壁で咲いても花は花
デビュタントの夜会は中盤に差し掛かっていた。
やっと緊張が解れて、主催者が用意してくれたスイーツで一息ついている者。
頑張って踊ってみたものの、まだまだ慣れず、靴擦れが出来て半べそをかく者。
初々しい令嬢たちは、ほとんどが休憩中だ。
しかし、デビュタントの令嬢の中にも猛者は存在する。
わずかな休憩だけで、踊り続けるご令嬢は三名。
次々とパートナーは代わっていくが、キレのいい彼女らの動きに、三度目を所望する令息は多くない。
「いやもう、あれはダンスという名の格闘技なのでは?」
戦線を離脱した令息が、冗談めかして口にする。
『格闘? でも、皆さん楽しそうだわ。
本当にダンスが好きなだけではないかしら?』
アサレアは壁際で、そう思った。
アサレアはコンテスティ伯爵家の令嬢だ。
婚約者は無く、エスコートしてくれた父はファーストダンスの後、知り合いと話し込んでいた。
王都で開かれるデビュタントの夜会はいくつかある。
父が選んだ、さる裕福な伯爵家主催の会は落ち着いていて、出席者も品のある方が多い。
正直、安心して壁の花になっていられる。
『それにしても、ドレスコードが白じゃなくて本当に良かった』
国によってはデビュタントの令嬢のドレスは白一色と厳格に定められているところもある。
幸いにもこの国では、若い女性に似合う淡い色というふんわりとした不文律があるだけだ。
「アサレア!」
一人の令嬢が駆け寄って来る。
同じデビュタントで友人の、マルケス伯爵家令嬢ビビアナだ。
「ねえ、お水を頂戴!」
すぐに近くのテーブルから、水を貰って渡す。
「あ、ありがと……ふー生き返る!」
「もう、死にそうなほど踊らなくても」
「何言ってんの! このデビュタントが勝負よ!
それと踊るのは平気なのよ。体力には自信あるもの。
ただ、淑女らしい仕草とか優雅さとか気にしていると、すごいくたびれるだけで。
表情筋も案外、エネルギー使うのねぇ」
確かに、まだ婚約者のいない令嬢にとっては、デビュタントはチャンス。
足の引っ張り合いが始まらないうちに、優良物件を捕まえるに越したことは無い。
時間が経つにつれライバルは増え、真偽の定かでない噂話が社交界を駆け巡る、と聞いていた。
「貴女も、お父様と踊っただけってわけにはいかないでしょう?」
「別に構わないわ」
「また、そんなこと言って……」
アサレアの実家であるコンテスティ伯爵家は、それほど豊かではない。
父は文官として王城で働いていて、母は兄夫婦と共に領地を守っていた。
少し年の離れた弟もいる。
二年間、王都で淑女学校に通わせてもらったが、それも贅沢だと考えていた。
貴族男子に必須の王立学園とは違うのだ。
淑女学校卒業の看板は、貴族家への嫁入り道具のようなもの。
アサレアは、お金のかかるような婚姻はしたくない。
いざとなれば、領地にいる分家筋の誰かに嫁いでもいいと思っていた。
もちろん、身分が平民になっても構わない。
そうでなければ、実家を手伝ってもいい。
いや、義妹は兄嫁にとって使い辛いだろうか?
