閑話②-1. まぼろしのメアリー争奪戦(1)
【メアリー視点】
「なあ、あんた。第三王子が留学したすきに、第三王子派の貴族を一掃しようと暗殺者を雇っただろ?」
「…… 画家ふぜいがなんの言いがかりだ? そもそも、なぜ私が、そのような大それた…… う゛っ!?」
シャングリラ王国の、とある昼下がり ――
宮廷画家テンは、王太子派としてそこそこ名のある某伯爵家で、画布に向かっていた。
この国の宮廷には王家お抱えの芸術家が多数いるが、彼らが他の貴族に貸し出されるのは珍しいことではない。
だがその会話は画を描いているとは思えないほど物騒なものだった。
そして、会話が終わると同時に ――
椅子に腰かけてポーズをとっていたモデルは急に、胸のあたりをおさえて苦しみだした。
その身体はやがて力を失い、椅子から半分ずり落ちて止まる。
テンは短く魔導式を唱え、絵筆に仕込んであったライトをつけた。
半開きになった瞳の前で動かし、反応を確かめる ――
「俺は言い訳を聞きにきたわけじゃねえ。あんたが心臓発作で突然死する理由を、教えてやっただけだ……
ネイトもフィルもあんなこた望んじゃいないもんでね。そもそも貴族ごときが王権を左右できるなどと思い上がるな、だとさ」
つぶやいて灯を消し、大声を出して走りだす。
「たいへんです! だれか! だれか来てください! リンドメア伯爵が急にお倒れに! だれか!」
人が集まり、医師が呼ばれる。
まだどことなく少年らしさが残っている画家は、おどおどと状況を説明した。
『まさか、こんなことになるなんて…… 』 とうなだれてみせる彼を、疑うものはいない。
なにしろ死因は、誰がどうみても完璧な心臓発作 ―― 毒は便利だ。
ひと仕事を終えた画家は、申し訳なさそうにこそこそと道具を片付け、挨拶して去る。
背景しか描かれていない、肖像画を残して ――
「 ―― と、これが最近の仕事だったわけだけど。まあヤツは、ネイト側の有力貴族とはいえ、しょっちゅう離反をちらつかせて揺すってくるウザさ100億兆の問題児でもあったからな……
ちなみにヤツには心臓の動きを止める薬を使ったわけだが、逆に 『アモルス』 使うまえに心臓病の薬を飲むと、急な高血圧で逝くこともあるぞ」
「それ、わたしに言ってどうすんですか? 殺すの?」
「なんでそうなる」
メアリーは、きもちわるそうにテンを見た。
ヴェロニカとともに、海辺の別荘から戻ってきてまもなく。
『お嬢にとって重要な情報があるから』 と、テンから街角のカフェに呼び出されたものの――
自分の裏稼業の話しかしてこないのだ、この男は。
「それがお嬢さまとどう関わりがあるとおっしゃるんですか? 端的にお願いします」
「…… フィルとネイトがお嬢に目をつけた」
「…… は?」
メアリーは紅茶カップをかたむけていた手を止めた。
まじまじとテンを見る。
「国王陛下と王太子殿下が?」
「それ街中では禁句な」
「あの見た目とぱっと見の言動はともかく性格はぶっとんでるお嬢さまを?」
「そうだ。フィルもネイトも、あの見た目とぱっと見の言動でひとめぼれ…… あの、イアンの葬儀でな」
「これまでにも機会ならあったでしょうに、なんでいま」
「知るか、そんなこと…… それでだな、ふたりが、ほっとけば消滅するはずだった第三王子派の貴族を使うことを考えた結果が、あの仕事だったわけ」
「いみがわかりませんが」
「俺だってわかんねーよ」
わかんねーと言いつつもテンが説明してくれたところによると ――
ヴェロニカにひとめぼれした国王と王太子。
だが、ヴェロニカは公爵家の後継なので、愛妾にはできない (なお、国王には当然ながらすでに妃がおり、王太子は他国の王女と縁談が進行中) 。
だから、ひそかに弱みをにぎって身体を許さざるを得ないよう、ヴェロニカを追い込む。
そのために使うのが他国に留学中の第三王子派の貴族たち ――
もしここで、ヨハン第三王子がすでに亡くなっていることを公表すれば、彼らは生き残りのために王太子派に転じようとするだろう。
