ゴミ捨て
二年後……
愛車を駐車場へと止めると、いつも朝の8時だった。ピンク色のクマのキーホルダーのある鍵を茶色のチノパンから取り出し、アパートの105号室を開ける。
傘立てが占める玄関で作業靴を脱いで部屋へと入ると、冷たい缶ビールをキッチンの冷蔵庫から取り出し、テレビを点けた。
「お早うござます! 云話事町TVです!」
いつもの美人のアナウンサーの声を聞き、ニュース番組が始まる。
背景にはここA区という場所の街並みが見渡せる。
健やかな日差しが降っている。
「今日は晴れ。昨日の曇り空がまだ残っていますが、きっと晴れるでしょうッス! ところで、今日も云話事町A区にお住まいの云話事町新教会の教祖。藤元 伸二さんです。どうぞ!」
「はい。藤元 伸二です。誰か私と一緒に宗教しましょうよー!!」
そう叫んだ藤元は20代半ばで、後ろだけ長い黒髪をしている。前髪は均等におでこで真一文字、色白の肌にメガネを掛けた男だ。背格好は小柄に見える。安物の白いTシャツと黒のオーソドックスなズボンに白のスニーカー。
片手に神社なんかでお祓いをする棒(大幣 だいへい)を持っている……。
「はい! 信者の勧誘はそこまでです!」
美人のアナウンサーが眉間の皺を気に出来ないほどに微笑む。
「だって、誰も入ってくれないだもん。僕の宗教……そんなに不気味?」
藤元は頭を垂れる。
後ろにはちょっとした人だかりが出来ていて、その中から笑い声がする。
「そんなことより!!」
アナウンサーは微笑み。
「今日のお天気は!!」
「きっと、晴れですね。お日様見えますから……」
「今日の運勢は!!」
「はい。昨日の夜空に凶星が有りました。それは、1000年に一度しか見えない星です。みなさん……とても大変な日になります。気を付けて下さい……」
「え!?」
「財布を落としたり……ドブに靴を落とさないようにしましょう。」
「小さい!!」
美人のアナウンサーが手に持ったマイクで、藤元の頭を叩く……。
テレビを消すと、ベットへとダイブしに寝室へと行く。
目覚まし時計を17時にセットする。朝食と昼食は取らない。
「今日もお疲れ様」
そう自分に言い聞かせた。
「わん!」
スケッシーの頭を撫でる。年中発情期な特殊な犬だった。道端でメスとじゃれ合って空腹で倒れていたところを私が助けた。
以来、私に懐いている。
「わん! わん!」
スケッシーが空腹を訴える。
「もうこんな時間か」
私は格安で購入した黒のパイプベットから起き上がり、目覚まし時計を見た。
時間は17時少し前だ。
「腹減ったな」
私は目覚まし時計を消してキッチンへと行き。今朝買ったコンビニ弁当を広げた。
「今日はパスタ」
スケッシーが尻尾を振って私にまとわりつく。
「うん。うまいな」
「わんわ。わん」
スケッシーが床に置いてある。ドックフードの塊に顔を埋める。
いつものテレビゲームをやるため座って本体の準備をした。その間、スケッシーは、テレビに向かって胡坐をしている私の膝の上に寝そべる。
今日は昨日よりもハイスコアを狙いたい。
テレビ画面に見入っていると、電話がなった。
「もしもし」
私は電話の受話器を持ち、片手で銃の形をしたコントローラーを操作した。勿論目線はテレビ画面だ。
「やあ。夜鶴くん。明日の火曜日は休んでくれないか」
工場リーダーの田場さんだ。
「ええ。いいですよ」
私は二つ返事で答えた。当然目線はテレビ。頭の半分はテレビゲームの(ガンシューティングだ)スコアが埋める。
「その日は丁度ゴミの日ですし」
「そうか。我々夜勤隊の天敵はそういったものだよな」
「ええ。毎回苦労しますよ」
「本当にな。でも、やっぱり給料がいいから仕方のないことだよ。じゃ、よろしくね」
「御疲れ様でした」
私は電話を切ると、丁度テレビゲームのスコアが昨日よりも少し上がっているところだった。
しばらくして、ゲームの本体を片づけると、友人の鳥田へと電話した。
「おはようっス」
鳥田がハイテンションで電話に出た。
「なあ夜鶴。今日は何点だ」
「150点。今いいところなんだ。新記録樹立中さ」
「ふえー。俺なんて95点だぜ。よく取れるなー」
島田も同じゲームをやっている。島田との付き合いは2年前からだ。私がリストラになって、B区から家賃の安いA区に来た時に、島田が暴漢と揉め合って銃撃戦になった時に命を助けた。今では恩を感じてくれて一番の友人となっている。島田は生粋のA区という場所の住人だった。
年は私と同じく25歳。
「お前も今週の火曜は休みになったのか?」
私の目線は今やテレビから離れて、膝の上のスケッシーの頭だ。もう今日はこれ以上は得点を取らなくてもいいと判断した。
明日やればいい。
「へ? 火曜か? 俺は出勤だけど」
「そうか」
「なあ。その日に俺のゴミも捨ててくれないか?」
島田は私と同じアパートにいた。青緑荘。それが私たちのアパートの名だ。築10年で全体に緑色がかった建物だ。二階建てで一階に私。二階に島田がいる。その他の住人は日勤なのだろう……あまり出会わないようだ。
一階が1Kで二階が2LDK.島田は結婚している。子供はいない。妻の名は弥生という。
「ああ。いいよ。丁度暇だし。近所にあるゲームセンターで、ハイスコアを目指していると思うよ」
島田は笑って、
「いいねー。俺は休日は弥生とゆっくり過ごしたいからな」