彼女とは折り合いが悪くないと思っているけれど、向こうの本心まではわからない。
両親はただ、いい経験になるからと淑女学校を勧めてくれたが、婚約については何も言われたことは無い。
アサレアは家事ならば、それなりに自信がある。
裁縫も得意で、今日のドレスは自分でリメイクした。
母は新調してもいいと言ったけれど、傷んでいないお古のドレスがあったから。
領地に帰った時に、ドレスを解いて染め直し、淑女学校の寮でチクチクと縫った。
王都で遊び歩く小遣いも少ないので、丁度いい暇つぶしになった。
寮で同室になったビビアナとは、考え方も性格も大いに違うせいか逆に馬が合う。
ドレスを縫っていても『貧乏くさい』などとは言われず『器用ね』と感心されただけ。
彼女自身は裁縫が苦手だからと、出来合いのドレスを買っていた。
親友と言える彼女のお陰で、この二年間は楽しいことが多かった。
田舎者であることは自覚しているから、最初は知らない相手に話しかけるのも躊躇い勝ちだったのだ。
けれども社交的な彼女の隣に居たから、同級生たちとも沢山話せた。
伯爵家の領地は田舎で、王都に来てからは、あまりの違いに驚くことばかりだった。
美しい街、華やかな彩、明るい友人。
この舞踏会も同じ。
フロアで踊る、華やかな人々の中に、自分と相性の良い男性がいるとは思えない。
全てはいい思い出になる。そしてまた、田舎に戻るだけ。
少し憂鬱で、どこか安心な元居た場所へ。
「もうひと踊りしてくるわ」
一息ついたビビアナは、席を立つ。
「あ、ちょっと待って、靴擦れ大丈夫?」
目につきにくい場所にある椅子に座らせて靴を脱がせ、調整のために入れていた綿の位置を直してやる。
「ありがとう! ぴったりよ」
「健闘を祈るわ」
「うん、行ってきます」
そうして二人は、フロアの花と壁の花に分かれた。
フロアの中心では華やかな双子の令嬢が踊っている。
辺境伯家の娘である二人は、今日のデビュタントの主役だ。
彼女らは淑女学校には通っていないが、噂だけは聞いていた。
「とても綺麗なお二人なのだけれど、とにかく活発な方々なの。
彼女たちの戦闘能力を知ったら、婚約者に名乗りをあげる令息はなかなか出ないんじゃないかしら?」
辺境で活躍しているならば、馬も剣も見事に扱っていることだろう。
体力も十分。
『……その彼女たちと、互角に踊れているビビアナって』
フロアで踊り続ける三名のご令嬢。
それはモリエンテス辺境伯家の双子と、アサレアの親友ビビアナなのであった。
翌日のこと。
アサレアとビビアナはまだ、淑女学校の寮にいた。
今年度の授業は全て終わっているが、寮では年度末ギリギリまで滞在を許している。
もちろん長居をする学生は、自分のいた部屋を出来る限り綺麗に掃除する義務があった。
「アサレアのお陰で、あの厳しい寮監に文句を言われなくて済むわ」
「あら、貴女が窓ガラスの上の方を拭いてくれたり、重い物を移動してくれたりしたから綺麗になったのよ」
「わたしたち、いいコンビね」
「本当ね」
二人して笑い合う。
退寮は明日。二人の実家の領地は離れているので、これからは会うことも難しくなる。
寂しくなるわね、なんて言うとしんみりしそうで、どちらも口にはしない。
「ああ、もう部屋を汚せないから、クッキー一枚食べるにも食堂まで行かないと」
「そうね、食堂でお茶をもらいましょう」
連れ立って寮の一階に降りると、寮監のイメルダ女史に捕まった。
「アサレアさん、丁度いい所に。手紙が届いていますよ」
礼を言って受け取り、食堂に入ってから裏を見る。
「……あら、父からだわ。昨夜会ったばかりなのに、何かしら」
「お茶を貰ってくるから、座って読んでいらっしゃいよ」
「ええ、ありがとう」
「お待たせ。手紙、何だったの?」
カップの乗ったソーサーを、テーブルにことりと置いたビビアナが訊ねる。
「それが、ねえ、どうしましょう?」
「え? 何?」
「お見合いしなさい、って」
「いつ?」
「今日、今から!」
「は?」
「明日は領地に帰る予定でしょう?
