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自由

「いいぞー! 田場さん頑張れー!」

 私だ。 

「これで打てば、必ず点がもらえるんだ!!」

私は珍しく大声を発していた。

 甘いマスクのノウハウが投げた。

「え!?」

 私は自分の目が信じられずにいた。

 ボールはキャッチャーのノウハウへと向かうが……。

 何と、変化球だ。

「まさか……」

 奈々川さんが真っ青になった。

 遠山の投げる変化球よりもキレのあるチェンジアップだった……。


「160キロのチェンジアップ!」

 元谷が驚いて机の紅茶の入った紙コップを床に落とす。

「素晴らしい変化球です!」

 永田は自分の紙コップを持って、球場を見つめた。

「もはや、ノウハウは何でもありですね」

 元谷の言葉に、

「ええ。これは、素晴らしい。とても、人間が造ったものとは思えません」


「くそ!」

 田場さんは剛速球からの変化球とストレートに虚しく三振になり、これでスリーアウトである。

 180キロのストレートを打つだけでも大変なのに、その上変化球もくる。

「大丈夫ですよ。まだ、ノウハウは一点も入れていないし、俺たちは二点も入れている」

 私はそう言うと田場さんを元気づけた。


「この試合……。どうなるのでしょうか?」

 美人のアナウンサーには、ピンクのマイクをスタッフから渡されてある。

「うちの藤元がいるから、大丈夫だとは思いますが……。あのバカがいるから…………大丈夫のはず……。あのバカが……。あのバカが……。はっ!! 生放送!!」

 美人のアナウンサーはカメラに向かって、

「国民のみなさん。チャンネルはそのままで聞かなかったことにして下さい。お願いします」

可愛らしいポーズの美人のアナウンサーに関係なく試合は進行する。


 次は私たちは守備。

「遠山さん。あなたがいるから、きっと、大丈夫。私たちは勝ちます」

 私服の奈々川さんは、遠山の肩に手を置いた。

「はい。大丈夫です。私、行きますね……」

 遠山は帽子を目深に被り、ピッチャーマウンドへと走った。

 バッターボックスのノウハウは無言で、バットを構えている。心がないことは悲しいことでもあるのだが、それと同時に恐ろしいことでもある。

 遠山がスリークオーター・スローから投げた。

 140キロのストレートだ。

 

「ワンストライク。ツーボウル。永田さん。やはりあの遠山選手は侮れませんね」

 元谷は永田に少しだけ視線を向けた。

 この寒い中、野球の中継も大変である。

 いつの間にか、机の紅茶はホットに変わっている。

「ええ、そうですね。なかなかいい投手ですよ」

「でも、相手のノウハウは段々と恐ろしく感じてくるのは、私だけでしょうか?」

「いや、私もそう思いますよ。この試合はやはり日本全土の未来のための試合に他なりません。Bチームには矢多部と奈々川首相が絡んでいますし、Aチームには奈々川首相のお嬢様がいます」


「行きますよ!」

 遠山は投げた。

 ノウハウがいつの間にか、バントの構えになっていた。セーフティバントだ。

 球がバットに当たり、三塁へと向かった。

「あ!」

 私の叫び声と共に、三塁の山下と遊撃手の広瀬が全速力で走り出す。

 ノウハウはハイスピードで土煙を撒き散らして一塁へと走り出した。

「セーフ!」

 審判の声は私の耳に入らなかった。

 信じられないものを見るかのように一塁にいるノウハウを見つめた。冷酷な機械の印象を私は抱えていた。


「バントですね」

 元谷が目を凝らした。

「バントです。今まで単純でパワフルな機械を演じていたのに……。チェンジアップを投げたり、バントをして進塁も出来る。万能で高性能で安価な機械……」

 元谷と険しい表情の永田が顔を見合せる。

「今までのは、一体何だったんでしょうか?」

 元谷は貴賓席に目を向ける。

「私にも解りませんが、様子を見ていたわけでもないと思います。さすがに、これではAチームは勝てないかもしれません……」

 

