…… では、亡くなるのも時間の問題でしょうかしら」
ヴィンターコリンズ公爵家の地下牢 ――
冷たい石のうえに転がるヨハン王子とアナンナを、私は見下ろしていた。
ふたりは今朝からずっと同じ場所で動かず、朝食にも手をつけていないという。私が呼ばれたのはそのためだ。
侍医をともない、ステラに案内されて初めて行った地下牢には ――
ぼろぼろの服を着せられ、別人のようにおとろえたヨハン王子とアナンナが声もなく横たわっている。
やせこけて髪の毛が抜けている。事故でゆがんでしまった顔にも、事故のあとねじれたままくっついた手足にも、頭にも…… 黒い吹き出物が盛り上がって、かつての美男美女は見る影もない ――
約半年にわたり、致死量に満たない毒を与え続けた結果だ。
侍医が、ふたりの脈をとってうなずく。
まだ生きてはいるようだ。
ステラが私の背後から、のぞきこむようにして説明した。
「ウィッグ隊の子が昨日、からだを拭くかわりに水を浴びせたんですよ。それでそのまま、放置してたので」
「ツバにでもしておけば、よろしゅうございましたのに…… そのあと、拭いてやりませんでしたの?」
「はい。この寒さですから凍え死ぬかも、とは思ったのですけれど…… みんなで 『別に死んでもよくない? 最近は掃除もウチらがしてあげなきゃいけなくなって、めんどいしさあ』 みたいな流れになってしまって…… あの、申し訳なく存じます」
「それはよろしいのですけれど…… では、みなさん、もうよろしいのかしら?」
「はい…… 報復はまだまだ足りないんですけれど…… なんか、どれだけ報復しても、スッキリするのって、いっときだけだなって」
なぜ、あんな目にあわなければならなかったのか…… ずっと、わたしたちはどうしても、この問いにつかまったままで……
つぶやいて、ステラはうつむき、首筋の 『B』 の文字に手をあてた。
バーレント・フォルマに彫られた所有の証 ―― 単に傷つけただけではない。
フォルマ一族は土の魔力持ちであり、その魔法で入れ墨したようなのだ。土の魔法は物質の変化や維持に関わるものであり、いったん使われると、元に戻すことは難しい。
ステラの入れ墨も、定期的に治療はさせているが、跡は完全には消えてくれない。
「もう、終わりにしようって…… みんなで、そう話しあったんです。けど、ヴェロニカさまのものを勝手にしてしまい、申し訳なく…… どのような処罰でも、お受けします」
「いったん、あなたたちに任せましたものですから…… 処罰だなどと、まさか」
もともとそこまで興味がなかったからこそ、アナンナとヨハンの処遇は侍女たちに丸投げしていたのだ。
―― だが、このまま低体温症でなんとなく死なせるのも、面白くはない。
そうだ。最後はやはり、ふたりの所業にふさわしいものにしてあげよう。
私はふりかえり、泣きそうになっている夕空の色の瞳にほほえみかけた。
「せっかくですから、最後にはおもいきり、楽しい趣向をこらしましょう。ね?」
私は侍医にふたりの治療を命じ、動けるようになったらまた知らせるよう言って、その場を去った。
―― 1ヵ月後。
侍女たちをともない、私はふたたび地下牢に出向いた。
ヨハンとアナンナの目の前で振ってみせるのは、丸薬の入った小瓶。
製造・販売が中止され、いまやこの小瓶1つで家1軒買える ―― そう言われるほどに希少になった媚薬 『アモルス』 だ。
「ううう…… ほしいよう…… ちょおだぁい! ちょうだいよぉぉ……!」
「も、もらってやるぞ、ボクが……! ああああ、ありがたく差し出すんだ……! そしたら、ちちうえにいって、愛妾にしてやるぞ……! ううっ!」
「偉そうですわね? あなたはどなたですの? 言ってごらんなさいな?」
「うううっ…… 燃料にもならない、病気の豚のフンです…… お願いですから、その薬を…… このあわれなフンに、くれ…… くださいいいい!」
「ちがうわよぉぉお、あたしにぃ、あたしに、ぢょおだぁいいいい……!」
詰めよってくるのをさっと避けると、アナンナとヨハンは頭をぶつけあってこけた。さすが、愛しあうふたりだ。
―― 1ヵ月間、低体温症と 『雪の精』 の中毒症状から回復させながら媚薬漬けにした結果である。
きっとふたりにはさぞ、幸せな1ヵ月だったことだろう。こんなの私は絶対イヤだけど。
アナンナとヨハンが起き上がる。こりずにふたたび詰め寄ってくるふたりの鼻先に私は 『アモルス』 の小瓶をつきつけ、ためいきをついてみせた。
「困りましたわ。おふたりに差し上げたいのですけれど、1つしかないのですもの…… 」
「ボクだボクだボクだボクだぁぁあっ」
「なにいってるのよ、このボケカスおとこがぁっ……!」
互いに押し合いながら、小瓶に向かって手を伸ばす…… 仲がよろしいこと。
私は眉を寄せ、悲しげな声を出す。
「争いはいけませんわ、おふたりとも…… 1つしかないのに、ほしいかたがふたりもいるのが、いけないだけなのですから…… 」
「そうか…… そうだな、それがいけないんだっ!」
いきなりヨハンが、アナンナの首をしめた。
あらあら。ひどいこと。
アナンナの喉から、カエルのようなうめき声がもれる ――
「離してあげてくださいな」
「「「はい」」」
侍女たちに命じ、ヨハンをアナンナからひきはがす。
アナンナは大きく咳き込みながらヨハンをにらみつけた。
