3-7. 危険と策略はどちらも面白すぎる②
「この縁談を拒否することは、僕にもきみにも難しい…… だから僕は、きみを愛するよう、努力するよ」
「まあ。おそれおおくも、ありがとう存じますわ…… けれども、わたくし、夫としてのつとめさえ果たしてくだされば、愛までは求めませんことよ?」
「それはいけない。せっかく結婚するのであれば、愛ある家庭を築きたいではないか」
えっ媚薬を使ってですか?
そうツッコみたいのをガマンして私はほほえみ、イアン第二王子の両手のあいだから、そっと自分の手を引き抜いた。
出会って10分でもう淑女の手をにぎにぎしてくるあたり、さすがは血筋。
現国王の子どもは全員、母親が違うのである。
王宮の中庭 ―― 私とイアン王子は、形ばかりのお見合いをしているところだ。
顔合わせのあとの 『あとは若いおふたりで』 的な庭園散策の途中である。
少し離れて、メアリーとドリス、それに王子の侍従たちがついてきている。
今日のドリスは鎮静剤と称して 『アモルス』 を与えているため、おとなしい。うっとりとした表情でイアン王子を見ている。
脈ありだな。
「正直に申し上げると、イアン殿下のことはこれまで、ヨハン殿下の兄君としてしか見ておりませんでしたので…… イアン殿下に愛していただいたとしても、わたくしが愛せる自信はございませんの…… 」
「なんだ、そんなことを心配していたのか。大丈夫だよ」
イアン王子の腕が、こんどは私の腰をとらえる ―― イラッとするわ、もう。
「ヴェロニカ、きみが僕を愛してくれるようになるまで、僕はきみを愛し続けるし…… それでも自信がないのなら、良い薬もあるんだ。まったく心配ないよ」
「…… 薬?」
「そう。 『アモルス』 といってね、愛しい人と一緒に飲むと、ますます気分を高めてくれる。素晴らしい恋ができる薬だよ」
「まあ…… イアン殿下なら、そのようなものを使わなくても、きっといいおかたがいらっしゃいますわ。わたくしとは、政略ですもの。愛人は作られても、けっこうでしてよ?」
「いや…… 僕は、愛妾は作らない。政略でもなんでも、たったひとりの女性と、愛し愛されて温かい家庭を作るのが夢なんだよ。だからね、 『アモルス』 の製造・販売がなぜか中止になるときいたときから、とにかく買い集めているんだ」
「ですけれど…… 薬で、人の心を操るのですか?」
「操るんじゃないさ。一緒に楽しく素晴らしい時間を共有して、愛情を高めるだけなんだから…… きみも試してみればわかる。とても素敵な薬だよ。どうして、製造・販売中止にしたのかな。もったいないよね」
イアン王子の笑顔はくったくなく明るいものだが、言っている内容は相当ヤバめである。
その媚薬を誰と試されたんですか? ―― と、ツッコみたくてしかたない。
とりあえず、イアン王子が媚薬を持っていることを、うまくドリスの耳に入れるのには成功した。
あとは、イアンとドリスをふたりきりにするだけ ――
「あ、あの…… さきほど見かけたお花が気になりまして…… 少し、つんでまいりますわね」
私は、もじもじと小さな声で言った。すなわちトイレだ。
「ああ、行ってらっしゃい」
「失礼いたしますわ…… メアリー、一緒にきてくださいな?」
「かしこまりました、お嬢さま」
去り際に少し振り返ってみる。
ドリスはさっそく、媚びまくった笑顔をイアン王子に向けていた。
ふふふ…… 頑張ってね、ドリス。
※※※※※※※
私とイアン王子の婚約は、すぐに整った。
基本はヨハン王子と婚約していたときの条件をそのまま適用しており、新たにすりあわせる必要がなかったからだ。
母の喪中でかつ2回目でもあるため、婚約式は大々的には行わない。
婚約発表と結婚は、母の喪があけてすぐ ――
だが。
なにごともそうスムーズに運ぶとは限らないことは、明白である。
ドリスもカマラも、私の予想以上に頑張って動いてくれたのだ。破滅に向かって。
「 ―― なんか、痩せたんじゃないか、お嬢? 婚約疲れか?」
「 ………… 」
喪服姿の肖像画 『悲しみのヴェロニカ (ヴィンターコリンズ令嬢) 』 のお披露目を兼ねた、母を偲ぶ会 ――
画家として呼ばれたテンのことばに、同席していたセラフィンがティーカップを置き、気がかりそうな表情でうなずく。
