2-3. 眼鏡イケメンだろうと性格までは信用しないのって当然②
「フォルマ先生は数年前からあの館で、ヨハン殿下やアナンナさまと、楽しいことをたくさんなさっていたんでしょう?」
フォルマの手元から目を離さず、私は声を震わせる。
フォルマの耳には、真実を知った私が感情を乱しているかのように聞こえるはずだ。
ほら、眼鏡の縁を押さえる指先が、わずかに動いているのは ―― どう応じるのが正解か、考えている証拠。
きっとフォルマは、私がどこまで知ったのか、知りたくてたまらないんだろう。
自身を窮地には決して置こうとせず、有用な情報を引き出したいのだ。まあそれは、私も同じだが。
私は、フォルマがヨハンやアナンナと一緒に、どこまでしでかしているかを、知りたくてたまらないからね。
「ヨハン殿下がそうおっしゃっていたんですか、ヴィンターコリンズ令嬢?」
「ヨハン殿下は、すべてを話してくださいましたわ」
紅茶のカップを取る手をわざと無作法に震わせて怒りと戸惑いと恐怖を演出しながら、私は彼の出方を待つ。
―― 一瞬の間をおいて、フォルマは笑い出した。
わざとらしいくらい爽やか、かつ陽気な声だ。
「はっはっはっは…… ヴィンターコリンズ令嬢、それは、殿下の冗談ですよ」
「…… なにが、ですの?」
「すべてですよ。ヴィンターコリンズ令嬢は、ヨハン殿下から、アナンナさまと僕と3人で不埒なことをしたと打ち明けられたんでしょう?」
「…………」
自白、ゲット。かかったな、ばーか。
とは、思っていても当然、言わない。
私は上目遣いにフォルマの表情をうかがい、警戒心をあらわす。そして、おずおずとうなずいてみせる。
フォルマはまた、ははっ、と空虚な笑い声を出す。
「ヨハン殿下はよほど、スムーズに婚約破棄したいようですね。令嬢のほうから 『こんな男はイヤだ』 と言ってもらえれば、ハードルが下がると踏んだのでしょう…… と、失礼。
あなたが魅力的でないというわけではないんですよ、ヴィンターコリンズ令嬢。ただ、ヨハン殿下は間の悪いことにいまになって、運命の恋に出会ってしまったのでしょう」
「ですが…… それなら、なぜヨハン殿下はフォルマ先生のことまで?」
「殿下は、僕の名を利用なさったんだと思いますよ。話に信憑性を持たせるためには、第三者がいたほうがいい。それだけの理由でしょう…… 正直、僕には、まったく思い当たりがありませんからね」
はい、演説おつ。気持ちよさそうだったね。
―― まったく思い当たりがなくて利用されただけの人間は、こんなに堂々とほほえんだりはしないのだよ。もっと驚き、怒らないと。
勉強不足だね、フォルマ先生。
「お気に入りの娘には ――」
私はうつむいたまま、わざと、か細い声を出した。
フォルマの注意が演説ではなく目の前の私に向く、そのタイミングで顔をあげる。
瞳に唇に、勝利を確信した笑みを浮かべて、フォルマを見下す。
「うなじに何日もかけてご自分のイニシャルを刻むのですよね、フォルマ先生? 媚薬を少しずつ与えて 『もっとください』 と懇願させながら……」
「…… なにを言うのかと思ったら」
フォルマの指先がまた強く眼鏡の縁を押し、それからフォルマは口元だけを笑みの形にした。
その口から出るだろうセリフが、手に取るように予測できる ――
なにかの小説にでも影響されましたか?
しかし私はフォルマの唇が再び動き出すのを、許さない。
「けっこうな、ご趣味ですこと」
ばっさりと遠回しに断罪してあげると、眼鏡の奥で柔らかな茶色の瞳が何度も瞬いた。
―― そんなにまばたきしたら、あぶない趣味がバレちゃうよ?
