3-8. 危険と策略はどちらも面白すぎる③
闇魔法の波動が、セラフィンの指先からひたいをとおして全身に広がっていく ――
包みこみ癒す、優しい闇。
それはきっと私にも必要であるに違いないが、同時にとんでもなく居心地がわるい。
私はさっと身を引いた。
「もうけっこうですわ。あまり回復すると、計画に支障をきたしますもの」
「またなにを、あなたはいったい」
「そうですわね。母を偲ぶ会も無事に終わりましたし…… そろそろ、死んでみましょうかと。もちろん、お芝居でしてよ」
「…… その程度のことは、わかっていますよ」
「侍医を巻きこんで、メアリーに手伝ってもらう予定でしたけれど…… ねえ、ラフィー? ここまでお聞きになったのですから、当然、利用されてくださいますわよね?」
「もちろんですよ、ロニー」
私が差し出した手を、セラフィンがひざまずいて取り、顔をよせる。爪の先に唇のぬくもり。
私の心臓がずっと高鳴っていることは、気づかれていないだろう。たぶん。
数日後の夜。
私とメアリー、セラフィンとテンは久々に 『悪魔の居酒屋』 にいた。
いかがわしい男たち娼婦たちにまぎれて、帝国語での作戦会議である。
議題は 『いかにしてうまく死んだふりするか』 。
テンも呼んだのは、セラフィンを巻き込むことになった以上はテンにも声をかけてみないと、仲間外れっぽくなるから……
案の定テンは、ウキウキとのってきてくれた。
『こんな面白そうなこと俺が外すわけねー』 のだそうだ。
最初に、あらためてテンの画をほめ、乾杯。
さっそく、話しあいに入る。
まずは、死んだふりを思いついた経緯の説明だ。
「―― Iがとても真面目で、なかなかDと一線こえてくれないようですの。ヤキモキしたDに頼まれて、Cはわたくしに毒を盛りはじめたのですよ」
「よく気づいたな?」
「もろばれですって」 と、メアリー。
「どうみてもCは、公爵夫人になったのに自分から給仕をするようなひとじゃないですよ。なのに 『落ち着かないから手伝うわね』 なんて言って、給仕係の子を押しのけるんです。それでバレないと思ってるとか、バカなんですかね?」
「それにね、毒は、たとえ無味無臭であっても特有の刺激があるものですの。ごく少量でも、舌が鋭ければ、わかってしまいますのよ」
だから我が家では 『雪の精』 は特製ワインに入れるか、貴重なスパイスたっぷりの肉料理にふりかけるかが定番。
だがカマラは、そこまで知らなかったのだろう。
てきとうな料理に毒をふりかけたので、すぐにわかってしまったのだ。
贅沢には浮かれないほうがいいそれがヴィンターコリンズ (自由律俳句・異世界ふう)
「 ―― ともかくも。せっかく貴重な毒を使っているのですから、のってしまおうと思いまして…… 」
「普通は思いませんけど、お嬢さまですからね?」
「それな」
「…… それで、うまく死んで葬儀を出しましたら、あとはIとDが晴れて結ばれますでしょう?」
「そこにお嬢が幽霊のフリをしてワーッと?」
「まさか」
テンには悪いが、それだけではセンスがなさすぎて楽しくない。
私の狙いは、イアン王子の性格を利用すること ――
ゲームをやりこんだ者しかわからないだろうが、イアン王子は親しくなると、かなり依存心と支配欲が強めの尽くし系ヤンデレくんに進化するのである。
ゲームだから一部の需要はあるかもしれないが、実際にいたらかなり危ないよね。
『この子に手を出すつもり? 殺すよ?』 とかストレートに言っちゃうひと。
私はテンに確認してみた。
「ねえ、テン。たしかIは、かなりのヤンデレ気質なのですよね? ご存知かしら?」
「もちろん…… あのさ、昔、芸術のジェシカ先生が急に姿を消したろ? あとで病気療養で田舎に帰った、って発表された…… 」
ジェシカ先生は絵画史と油彩を教えてくれていた、某貧乏伯爵家の三女である。
ゲーム的には、序盤の授業選択で絵画のコース (テン攻略に必須) にすると、初回授業にセリフだけの顔なしモブとして登場する。実際には青緑の髪と銀色の瞳の、雰囲気のある美女だ。