「そんな……」

 奈々川さんがメガホンを地面に落とした。

 矢多部たちは実戦用プログラムを試合中に作成し、ノウハウを人間のそれも超一流の選手に変えてしまったのだ。

「いいえ。これからよ……。私たちにはみんながいる」

 奈々川さんはメガホンを拾うと、

「みんなー! 試合は試合よ! 目の前の試合だけを見つめて頑張って! 相手がノウハウでも一流の選手でも、試合は試合です!」

 その大声は私たちに届いた。

 遠山は目つきが変わる。

 投げた。

 ノウハウが打った。

 中堅手の私の方へと球がやってきた。私は必死に走る。ここで捕球の訓練を発揮しないと、何のための訓練だったのか。私は三週間の血の吐く訓練を思い出した。

 ボールがやってきた。

 ナイス。 

「アウトー!」

 審判の声が辺りに響いた。


 貴賓席の下では美人のアナウンサーが吠えていた。

「やったー!! 見たかBチームの矢多部!! 私というフャンがいるかぎり……。はッ、生放送中でした!!」

 美人のアナウンサーはピンクのマイクを握り直し、

「さあ、この試合はこの先……どうなるのでしょうか? Aチームが勝つか、それともBチームか。Bチーム率いる矢多部 雷蔵さんと奈々川首相のいる貴賓席へとこの後、突撃インタビューが待っています。みなさんチャンネルはそのまま」


 遠山の変化球は、もうノウハウにはなかなか効かない。打たれてしまう確率がグンと上がってきたようだ。

 「打てますね……。でもこれからです」

 遠山は長年腕を使う職をしている。その経験が今を支えていた。連続投球。試合が長引けばつらいのである。

 遠山はチェンジアップを投げた。

 ノウハウが打った。

 中堅手の私は三塁へ飛んだというのに、走り出した。

 ファウル。

 ファウルだが確実にノウハウの脅威が伝わって来た。


 七回表。

 いずれも、二対0の試合は終盤へと向かう。

 守備では私たちはグランドを走り回った。どれも恐ろしいヒットであったが、確実にノウハウの性能が急激に上がっている。しかし、ノウハウの恐ろしいところは、その足の驚異的な速さもあった。

それを阻止するためのフォーメーションは、カットオフプレー。例えば私が津田沼に投げた球を遠山がキャッチして、かなりのスピードで走るノウハウのバックホームを阻止するために三塁に投げる戦法だ。など、中堅手の私が主役になって防いでいた。

 時には、津田沼がブロックでノウハウのパワーのあるスライディングを体験した時もあった。

そして、今は二塁から三塁に向かったノウハウは、三塁で佇んでいる。

無言で立っているノウハウは盗塁をするためのリードも出来る。

 そして、プロ選手並みの高度な野球戦法が出来てしまう。

 180キロの球は変化球へと変わり。バットに当たらないことが多々あった。それでも、私たちは奈々川さんが指導する通りにバント戦法を繰り返したが、時折来る160キロの変化球には成す術もない。


「もうそろそろ……。勝てますかね」

 遠山は額の汗をそのままに、キャッチャーの津田沼目掛けて投げる。腕の痺れが酷くなってきた。

 ノウハウが機械特有な動作で、打ち方からかぶりを振った。

 カキーンという金属音が辺りに響く。


「おっーと!! 入るか入るか!!」

 元谷が叫んだ。

「伸びる伸びる!!」

 矢継ぎ早に言葉が口から出てきては、的確に状況を説明し……。

「ホームラン!! これで2対2!!」

 三塁にいたノウハウは、その場に佇んでいたが、音も無くホームインをしに走り出した。


 遠山は茫然とし、ポカンと口を開けた。

「そんな……」

 私は悔し涙を流した。中堅手の私はフェンスまで当然走っていたが、ボールがフェンスを越えるのを見守るしかなかった。

 奈々川さんは青ざめて掲示板の2対2を見つめていた。


 貴賓席の前でスタッフたちが撮影の準備をした。

 「はい。こちら云話事町TVです。今、貴賓席にお邪魔しました」

 美人のアナウンサーは眉間の皴を気に出来ないほどに微笑んでいる。

「ここには、あの大資産家の矢多部 雷蔵氏と奈々川首相が野球を観戦しています。この試合は先が見えませんね」

 美人のアナウンサーはピンクのマイクを、矢多部に向ける。

 貴賓席には珍重なオーク材のテーブルに、豪華な飲み物や食べ物が並んでいた。

「そうですね。僕は正直、今楽しくてしょうがないんです。不思議です。この試合が終わったらハイブラウシティ・Bが進行出来るからかも知れませんが、それだけではないといえます」

