2-5. 好きでなくても理解はできるのが同族②
数日後 ―― 噂の 『呪われた伯爵』 リオ・テイカー・クリザポールとの面会は、あっさりと叶った。テンの予想どおりだ。
というのもクリザポールは、手広く事業をやっている商会の総帥だったから。
そしてタイミング良く私とメアリーは、騎士団の慰労の宴を企画していた。
『騎士たちのためになにか特別な趣向をこらしたい』 と相談を申し込めば、クリザポールの1時間をとることは、たやすかったのだ。
夜も眠らず仕事に入れ込んでいるというから、少々の時間のロスはクリザポールにとって、たいしたことではないのかもしれない。
「―― で、さまざまな店を経営しておられるクリザポール伯爵なら、みなが驚くような趣向をこらすのに、なにか良いお知恵を貸していただけるのではないかと……」
私は目の前の、片目に眼帯をした薄紫の髪の男に微笑みかけた。見えているほうの目は、きれいなスミレ色。
口元に愛想笑いを浮かべているのが、いかにも商売人らしい。
「お忙しいのに相談に乗ってくださって、感謝しますわ、クリザポール伯爵」
「いえ、当然のことでございます」
クリザポールは紳士の礼を披露する。一分の隙もない優雅な仕草だ。
「公爵令嬢からのオーダーとあれば、こちらとしても商売のチャンスですから……
それにしても、家の騎士の宴のために令嬢ご自身が、というのは、なかなか得がたい話です。公爵家に仕えるかたは、幸せですね」
「おそれいりますわ」
私は軽くうなずき、さっそく手元のカタログに目を止めた。
「こちらの 『幻術セット』 は、なかなか良さそうですわね」
「さすがご令嬢、お目が高い」
クリザポールはソツなく褒め、流れるように説明を始める。
「 『幻術セット』 は光魔法と風魔法を応用した魔道具です。ご令嬢の風の魔力を使われれば、よりダイナミックな幻術を見せることも、できるでしょう」
私が風の魔力を持つこともリサーチ済み、と。さすがシゴデキ商売人。
それにしても、なかなかいろいろと使えそうなアイテムだ、幻術セット。
私の脳内では、このアイテムの活用法はすでに決まっている ―― だが。
私はわざと迷うふりをした。
「良さそうですけれど…… ありがちかしら」
「まあ、上流階級の方々のパーティーでは好まれていますがね。目新しくされたいということでしたら、新作デザインを使う手もございます」
「新作デザインなら、いいかしら? ねえ、メアリー、どう思って?」
「わたしは、いいと思います! だってお嬢様は見慣れてらっしゃるかもしれませんけど、騎士団で見たことのあるかたっていったら…… あのかたたちは肩こるパーティーより剣振るほうが好きっていうひとばかりですし?」
「そうね。でしたら新作デザインの幻術セットをいくつか、いただきますわ。特注も頼みたいので、そちらは、あとでまた連絡しますね」
「かしこまりました。ありがとう存じます」
そうそう。それからもうひとつ、おもてなしのために欲しいアイテムがあるのよね。
「それから、花火…… 手にもって遊べるタイプは、ありませんこと? ついでに、お酒も。帝国からの輸入品をメインに、各地方のものをひととおり入れたいのですけれど」
「手配させましょう」
「花火もありますの?」
手持ち花火は私の前世の記憶からのリクエストで、この国では見たことがない。
意外に思ってたずねると 「つまり火花が派手に出るオモチャですよね?」 と逆に聞き返された。
「幻術に火魔法を組み込んだ魔道具を作らせれば、いかがでしょうか?」
「そうね…… ですが、火は危ないのではなくて?」
「ちょっとした危機感をも楽しむ類いのオモチャかと思ったのですが、違うんですか?」
「…… たしかに、そうとも言えますわね」
「使うのはおとなばかりですから、火は問題ないでしょう」
「なら、お願いしますわ」
気持ちいいようにサクサクと話がまとまっていく。
「それから、各地の珍味なども喜ばれますよ、ご令嬢」
「それも取り寄せていただけますの? なら、ぜひお願いしますわ」
「かしこまりました」
クリザポールが、複数枚のメモを書き終えて口の中で魔導式を唱えた。
四角い紙片がくるくると円を描きながら、宙に浮かぶ。
メモはしばらくのあいだ光を放ちつつ蝶のように舞っていたが、やがて1枚ずつテーブルの上に落ち、ただの紙片に戻っていった。
「現場には伝えましたので、さほどお待たせせず、手配できる予定です」
「今のメモで? 便利ですね。どのような魔導式を使っているのでしょう?」
「ご令嬢なら、媒介などなくても直接、離れた場所にメッセージを伝えられるはずですよ。風の魔力を持っていらっしゃいますから」
「そうね。また調べてみますわ」
あ、いま、いいこと思いついた。
私は少し声をひそめ、クリザポールに流し目を送った。
「この 『メモ』 の魔導原理…… 応用すれば 『録音』 などもできそうですわね」
「録音? それは、どういうものでございましょう?」
クリザポールの片目が生き生きとした光を帯びる。ふふ、さすが商売人といったところかしら ―― 見事に食いついてくれたわね。
「少し話がそれてしまいますが、よろしければ、お聞かせいただいても?」
ええ、よくってよ。
「音を記録するのですわ。音に関わる風魔法と、時間に関わる光魔法 ―― 両方をうまく使えば、できませんかしら」
「ほう…… 興味深いです」
それから、私たちは 『録音装置』 について話しあった。クリザポールは乗り気で、さっそく開発してみるそうだ。
しばらくして、私はいとまを告げて立ち上がった。
え、本来の目的はどうしたのか、って?
