火曜日
私はまた火曜に休みをとって、頼まれた島田のゴミをとりに205へ行った。私の顔を見ると、島田の奥さんの弥生は車椅子でキーコキーコとやって来た。
「ねえ、その奈々川って人。今日も会えるの?」
弥生は興味というより心配の表情が汲み取れる顔をしていた。
「ええ。恐らく……」
「会ってからじゃ遅いから、今言っておくわね。その奈々川さん。名を晴美というんだけど、B区の総理大臣の娘なの……。私、昨日の昼のテレビで観たのよ……。顔はここから窓で確認したわ。捜索願も出てるの何でも家出してきたそうよ。」
弥生が今度はしっかりと心配な声をだした。
「え?総理大臣の……」
私はB区の総理大臣……このA区だけに税金を課し、A区に強制的にB区をサポートするような政策をし、ひどい治安の悪さにも見向きをせずに。A区の人々に選挙権を奪い。終身雇用契約制度を生み出した。などなど……。
B区とA区の深刻な格差を現わしてしまう政治をした張本人。B区の発展と日本の発展だけに血眼になっている人物だ。
「そんな……」
私は奈々川さんがそんな人物の血を受け継いでいることを認めたくはなかった。
「でも、取り合えず行ってみてよ。きっと、幻滅するだろうけど。それと……危険を察知したら……銃を抜いてね。きっと、何かがあるわ……」
弥生が緊迫した顔に不安を浮かばせている。
弥生も生粋のA区出身の人だった。
ゴミを受け取り一階に降りると、外は雨が降っていた。急に降り出したようだ。
「ありがとうございましたー。今度はフライドチキンもどうですかー」
今度もコンビニから奈々川さんが出てくるところだった。
手にコンビニ弁当を携えて、片手に傘をさしている。
私は携帯したリボルバーの弾丸が今はいくつあるのかと、数えながら奈々川さんへと近付いた。
「おはようございます。雨……降っていますよ」
奈々川さんは傘を私が入るようにと、向けてきた。
「ええ。そうですけど、両手にあるゴミのせいです」
私は両手に持ったゴミを軽く振った。
「一つ持ってあげられない……ごめんなさい」
奈々川さんは悲しそうな表情をした。
こんな人があの総理大臣の娘。
私の頭は空から降る水滴から守られる。奈々川さんが傘の中に入れてくれたのだ。
「あの」
「うん?」
奈々川さんは目元のホクロがチャーミングな顔を向けた。まじかで見ると年が私より若く見える。初々しいというのか瑞々しい肌の持ち主だった。
「あの……テレビであなたを見ました。あなたの名前は奈々川 晴美。総理大臣の娘なんですね」
「……」
奈々川さんは一瞬、凍りついた。けれど、少しの間で笑顔が出来るが……プラスチックのような作り物なのがすぐに解った。
「そうです……。あんな父ですけど、いいところもあるんですよ」
「なんでこんなところへ?ボディガードもつけずに……?」
笑顔が崩れ、俯いた。
「強引な結婚を要求されたの。好きでもないし。それに……」
「本当にあの総理大臣の娘ならば、ここA区にいるのはまずいのでは?ここには君の父親が税を課したり、住み心地もよくないし。正体がバレると命の危険もある。なのになんで?」
「このA区には税金があるのは知っています。でも、それはB区に税金を課せないためとよく父が言っていました」
「治安が悪いのは? このA区はB区の奴らに食い物にされているじゃないか?」
「それは違います。いつか取り組むと言っていました。治安の方がそれによって凄く良くなって……。A区には田舎の良さだけが残るだろうって、父が言っていました」
私は今まで総理大臣に悪いイメージを抱いていたのだろうか?いや、事実を列挙しただけではないだろうか?
