3-6. 危険と策略はどちらも面白すぎる①
翌日 ――
アッシェライア侯爵家にて私は、薄青色の髪に紺色の瞳の長身細マッチョに向かい、ひたすら頭を下げていた。
「ラファエロさま。このたびは当家にて、マリアンネ叔母さまが、このような…… 大変なことになってしまいまして、まことに申し訳のう存じますわ」
「ああ、いえ…… 心臓発作なら仕方がないです。そもそも母が、図太くもそちらに居座り続けてしまったのが悪いので…… どちらかといえば、お詫びしなければならないのは、こちらのほうです。
ご迷惑をお掛けし、まことに申し訳ないことです…… 」
ラファエロは、悲痛な顔でうつむいた。
あの母親から、これだけまともな子が生まれるとは奇跡だ ―― とは、思わない。
私が覚えている少年時代のラファエロは、たしかに悪い意味で甘やかされまくった、見るからにマリアンネの血を継いでいるワガママで傲慢な子どもだった。
この私にむかって 『ブス!』 と言い放ったのはラファエロくらいのものだ。
―― もしあのころに前世の記憶があったなら、どこがブスなのかを徹底して問い詰め、語彙の貧弱さを鼻で笑ってあげられたのに。ほんと、残念。
―― しかしまあ、ともかくも。
ラファエロは大人になって、改心したらしい。
ぷよぷよ柔らかそうだった身体にはいまや、よぶんな脂肪の1ミリもない。
腹はもちろん、6つに割れていると推測される。
なのに浮いた話のひとつもなくまじめに家業にせいを出しており、そして 『母』 と口にするたびに嫌そうに顔をゆがめる。
―― 当主である息子がこれでは、たしかにマリアンネも居づらかっただろう。
だが、私はラファエロに、マリアンネの死に疑問を持って、詳しく調べてもらいたいのだ ――
「マリアンネ叔母さまは、おきれいなかたでしたわね」
「ヴェロニカ令嬢だから申しますがね、あの容姿を保つために何をしてきたか知れば、吐くと思いますよ」
「ラファエロさまを目に入れても痛くないほどに、可愛がっておられたのを覚えていますわ」
「私にとっては黒歴史ですよ。なにかといえば菓子を与えられて餌付けされ、使用人のちょっとした粗相を処罰するのを当然と思い込まされ、父の悪口を言うのに付き合わされ……
あんな害虫の言いなりに心底からなっていたことを、あとで知るくらいなら、愛されないほうが良かった。ここだけの話ですがね、正直なところ、亡くなってくれて、ほっとしています」
―― これはダメだ。
私は計画を放棄した。
マリアンネの入った棺が届く予定と葬儀に参加する旨を告げ、早々にアッシェライア邸をあとにする。
「ご不満そうですね、ヴェロニカさま」
「あれでは使いものになりませんからね…… 別の方法を考えなくては」
「つまり、アッシェライア侯爵は、前侯爵夫人を死なせた誰かを突き止めてくれたりはしない、ということですか?」
「ええ。メアリー、賢いですね。よくわかりましたこと」
公爵邸に戻る馬車のなか。
ほめると、メアリーは得意そうに笑った。
「お嬢さま、あれから考えたんですけど…… カマラ、ですよね?」
「さあね? 彼女には、前侯爵夫人をよくお世話してもらえるかしら、とは考えましたけれども、ね」
私はとびきりの笑顔で答えた。明言などしなくてもメアリーには、これで通じるはずだ。
「ともかく…… 曲がりなりにも貴族を殺すなどとは、許されない犯罪でしょう? ねえ、そう思わない、メアリー?」
「そうですよね、ヴェロニカさま! どなたかにあばきたてていただかなくては!」
「ラファエロがダメだとすると…… 誰にしましょうかしら、ね?」
「…… さあ?」
しばらく考えたすえ、メアリーはしごく当然の結論に達したのだった。
「セラフィン殿下に相談されては? きっと適当なかたをご存じでしょうし…… 前侯爵夫人の愛人みたいなかたですとか」
「…… ええ。まあ、そうね」
セラフィンは困る、と言いかけて、そんな理由がどこにもないことに私が思い当たるのに、少し時間がかかったことは……
さすがのメアリーも、気づかなかったようだ。たぶん。
