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ゴミ捨て

 休憩時間は少し緊張してしまう。B区の奴らがほとんどだからだ。休憩所は肉の仕分け室の更に奥。食堂兼休憩所になっていて結構広い。

「あいつがいたら、俺。キレるぞ」

 島田が自販機から缶コーヒーを二本買い。私に一本渡した。

 よく冷えている。

「ここにはいないさ。だって、見た時あるのか? そいつ?」

「ない」

 テーブルに着くと、私は早速コンビニ弁当を広げる。

「またコンビニ弁当か。お前が自炊しているとこ想像できないじゃないか」

「ああ。仕方ないさ」

 私が自分が自炊をしているところを想像してみた。

 あれ、にんにくなんて買ったっけ? ニンジンは買ってきたはずだが? どれくらい煮ればいいのかな? 肉が焦げた! 米がベタベタしている!」

 25年間も自炊をしていない人間はこうなるのだろう。

 向こうからB区の津田沼が、私たちを確認するとのこのこと歩いて来た。

 私の隣に座ると、

「A区の人は大変だね。大金に縁がないけど敵には縁があって……」

 B区の奴だが、小太りでメガネをかけていてなかなかいい奴だ。多少俯き加減な性格の勤勉な顔立ち。

「ああ。お前が総理大臣になればいいんじゃないのか?」

島田が愛妻弁当に一礼してから茶化す。

「なりたいんだけどねー。あ、この間の餃子まだ食べてないんだった」

 津田沼のメガネがキラリと光る。

「まだなのか」


 私が嘆く。不味いが独特の味だった近所のラーメンショップの餃子を、私が津田沼と島田に買ってやったのだ。結構いけるかも知れないのだ。

「あの餃子作った奴。天才じゃねぇ。不味くても食べたくなるんだからさ」

 島田と私は食べていた。

「なあ津田沼。確か三年前からの大規模な都市開発って、今でもやってんの?」

 島田が愛妻弁当片手に言い出した。何年か前から都市開発プロジェクトと称してB区を発展させたりしているようだ。

「ああ。夜ちゃん。島ちゃん。最近の都市開発プロジェクトの実体って知ってる? ただ単にA区とB区の治安の悪いのはそっちのけで、アンドロイド達にB区だけを発展させているんだ」

 津田沼は新聞が好きだ。たまに政治などの世間に起きている話を持ってくる。

「ふーん、やっぱりな。ま、いいんじゃね。俺たちには関係ないし」

 島田は世間で何が起きていようと生活が第一だったようだ。

「B区だけってわけか」

 私も云話事町TVで昔放送されていたので、世間に何が起きているのかは少しは知っているのだが……私も生活面の方で頭が一杯だった。

「お、その自炊弁当なかなかの出来じゃねぇ?」

 島田が津田沼の弁当を茶化した。見ると、いつもの日の丸弁当の脇に目玉焼きが顔を出していた。

「ふふ、お前、自炊は諦めて結婚したら?」

 私の一言に、小太りの津田沼はメガネを持ち上げる。

「結婚かー。俺はこれはこれで好きなんだがなー。日の丸弁当は仕事へのやる気を醸し出し……目玉焼きは日の丸に似ているし……」

「まさか、結婚しても奥さんにそれ作らせるとか?」

 島田が愛妻弁当のウインナーを箸で持ち、津田沼に突きだした。

「うーん? そうかも知れない」

「あはははっ、仕事一筋だな」

 私はコンビニ弁当の肉の部分を頬張る。


「じゃあ。お疲れ」

 島田がベレッタを片手に持って、車のハンドルを握る。 

 私は島田の肩を叩いてから愛車へと歩くと、津田沼が血相変えて走って来た。

「B区の奴がさっき倒れたって!」

 津田沼が不安げな声で捲くし立てる。

「でも、俺たち関係ないから。きっと、何かの病気か怪我さ」

 私は気にせずに愛車のドアを閉めた。


 火曜日 朝の8時。

「おはっよーございます! 云話事町TVでーす!」

 美人のアナウンサーが元気よく話しだす。

「今日は映画ドラゴンハンターライオンに出ていたライオンのライライちゃん(9才)のインタビューです!」

 美人のアナウンサーは住宅街を背に巨大なライオンにマイクを向ける。

「ガオーン!」

 テレビは賑やかだ……。

「特殊撮影……じゃなかったんだな……」

 私もその映画を観たが……実物だったなんて……。

 部屋から朝食を取らずにゴミ袋を持って外へと出ると、島田の部屋へと行く。奥さんがいるのに、どうして私が島田の分のゴミを捨てるのかというと、島田の奥さんはもともと足が悪いのだ。その上、引っ越ししてきた時に大きめの冷蔵庫の下敷きになってしまった。

