人間性
試合当日。
「皆さん。こんにちはー。ここはB区のスーパーホーン野球スタジアムです。司会は私、元谷 博。と、伝説のホームラン王 永田 翔太です」
ここはスーパーホーン野球スタジアム。
観客席から、司会の元谷と永田は紅茶の入った紙コップの置いてある机に座っている。
元谷は30代前後の髭をきっちりと剃ったメガネ男で、永田はでっぷりと脂肪を蓄えた腹の40代そこそこである。過去の偉業は今では跡形も無い。
「凄い観客数ですねー永田さん。それにテレビ局も……。あ、云話事町TVの美人のアナウンサーだ。私、フャンなんですよ」
「ええ……。これはプロ顔負けになりますよ」
観客席にはB区とA区の人々で盛大に賑わっている。
「なんたって、奈々川首相のお嬢様の人気が凄い! このスタジアムは奈々川 晴美さんの応援に駆け付けた人たちでごった返していますね!」
元谷は面前のマイクを気にせずに話す。
「ええ。そうです。何せハイブラウシティ・Bが今現在進行中ですから、私たちの生活はどうなるのでしょうか?」
「永田さん。あなた野球もノウハウがやるんじゃないかって思ってます?」
「……」
「皆さん。頑張ってください。今は目の前の試合だけに集中して下さい。お願いします」
野球場の狭いベンチで奈々川さんが、私たちAチームに深々と頭を下げた。
私たちはブルーのラインのあるユニフォームを着ている。
「俺、頑張るから」
私は軽く野球ボールを投げる格好をした。
「夜鶴―! 俺一人で何とかしてしてやるぜ!」
島田が吠えた。
「そうだ! 俺も一人で何とかしてやる!」
田場さんだ。
「奈々川さん。俺も微力ながら頑張るよ、必死に」
津田沼は奈々川さんに向かってキャッチャーマスクを被った。
「奈々川さん……」
コンビニの店員だった流谷が頬を赤らめポツリと言った。
「さあ、対するわ。Bチームですね。矢多部 雷蔵さんはきっと、プロの選手を雇っているのでしょうかね?」
観客席の賑わいを気にせず元谷が首を向ける。しかし、Bチーム側のベンチには誰もいなかった。
「さあ、どうでしょうか。対抗するAチームは悪く言うと草野球チームですから、それがプロ野球選手にどうやって戦うかですね」
永田はベンチに誰も座っていないのを不思議がってはいるが、勝負が楽しくなるのではと少しだけ期待をしていた。
「あ!?」
元谷がテーブルに設置してあるマイクに向かって叫んだ。
なんと、Bチームのベンチの奥から9個のピラミッド型の黒い箱が現れ、その箱からそれぞれノウハウが9体歩いてきた。
「なんと、Bチームはノウハウ軍団かー!?」
観客席のVIP室は野球場の三階に位置している。広い一室で、ガラス張りのそこには矢多部雷蔵とボディガードが数十名。それと、奈々川 首相が立って観戦をするようだ。
重厚なガラスにくっついたテーブルには白衣を着た研究者たちが数人、端末でノウハウの状態を綿密に操作や管理をするのに正確に指を滑らせている。
「ノウハウ。以上ありません。プロ野球選手でも歯が立たないでしょう」
研究者の一人が首相に顔を向けて自信のある表情で言葉を放つ。
「矢多部君。ノウハウの宣伝も兼ねてなのかい?」
首相は脂肪を揺らす。
「ええ。この試合が終われば晴美さんと一緒にハイブラウシティ・Bを、何十パーセントも進行出来るでしょうから」
矢多部は白い歯を見せて微笑をした。それは何故だか少し照れ臭いっといった印象を受ける。
「ふふ。試合が終わったら、飲みにいかないか?云話事ベットタウンにあるニューオールロンドへ」
首相は研究者の操作する端末機器を覗きながら、矢多部の方を向いた。
「ええ。僕はジントニックが好きです……。晴美は何が好きなのですか?どうせなら、一緒に飲みましょう。出来れば夜鶴くんたちも誘って」
「晴美は飲めないんだ。弱いんだよ。とっても」
「また、ノウハウだ」
島田がベンチに座ったままノウハウに向かって片手で銃を撃つマネをした。
「あいつらの性能では……」
私はその後の言葉を飲み込んだ。
「夜鶴さん。きっと、ノウハウにも弱点はあります。それを見つければ……」
奈々川さんが優しく微笑んだ。
ここで勝利を得ないと私たちの未来はない。
「みんな。試合を頑張ろう」
私は気を取り直してみんなに言った。
「おおー!!」
私たちはベンチから立ち上がり一斉にグランドへと走り出した。
ノウハウは甘いマスクをしながらグランドの真ん中に音も無く走り出す。
私たち9人とノウハウ9体は審判たちの前に縦に平行して並んだ。
「両者……先攻と後攻はどうする? これよりAチームとBチームの試合を始めるぞ」
複数いる審判の代表が前にでて来た。
私は表情を変えることを知らないノウハウたちを睨んだ。
これが終わったら、人間はどうなるだろうか?人間性と機械どちらが勝つのだろう?