※※※※※※
「今日からはカマラに後添えになってもらう。手続きには、多少時間がかかるが…… それによらず、これからは公爵夫人として接するように。それから、ドリスも今日からは公爵家の娘だ。
至らない点も多いだろうが、ヴェロニカ。姉としてよくドリスを守り、導くように頼むぞ」
「承りました、お父さま」
父が、使用人全員と私とを集めて宣言したのは、マリアンネの葬儀が終わってすぐのことだった。
父にとってはおそらく、夫人とは家の備品みたいなものなのだろう。特に必要ではないが、すえておかねば落ち着かない ―― というたぐいの。
カマラは父にねだったらしいドレスを着て、優越感そのもの、といった表情でアゴをあげて私たちを見ている。
ドリスは体調が悪いとのことで不在。カマラが父の叱責をおそれて、部屋に閉じ込めているのだろう。
―― こうなる前に、ラファエロを利用して片付けようと思っていたのに。
カマラの処分に関しては、まだ目処すら立っていない。
父の宣言が、あまりの速攻だったからだ。
―― まあ、カマラもドリスも、いまのうちに喜んでおくといい。
最高の復讐は、忘れたころにするものだから、ね。
「それからヴェロニカ。おまえの婚約が決まったぞ。第二王子のイアン殿下だ」
「…………! 急なお話でございますわね、お父さま」
「王家は我が家とのつながりを保ちたいのだよ。貴族どもを引き連れて離反されないようにな」
父が邪悪な笑みを浮かべた。
この国では公爵は、正確には 『貴族』 ではなく 『準王族』 ―― いざというときのための王家のスペアである。
他国の王族と婚姻を結ぶとか、めったにないが後継ぎが全滅したとか、そういったときに活用するのだ。
なので、一代おきくらいに王家の血筋を入れるし、政治的にもそこそこの地位につけておくのが慣例なわけだが……
父のように家の事業やら出資やらを通じて貴族の大半に関与し、貴族院の長にまでおさまってしまう人物が公爵であるならば、王家としては用心せざるを得なくなるのだ。
油断すれば、スペアが本物にとってかわろうとするかもしれない。
なので王家は、公爵家とつながりを保ちつつも、よぶんな野心を持たせぬよう腐心するのである ――
王家のなかでもなるべく継承権順位の低い人物と婚姻を結ばせるのも、そのひとつ。
だから、もしセラフィンが先日の約束どおり私を第二王子の婚約者に推薦してくれていたとしたら、そこから話はトントン拍子に進んだことだろう。
「いちおう近々、形だけはお見合いをするから、そのつもりでな」
「かしこまりました、お父さま」
カマラが口もとをぐっと曲げ、私をにらみつけた。
―― それは悔しいだろう。
父が私を、正式に後継者として指名したようなものなのだから。
王族を婚約者にするとは、そういうこと ――
父は、カマラを後妻に迎えても家庭の実権はこれまでどおり私に委ねる、と明言したのである。
その辺を再婚の手続きが終わる前に片付けてしまおうとするところが、家庭内のごたごたを嫌う父らしい。
同じくその場にいた家令と侍女長は目に見えてほっとしたようだった。
そして私は、内心ほくそ笑んでいた。
第二王子のイアンは、ゲームの攻略対象のひとり ―― 程よく筋肉のついた長身に蜂蜜色の髪と濃い青の瞳のイケメンである。
私たちとは同級生で、生徒会副会長をつとめていた。
母親がもとは平民であるため継承権順位は低い。しかし文武ともに優秀なうえ誰にも分け隔てなく親切で、生徒からの人気は高かった ――
そして噂どおりなら、彼はいまや相当な量の媚薬を買い込んでいるはずだ。
そんな婚約者を奪いたくてたまらなくなりそうな義妹がちょうど、たったいま私にできたばかり ――
ジャイ○ン的気質かつ、いまや立派な媚薬中毒者の、とてもかわいい義妹だ。
―― 彼女は、そのうち勝手に自滅するだろうと思っていたけれど……
もしかしたら、もっと面白いことになるかも、ね。
お見合い当日。
私は付き添いとして、メアリーのほかにドリスも連れていくことにした。




