3-1. 毒とチョコレートとわるだくみは意外と似ている①
【ヴェロニカ視点・一人称】
ゆるふわな乙女ゲーム 『光の花の聖女さま~魔法学園で咲かせる恋の華~』 の攻略対象のひとり、宮廷画家のテン。
攻略のクライマックスは、彼にヒロインの肖像画を描かせるシーンである。
ここでの見どころは、髪型と身につけたドレスによってテンのセリフが変わる凝った演出 ――
なので、このシーンは事前にセーブして繰り返しリセットでのコンプリートをオススメしたい。
さらにオススメは、リセマラのラスト回でテンの好みでないドレスを着ること。
すると 『うっわ。おまえ、そんなモノしか持ってねーのか』 と顔をしかめられてしまうのだが……
後日テンは、ドレス店でも別格の値札がついたブツを贈ってくれるのだ。
―― 少ない小遣いでやりくりしているヒロインには必須の攻略技である。
けれども。
あれってたぶん、盗品よね。
秋の風が心地よくとおる公爵家3階の母の部屋で、私は物思いにふけっていた。
―― パーティーに着ていけるようなドレスは安くてもテンの給料、半年ぶん。
あのゲームでヒロインが贈られたドレスは給料2年ぶんはするだろう。普通は買えない。
だから、テンとヒロインのハッピーエンドは他国への駆け落ちになるのではないだろうか ……
「ねえ、テン。もしあなたが好きな女性にドレスを贈りたいとするでしょう? けれどお給金の2年分なの。盗む? 買う?」
「あったりまえに、買うわ」
「あら。あなたの諜報技術なら盗み放題でしょうに」
「盗品着せるなら嫌いな女にだろ。バレないほうがおかしいし、バレたら大騒ぎだからな」
「きっとドキドキして楽しいでしょうね」
「いやそういう楽しさ求めてないから!」
「あら、つまらない。ちなみに、わたくしのスタンダードはあなたの給料1年半分でしてよ」
「やな女…… おっと、悪い、動かないでくれ」
テンが真剣な眼差しを画布と私に半分ずつ注ぐので、私はおしゃべりをやめた。
―― いまテンは、私の肖像画を描いているところだ。
この世界で初めて会った夜に約束して以来、3ヵ月が経過しているわけだが……
タイミングとしては、いまが最適。
なぜなら、いま私は、喪の黒いドレスを身にまとっているからだ ――
「しかし別にこんなときでなくてもだな、もっとあとでも、よかったんだぞ? 俺は人間はあんたしか描かないし、あんただったらいくらでも待つんだから」
「また描きたければ描かせてあげても、よろしくてよ? ですけれど、これは必要なものですの」
「世間の同情を買うのに、だろ? 抜け目なくておっそろしいわ」
「別に…… 慣例に従っているだけですけれど、なにか?」
くくっ、とテンの喉が鳴った。
―― 身近なひとが亡くなったあと、喪服姿の肖像を描かせる貴族は、この国では珍しくない。
『悲しみを忘れないために』 だそうだ。
アイテムがなきゃ忘れちゃうような悲しみなんて、たいしたことなさそうだよね ―― とは思うけどまあ、ともかくも。
真意はなんであれ、描かせないほうがおかしいだろう。
『悲しみの画』 の効果は実際、なかなかのものなのだから。
―― 本音を言えば。
いまは悲しいというより喪失感のほうが大きい。
母はもう何年も、生ける屍のようなものだった。それでも、生きてさえいれば ――
触れて、話しかけることができた。
いまなにを考えているのかと、思いを馳せることができた。
亡くなればもう、なにもできない。
―― 私はいつのまにか、からになったベッドに目をさまよわせていた。
テンは口をつぐんだまま筆を走らせ、私の表情を画布に写しとっていく。
ふいに、ノックの音がした。
私のそばに黙って控えていたメアリーが、ドアに駆け寄る ――
が、ドアはそれを待たず、勝手に開いた。
ずかずかと入ってきたのは、華やかな色合いのシフォンドレスをまとった、そこそこ身長のある小太りの女。
顔は美人といえないこともない。けど白粉がニオってきそうなほどキツめな化粧のおかげで、三流キャバ嬢みたいだ……
「ああら、 『悲しみの画』 を描いてもらっていたのね。それはそうよねえ、お母さまが亡くなったんですものね!」
「アッシェライア前侯爵夫人…… そろそろお帰りになっては? もう母の葬儀から、10日が経ちましたのよ?」
「ああら。お母さまが亡くなって、家の切り盛りがあなたひとりじゃ大変でしょうから居てあげてるのに、そんな言い方なさるの? それに、他人行儀な呼びかたはやめて。叔母さまとおっしゃいな?」