だから、今日の夕食を見合い相手と一緒にとるようにって……」
「ずいぶん急ね。荷造りも済んでるのに、今から外出着の皺を伸ばすのは時間がかかるでしょ?」
「それは大丈夫みたい。気取らない店だから、街歩きの出来る程度の格好でいいそうよ」
「なら、ハンガーに掛けたままの、明日着る服で大丈夫そうね」
「ええ。良かったわ」
「じゃあ、最後の寮でのディナーは独りぼっちか」
「貴女も一緒に来るのよ」
「え?」
「二人纏めてお見合いなの」
「なんですって?」
とりあえず時間が無いので、外出する旨、寮監女史に伝えに行くと、既に彼女は了解していた。
「私にも、アサレアさんのお父様からお手紙を頂きましたので」
課程を終えたとはいえ、寮を出るまでは大事な預かり令嬢。
保護者の意向が確認できなければ、むやみに夜の外出などさせられるはずもない。
「最後の夜に、お手数をおかけして申し訳ありません」
「お気になさらず。
帰りは相手の方たちが送ってくださるそうですので、お迎えさせて頂きますよ。
楽しんで行ってらっしゃい」
「はい」
その一言で、少し気が楽になった。
そうだ。見合いというか、初顔合わせなのだ。
仲人もいない、若者同士の会食。
堅苦しく考えることも無いだろう。
どういう経緯で会うことになったのかは不明だが、間に父親が入っている。
妙な人たちではないはずだ。
大慌てで身なりを整えて玄関まで降りると、すぐに迎えの馬車が来た。
空の貸し馬車だが王都での営業許可を提示した、きちんとしたものだ。
寮監女史も、そこを確認して見送ってくれた。
大通りの途中で馬車は速度を落とす。
騎士のように立派な体格の男性が手を振っていた。
馬車が止まると、彼は慣れた手付きで扉を開け、一人ずつ丁寧にエスコートして下ろしてくれる。
「よくいらしてくださいました。急な誘いでしたのに」
「……貴方は、モリエンテス辺境伯家のアルマンド様でしたわね」
「はい。昨夜はご一緒出来て光栄でした、ビビアナ嬢」
そう言われれば、アサレアにも見覚えがある。
ダンスが体力勝負になって来た時に、何度もビビアナと踊っていた令息だ。
確か、双子の妹たちとも何度も踊っていたから、本当に体力があるのだろう。
まるで、別世界の住人だ。
「ええ本当に、ダンスのし過ぎで目的を忘れてしまいましたけど、楽しかったですわ」
「目的?」
「一応、婚約者を探しておりましたの」
「はは、そういう場でもありますからね。
よろしければ、私も候補として覚えておいていただければ」
「まあ、次期辺境伯様なんて恐れ多いわ」
「いやいや、貴女の体力ならば、辺境伯領でも十分通用しますから」
昨夜のダンスを見る限りは、あり得る未来かもしれない。
「あら嫌だ、わたし自分のことばかりで。
こちらは私の親友のアサレアですわ。
ご招待ということは当然、ご存じでしょうけれど」
「コンテスティ伯爵家の娘のアサレアです」
「初めまして……ではありませんね。
昨夜は同じフロアに居ましたから。
残念ながらダンスをご一緒出来ませんでしたが」
「わたしは、体力的に凡人なので……」
つい口にしてしまうと、アルマンドは吹き出す。
「うちの妹たちは、やり過ぎましたよ。
次々脱落していく令息が面白かったらしくて」
「まあ」
アサレアは呆れた風を装いながらも、自信満々な令息方が青くなってフェードアウトして行くのは、確かに傍から見ていても面白かったわ、と思い出した。
意外と自分は人が悪いかもしれない。
話す間にも、アルマンドは二人を店まで誘導した。
大通りから一本入った場所にある、気取らない隠れ家的レストランだ。
「わあ、大人っぽい落ち着いたお店ですね」
「ええ、敷居が高過ぎず、騒がしくもない店です。
料理も美味しいですよ。……と、これは従弟の受け売りですが」
店に入り、案内されたのは奥まった場所の半個室。
「こんにちは!」
「ようこそ!」
ハモったように挨拶するのは、昨夜の双子のご令嬢だ。
「妹のペネロペとプリシラです」
「コンテスティ伯爵家のアサレアです。お招きありがとうございます」
「マルケス伯爵家のビビアナです。また、お会いできて嬉しいですわ」
「昨夜は楽しいダンスでしたわ!」
「でも、思ったより骨のある令息はいなかったわね」
