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自由

「何やってんですか!」

 矢多部は研究者に怒鳴った。

「すいません。やはり実戦にはあらゆるプログラムをインストールしていても……どうしても無理があるようです。この試合は人間との試合ですから、最高のプログラムをいくらインストールしても難しいようなのです」

「もっと、誠意を見せて頑張れ。これからだぞ」

 奈々川首相が脂肪を揺らした。

 矢多部は白い歯を見せて笑った。

「それじゃ、意味がないよ。君。意味がない」

 矢多部は下に広がるグランドを見つめると、

「確か野球は九人いないと成り立たないんだよね。この作戦は使いたくないけど。試合早々に勝ってしまうかな?」

「はあ」

 白衣の研究者を少し押しのけて、矢多部は端末を弄る。

 滑らかにカタカタと音が辺りに響く。


 遊撃手のノウハウがキャッチャーへと送球する。

 広瀬は二塁でセーフ……。

津田沼は一塁。

「あっはー。次は俺だな。いやっはー!! ホームランで決めるぜ!!」

 次は島田だ。

 島田はバッターボックスに着くと、バットの先端をフェンスに向けた。

 ホームラン予告である。

 島田はノウハウのグローブの球をじっと見つめていた。

 ノウハウが投げた。

 だが、ノウハウのボールは内角高め過ぎて、島田の肩を直撃。

 グキッと、音が辺りに響いた。


「あ! デットボール! 180キロの……大丈夫ですかね?」

 元谷が不安な声を発した。

「うーむ。これは……」

 永田が苦痛に呻き倒れた島田を、机に両手を付いて見ていた。

「これは、矢多部の仕業ですね。とても悪質ですよ。野球は九人いないといけないというルールを破ったんです。あの島田という選手の肩……あれは骨折ですね……」

 永田の不安のこもった声に、元谷はすっと立ち上がり、

「あ、担架が来ましたね。試合はどうなるのでしょうか?」

 不安な声は震える声に変わった。

「次の打者は田場でしたね?田場にもデットボールを狙うのでしょうか?」

「うーむ。この試合……駄目かもしれません……」


「なにしやがんだー!」

 美人のアナウンサーがピンクのマイクを貴賓席へと投げつけた。

「ハッ、今は生放送中!……全国の良い子のみなさん、真似しないでね」

 可愛いらしいポーズをとっている美人のアナウンサーの隣で、藤元は何かを決心した顔で頷いた。

「僕が行かなきゃ……」


「タイム!!」

 審判員が試合の進行を少しだけ止めた。

「島田! 大丈夫か!?」

 私は担架でグランドから運ばれる島田の元へと走った。

 後ろから奈々川さんとAチーム。そして観客席から弥生が走って来る。

「イッテー! 矢多部の野郎! 俺の肩を……」

 担架に横になった島田は青い顔で肩に手を当てている。

 骨が折れているようだ。

「谷津くん……」

 弥生が島田の顔を覗く。 

 二人は同時に頷いた。

「藤元を呼ぼうぜ……」

「ああ」

 私は青い顔の島田の声に同意して、貴賓席の下にいるだろう藤元を大声で呼ぼうとしたら、すぐに藤元がグランドに走って来た。

「実は……」

 開口一番。藤元は憂鬱な表情で、俯いた。

「怪我は治せないんだ……。ごめん。死んだ人なら治せるんだけど、怪我だけはどうしても無理だった」

「ええええ!!」

 島田は青い顔から赤い顔になった。

「なんでー! それじゃあどうすんだよー!」

「俺たちで何とかしないといけないんだ! なんとかしなきゃ!」

 険しい表情を崩さずに、山下は大きな顎を持ち上げて大きい声を発した。

流谷と広瀬は緊迫した顔で頷いた。

「そうだ。俺もいる」

 田場さんは赤いモヒカンをいきりたたせ優しく言った。


 淀川は下を俯いている。

 遠山は厳しい表情で小さな声で誰にともなく言った。

「誰か……立ってるだけでもいいので、居ませんか?」 

 それを聞いた藤元は勇ましい顔をして、

「うっす。変わりに僕が出る。野球はこれが初めてじゃないから」

 私は赤い顔から黄色い顔の島田を見送り、藤元に向き合った。

「野球は初めてじゃないって?」

「ああ、でも観戦だけなんだ」

「それでも、野球のルールを知っているんだね。ベンチのところへ行ってくれ。これから、命懸けの試合をしないといけないが……」

「ああ。僕に出来ることはなんでもする……」

 野球場の観客席からもブーイングが降り立つ中。

 狭いベンチでは奈々川さんが強い意志でみんなに言った。

「みなさん。藤元さん。これからは大変な試合になります。命の危険もあるかも知れません。でも、ここで負けると、日本の国民は悲惨なことになるかと思います。ここからが本当の正念場です。でも、十分に気をつけて下さい。お願いします」

 

