2-7. 好きでなくても理解はできるのが同族④
「すみません、長々とお引き留めしてしまいました」
「いいえ、クリザポールさま。お話ししにくいことを、どうもありがとうございます ―― フォルマ先生には、気をつけますわね」
「ええ。ぜひ、そうなさってください」
話が終わると、クリザポールはカタリナ・フォルマの遺書と 『夢の神』 の小瓶を、丁寧に内ポケットにしまった。
肌身離さず、持ち歩いているのだそうだ。
「そうですわ、クリザポールさま。花火と幻術セット、もう少し多めに追加注文できますかしら?」
「もちろんでございます」
「お願いいたしますわね…… では、そろそろ。おいとまさせていただきますわ」
「本日はどうもありがとう存じます、ヴィンターコリンズ令嬢」
クリザポールと挨拶をかわし、私はメアリーとともにオフィスをあとにした。
帰りの馬車のなか ――
私が考え事をしていると、メアリーが心配そうに話しかけてきた。
「ヴェロニカさま、失礼ですが、ご気分のほうは…… 大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありませんわ。ありがとう、メアリー」
むしろ私よりも、メアリーの顔色のほうが悪い。
「どうしたのですか、メアリー?」
「いえ…… あまりにもヒドい話を聞いたものですから…… まさか、フォルマ先生があんな」
「そう? 意外でしたか?」
「ヴェロニカさまは…… 予想ついてらしたのですか?」
「ええ。あの媚薬の製造者ですもの。ろくな人間でないこと程度は」
「そんなっ…… 優しくて、人気のある先生ですのに…… 」
「まあね、クリザポールさまのお話だけでは、真偽はわかりかねますわよね…… 公平に、フォルマ先生からも真相をうかがえるといいのですけれど」
「そうですよね! もしかしたら、クリザポールさまがフォルマ先生がお嫌いで、嘘をついておられるだけかもしれませんし…… 」
「その辺は期待しないほうがよろしくてよ? 2度言いますけれど、あの媚薬の製造・販売者ですもの」
メアリーが目を見開き、両手で口をおおう。
もしかして、フォルマ先生のファンだったのかな…… かわいそうに。
「では、ヴェロニカさまは、なにを考え込んでいらっしゃったのですか?」
「…… 善人ほど手に負えないものはない、ということなど」
「…… へ?」
「カタリナのあられもない姿を見てしまったからといって、逃げ帰るなど…… そのような婚約者、わたくしがカタリナなら自殺する前に殺しにいきますわ」
「いえあの、普通の人は人を殺しませんからね、ヴェロニカさま!」
「困りましたわ。わたくし、クリザポールさまのためには怒る気になれませんの…… そうね、少しガッカリしていますわね、いま…… 」
私がクリザポールに話を聞きに行ったのは、フォルマを粛清するためのヤル気スイッチを押そうと思ったからだ。
別にヤル気がなくても粛清はする予定だが、ヤル気が出たほうが3倍楽しい。
―― だがクリザポールの話を聞いて、むしろフォルマのほうを理解してしまった。
やはり同類というべきかもしれないが、どちらかといえばクリザポールのほうに腹を立ててしまった感がある。
―― 婚約者が目の前でヒドいことされてるのに、なにもせずに逃げ帰っておきながら、その非を認めもしなければ、開き直りさえもしない。
己は正義だと信じきり、被害者面してグチれそうな相手にグチるだけ。しかも 『相手のため』 と恩を売るオマケつき。
―― 善人だしゴミクズではないけれど、醜悪ではないか。
もし私がもうちょいバカならば、あの場でクリザポールの紅茶に 『雪の精』 を仕込んでたところだ。
「そもそもクリザポールが 『己が一番正しい』 という顔をして、フォルマの希望を容赦なく潰しにかかるから、ああなるのですわ」
「希望…… ですか?」
「フォルマ家ではね、カタリナがあまりに才能あるものだから、婿をとってカタリナに家を継がせようとしている、いう噂もあったほどでしてよ、たしか。
フォルマとて創薬の才能はあるけれど、どれだけ知識を積み努力しても、栄光と両親の愛は常にカタリナのほうに注がれていたわけでしょう。
そのような環境でフォルマが己のすべてをかけ、両親さえも犠牲にして作りあげた媚薬 『アモルス』 。
幼馴染みで唯一、己を認めてくれていた大好きなクリザポールと一緒に世界に広めたかったのでしょうね、フォルマは……
それが、にべもなく断られ、それどころか絶縁に近い宣言までされて、ある意味でパニックに近い心境になったはずですわ…… それが、馬車の事故を起こさせた原因。孤独にすれば再びクリザポールを取り込めると思ったのでしょう。
カタリナの件も、フォルマは本気でクリザポールを喜ばせようと思っていたはずですよ。ただ、認知がゆがみきっているものだから、行動としては大ハズレになったわけですけれども」