「お前たちみたいな体力馬鹿について行けるほどだったら、皆騎士になっているよ」
「騎士かぁ。辺境伯領の騎士はリズム感が今一つでダンスの相手には向かないのよね」
「うーん、エルベルト君はリズム感悪くなかったけれど、体力は普通だった」
「無理言うな、彼は文官だぞ」
飲み物が運ばれ、一口二口飲むうちに、もう一人の令息が現れる。
彼は、緊張気味に挨拶をしてくれた。
「済みません、遅れまして。
僕はガラン子爵家のエルベルトと申します。
辺境伯家の兄妹とは、いとこにあたります。
今は王城で、コンテスティ伯爵の後輩として働かせていただいています」
アサレアは、それで父から連絡があったのか、とようやく合点がいく。
「もう、エルベルト君、固い! 早く座って飲んで飲んで」
「そーよー。今日は頑張れ!」
何を頑張るのだろう、と思いつつも、アサレアはビビアナと共に挨拶を返した。
料理が運ばれ、酒も進み、若者同士、他愛ない話で盛り上がる。
特に辺境伯家の双子は話し上手で、領地の騎士は半農だという話などを面白おかしく伝えてくれる。
すっかり緊張もほぐれたところで、アサレアはやはり見合いのことを確認したいと思った。
「あの、一つ伺いたいことがあるのですけれど」
「何なりと」
隣に座っていたエルベルトが返事をくれた。
「実は今日のご招待について、父から手紙で知らせがきたのですが……」
「ええ、他に伝手が無く、時間も無かったものですから。
やむなく、貴女の父上にお願いしました」
「それで、見合いと書かれていたのですけれど」
それを聞いたエルベルトは絶句した。
「見合い? 伯爵はお見通しだな」
代わって話を受けたのはアルマンドだ。
「どういうことですか?」
「エルベルトはアサレア嬢に一目惚れなんですよ。
ご友人を甲斐甲斐しくサポートする姿に、参ったらしい」
「あら……」
「コンテスティ伯爵の娘さんだとわかったが、明日には領地へ帰るという。
それで、丁度王城に行っていた私と妹たちをダシにして、昨夜のデビュタントのことで従妹たちがビビアナ嬢に会いたがっているのだが、食事に誘うにはどうしたらいいかという切り口で攻めていったわけですが……」
「わたしたちも、ビビアナ様とゆっくりお話ししてみたかったし、了承したの」
「……見合い、と書かれていたということは、僕の下心は伯爵には筒抜けだったんですね」
やっと立ち直ったエルベルトが口を開く。
「では、本当に?」
「はい、そうです。
昨夜は、双子の片方のエスコートに駆り出されたんですが、当然、僕は途中で戦線離脱せざるを得ず。
しかし、その後、双子に負けない体力の令嬢がいるな、と注視していたら、休憩中に貴女と話しているのが目について。
さり気なく、彼女のサポートをしていた、その姿が素敵だな、と思ったんです。
……僕は嫡男ではないので、爵位は無く結婚すれば平民です。
文官の仕事は性に合っていますし、贅沢でなくとも、ごく普通の生活はさせられると考えています。
王都で暮らすのが嫌でなければ、僕を婚約者候補として考えてみてもらえませんか?」
「エルベルト君、よく言った!」
「あらら、言えちゃったわ! 私の負け!」
双子はこの件で賭けをしていたらしい。
彼女たちの明るい雰囲気のせいか、告白されているというのに、アサレアはつい笑ってしまった。
「あら、笑われてる」
「ビビアナ様、これは脈あり? 脈無し?」
「わたしにもわからないわ」
ダンサー三人娘は揃って首を傾げる。
「なんか、妹がもう一人増えたみたいだな……」
アルマンドは、従弟の恋よりもビビアナと妹たちの馴染みっぷりが気になるようだ。
「アサレア嬢?」
「ああ、ごめんなさい。変な意味で笑ったのではないの。
わたしはそもそも引っ込み思案で後ろ向きな性格なんです。
だから、壁の花になるのも当たり前ぐらいに思っていて」
楽しくないわけでは無かったが、自分にとってはデビュタントに参加することが無駄な気すらしていた。
「そうやって自分らしく壁の花に徹していたのに、見つけてくれる方はいたのだな、と思うとなんだか可笑しくなって」
「壁の花でも花は花。誰かの目には留まります。
それに、フロアで咲いた花も、貴女のサポートのお陰で一層鮮やかに咲いたのではないですか?