フォルマの性癖について、私に確信があったわけではない。
ただ、ステラのうなじに彫られていた 『B』 の飾り字が、同じだと気づいただけだ。
母にも使っている、フォルマのファースト・ネームを冠した強力な鎮痛・睡眠薬 ―― 『バーレント・モルフェン』 のパッケージの 『B』 と。
それにフォルマは、ヨハンと連絡がとれなくなってすぐに私を訪れた。
常に状況を完璧に把握せずにはおれないのは、支配欲が強い証拠。
それは気に入った娘には、イニシャルくらい彫るだろう。
フォルマは動揺したが、まだ罪を認める気はないらしい。
しれっとして 「なんのことですか?」 と聞き返してくる。
「まったく思い当たりが、ありま 「茶番はここまでにいたしましょう、フォルマ先生?」
私は立ち上がると、どん、とローテーブルに足を乗せた。
公爵令嬢にあるまじきふるまい ―― 気分いい。
「わたくしがしたいのは、新しいビジネスのお話ですの…… ヨハン殿下はあの実験からことごく手を引くと明言され、あとをすべて、わたくしに託されましたわ」
ここまで、と観念したのだろうか。
それとも私を、同じ穴のなんとやら、と認識したのか ―― 先ほどまでとは違う乾いて冷たい笑いが、フォルマの口からもれた。
―― ええ? ちょっとくらい疑わないの?
この程度で、もう私を仲間認定しちゃうの?
まったく…… 素直で、お可愛いこと。
笑いをおさめたフォルマが、眼鏡の奥から私の口元を見る。値踏みするような視線。
人の本音は意外と口元にあらわれると、よくご存じのようね、フォルマ先生。
けれどもそれが、意識していない場合のことでしかないのは、お忘れかしら?
「―― では、あなたが、あの実験を引き継ぐとおっしゃるのですか、ヴィンターコリンズ令嬢?」
「いいえ。数年後には製造禁止になるものに、これ以上のコストはかけられませんわね」
「なんだと? その情報は、どこから……」
「いくら中毒性を抑えても、あの手のクスリに依存する者は必ず現れましてよ。用法・用量を守らず大量に服用する者、粗悪な模造薬を違法に売り付ける者……
わたくしの父がそれを見過ごすと思って?
わたくしがあなたなら、媚薬の製造と開発は即刻中止し、在庫の値を吊り上げることを考えるでしょうね、フォルマ先生」
「なるほど…… たしかに検討に値するご意見です、令嬢」
長い足を組み換え、眼鏡クイするフォルマ。
お互いに手持ちのカードは見せ終わったいま、彼は私を 『敵に回すべきではない』 と評価しているはずだ。
ここで、フォルマにとっても利益になる話を持ちかける ――
「わたくしが先生に作っていただきたいのは、解毒剤ですわ」
「解毒剤? 媚薬の?」
「いいえ。ご自慢の媚薬をどうこうしようなどと、わたくしは考えてはいませんわ、フォルマ先生」
「では……?」
「雪の精」
私が息だけでヴィンターコリンズに伝わる毒の名を語ると、フォルマはびくりと固まった。
「それは…… なぜ僕に?」
「もちろん、フォルマ先生だからこそ、ですわ。
『雪の精』 の詳しい製法や組成はお教えできません。けれど、一般的かつ有効な数種類の毒を組み合わせたもの、とお考えいただければ…… フォルマ先生なら、できるでしょう? 急性中毒はもちろんのこと、長期にわたり毒を服用していた場合にも効くものがほしいのです」
「しかしそれでは用途が限られすぎていて、製品化できませんね」
「もちろんですわ。あなたが得るのは、売れる新商品ではなく謝礼金だけになるでしょうね。それに、公爵家との縁とわたくしの感謝……」
身を乗り出して彼の手を取り、意味ありげにほほえみかける ―― フォルマの喉仏がごくり、と上下した。
―― 私とヨハンとの婚約は、もはや破棄されたも同然。
ならばフォルマが公爵家に乗り込んできた理由は、犯人探しのためだけではない ――
むしろ、あわよくば私を脅して操ろうという魂胆があったからこそ、だろう。
フォルマが真に欲しいのは金ではない。金ならばわざわざ危険をおかさなくても、持っているのだから。
彼にとって金よりも価値があるのは、おそらく名誉と称賛。