「弥生さん。夜鶴です」

 玄関をノックすると弥生が出てきた。赤い髪をしていて、カールが無数にある。中々の美人である。

「あら、夜鶴さん。お早う。ゴミお願いね」


 弥生はそう言うと、車椅子をキーコキーコと器用に回し、台所から大きなゴミ袋を膝に載せてきた。

「今日もゲーセン」

 水色のブラウスにバラの模様が刺繍してある。確か刺繍が趣味なのだ。

「ええ。島田よりはハイスコアがだせるので、今日は170点を目指そうかと……」

「ハハッ、頑張ってね」

 二つの大きいゴミ袋を両手で持ち、階下へと行く。

 アパートの外へと出ると、丁度コンビニから、

「今日もありがとうございました。また来てくださいね」

店員の元気な声を後ろから受けた奇麗な女性が今出るところだった。

 仕事から帰って来たばかりの眠気が突然なくなり、鮮明に見える。

 私はすっかりゴミのことを忘れ、その女性の方へとスタスタと歩いて挨拶をした。

「こんにちわ」

 爽快な声が自然と出た。

「こんにちわ。大変そうですね」

 澄んだ声の主はサラサラの髪。綺麗な顔立ち。黒の長髪で、目元にホクロが付いていた。向日葵のプリントが付いている白の半袖のピンクのジーンズ。

「え?」

「そのゴミですよ」

「え? ああ、そうですね」

 私は今頃ゴミを持っていることを思い出した。


 彼女はコンビニ弁当を片手に持っていた。

「B区の方?」

 女性は一瞬、不安な声を発した。

「この近くに住んでいるんですよ」

 私は自分の顔が火照ることが新鮮だった。ますます女性の顔が鮮明に見える。

「ええ……そうなんですか。私もです」

 その女性は安堵の息を吐いたようにも見えた。

「夜鶴 こうといいます」

「奈々川 晴美といいます。隣近所なんですね」

「ええ、そうですね」

 この二年間で私は火曜日にゴミを捨てる時は、いつもは9時頃だった。

 今日だけ8時にゴミを捨てたのだ。

 そして、出会った。

「では……」

 その美しい女性は長い髪を揺らして、帰って行った。

 私はしばらくボーっと立っていたが、ハッとした時には女性の顔を二度と忘れられなくなっていた。

 ゲーセンにまどろむ頭で入ると、片隅にあるいつもやるガンシューティングゲームをした。スコアは上がったが、頭ではいつまでも……あの女性のことを考えていた。胸が苦しくもあり、頭は霞がかってもあり……。