「はい。楽しい試合を最後まで観戦して下さい」

 美人のアナウンサーは今度はピンクのマイクを奈々川首相に向ける。

「どうですか。お嬢様の奮闘は……。父として誇りに思いますか?」

 奈々川首相は頬に手を当て、

「いやいや。娘の勝手に振り回されているよ。早くこの試合を終わらせるのにも、意義があるんじゃないかな。でも、楽しいのは事実だ。晴美がここまでやるとはな」

「きっと、いや、必ず熱い試合は熱い勝ち負けで終わりますよ。はい! 貴賓席からでした!」


「遠山さん……」

 奈々川さんが遠山へ向かってサインをした。

 それは……。

 遠山は頷き口笛を吹いた。

 すると……観客席からなんと女性バイトが走って来た。


「あ、これは遠山選手の元に観客席から一人の女性が走ってきましたね? おっとこれは?女性と信じられない手の速さで手と手を打ち合っています。それから、両者バレリーナのように片手を広げあいました。お、こちらにお辞儀をしましたね。何かのお呪いでしょうか? 永田さん?」

 元谷が真面目な顔を永田へ向けた。

「さあー? 解りません?」

「お、遠山選手。投げました」

 スピードガンの数字は150キロを示していた。

「150キロのチェンジ・オブ・ペースー!! バッターアウトー!!」


 美人のアナウンサーがいなくなると、矢多部は考えた。この試合に勝たなければ……。矢多部はニヤリと笑い。

 研究者に指示を出した。

 それは、可能な限りまたデットボールで選手を削る。至極単純だが。一番効き目がありそうだった。


 九回表。

 私たちの必死な奮闘によって、二対二は変わらず九回まで来た。遠山は150キロ近くの変化球を投げ続け相手のノウハウを牽制していた。

 これが終わったら、私たちの生活は大きく変わるであろう。勝っても負けてもだ。

 膠着状態でもあるのだが。

「次は私ですね。奈々川さん見てて下さい」

 流谷だ。

 バッターボックスで内角低めを狙ってバットをホームプレートに突き出していた。

 ノウハウはその甘いマスクは変わらずに投げた。

 内角高めのストレートだ。

 危険を察知した流谷は、ボールを回避しようとしてバントの構えを解こうとしたが、一瞬の出来事だった。

 高速の弾丸のようなボールを、バントの構えから胸に受け、流谷は血を吐いて倒れた。


「あ、デットボール。また、一人選手が180キロの犠牲になりました」

 元谷が心配の表情からすぐさま青い顔になる。

「あばらが折れて肺を圧迫しているようです。これは危険です」

 永田が震えた。

 誰もこんなに超スピードのボールが悪いところに当たれば真っ青になる。

 それが、現実に起きていた。

「あ、担架が来ました」

「……よし!」


 奈々川さんが静かに泣いていた。「奈々川さん」と消え入りそうな声で、唸っている流谷も担架で運ばれた。肺にあばら骨が刺さり、重症のようだ。

 ベンチには悲壮感が漂っていた。

 皆、重い空気の中でそれぞれ喘いでいた。

「御免。僕が付いていながら」

 みんなと少し離れたところにいる藤元が面目ないと言って頭を垂れた。……けれど、藤元はベンチの隅に急いで座り、下を向いて密かに念仏をブツブツと言いだした。

 ベンチには田場さんが拳を壁に打ち当てた。

「もう変わりはいない。この試合俺たちの負けだ。俺がいながら……」

 田場さんは力なく赤いモヒカンを項垂れた。

 奈々川さんと私は顔を見合わせた。

「私が出ます」

「無理だ。奈々川さん。相手はノウハウなんだ。命の危険があるんだ」

 すると、ベンチに一人の男が歩いてきた。


「あれ? 永田さん?」

 元谷は隣の席を見たが、永田が何故かいなかった。

「あ、試合続行です。人数は大丈…………ぶ!!」

 見ると、永田がブルーのラインのあるユニフォームを着。バッターボックスへと立っていた。

「でたー!! 伝説のホームラン王!! 永田 翔太―!! これはサヨナラかー!!」

 流谷の立つはずの一塁に私がいた。

 津田沼よりも足が速いので特別に交代したのだ。

 バッターボックスに立った永田はでっぷりとした腹を少し引っ込め。ノウハウに立ち向かった。

 ノウハウがオーバースローから投げようとした。

 だが、突然、天空から雷がノウハウ目掛けて降って来た。

 落雷の衝撃でノウハウの頭部からは青い火花が飛ぶ。

「あっーと! ノウハウに落雷! これは、自然現象なのでしょうか?!」

 元谷はマイクを一人だけで齧る。

 機械の故障か140キロのストレートはキャッチャーミットに埋まった。

 しかし、永田は振らずに様子を見つめる。

 ノウハウが投げた。

 また、落雷がノウハウに降って来た。頭部から煙を出したノウハウは、今度も変化球ではなく、コンピュータの調子が悪いのか、何故か110キロのストレートだった。 

 打った。

 ボールは一直線に塀へと飛んで行った。

 私は大歓声の中で全速力で走り出した。



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