そして、それらを得ることを可能にする、身分の高い妻 ――
いまフォルマは、ナメきっていた私から思わぬ返り討ちを受けて、計画を諦めかけていたはず ―― そこに、ほしいものが手に入る可能性を示唆してやったのだ。
さあ、しっかりとエサに、くいつくがよかろう。
「―― 候補薬の試験は令嬢が受け持ってくださるのですね?」
「ええ。ちょうど良い試験台も、3体ばかり手に入ったところでしてよ」
「では……」
フォルマの喉仏がごくりと上下に動く ―― あさましいわね。
「契約さえ交わしていただけたら、さっそく創薬にとりかかりますよ、ヴィンターコリンズ令嬢」
「契約書なら、すぐに用意できますわ…… メアリー」
メアリーに書類を持ってきてもらい、私はその場で契約内容を記入していく。
ペンの動きをフォルマの視線が貪欲に追いかけるのを感じながら、私は署名を行った。
「―― これでよろしいかしら、フォルマ先生?」
「 『成功のあかつきには、ヴェロニカ・ヴィンターコリンズはバーレント・フォルマを謝意をもって最大限に遇する』 …… ここまで書いて、よろしかったのですか?」
「ええ、もちろんでしてよ…… では、フォルマ先生もご署名を」
フォルマが操られるようにペンを取った。
署名が終われば、あとはお互いに拘束力のある契約魔法を結ぶだけ。
私とフォルマは、針で指先をついて血判をし、書面にあらかじめ書き込まれていた魔導式を声を揃えて読み上げる。
書類が光を放ち、ふわりと宙に浮いて、落ちた。
―― 契約、成立だ。
私とフォルマは笑顔を作って握手を交わした。
どんなクズでも利用できるうちは生かしておくのが、私の信条。
バーレント・フォルマは、まだ使える ―― そういうことだ。
帰り際、フォルマがふと振り返った。
「ところで、お聞きしてもいいですか? ―― なぜ、解毒剤を?」
「 『雪の精』 を完璧な存在にするために」
「おそろしいかただ」
ふっと笑うフォルマには、わかっているのだろう。
人を真に操れるのは、恐怖と絶望ではなく、希望と喜びだということが。
その後、私は遅れてエトランジュ伯爵令嬢のお茶会に出席した。
社交だなんだというが、内容はお花畑のなかのマウント取り合い ―― 退屈であくびでそう。
ヨハンとアナンナの失踪についての噂がでれば、さりげなく 『駆け落ち』 説をばらまこうと思っていたのだが、それもなかった。
よほど厳しく情報統制されているのかもしれない。
かわりに令嬢たちが聞きたがったのは、当然というべきか、私とヨハンの婚約破棄についてだった。ヨハンが卒業パーティーで派手にやったからね。
もはやどうでもいい、とは言えないので、私はとりあえず、憂い顔を作ってためいきをついておいた。
「わたくしはあのかたを婚約者としてお慕いしていましたのですけれど…… こうなってしまっては、しかたがありません。すっきり精算し、アナンナさまとヨハン殿下が順調に愛を育めますよう、応援しようと思っておりますのよ…… 」
「まあ…… ご立派ですわ、ヴィンターコリンズ令嬢」
「令嬢でしたら、ヨハンでなくとも、きっとすぐに素敵な婚約者に巡りあえましてよ」
「そのとおりですわ。美しくご身分もあり、心根の優しいおかたですもの」
「ありがとう、みなさん」
―― ゲームのラストではアナンナ側についていたモブ令嬢のみなさんに、私は美しくほほえみかけた。
婚約破棄は宣言されていても、ゲームとは違い彼女らとの関係は良好 ―― おそらくは、私が断罪されなかったことが大きいのだろう。
ならば今のうちに、私を崇める信奉者を大勢つくれるよう振る舞っておくべき、かな。
そういう目的のゲームだと考えれば、退屈な社交も面白いかもしれない。
お茶会が終わり公爵邸に戻ると、テンからの知らせがきていた。
それによると ――
ヨハンとアナンナの乗った馬車の残骸は、王都はずれの崖下から発見されたらしい。
その近く転がっていた4体の遺体は、いずれも頭部が大きく損傷して顔が確認できなかった ―― しかし、服装と背格好、所持品から、ヨハン・アナンナとその従者たち、と特定されたという。
すべて、手はずどおりだ。