「あの。ここに私がいることを他の人に話さないで下さい。お願いします」
奈々川さんはまた、笑顔を見せるがただ単の作り物だろう。
私は肩の荷が降りた。
それならば、彼女がここにいることをB区の連中には隠して、友達や恋人になるチャンスがあるのかもしれなかった……。そんな下心が頭に自然に浮かんだ。
「ええ、解りました。俺、秘密にします」
「ありがとうございます」
「それと、雨止んだみたいだ……」
いつの間にか振った雨は、いつの間にか止んでいた。
毎週の火曜日に奈々川さんに出会うのが日課になった。何とか奈々川さんをもっと知りたくて、毎日火曜は休みを取る。B区にいる奈々川さんの父親は、あの総理大臣だというのは確かに悩みの種だ。けれど、父親が暴君でも娘は違うということも歴史的にはあるはずだ。よろしい、火曜日はせっせと休んで、奈々川さんにラブアタックだ。
でも、B区の総理大臣の手下が気付いてしまったら……銃の手入れもしなくてはならないだろう。恐らくは私たちはA区に住んでいるし、匿っているとも言えるし、死人がでるほどの大問題が発生してしまうだろう。
それでも、やっぱり好きになった人と一緒にいたいものである……。
私の恋の病は悪化の一途を辿っているのだろうか……。
午前8時
「おはようーっス! 云話事町TVでーす!」
美人のアナウンサーが住宅街を背に元気な声を発した。
「はい! 藤元 伸二です! どうぞよろしく!」
神社のお祓いに使う棒を持った藤元がテレビのドアップを受ける。鼻毛が少し伸びているが、それ以外はいたって普通の人だ。
「僕の宗教に入団してくれた人は、今なら抽選で……」
「はい! そこまでです!」
藤元が言い終わる前に、美人のアナウンサーが割って入った。
「云話事町新教会が切羽詰まっているのは、解りますけど今は仕事中でしょ!」
美人のアナウンサーが眉間の皺を気にできないほど微笑む。
「だってー、入団希望者がいないどころか、僕一人しかいないんだよ」
「そんなことより、仕事っス!」
「うっす!」
明るい住宅街を背に撮影されている。二人の後ろには複数の笑い声が聞こえた。
「今も進行している大規模な都市開発って、私たちA区の人々には関係ないですよね」
「おっす! そーですね。僕のいつも買うアイスクリームが安くなるのならいいんですけどね」
美人のアナウンサーや周囲のテレビ局の人たちもA区の人である。
「……」
美人のアナウンサーは眉間に皴を作った。
「でも、治安が少しでも良くなるのなら……いいんですけどね」
美人のアナウンサーはマイクを握り直す。
「よっす!」
「それでは! 今日の天気は?!」
美人のアナウンサーが笑顔で、藤元にピンク色のマイクを向ける。
「はいっす! 晴れ時々、曇り空です。けれど、今日は15夜のお月様ですから……あ」
藤元が緊迫して何やら大きめな本を取り出した。
熱心に読み始める。
その本は難解な漢字が羅列してあった。
「それでは、みなさん! 今日も良い一日を!」
番組がそこで終わった……。
「昨日の云話事町TV。時々曇りだって言ってません?」
今日は火曜日。
奈々川さんとコンビニ前。
「ああ。でも、当たるのかな? 藤元が出る時の天気予報って、正確じゃなくて占いみたいになるから」
前は藤元がでない時は普通の天気予報で正確だったのだ。
私は緊張する顔で銃をズボンのホルスターに入れて、島田のゴミと自分のゴミを捨てるところでもある。
当然、両手は塞がっているが、危険な時にはゴミを素早く降ろして、銃を抜ける自信がある。そういえば、私の射撃経験は高校時代からだ。近くのガンシューティングゲームで遊んでいた。人を撃った経験もある。サラリーマン時代に、通勤途中でA区の酔っぱらいが絡んできた時に発砲し、致命傷を負わせた。
「うーん。洗濯物があるしなー?」
「うん?」
「ねえ、少し歩きましょうよ。一緒に」
「ああ」
私はその提案にのぼせそうな頭と顔をしている。ゴミをさっさと捨ててから緊張した足取りでついて行った。
「どこまで行くんだ?」
奈々川さんは微笑み。
「どこか、遠いところで安全なところですよ。私の秘密を知っている夜鶴さんのことをもっとよく知りたいんです」
空気はすっきりとしている。空は雲が少し多いけど晴れ間が見える。
(そういえば、弥生も知っているのだよな。奈々川さんがあの総理大臣の娘だってこと、俺だけじゃないんだ……)
私は奈々川さんがB区の連中に見つかったら、この近辺が現実に火の海になりかねないことを、もう少し考えたほうがよかったのだろうか?