「フェアでないのはいけませんわ? そうですね…… おふたりとも、学生時代に護身術でショートソードは習っていますわよね?」
私の言葉に従うように、侍女たちがアナンナとヨハンにショートソードを渡した。
「生き残ったほうに 『アモルス』 を差し上げましょうかしら。真実の愛で結ばれているおふたりなら…… きっと、正しい選択をなさると期待しておりますわ」
次の瞬間には、アナンナがヨハン王子に刃先を繰り出していた。
ヨハンは曲がった足でよたよたと避けたが、数センチが腹にささったようだ。
「ヒィッ…… 」 情けない悲鳴が、奇妙な形の口から漏れる。
「アナンナのものよぉっ! アナンナにちょうだいよぉっ! 「よくもよくもよくもよくも……! このクソ女がぁぁああっ!」
「愛してるってぇ、いいいい、言ってたわよ、ねええええ! 愛してるんなら、ちょうだい、よおおおおお! きゃあっ、いたい!」
「醜悪なメス犬などに、あの薬を渡すわけが…… ああああああっ! なにを、する、この…… っ」
「なによこのギョロ目があっ! あんたなんて! 見た目と身分だけが取り柄だったくせに! 両方なくなったら、ただのクソな化け物じゃないのおおおおっ!」
二度、三度…… お互いの腹が抉られ、皮膚がぱっくりと割られ、目に剣がつきささっても ――
アナンナとヨハンは、お互いに図星の悪口を投げ合いながら、刃を繰り出すのをやめなかった。
―― ふたり仲良く、こときれるまで。
「…… これも、愛のかたちでしょうかしら」
「絶対に違うと思いますよ、お嬢さま」
ステラが晴れ晴れとした表情で、ヨハン王子の死体をけった。ほかの侍女たちも、それにならう。
「―― わたしたち、もう、過去にこだわるのはやめようと思います」
「そう。良うございましたわ。そのように思えるのは、立派なことですわね」
ステラが照れたような表情をする。
「いえ、本当は、ときどきはトラウマがよみがえったり、あると思うんですけど…… でももう、絶対に負けません」
「こんなつまんないやつらに負けるなんて、イヤですもんね!」
「ほんとうに! 王子とか光の聖女とかいって崇めてたのがバカみたいですよ」
「血筋がよくても希少な魔力持ちでも、性格がクズならどーしょーもありませんよね!」
侍女たちは口々にいいながらヨハン王子とアナンナをさらにけとばし、靴先を血に染めて明るく笑った。
有能な侍女たちの手によって誰にも知られることなく地下牢が片付いたあと ――
「そうそう、例の贈り物ですけど、国王陛下は気に入られたそうですよ。テンが教えてくれました」
「そう。良かったこと…… 持病の心臓にも効く貴重な薬草ばかりですから、お気に召されて安心しましたわ」
お茶の時間。
メアリーがコーヒー豆をゴリゴリひきながら、教えてくれた。いいかおりだ。
―― 『例の贈り物』 とは、貴族たちから国王への新年の贈り物。我が家ではいつも私がチョイスしたものを父の名義で贈るのだが、今年は薬草茶だった。
茶といいつつ重要なのは入れ物のほう。私はあえて飾り気のないシンプルなものにした。
東洋から輸入した、最高級の青磁 ―― すんだ釉薬も瓢箪型の均整のとれた姿も美しい。
これだけの逸品は希少なもので、得るためには命すら差し出しかねない趣味人もいるほどだ。
つまり、これを 『みすぼらしい』 などと評価する輩は腹の底で嘲笑われること必須という ―― ある意味では、性格の悪いプレゼントである。
が、国王へのウケはバッチリだった。豪奢に慣れている目には、シンプルさがかえって新鮮だったのだろう。
中身まで気に入ってくれるか心配していたが、問題ないようでまことに良かった。
ほっとする私の目の前に、メアリーが自作のチョコレートケーキとコーヒーを置く。お菓子づくりはメアリーの趣味だ。
「ところでヴェロニカさま…… もしアナンナとヨハンが正しい選択をしていたら、ヴェロニカさまは、どうされるおつもりだったんですか?」
「そうですね…… 」
私は濃いめにいれてもらったブラックコーヒーを味わいつつ、考えてみた。
もし、ヨハンとアナンナが、虐げられる者の気持ちを知り、お互いに思いやり、譲りあうことを学んでいたならば ――
「…… けれども結局はあのひとたちは、自分のことがいちばん、でしたからね…… 」
「ほんとうに、あきれますよね!」
「そうでしょう? わたくしをいちばんに崇めたてまつるならば、もう少しは生かしておいてあげたかもしれませんのに」
「…… ふたりをクッションにして笑ってらっしゃるお嬢さましか、イメージできないですよ、それじゃあ」
「あら、クッション…… それも、なかなか良さそうですわね。さすがメアリーですわ」
楽しい気分で、チョコレートケーキをひとくち。とろりとした食感に甘みと苦みのバランスが絶妙だ。
私がもうひとくち、コーヒーを口に含んだとき。
外からノックとともに 「お嬢さま、そろそろお支度を」 とステラの声がした。
―― これから王宮で、新年のパーティーが開かれる。
私もセラフィンのエスコートで参加することになっており……
意外とこれが、初めてのセラフィンとの公式行事だったりして……
そうするとどうしても、全身磨きたてて着飾って誰よりもキレイだと思ってもらいたい欲求には、あらがえないわけで……
つまり私は、外見はあくまで余裕たっぷりを心がけつつ、いそいそと立ち上がったのだった。