「ご心配は有り難う存じますけれど…… 母が亡くなるまで、いちどもヴィンターコリンズの門のなかに入ったことのなかった叔母さまでは、勝手がおわかりにならず、戸惑われることも多いでしょう? こちらはなんとかなりますので、そろそろ侯爵家にお戻りになってはいかが? 侯爵さまも待っていらっしゃるでしょう?」
「まあ。よそ者はすっこんでなさいとでも、言いたいようね?」
「とんでものうございますわ。不馴れな屋敷で事故にでもあわれたら、大変でしょう? わたくしも心配しておりますのよ、アッシェライア前侯爵夫人」
ケバケバしい顔が醜く歪んだ。
―― マリアンネ・アッシェライア、36歳、未亡人。
母の実の妹で、ゲームでは中盤、ヒロインを誘拐・監禁する悪人である。
というか、こっちの世界でもマリアンネは、実際にやらかしていた記憶がある ―― 理由は、息子のラファエロ・アッシェライア侯爵にアナンナが園遊会でベタベタしていたのが気にくわなかったから。
当時、たまたま誘拐に気づいた私は、ヨハン王子にアナンナを助けてくれるよう、こっそり頼んだ。
それも、叔母はボケて勘違いしてしまったことにし、罪に問われないよう取り計らいまでしてもらった ―― その裏工作にヨハン王子の命令で協力してくれたのが、セラフィン王弟殿下だったのだ。
( 『セラフィン殿下 = いい人』 と私にインプットされたのはあのときだった)
けどあれって、いま思えば、自分で婚約破棄 & 断罪のフラグを立ててしまっていたようなものなんだよね。
だってゲームでは、誘拐されたヒロインを助けに行くのは、最も好感度の高い攻略対象なのだから ――
彼はヒロインに言われるままに悪役令嬢を誘拐犯と信じ込み、ラストで断罪のネタにするのだ。
もし私が生徒失踪事件を持ち出していなければ、先日の卒業パーティーでもやられていたかもしれない。
『おまえはアナンナを誘拐・監禁しただろう!』
―― ウケる。
話をゲームに戻そう。
実は、ラファエロ・アッシェライア侯爵自身も攻略対象である。
―― 誘拐時点でヒロインと仲の良い攻略対象がいなければ、ラファエロが助けてくれて通称 『侯爵ルート』 が始まるのだ。
だがそれはひたすらストレスを溜めまくれる、別名 『ドMルート』 ―― すなわち、悪役令嬢だけでなく攻略対象の母親も加わり、ヒロインへの嫌がらせがはてしなく展開されるルートだったりする。
あのルートでは私自身 (と叔母のマリアンネ) が徹底的に社会のゴミクズだった…… フタをあければゴミクズだらけの現在のルートのほうが、かなりマシだ。
―― さて。
長々と語ってしまったが、それはさておき。
こちらの世界では、お粗末な誘拐劇を繰り広げたのになんの罰も受けなかったかわり ―― 侯爵家でマリアンネは、息子のラファエロにうとまれて居心地わるい日々を送っていたらしい。
そのせいで、私の母の死をこれ幸いとばかりにヴィンターコリンズ公爵邸に居座るようになってしまったのである。
―― 母の葬儀の折に少しの時間、マリアンネに私の代理を頼んだのも、まずかったのかもしれない。
クリザポールが弔問にきてくれたので、私はうっかり彼と話しこんでしまったのだ ――
ともかくも、こうなってしまった、いま。
マリアンネが後妻の座を狙っているのは見え見えである。
だが肝心の父は、葬儀以来ずっと王宮に詰めて仕事していて、姿を見せない。
一応、父にも知らせは送っておいたが 『飽きたら帰るだろうから放っておけ』 という返事がきただけだった。
マリアンネに直接ひとこと 『お前を愛する気はない』 とでも言ってくれれば…… あ、無理だ。それで引き下がるような性格じゃなかったわ、彼女。
放置は意外と正しいかもしれない ―― が。
私はキレイ好きなのだ。
やっぱり掃除は必要だよね。
さいわい、仕込みをするのは簡単だ ――
私が内心で、握りこぶしを固めたとき。
「お待ちください、殿下! 失礼を…… 」 「ねえっ、殿下ぁ! チョコレートを持ってらっしゃるでしょぉ? ねえっ!?」
カマラとドリスの声が立て続けに響き、遠慮がちなノックの音がした。
「セラフィン殿下かしら? どうぞ?」
「どうしてわかってしまうんでしょうか。ごきげんよう、ロニー。メアリー、ありがとう…… で、こちらのかたは」
入ってきたセラフィンはマリアンネを見て、ほんのわずかに眉をひそめた。