でも、私は奈々川さんともっと知り合え、互いに笑って話しかけて、そんな関係になりたいと心の底から願っていた。それが、今、叶ったのだ。
「あの。チャーシューメンからお肉を全部取ったら、何て名前になるんですか?」
奈々川さんが話しかけてくれる。
近所のラーメンショップを横切るところだ。
「はあ。多分、ただのラーメン」
緊張をするが、そして胸がドキドキするが、私はこの時のことをいつまでも大切にしたい。
奈々川さんの目元のホクロが見える。奈々川さんの髪のシャンプーの匂いが嗅げる。
「メン。じゃなくて?」
「恐らく」
「ねえ、夜鶴さん。お友達とかいるんですか?」
「ああ、島田って名だ。俺がB区でリストラになって、A区に来たときに暴漢と争っていたんだ。その時に助けに入ったら友達になった」
奈々川さんが優しく微笑む。
「へえ。夜鶴さんってB区にいたんですか」
あの時は何故、島田を助けたのだろうか?今でも解らない……。
「実はB区の一等地の云話事ベットタウンで育ったんだよ。おやじもサラリーマンをしてて……。今じゃ俺のこときっと心配しているんだろうな。リストラの違約金を払って一文なしなんだから」
奈々川さんが俯いた。。
「父のせいかも知れないわね。ごめんなさいね。私の父はB区の発展にしか興味を持たない選挙の亡者なの。でも、厳しいところもあるけど優しいところも持っているの。だから、私から謝ります」
A区から選挙権を奪うと、B区を住み心地よくしなければ、選挙で生き抜いていけないのも事実である。鬼のような政治だが選挙で戦うのなら現実的な方法だ。大規模な都市開発。今現在の都市開発プロジェクトも、B区だけを発展させる方が選挙活動をするのには、はるかに有利だろう。任期は廃止され、その代わり選挙存続期間というのがある。選挙で選ばれ続ければ何十年もいられるのだ。
私は首を振って、
「いいのさ。会社を首になったのは俺が悪いところがあるし。違約金は確か老後に貰えるんだったよね?」
そう。違約金のメリットはそのお金を少しだが老後に貰えることだ。けれど、違約金の大半はB区に吸収されてしまう。非常に厳しい社会になったことは解るが……。
「ええ、そうです」
近所から離れて云話事町の第三公園に歩を進める。遊歩道を歩いて10分足らずだ。
「父はやっぱり優しいところがあるって解って下さいますか?」
奈々川さんが顔を少しだけ綻ばせる。きっと、その優しい心に父親がいるのだろう。
「ええ、まあ」
私は曖昧な言葉を選んだ。
奈々川さんが少し考える表情をした。
第三公園に着くと、子供たちのはしゃぎ声が木霊する。
公園はブランコや滑り台はないが、広い砂場があった。
子供たちは砂場で何かの「ごっこ」をしている。
「俺はB区の金持ちだ!」
「俺はB区の大富豪だ!」
「あたしはB区の総理大臣の娘だ!」
子供心にはA区とB区の悲惨な関係は当然解らない。
「場所変えようか?」
「いいの。ここが、安全だから子供たちが遊んでいるんです」
奈々川さんが、子供のはしゃぎようを眺められるベンチに座る。その隣に私が座る。
「B区とA区の関係が深刻化しているのは解ります。でも、私は自由を掴みたいのです。きっと、夜鶴さんも……。私に気があってくださいますよね。顔を見れば解ります。私、一度見た時あるから……でも、夜鶴さんは違う」
「見た時。って、フィアンセのこと?」
彼女は俯き。
「……ええ」
「そうなら、いいんだが。って、俺が君を好きなのはフィアンセと違うってことがさ。俺は自然に君を好きになってしまったんだ。どうしていいか解らないんだ。結婚しようとしても、戦争があるし。恋人になろうとしても、銃撃戦があるし。友達になろうとしても、きっと喧嘩があるし……」
私も俯いた。だが、私は会社に勤めた時から抗争に慣れている。会社に勤めた時はA区と……会社を辞めた時はB区と……いつも、死と隣り合わせだ。
これから必死に自分と奈々川さんとの道を模索するのはどうだろう?
「夜鶴さん。私も夜鶴さんのことが好きです。……友達になってください」
「でさー。どうなるんだ?」
仕事の時は島田から問題を出される。答えなんかないのに。
「うーんと。考えても何も出ないかも知れないな。今、友達中」
牛肉をシューターへと入れる。
「その奈々川さんの事。多分、俺の勘だといつか戦争になるな」
「ああ。確かにそうだな」
「でもよー。スリルがあるし……いいんじゃねえの」
島田はまた不敵な笑みを浮かべる。
その時、こいつは戦争になっても私の味方になってくれるだろう。と、確信させられる。弥生もそうだろう。私にはこんなにも心強い味方がいたのだ。
「結婚してみるか」
「おめでとーう!」
田場さんが近くにいた。
「ああ、でも奈々川さんの気持ちを考えないと……」
「でもさ。結婚式場がB区にあるから、戦場で結婚するのと同じだな」
島田がくっくっと不敵に笑う。
「結婚式には俺も呼ぶんだぞ」
田場さんが言った。
「お前みたいな。何事もむっつりしている奴は、きっといい奥さんを貰うとこれ以上ない愛妻家になると思うからさ。明日に有り金叩いて大量に武器と弾薬を買いに行こうぜ」
島田と田場さんの発言に私はニッコリと笑っているが……思考が硬直したままだ。
「ハネムーンはB区のレジャー施設……の海の見えるところ。云話事シーサイドの一番良いところで決まりだな」
田場さんが楽しそうに言った。
津田沼も遥か遠くで耳を傾けている。