そのときの手土産として、ヴェロニカをおとしいれるための、なんらかの謀略に協力させる ――
「たとえばヨハンを殺したのはお嬢だと噂をたてさせる、とかな? その噂をもとにお嬢を逮捕してしまえば、あとはヤりたい放題」
「王家の近衛騎士より公爵家の騎士団のが強いですけど? あと、噂を口にした人から原因不明の急死を遂げそうですね、それ」
「? お嬢はその程度じゃ社会のゴミクズ判定しないだろ?」
「お嬢さまがなさらなくても、わたしたちがしますから!」
「こわ…… 」
テンは首を縮め、カフェオレのカップに口をつけた。
ぬるくなった中身を飲み干し、ふたりぶんの代金を置いて、立ち上がる。
「ま、とりあえず、お嬢の耳にも入れといてくれ」
「? テンさんが直接言えばいいじゃないですか? いつも馴れ馴れしいくせに、どうしたんです?」
「あのね…… お嬢とちゃんと会おうと思うと、俺の身分じゃ、ツテをどっかでつかまえてから招待してくださいってお願いしてそれから招待してもろて…… って、いろいろと面倒くさいのよ? こっそり会うのも公爵家のセキュリティーくぐらなきゃなんないだろ? わかる?」
「あー、なるほど…… だからいつも、こっちから声をかける形になってるんですね」
「そゆこと。それにさ、お嬢のことって言ったら、あんたが絶対にきてくれるとも思ったし」
「……は?」
「ま、そゆことだ。じゃな、メアリー」
手を振って、素早く人混みにまぎれていくテンの後ろ姿をメアリーは見送り……
小さくためいきをついて、ケーキにフォークをグサリとつきたてた。
そのこころは ――
「なにあれニオわせ? ニオわせなんですか? せっかく呼び出したのなら、もっとハッキリ言いなさいよモヤモヤするじゃないですか、このヘタレ!
…… って、思いません?」
「あら。ではもう、ほぼ確信はあるのでしょう?」
「はい…… 」
「で、メアリー。あなたはテンのこと、どう思っていますの?」
「どどどどどどおって……! なんていうかそう、別に好きとかじゃなくて、むしろお嬢さまのほうが好きっていうか、お嬢さま好きどうしで優先順位を理解してもらえるから案外うまく行くかも、とかは考えないでもないですけど!」
「…… なるほど、憎からず、というところでしょうか?」
ヴェロニカはペンの先を唇におしあて、真っ赤になったメアリーの顔を見上げた。
手元にはドレスカタログの山……
メアリーの報告と愚痴を聞きつつ、結婚式と披露宴で着るドレスを選び、アレンジの注文を書き込んでいるところなのだ。
ドレスショップの宣伝効果を見込み、10着ほど。合わせてウィッグやアクセサリーも変える。
披露宴というかもう、ファッションショーである。
「それならば、次にあなたが 『わたしのこと好きなんでしょ。付き合ってあげてもよろしくてよ!』 とでも言いましたら、解決ではなくて、メアリー?」
「そんなストレートに…… そんなこと言えるの、お嬢さまだけですよ」
「そう?」
「そうです!」
「…… メアリー、あなたはとってもきれいなのですよ? 自信を持ちなさいと、以前にも言いましたでしょう?」
「おかげさまでかなり自信は持ちましたけど、そういう問題じゃないんです! だいたいそういうのって、むこうから言ってほしいじゃないですか! 自分から言うとドキドキはしてもキュンキュンできなくないですか!?」
「………… わかりましたわ」
ヴェロニカがそれきり口をつぐんでドレス選びを続けたので、話はそこで途切れてしまった。
―― だが、後日。
メアリーがいつものとおりヴェロニカのそばで業務していると……
「さあ、メアリー! そろそろ時間よ!」
「…… は!?」
「覚悟なさい!」
ステラと複数の侍女 (お嬢さまのウィッグ隊) が突如、メアリーを取り囲んだ。
そのまま、部屋から引きずり出そうとする。
「…… お嬢さま!」
「わたくしのことは心配なくてよ。行ってらっしゃいな」
―― 上品に手を振るお嬢さまの絶品のほほえみに、メアリーは悟った。
次のおもちゃは、わたしだ……