「失礼ですけれど、ヴェロニカさま。それ、めちゃくちゃ悪辣にしか聞こえません。普通はしませんよ」
「そのとおりですわね」
そうだ、普通の人には理解できない。
持って生まれた特異性ゆえに、普通の人がすんなりと手に入れられるもののほとんどを、普通にしていては得ることができない ―― その結果、内に抱えてしまう虚無の大きさを。
何をしても空虚が埋まらないがゆえ、執着や憧憬は際限なく強くなり、いっぽうで、追い求めるもの以外の存在は際限なく軽くなる ――
私には理解はできるけど…… (そこが同族たる由縁)
でもまあ、私は正義の掃除人。フォルマはゴミクズほぼ確定。格が違うのだ。
「メアリー。心配しませんことよ? フォルマ先生にはもちろん、きっちりと償っていただきますから」
「その辺は一切、心配しておりません! …… むしろ、やりすぎないでくださいね、お嬢様」
「あなたがわたくしの侍女で嬉しいわ、メアリー」
私は心の底からそう言った。
※※※※※※
【バーレント・フォルマ視点】
「残念なことに、お嬢様はただいま、外出中でございます。お待ちになりますか?」
「いえ、けっこうですよ。ご依頼いただいた件の進捗報告と、こちらの手土産を届けにきただけですからね。チョコレートなんですが、令嬢にお渡しいただいても?」
「かしこまりました。次は、よろしければ、先触れなさってからおいでいただければ…… 」
「ええ。どうしても令嬢にお目にかかりたいときには、そうさせていただきますよ。では、失礼します」
応対してくれていた侍女長に紳士の礼をとり、バーレント・フォルマはヴィンターコリンズ公爵家の門へと向かった。
そこここからメイドたちの熱い視線を感じるが、騎士が案内してくれているため愛想をふりまきにくい。
これはと思う家の使用人は、本人すら知らぬうちに少しずつ媚薬漬けにし、いざというときに使えるように仕込んでおくのがバーレントの流儀 ―― しかし、ここヴィンターコリンズ公爵家では難しい。
警備に隙がないからだ。常に騎士に見張られている。
(まあ令嬢あてのチョコレートは贈ったし、こうして、ふと気が向いたふうに頻繁に訪れるのも作戦のうちだからな)
先日 ―― 卒業パーティーでヨハン王子の断罪をかわし話を生徒の失踪にすり替えたヴェロニカの手腕を見たときから、バーレントは考えはじめた。
この女を、落とそう。
なにしろ、宰相の父を持つ公爵令嬢だ。コネの強力さでいえば、国王の寵愛頼りの第三王子の比ではない。
そのうえ、したたかで誇り高く、美しい容姿を持っている ―― 彼女を屈服させる己を想像すると、バーレントは心どころか身体までもが踊り出しそうだった。
こんなにワクワクするのは、クリザポールとともに媚薬 『アモルス』 を世界に広げる夢を見たとき以来 ――
本来なら、彼女が学園を卒業してしまったいま、たかだか薬商の子爵が接点を持てる口実はそうない。
だが、その点でもバーレントはついていた。
ヨハン王子とアナンナが事故にあったその朝、公爵令嬢の魔力痕がヨハン王子の狩り場のある森のいたるところで確認されたのだ。
これをエサにヴェロニカを手なずけよう ―― そう決めて公爵邸を訪れた結果は、思いどおりではなかった。
―― それでも、上出来というべきである。
逆に創薬の依頼を受け、進捗報告という口実で、ヴェロニカにいつでも会えるようになったのだから。
―― あとは、並の手口。
足しげく会いに行くかと思えば、ぱったりと連絡をとだえさせ、こちらのことを気にさせる。
ほかの女性と親しげに話してみせ、嫉妬心を認識させる。
その女性が 『なんでもない間柄』 だと明かしてほっとさせ、思わせぶりな言動でゆさぶる ――
ありがちだが、この程度でも初心な貴族令嬢は恋に落ちてくれるものだ、ということをバーレントはよく知っていた。
過去にもバーレントは、身持ちも口も固くお家大事な令嬢を選んでは、恋愛をしかけてきたのだ。
彼女らはたいてい、人生で初めての恋をしたと喜び、『尊敬するフォルマ先生』 に抱かれた思い出を胸に秘めて学園を卒業し、親の決めた男のもとに嫁いでいく。
そしてやがて、夫がつまらぬ男でしかないことを知り、理想とはかけはなれた結婚生活を嘆くようになる。
楽しくきらめいていた過去に心をしずめ、媚薬 『アモルス』 に溺れるようになる ――
数々の戦果を思い出してバーレントは笑いそうになり、あわてて顔を引きしめた。
騎士がけげんそうに振り返る。
「どうされましたか?」
「いえ。ふっと、昔のことを思い出しましてね」
「ああ、ありますね、そういうこと」
前庭を半分ほど渡ったとき、うしろから甲高い声がバーレントを追いかけてきた。
「フォルマ先生……!」