探偵
その日、奈々川さんが少し塞ぎ込んでしまった。
「あ、こういう状況だから……勇気がいるのは……違うかな?俺のことが、好きだといいけど…………今でも……取り合いずは前進してみるのは?どうかな?」
私はこれ以上ないほど、考えを入れた言葉を発した。
「私は夜鶴さんのこと…………好きです。……けど…………」
奈々川さんは下を俯いて最後の言葉は尻つぼみになる。しかし、それでも何よりの答えだった。
「こんな世界だし?やっぱり勇気がいるのは解るけど・・・進まないといけないこともある。このままでも、危険なのだし、それならば取り合えず進んでみたい」
奈々川さんが急にパッと顔を上げ、
「今日もラーメンを食べましょ!栄養を取らないと」
「……ああ」
私たちは通勤時間ギリギリまで、ラーメンショップでラーメンを食べることにした。私はこの行動に意味があるのか、それとも意味のないことなのかと考える……。
奈々川さんがラーメンショップで、黙々とチャーシューメンを食べると、私たちは外へと出た。
奈々川さんが顔を上げ、
「残念です。百杯目のラーメンじゃなかった……」
奈々川さんが涙を少し見せる顔を向け、
「今日もお仕事頑張ってください」
「ああ……」
「ひゅー! ひゅー! プロポーズをしたってー!」
島田が珍しい牛肉を、素早く可愛らしいポーズでシューターへと入れて叫んだ。
「ああ。でも、まだ奈々川さんの返事を聞いていない……」
「いや、凄いぞ!」
田場さんだ。
B区の奴らがざわめく。
私たちは仕事中でも弾丸をめい一杯詰め込んだ銃を所持していた。
「いよいよだな。俺は戦うぜ」
島田が私のためにガッツポーズをしている間に、珍しい豚肉はベルトコンベアーの彼方に行った。
「ああ。俺も戦う。B区の奴らには邪魔させん」
田場さんも赤いモヒカンをいきり立たせ、ガッツポーズをした。
私にはこんなにも心強い味方がいた。
津田沼も遥か遠くでガッツポーズをしていた。
「夜っちゃん。俺も戦うよ」
津田沼が日の丸弁当片手に隣の席に着く。
「ああ。でも、奈々川さんの気持ちをしっかりと聞いてからだ」
「何とかなるって。絶対。奈々川さんもOKしてくれるって」
島田が立ち上がり、
「オラー! B区の奴らー! 俺が全員ぶっ殺してやる」
私は島田の肩にそっと手を置いた。
「島田。きっと、戦争になる。俺が死んだら奈々川さんをよろしく頼む……」
「あ、でも藤元が生き返らせてくれるんじゃないか?」
津田沼が島田に「どうどう」と言いながら気休めを言った。
「ああ。そうだな……」
でも、私が死んでも生き返っても……それは解決じゃない。本当の解決とは一体……?どんなことを言うのだろう?
人は大昔から、命を掛けてことを行ったけれど、それでも解決しなかったことはいっぱいある。本当の解決とはもっと困難で、人の命はその前ではとても小さいものなのだろうか?
駐車上には複数の男たちがいた。
勿論、B区の奴らだ。
何も言わずこちらを睨んでいる。
数は7人。
生き返ったやつらも混じっていた。
一人の男が寄って来た。きっと、7人のリーダーなのだろう。
「お前ら……。奈々川お嬢さんとどういう関係になっているって? 貧乏人にはどうしても、もったいねえから居場所を教えろや」
私は怯むことなく、
「それを聞いてどうする……。命が幾つあっても足りないぜ……」
「そうだぜー。今死んでも可笑しくないぜ」
島田は私と同じく銃を抜きながら話している。
「矢多辺さんのことを知っているのか?あの人を怒らせると怖えーぜ」
「そいつも殺してやるよ」
私はこれ以上ないほどの不敵な笑顔をした。
男たちのリーダー(そいつは程よい筋肉の男だった)は私の言葉に踵を返した。
「ただいま」
家に帰ると奈々川さんが俯いてスケッシーの頭を撫でていた。
「おかえりなさい」
奈々川さんが寝室へと行った。
私は寝室の手前のキッチンで朝食を食べる。朝食は奈々川さんが買ってくれたコンビニ弁当だ。
「わん」
心なしかスケッシーも沈みがちだ。しばらくすると、
「あの……夜鶴さん」
奈々川さんが寝室から遠慮がちに言った。
「テレビ見ましょう」
テレビは寝室にある。
「お早うっス。云話事町TVッス」
美人のアナウンサーと藤元が戦隊もののポーズを決めた。
「今日は総理大臣の奈々川首相のお宅に突撃インタビューッス」
場面はB区の広い日本家屋だ。
「奈々川首相はきっと、今日も仕事っス。私たちの今日の仕事は、家出した首相の娘さん。奈々川 晴美さんの居場所を知っていると言う。探偵、奈賀 比企下さん(藤元が生き返らした)が、奈々川首相との対談をしているであろうところを。少―し……詳しく聞きたいって、ことです。一体どこにいるんでしょうかねえ?」