「夜鶴。俺だけでも十分だってこと見せてやるぜ。俺たちが先攻さ」
島田が野球帽を目深に被って見せて、指を遥かなる外野の堀に向けた。そこには何万人もの私たちを応援する観客がいる。勿論、A区とB区の……人たちだ。
「夜鶴さん。私、投げます。後攻がいい」
遠山 紙魚助が後攻をと言ったが、声が小さくて聞こえなかった……。
「では、先攻がAチームで、後攻がBチーム。プレイボール!」
審判がそう宣言した。
バッターボックスに島田が立った。
私たちのメンバー表は奈々川さんが組み込んでいて、貴賓席にいる矢多部に渡した。
打者は1番 島田 二番 田場 三番 私 四番 山下 五番 遠山 六番 淀川
七番 広瀬 八番 流谷 九番 津田沼
守備は、投手 遠山 一塁が島田 二塁が田場 三塁 山下 遊撃手 広瀬 右翼手
淀川 中堅手 私 左翼手 流谷 捕手は津田沼 以上だ。
「オラオラ。さっさと投げねぇか!」
島田がバット片手に吠えた。
重厚なガラスの向こう側では、白衣の研究者たちが端末に滑らかに指を滑らしている。野球ではノウハウの微調整が困難だったようで、こうして即時即時に端末を弄るようだ。
「一回。打たせてみてください」
矢多部が白衣の研究者の一人に言う。
「え……はい。いいですよ」
「どれくらいなのかな。夜鶴くんたちの実力は?」
矢多部は仕事を休んでも忙しい身なのに、呑気に野球観戦をせざるを得ないので、楽しむことにしたようだ。
「晴美の人気が凄い。これが終わったら、そのままハイブラウシティ・Bを進めてもらうのだから。これはこれでいいのかも知れない」
奈々川首相は嬉しそうに脂肪を揺らす。
投手のノウハウが無言で投げてきた。
そのボールは約130キロの球で、私たちが訓練をしたほどの球ではない。
内角低めへストレートだ。
島田は楽に打った。
「おーっと、塀の向こうへと消えるか!! 伸びる伸びる!!」
解説の元谷が叫んだ。
「あ、これは。いけますね」
永田が唸る。
そのボールは塀を越えて観客席の誰かが取った。
ホームランだ。
「やっほー!」
ベンチに座っている私の隣から唯一私服の奈々川さんがメガホンで叫んだ。
「あ、でもこれからだよ。敵はあの矢多部と奈々川首相だし……」
津田沼は慎重な声を発し戦慄した。
私も知っているし、奈々川さんもそうだろう。けど、それでも私たちには得点は何より大切だった。
「ああ。次は俺だ。様子を見ながらだな」
田場さんは赤いモヒカンをいきり立たせて、立ち上がる。
「へー。ちゃんと打てるんだね。これなら本気をだすか」
矢多部は白衣に指示をだした。
それは……。
「晴美も頑張っているようだね。けれど、B区の発展がどれほど大切なのかをまったく知らないのだからしょうがない。子供の頃に反抗期をしなかったからかな」
奈々川首相は頬の脂肪に手を当てて考えだした。
「この試合が終われば考え方が変わると思いますよ。僕の父親の理想はそう簡単には想像できるものではないでしょうからね」
矢多部の無機質な声に奈々川首相は微笑んで、
「君に出会えて本当に良かったよ。私はB区の発展が出来て、矢多部君は父親の理想が成せる。君が敵でなくてよかった……」
「180キロー!!」
元谷がマイクに叫んだ。
「スピードガンが故障したわけじゃないですよね!」
元谷の緊迫した声に、永田は震える声を発した。