テンによると、彼女は過去にイアン王子と恋愛関係になったが、結局は身を引こうとしたらしい。
身分的につりあわない上に生徒では ―― という大人の判断だ。
だがそれにイアン王子は激怒。自分の近衛騎士に命じて彼女を拉致監禁、媚薬づけにして最終的に死なせてしまったという。
なるほど、ジェシカ先生の登場が初回授業だけになるはずだ。
「 ―― 最後まで世話はIひとりがやりきったそうなんだが…… そのあと、どうやら…… 」
テンが顔色を悪くしてエールの入ったカップをテーブルに置いた。
手で口をおおい、なにやらモゴモゴ言っているが聞こえない。
見かねたセラフィンが補足する。
「食べたんだそうです」
「…… は?」
「だから、食したんだそうです」
「…………!?」
メアリーも、カクテルのグラスをテーブルに置いた。
両手で口をきつくおおって、悲鳴を抑えている。
ゆるふわな乙女ゲームとみせかけておいてゴシックホラー (自由律俳句、異世界ふう)
「まあ。そうしたら、Dも食べられてしまいますのかしら。それは少し、お気の毒ですわね」
「いえ自業自得でしょう、お嬢さま!」
メアリーの口から両手が外れた。
「お嬢さまの婚約者に手を出そうとするばかりか、お嬢さまを殺そうとまでしているんですよ!? 前にはお嬢さまがアナンナ突き落としたなんて、ありもしない証言までしてましたし? 立派なゴミクズじゃないですか!」
「まあおさえて。大声出すと誰が聞いてるかわかんないぞ?」
テンになだめられ、メアリーがあわてて口をつぐんだ。周囲を見回し、声をひそめる。
「けど、お嬢さまが亡くなったくらいでそこまでしますかね? 案外、平和にDと婚約するかもしれませんよ?」
「そのとおりですわね、メアリー …… だからわたくし、もう1つ仕掛けがあったほうが良いように思いますの」
「…… なに考えてるんだ、お嬢?」
私はワイングラスを片手に、セラフィンにほほえみかけた。
「ねえ、ラフィー? わたくしの葬儀のあと、ドリスに近づき、彼女をあなたに夢中にさせてくださいませんこと?」
セラフィンの灰青色の瞳が、私の顔に向けられたまま、凍りついたように動きを止めた。
「えげつな」 「殿下かわいそう」
テンとメアリーが同時につぶやく。
「もちろん、断ってくださっても良くてよ、ラフィー? そのときには、人を雇えばいいだけですもの…… ただ、あなたほどには信頼できませんけれど…… 」
「殿下、だまされないほうがいいですよ? 断られても、お嬢さまならきっと、なんとかされますから!」
「このようなことをわたくしがお願いできますのは、セラフィン。あなただけですわ…… 」
これは本当。
この仕事を頼めるひとは、容姿といい私の意が通じやすいことといい口の固さといい、セラフィンが最適なのだ。
それにセラフィンはたとえ誰を誘惑したって、私以外には本気になったりしないと…… その点でも信頼している。
ゆうに1分は固まったあと、セラフィンはやっとうなずいた。
「…… あなたがそう望むなら」
「ありがとう。あなたならそう言ってくださると信じていましたわ、ラフィー」
「…… いいんですか、お嬢さま?」 「それでいいのか、殿下?」
メアリーとテンがまたしても同時に、それぞれツッコミを入れる。
「もちろん、よろしくてよ」 「私はロニーのいちばんの味方ですから」
くちぐちに答えたものの ――
のちに、いざ実行してみると、私は予想外のジェラシーに、セラフィンは私に対する申し訳なさに苦しむことになる。
けれど、このときにはまだ、私たちはそんなことは知らなかった。
「さてと、変なとこから決まっちゃいましたけど。最初の段階がまだですよ、お嬢さま」
「そうですわね、メアリー。『上手な死にかた』 を考えなければ、なりませんね」
私たちはそれからしばらく案を出しあったが、結局はオーソドックスなところで落ち着いた。
―― それでじゅうぶんにだまされてくれるだろう、というのが私たちの結論だったのだ。
なぜなら、ドリスもカマラも私の死を望んでいるのだから。