「え?」
私は凍りついた。
やっぱり、生き返っていたんだ。
「夜鶴さん……。どうしましょう。でも、人が生き返ることはとても素晴らしいことなのに、何で……涙がでてくるの……」
奈々川さんが泣いている。
藤元が神社なんかでお祓いをする棒を一二度振って、
「あ……僕、知っている」
「え?」
「近所にいたの……」
美人のアナウンサーが本気で眉間に皺を寄せて…………微笑む。
「この番組の意味…………ないでしょ……」
「夜鶴さん……どうしよう……。私たちは……どうなるんですか?」
奈々川さんがこちらにその濡れた頬を向ける。
「きっと、何とかなるさ。奈々川さん……。ここが君の父親が知ったとしても、そう深刻なことにはならないかも知れない。だって、今までそうだったじゃないか……」
「でも、父は厳しいところもあるんです……」
「いや……。そういえば、奈々川さん。君はどうしてA区に来たの?詳しくは知らなかった。」
私の問いに、奈々川さんが俯いて話し出した。
私の寝室には食べかけのスケッシーのドックフードの塊があった。
「私ね……。私のフィアンセは矢多辺 雷蔵という名なのですけど、その人はB区で5本のうちに入るお金持ちですけど、何て言うか……。人を人として見ないんです。人にはそれぞれ過去やこれからの未来があって、つまり、時間を生身の心とか思い出で生きているのに、その人はそういった時間ではなくて。何の役に立つのかとか、これに使うとこうなるって、だけを見ているんです。つまり、その時その時の道具ですね。まるで神様みたいに……。私と考え方が全然違っていて……冷たくて怖くて……。そして、私の事もこれに使おうって思っているんです。夜鶴さん。大規模な都市開発が前から行なわれているのは知っていますか?」
私は首を傾げる。
「ああ、知っている。それがどうしたの?……それにしても、奈々川さんを何に使おうとしているのかな?あ、でも、奈々川さん?最初に出会った時に矢多部は君に一目惚れをしたみたいなことを言っていたと思うんだが?」
奈々川さんが微笑み、
「ええ。私だけ特別だと言ってました。けど、矢多部さんはB区の理想のために私が必要だと言うんです。」
「理想?」
「ええ。矢多部さんはアンドロイド製造業に特に力を入れている人なんですが、今現在の大規模な都市開発から方針を変えるようで。近い将来に私の父と私の力を使って造りたいと言っていました。B区の更なる発展。機械で管理された完全な未来都市……ハイブラウシティ・Bです。」
「そのハイブラウシティ・Bって、どゆこと?」
電話越しでの島田である。
「奈々川さんが言うには、建設業や清掃作業などの人間の仕事を機械……つまり、安価なアンドロイドにさせて、俺たち人間はその管理だけをする町にしたいんだそうだ」
「じゃあ! 今の肉の仕分けもそいつらがやるのか!?」
電話越しに島田が吠える。
「そうかも知れない。大量にアンドロイドを安価で購入出来れば肉の仕分けは、24時間オートメーション化の出来る機械に任せるほうが効率的だし。ちょっとしたメンテナンスをやれる奴だけでいいからな。その方が経済的だ」
「つまりは俺たちに、日給1万2千円も支払うより安いアンドロイドのほうがいいってか?」
「ああ。企業にとってはそうだろう」
「はあ!? じゃあ、A区の人たちはどうしようってんだよ!」
「解らない。きっと、今より悪くなるな……」
「何―!! 俺たちは今日まで頑張ってきたんだぞ!確かにB区の奴らとは金とか生活面では悪いし勝てないさ……。けど、それでも生きているんだぞ!……あ、それよりその奈々川さんがB区の総理大臣の娘だって、お前凄いぞ! 絶対に結婚して、そのハイブラウシティ・Bっての止めさせようぜ!」
島田にも言った。奈々川さんがB区の総理大臣の娘だということを……。
これから、島田と弥生の力が必要だ。
ハイブラウシティ・Bか……。今までSFの世界では夢の世界としてあるが、本当にそんなことが出来るのだろうか……?きっと、矢多部自身もバルチャーハントをしていたのだろう。そして、恐らく倒産した企業の中で、アンドロイド製造に関係しているところだけを、買収しているのだろう。つまり、安値で買える未来都市だ。
それと、総理大臣とその娘の力で、労働をなくす都市を作ろうとしている。私たちは……A区の人たちはどうなるのだろう? A区は田舎の良さだけ残ると前に奈々川さんが言っていたが、それは、私たちから労働を取った状態でだろうか?A区の人々はその労働で逞しく生きているのだ。その労働を取ったら一体なにが残るのだろう。