「おい、夜鶴!」

 その次の日の夜勤では、島田が私の顔を見ては茶化していた。

「お前。今恋しているだろう? 俺には解るんだよ! 誰だか教えてくれー!」

 島田が好奇心旺盛な顔を向ける。

自分でも何が起きたのか解らない。

「あ、そうじゃないとは思うんだがな?」

「そんなはずは……絶っ対にない!! 俺には解る。俺が弥生と出会った時もそうだったんだぜ」

 島田が肉を手早くシューターに入れながら話す。その目は真剣のようでどこか面白がっていた。

「こらー! そこ無駄口たたくなー! で、誰なんだ?」

 田場さんがこちらに駆けてきた。

「あ、そうじゃないと思います」

「俺も昔はそんな頭と顔を毎日していた時もあったなー。で、誰なんだ?」

 田場さんは35年も生きているのだ。

「はあ……そうなんですか?」

 私はどうしたのだろう。あの日から頭と顔がまるで別人のようだ。心はあの人のことを考え、あの人の鮮明な顔が離れることはない。心を占めるのは、あの時のままだ……。


 連続する同じコンビニでの彼女が頭を過る……苦しい……。

「式は何時なんだ? スリルはいいぞー」

 島田の声が耳に入ると、私のまどろんだ頭にスリルというのがチクリと刺さった。

「本当だ。スリルはとてもいいぞ。俺のように奥さんのためにロケットランチャーを買わないか?」

 田場さんは仕事の注意を忘れていた。

「スリル……。……奈々川……晴美さんと結婚……?」

「ははっ! 奈々川さんか! どこに住んでいるんだ? 教えてー!」

 島田は喜んでいるようだが。私は心底震えそうな心境になった。

「奈々川 晴美さん? はて、どこかで聞いた時があるぞ?」

 田場さんが茶化す挙動を一時停止した。

「田場さんー。俺にも教えてくれよー」

 島田は珍しい豚肉をシューターへと入れた。

「奈々川 晴美。確かB区の相当な金持ちのお嬢様のようだ。前にB区のテレビで放送されていたはずで、俺も一回だけ観たんだだが。」

「ええええ!」

 田場さんの声に島田がびっくりして、肉をシューターから外れたところへと放る。肉は青色の毎日清掃されている床に落ちた。


「B区のお譲さま! 無理じゃん!」

「何でも……確かフィアンセがいるんだが、それが強制的なんでA区に逃げてきたんだそうだ。相手は凄い金持ちなんだそうだが……」

 私はまどろみから機能しない頭で聞いていた。ボッーとする頭の片隅で「お譲さま」という単語がぐるぐるとまわり、目の前が暗くなってきた。

「そ……そんな……?」

 私は夢うつつの意識で、蛍光灯が均等にある天井を見上げ、暗い沼にでも静かに落ちていきそうな錯覚を感じていた。

 それを察知した島田が不敵な笑みで私の肩を何度か軽く叩きながら、

「大丈夫さ。俺がB区のフィアンセをぶっ殺してやるよ。一週間後には結婚式さ。マシンガンを持ってな。」

 私は心強い島田を見つめる。

「ああ。そうだといいが……。」

「いやー。それが……そのフィアンセは相当な金持ちのようで毎日のようにボディガードを連れているほどなんだ。正攻法じゃ敵わんな……。よし、俺が何とかしてやるぞ。……どこにいるんだ?」

 田場さんの好戦的な顔を受けた私は島田にも向かって言った。

「近所にいた……」

 津田沼も遠い場所から耳を傾けていた。

 

「でさー、夜っちゃん。どうするの。そのお嬢様?」

 津田沼が聞いてきた。仕事中は遠くにいたのに地獄耳である。

「うーん?」

 私は考える。しかし、頭に浮かぶのは奈々川さんの顔ばかり。

「あ、そうだ。一昨日の工場で倒れた奴。死んだってね。」

 津田沼が下を俯き静かに言った。見えにくい表情は暗い印象を受けさせるものだった。

「ああ。いい奴だったかも知れないが……。心臓発作だってさ。」

 そう言うと、津田沼は気を落とした顔を向けた。

そんなことよりも、私は彼女のことで頭がいっぱいだった。

「話を戻そう。死んだんなら仕方ないぜ。関係もないしな。そのお嬢様はきっと……確か近所だっけ? 好きな奴を見つけるためにやってきたんだ。と、俺は思うぜ。」

 そう言うと、島田が愛妻弁当に向かって、一礼した。

「そうだといいんだが……。まあ、これからは火曜日は俺、休むから。」

 私はコンビニ弁当のレタスを口に持って来ていた。そういえば、火曜は休みにすればいいんだ。また、彼女に会ってみよう。スリルか……。私と奈々川さんがもし……。一緒になれたら、マシンガンを買うだけでは済まないな。

 それに、私には金がない。


 家はアパートの1Kと少なからずの貯金。このA区では珍しくもないのだ。B区には税金がなく。A区には高い税金がある。不平等税 税収制度というものがある。そういう世界だ。B区でのサラリーマン時代の貯金は大変な違約金で……無くなった。B区では一つの会社に終身雇用契約をしてから入社試験を受ける制度だ。高額な給料を稼ぎ続けなければ、即終わりな世界で、そして、巨大な違約金が発生してしまう。仕方なく、家賃の安いA区へと移り住んだ。

 税金があるのは辛く、B区の奴らには馬鹿にされ命を狙われる。

 金がないと高い弾丸が買えなくなり、銃も買えない。

 B区のお嬢様か……何か方法は?

「でも、もう一度会ってみればいいか」

 私は方法を考えることも大事なのだが、正直……奈々川さんにまた会いたかった。


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