 奈々川さんがメガホンをベンチに置き、みんなの顔をまっすぐに見ながら静かに、深々と頭を下げた。

「大丈夫さ。まだ、俺がいる」

 田場さんがまた優しく言った。

「奈々川さん。きっと、日本中の人たちが応援していると思うし、ここで負けたら日本の人たちに申し訳ないさ。俺も頑張るよ」

 津田沼。関係ないかも知れないが、今日の朝食は日の丸弁当だ。

「みんな。覚悟しているさ。この試合はみんなのためと、みんなのことだ。俺はA区の商店街で働いているが、みんなの気持ちの大切さを少しばかりは知っているんだ。きっと、なんとかしないといけない時って、こういう時だと思う」

 体育会系の山下は顎を摩り微笑んだ。

「俺も命懸けで戦うよ。俺、大学で勉強している。けれど、それは就職をするためなんだ。ノウハウなんかが出てきたら就職できなくなるんですよね? それに日本のためになるし。勝ったら、うんと派手に表彰して下さいね。奈々川お嬢様」

 そういうと、広瀬は頭をかいてはにかんだ。

「私も、実はA区でしがない焼き鳥屋をしているんだけど、来てくれるお客さんはサラリーマンのようにいつもくたびれているよ。そんな人たちのために頑張りたいよ……」

 淀川は少し照れ臭そうに頭をかいた。

「私、頑張ります。私のラーメン食べてくれる人、あまりいませんけど……頑張ります」

 遠山は首を垂れる。

「俺も。コンビニでまだ働きたいからな。それにお客さんのために。・・・奈々川さんのためにもなるんだし……」

 流谷はぎこちなく頬を上気させている。

「奈々川さん。君と出会ってからは俺は変わった。前はB区とA区の人たちの間で命を懸けて働いてきた。本当に命懸けだったよ……」

「でも、その時はどうしようもない憎しみや怒りや不満でいっぱいだった。でも、今はA区の人とB区の人のために、日本国民のためにスッキリした気持ちで何とかしようとしているんだ。本当に俺、変わったよね……。君に出会って本当に良かった。そして、君と結婚ができて本当に良かった。俺は日本の国のために、そして日本国民のためになるなら、俺はこの試合で死んでも……構わない」

 私は少し間を開ける。

 奈々川さんが私を見つめる。

「この試合はそんな俺の人生にとっての契機さ。そして、一つの挑戦の試合なんだね」

 奈々川さんが私に静かに真剣な表情を向けた。

「違います。私と夜鶴さんのための……二人の契機よ。日本の国のために二人で、そしてみなさんと一緒に頑張りましょう。私も夜鶴さんと結婚ができて嬉しかったです……。スケッシーと遊べて、島田さんと弥生さんたちに会えて本当に嬉しかった。私も命懸けで戦います」

 奈々川さんの目には、いつの間にか一滴の透明な宝石が流れていた。それは人間にしか持ちえないはずの宝石だ。

「よーっし、やるぞ!!」

 田場さんはグランドに目掛けて全速力で駆けていく。

「試合再開―!!」

 審判員は叫んだ。

「藤元さん。あなたの役目は島田さんのポジションです」

「ああ、いいとも。僕の本気を見せます」

 藤元は頷いた。

 藤元は大急ぎでロッカールームでユニホームに着替えて、島田のポジションの一塁へと走って行った。

 これで広瀬が三塁。津田沼が二塁。藤元が一塁。満塁だ。

 次は強打者用の訓練を受けている田場さんだ。満塁ホームランを期待したいが、ヒットでも三遊間ゴロでもいい。とにかく当ててほしい。

 

「しょうがない。またデットボールにしないといけないかな」

 矢多部は端末に指を滑らす。

 白衣の研究者たちはシンと静まり返っていた。

「矢多部くん。私は野球を知らないが。デットボールを続けると試合はどうなるんだ?」

 奈々川首相が不思議に思う。

「いや、ははははは。僕もあまり知らないんです。けれど、野球は9人いないと成立しません。この方法で勝ってもいいんじゃないですか?一点を取られてもまた取り返しますし」

 矢多部はそのシミ一つない顔で笑う。

「そういんもんかねー」

 奈々川首相と矢多部の後ろから、合田と奈賀がやってきた。


「ほらー! さっそと投げてこい! 機械野郎!」

 田場さんの怒声が球場に響いた。

 ノウハウが投げた。

 それは、内角高め過ぎて田場さんの肩へと行った。

「フン!」

 田場さんは避けた。

「もう見切ったぜ! 機械野郎!」


「おーっと! 田場選手! デットボールを避けた!!」

 元谷が笑顔で驚いている。

「ええ。これは凄い。デットボールまでも慣れてしまった。Aチームはまるで対ノウハウチームですね」

 永田はそこまで言うと満足して頷く。

「対ノウハウチームですか。これは面白い。……試合続行! ワンボール。ツーアウト。満塁」


「ああー。これも駄目か」

 矢多部は軽く舌打ちをし、

「何か作戦はないかな?」

「えーっと」

 研究者は首を捻る。野球の知識がない人物はこれで三人目。

「あの……。こうなったら、真面目に試合をしてみては?デットボールをしていっても、相手に一点を与え続けますし……。この勝負を……勝つなら、いっそ……」

 もう一人の研究者が進言してきた。若い人だ。

「うーん。それもいいのかな? でも、負けると困るんだ」

 矢多部は首を傾げる。

「うーむ……」

 奈々川首相は頭を捻った。

「それじゃあ……こうしてみようか……。もうできているはずだし」


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