それはもちろん ―― これからだ。
「では。本日は貴重なお時間をありがとうございます、クリザポールさま」
「いえ、こちらこそ。必ずご満足いただけるものを揃えてごらんにいれましょう。 『録音装置』 もかならず。いちばんに試作品をおとどけしますよ」
「お願いします。頼りにしていますわ」
私は、クリザポールと握手をかわす。
―― さて。
本格的に、釣りを始めるとしましょうか。
「そういえば、クリザポールさまは異国の薬なども扱っておられましたわね?」
私はふと思い出したという体を装う。
クリザポールはやはり、ソツなくうなずいた。
「なにか、こちらのほうでお手伝い差し上げられることが、ございますでしょうか?」
「ええ…… じつは、母の容態が思わしくないものですから」
私は眉をかすかにひそめてうつむき、ためいきをついてみせる。
「外国の薬に、良いものがないかと…… いかがかしら」
「そうですね……」
よろしければ、とクリザポールは私をソファにエスコートした。
私が腰掛けるのを待って再び向かいに座り、真摯な表情をつくってこちらを見る。
「もう少し詳しく、お母上の容態を教えていただけますか?」
「臓器が弱って痩せほそり、皮膚が衰えて全身に吹き出物が出ていますの。原因はわからず、光魔法による瘴気の浄化も闇魔法による癒しも効きませんでしたわ」
「それは……」
クリザポールは大災害のニュースに接した人のような表情になった。
いたましい、二度と見たくない理不尽を目の当たりにしてしまった者の顔だ。
「失礼ながら…… 媚薬の過剰摂取による症状に似ていますね」
「まあ、媚薬ですって?」
かかった。
私はそう思ったが、敢えて怒りと驚きを含んだ声をあげる。
クリザポールは悲痛な表情を残したまま、うなずいた。
「ええ、ある者の邸宅で見たのですよ。やつは実験と称して…… いえ、失言でした」
クリザポールは申し訳なさそうに頭を下げる。
「話がそれるので、やめておきましょう。失礼しました……」
なるほど、いまクリザポールは、私の母よりもその、やつの所業のほうに思考を奪われていたわけね。
その所業については私としてもぜひ、お話いただきたいところだ。もともとクリザポール商会を訪れたのも、そのためなのだし。
けれど、まだ慎重に。
目の前のこの男が、自ら喜んで口を割るようになるまで ――
私は、母を想う健気な令嬢でいてあげる。
「けれど、母が媚薬など使うはずがありませんわ!」
いったん感情的に上げた声を落とし、申し訳ない、といった表情を作る。
「…… 使用人の話では、わたくしを生んだのちに、からだが少しずつ弱りはじめた、ということですの。とても媚薬を使って楽しむ余裕など、なさそうでしょう?」
「たしかに…… では、これまでにほかの薬は?」
「滋養のためのものなら、いろいろと試したはずですわ。いまは、痛みを取り深く眠るために 『バーレント・モルフェン』 を就寝時に。それから、フォルマ先生に特効薬を創っていただくよう、依頼しておりますの」
「フォルマ……」
クリザポールの黄昏をうつした湖のように静かだった瞳に一瞬、さざなみが立ったのを私は見逃さなかった。
―― どうやら釣り針は、獲物の喉深くに刺さったようね……
「ええ。あのバーレント・フォルマ先生ですわ。創薬の天才の……」
クリザポールの口元が、わずかに引き締まる。
そろそろ、商売以外のことを喋りたくたる頃合いかしらね。
「『バーレント・モルフェン』 を創ったかたですもの。きっと母を、救ってくださるはずですわ」
「どうですかね」
きたきた、強烈なあたり、きた……!
これだから他人を意のままに操るのはやめられない。
魚釣りよりよほど、ワクワクするのだもの。人間って本当に素敵ね。
「え……!?」
私は、驚きを表すために目を丸くしてみせる。
「どうして、そのようなことを?」
「ああ、失礼。ご令嬢…… お気を悪くしないでいただきたいのですが、あの男は、天才などではありませんよ」
釣れたわね。
クリザポールの顔から、商売人の仮面が剥がれ落ちていく。
残ったのは、スミレ色の瞳を恨みに染め、心の傷に口元を歪める…… そんな、ひとりの人間の表情。
「あの男は、天才などではありませんよ。もしも私なら、あの男にはなにがあっても創薬の依頼など…… いえ、一切、関わり合いになど、ならないでしょう」
「そ、それは…… どういうことですの?」
「…… ああ、いえ。これ以上は。余計なことを申し上げてしまい、失礼しました」
「ここまで言われてしまったら、気になりますわ。教えてくださるまで、帰りませんから」
私はクリザポールをじっと見つめ、低めの声で命令する。
「…… ぜひ、お聞かせ願えますかしら?」
まるで催眠術にでもかかったように、クリザポールが深く座りなおす。
もちろん、私が催眠術にかけているわけではない。
本当は誰かに話したくてしかたなかった ―― そこをついただけのことだ。
クリザポールは目を伏せ、深く息をついてから顔を上げ 「少し長くなりますが」 と断りを入れて語り始めた。
「最初は、彼の両親でした ―― 」