後ろ向きだなんて、とんでもない。
貴女はフロアで踊る見ず知らずの令嬢たちまで、見守り励ましていたように見えました」
フロアで咲いた花ことビビアナは、うんうんと頷いている。
「楽しそうで良かったと、ぼーっと眺めていただけですわ。
貴方の仰り様では、わたしがとても素晴らしい令嬢みたい。
きっと勘違いをなさってますわ」
「勘違いではありませんよ」
「わたし、本当にボンヤリですもの。
婚約者を真剣に探していたわけでもないのですけれど、華やかなフロアを見ながら、やっぱりキラキラした殿方ばかりだから無理って思っていました。
自分に合う方を探そうと思ったら、壁際を探すべきなのに。
フロアの中心ばかり見ていて、近くに目が行っていませんでした」
「もしもそうしていたら、僕が声をかける隙が無かったかもしれません。
今は、まず、僕を見てください。
僕は貴女のお眼鏡にかなう地味さではありませんか?
壁際でもいいです。僕も、貴女と同じ景色を見たい。
出来れば、貴女に見守られ励まされたい。
それは、叶わないでしょうか?」
「……でしたら、最初は文通から始めませんか?
わたしたちはパワータイプでもスタミナタイプでも無いのですから、ゆっくり歩き出しましょう」
「……ありがとうございます。
では、今夜帰ったら最初の手紙を書きます」
「ええ、楽しみに待っております」
本日の主目的が達成されたと、それまで口を噤んで見守っていた双子たちが囀りだす。
「あらまあ、なんだかロマンチックね」
「わたしたちには真似できないわね」
「地味さのアピールもありなのねぇ」
「どうでもいいが、ビビアナ嬢は何故そんなに妹たちと同化しているんだ?
その様子だと、双子を三つ子と勘違いして、辺境伯領に連れ帰りそうだぞ?」
「あら素敵!」
「新しい姉妹ね!」
「さすがにそれは……」
「もちろん冗談だが、領地に帰るのなら方向が一緒だ。
よければ、うちの馬車に乗って行けばいい」
「とても助かりますけれど……」
「そうしましょうよ、ビビアナ様!」
「ナイスよ、お兄様。ついでにマルケス伯爵家に寄って、婚約の申し込みをなさればいいわ!」
「そこまでは考えていなかったが……」
「あら、お兄様ったら案外ヘタレなのね!」
「これだけの体力を持つご令嬢には、なかなかお目にかかれませんわよ!」
「少しは私にも考える時間をくれないか?」
「もちろんよ。ビビアナ様のお家までは馬車で丸三日。
それだけあれば、充分でしょ?」
「なぜ、そんなに追い込まれなければならないんだ?」
「地味さが足りないからかしら?」
「ヘタレだからに決まっているわ」
「あのなぁ……」
「次期辺境伯様も、妹さん達には弱いのですね。
何だか可愛らしい……あら、済みません。
少し呑み過ぎたかも」
屈託なく笑うビビアナに、アルマンドは瞠目する。
「あら、ビビアナ様ったら!」
「これはわかる! 脈ありよ、お兄様」
「ビビアナ様がお嫁に来てくだされば、辺境伯騎士団の訓練にダンスを組み込めるわ!」
「まあ、なんていい考え!」
「んなわけあるか!」
辺境伯家って厳格そうだなと思っていたアサレアの思い込みは、すっかり覆された。
「あ、もう一ついいこと考えたわ!」
「なになに!?」
「エルベルト君は辺境伯領の文官になればいいのよ。
王都より、子育てにも向いてるし」
「ペネロペ、それ名案! 従兄夫婦なんだから、辺境伯家の屋敷に住めばいいし」
「プリシラ、貴女天才! そしたら、女友達四人でいつでも楽しくお話しできるわね」
「お前たちは嫁に行く気は無いのか?」
「お兄様、わたしたちを貰ってくれるような奇特な殿方は、なかなかいないのよ」
「そうよ、お兄様。そんなことに時間をかけるくらいなら、踊るべきよ!」
「………」
アサレアはエルベルトの隣で、ポンポン提案する双子に呆気に取られていた。
全ては仮定だが、悪くはなさそうな話ばかりだ。
壁の花にも気付く人はいる。
こんな自分でも前を向いて歩き続けるならば、思いもよらないところから世界は広がっていくのかもしれない。
「ああ、残念ですが、そろそろお開きにしないと、寮の門限に間に合いません」
エルベルトの言葉は、ただの事実だ。
けれども不思議と、また会える希望のように、アサレアの耳に響いたのであった。