( 『偲ぶ会』 はお茶会なのである)
私とセラフィンが会うのは、実に2ヵ月ぶりだ。
そしてあと2ヵ月も経てば、新しい年になり喪があける。
―― できれば早めに会っていろいろと相談したかったような、会わなくてすんで助かったような。
「鉄の剛毛はえた心臓でも、婚約って疲れるものなのか?」
「いいえ。イアン殿下は大切にしてくださっていますわ」
ドリスとの仲もかなり進展しているようだしね。
いまイアンは別のテーブルで、ドリスと親密に顔を寄せあって話している。ドリスが落ち着いているのはおそらく、イアンから媚薬をもらえるようになったせいだろう。
「じゃあ、どうしたんだ? 母上のことがあるから、そこはわからんでもないが…… 」
「それなのですけれどもね」
私は紅茶をゆっくりひとくち含み、ほほえんでみせる。
「わたくし、いま、継母に毒を盛られておりますの」
「…… はぁ!?」
「ですから、父の後添えのひとが、わたくしの義妹にねだられて、わたくしに少しずつ毒を ―― 急死させると、あまりにも立て続けで疑われると思ったのでしょうね。母と同じ症状でゆるゆると、けれどもおそらく母よりはかなりスピーディーに。殺すつもりと、思われますわ」
「お母上と同じ?」
「ええ…… まだメアリー以外には言っておりませんでしたわね。実は、母もあのひとから、少しずつ毒を盛られて…… 」
「なんとまあ…… ま、お嬢のことだから対策は練ってるんだろ?」
「ええ。毎食後にこっそり、水の魔力石と光の魔力石で徹底的に胃洗浄と瘴気の浄化を…… おかげで、最近のわたくしの実質的な食事は保存用の干し肉と干しリンゴ、それに干からびたパンですのよ。美容に良くなくて、困りますわ」
「…… どうして。そのようなことを黙っているんですか、あなたは!?」
セラフィンが腕組みして眉根を寄せた。いつもの3倍くらい静かな声音。
―― うそ。セラフィンが怒ってる。私のために…… 嬉しい。じゃなくて。
嬉しいとか思う自分が、信じられないわ。
はい、深呼吸、平常心、上品なほほえみキープ。
「メアリーには話していますわ。それに、危険にさらされるときって、とてもワクワクするでしょう? 楽しくて。お優しいどなたかに相談などして、楽しみを減らされたくはございませんもの」
「…… 少しこのあと、よろしいですかね、ヴェロニカ・ヴィンターコリンズ令嬢? 折り入って話があるのですが」
「 ………… 」
「よろしいですね?」
「………… ええ。けっこうでしてよ。この会が、おひらきになってからでも、よろしければ」
「もちろん。その程度、お待ちしますよ」
しばらく断る理由を探したが見つからず、結局、私はしぶしぶうなずいた。
「単刀直入に言います」
偲ぶ会が終わり、母を知る客やテンを見送ったあと。
前に一緒に散歩した湖のほとりでセラフィンはさっそく、お説教モードに入った。
「楽しいからといって、ご自分の身を危険にさらすのは…… せめて私に、ひとこと相談してからにしてください」
「……? 止めないのですか?」
「止めてもこっそりするんでしょう。今回みたいに」
「今回は、その…… 相談する時間も、ありませんでしたのですよ? もし時間がありましたら、きっと相談していましたわ…… おそらく」
「いっさい信用なりません」
「まあ、そのお気持ちもわかりますけれども」
私はあいまいにほほえんだ。
今世の私は、実はけっこうチョロかった (父に似たとしたらかなりイヤ)。
つまり 『時間がない』 のを理由にセラフィンに会わなかったのは、一般にいう 『好き避け』 に近い状態 ―― 自覚はあるが、納得はしたくない。
セラフィンに会うとどうしたら良いかがわからなくなる気がして困る、とか ―― 小学生 (前世) か学園入学したて (今世) か。
しかも実は、ちょっと楽しかったりもする。セラフィンに対する私の反応が、わがことながら珍しくて、面白いのだ ――
―― という、なかなかに複雑な内面状況におちいってはいるものの。
私にとっての人間関係は基本、恩を売るか利用するかである。絶対そのはず。ほかは知らん。
「ともかく、少しじっとしていてください」
セラフィンの形の良い指先が、私のひたいにのびた。