電話を切ると。ゲームを再開した。今度は160点まずまずの点数だ。夕方の18時だ。スケッシーの散歩をしなければ。
夜はいい。
9月の半ばの夜は涼しい。
日中は27度くらいはあるのだが、夜ではすごしやすい気温になる。
途中、スケッシーは野良犬のメスの犬とすれ違うとわんわんと吠え尻尾を振る。
散歩といっても、近所を回るだけ。同じところを3回とぐるぐる。今日はメスの犬には出会わず。スケッシーはがっくりしていた。
「明日は休みか」
私は近所の十字路の右方向。向かいのコンビニから、奈々川さんから藤元さんの道を歩いて、二本目の電柱で必ずスケッシーが小便をして、先のT字路を左上へとぐるっと回って、淀川さんから山下さんの道を通り、十字路の二本目の電柱でまたぐるっと回り、しばらくするとまた十字路が現れ、それを家の方へとぐるっと回る。それの繰り返しだ。
距離はまあまあだ。
スケッシーの散歩が終わると、アパートで支度をして出勤する。今日は銃の手入れはした方がいいのか、しない方がいいのかと思案しながら……。
職場には私の愛車の(スケッシーの絵がドアにある)で、国道を通り1時間。B区のところにある。B区は高級住宅や大きな工場やビルディングのあるところで、A区の中小企業や零細企業など農家や商店街などがある下町のようなところと違って金持ちが圧倒的に多い。
夜風が気持ちがいいので、窓を半開きにして走行していると、対向車がいきなり罵声を浴びせてきた。勿論、A区から来たからだ。A区とB区はかなりの貧富の差があり、それに関係してか昔から仲が非常に悪いのだ。
私は今日は運が悪いと諦めた。
私の職場はB区の奥にあって、A区から来たとしれたら大変なところにポツンとある。毎日通っているが、今のところは罵声くらいですんでいる。が、なかには何年か前に職場のA区に住む一人が銃で撃たれて死亡したというニュースを観た時がある。……金のために働いているがやはり身震いする。今では職場にいるA区の人は私と島田だけ。
「お早う御座います!」
工場に着き。愛車を駐車場の奥の方へと停め、受付にいた仕分けリーダーの田場さんに挨拶をした。
「お早う。今日も頑張れ」
工場は一階建で、私と島田は一番奥のカットされた肉の選別だ。ベルトコンベアーから流れてきて、それぞれのシューターへと肉を流す。
受付は清涼感溢れる白い造りで、右側に事務所があって、左側には着替えをするロッカーと工場の製品管理部。そして、私と島田が働くベルトコンベアーがある肉の仕分け室が奥にある。
「島田は先に行ったぞ。何でも車で走行中に、B区の若いあんちゃんに火炎瓶を投げられたそうだ」
田場さんの声に私はびっくりして、
「え!! 島田は大丈夫でしたか? あいつすぐにカッとなるから」
「うん。まあ。ね、多分大丈夫だ。怒ってロッカールームへと行ったから……」
田場さんは心配な表情というより可笑しいといった顔をする。
田場さんは私と島田がA区なのを知っていて、田場さんはB区出身なのだそうだ。けれども、人柄がいいのでA区の人でも分け隔てがない。心強いA区の私たちの味方でもある。
私はロッカールームで着替えると、島田がいるであろう肉の仕分け室へと急いだ。
ベルトコンベアーは4本あって、20人くらいが間を挟んでいる。肉の仕分けなので、肉を入れるシューターがところどころにある。
肉は牛肉がメインだ。
たまに豚肉や鶏肉が流れてくる時もある。
島田の隣へと行くと。
「あいつ。ぶっ飛ばしてやろうか!」
茶髪で長身の島田が吠えている。均整のとれた顔をしているが、左の目元に青い染みがある。
「大丈夫か?」
肉が均等にベルトコンベアーを流れ、私と島田は慣れた手の動きで肉をシューターへと入れながら互いに顔を見合った。
「ああ。車も無事だ。けど、今度あいつを見かけたら……銃だな」
「ははっ」
「そりゃそうと。好きな人とか特別な人とか……見つけたら? もう結婚してもいい年齢だし」
島田が唐突に言った。その顔は確かに好奇心が滲み出ている。
私は少し考えた。確かに結婚が出来る年齢を満たしているが、かなり深刻な経済的な問題を抱えている。
「いや、今はいい」
私は金のない男だ。
「俺も結婚した時は、すぐに奥さんにも銃を持たせたぜ。お前もそうすればいいんじゃないか?そうすれば安心だし」
島田が珍しい鶏肉をシューターへと入れる。
「俺にはそんな度胸は無いよ。それに、好きな人ならサラリーマン時代にいたさ」
「なら、今からでも遅くはない! 明日の火曜日に会社へゴーだ!」
島田は片手で肉を取り、片手で遥か遠くの会社があるであろうところに指を持っていく。
「あー……やっぱりいいや。明日はゲーセンさ。恋愛よりは安全な刺激的体験をしたいのさ」
私は頭を掻いた。
「つまんない人生だって、俺は思うぞ。やっぱりスリルはあると人生楽しいぞ」
「それはそうだ。けど、なんかこう……。B区の奴らに殺されたら奥さんが可哀そうだし。仕事中だってやばい時あるだろ」
「それでも、結婚するから楽しいんじゃないか?」
田場さんが近くを通る。
「こら、私語は慎め。仕事中だろ。けど、スリルはいいな。俺も好きだぜ。奥さんには奮発してロケットランチャーを誕生日にプレゼントしたんだ。そしたら、喜んでくれて」
田場は35歳の妻帯者で、子供が三人。
がっしりしている体つきの赤いモヒカン頭だ。怒り出すとそのまま怖い顔になる顔だ。
「でしょー。田場さん。俺も子供欲しいな」