「ええ。ここからでもその速さは実感出来ます。これは打てないですね。私たちはノウハウの性能を侮っていたのかも知れません」
永田がふと、貴賓席へと目を向ける。
「ハイブラウシティ・B……。恐ろしいですね。私は単純に安いアンドロイドが私たちの労働を横取りしていくのだと思いましたが。この性能ではどんなに凄い人でも、いや、人間は退場してしまうでしょう」
「永田さん。私たちの生活は根本的に覆されてしまいますね……。一体、どうなるのでしょうか?」
「うーん。この試合は…………ただの試合じゃない……」
永田は視線に嫌でも力が入った。
「そんな……」
奈々川さんが青ざめた。
勿論、ノウハウの性能にだ。
「人間では……勝てないのか……」
私はバットを持ってバッターボックスにのろのろと歩き出す。
途中、成す術なく三振した田場さんとすれ違いざまに、
「夜鶴くん。最初の一点をなんとしても奪われないようにするしかない。そうすれば、勝てる」
田場さんは内心の悔しさを隠して言った。
私は目を見開き投手のノウハウの持つグローブとボールを食い入るように見詰める。
ノウハウがボールを投げた。
内角低めへストレートだ。
ボールが見えない……。
私は三振した……。
「次は俺だな。さて、どうなるか?」
山下はバットを持ちバッターボックスへと行く。
「山下さん。ボールを打とうとしないで下さい。見つめてください」
奈々川さんが、作戦を伝える。
「確かに180キロで打てませんが、何かが見えるかも知れません……」
「解ったよ。お嬢様」
山下は強い精神力によって、立っている。
三球の間は彼は微動だにしなかった。
守備の前に少しだが作戦を練った。
「遠山さん。あなたはストレート以外をなるべく投げてください。恐らくノウハウは確かに性能がいいですけど、変化球には弱いはずです」
奈々川さんが作戦を手短に言った。
「はい。私、頑張ります」
中国人のような話し方をする遠山。実は日本人だが……。
「それと、夜鶴さん。もし打たれても必ずセンターにボールを打つでしょう。その時は頑張ってください」
「解った。君の作戦は何でも正しい」
私が武者震いをすると、
「ちくしょー、次は180キロでも打ってやるぜー!!」
島田が吠えた。
「無理だ。180キロなんてプロ野球選手でも打てないどころか、誰も投げられないスピードだ。ここは、俺が何とかしてやる」
田場さんは赤いモヒカンをいきり立たせ、両こぶしを打合せた。
ベンチでの作戦は恐怖すら漂いそうな状況だが。けれど、私とみんなは黙っているが、島田が入れてくれた一点をどう守るかで勝負が決まるという希望を決して離さなかった。
「おーっと。これは凄い。素晴らしい変化球ですね」
元谷がマイクを気にせずに言う。
「ええ。あの遠山は危険ですね。最初から変化球を投げるのは勇気がいるというのに、楽に投げていますから、以外と強い精神力の持ち主ですよ」
遠山は初めから変化球を投げつける。奈々川さんの指示に恐ろしくシャープな変化球で答えていた。
ノウハウは意志だとか心がないので、当然感情によるミスをしない。三振を振り続けていても甘いマスクが歪むことはない。けれど、矢多部たちは違う。
遠山はフォークやカーブの変化球に速いストレートを混ぜ合わせてある。隠し球は、たまにボールが直進すると、見せかけて急にカーブになる。
チェンジ・オブ・ペースだ。
三週間の血の滲む努力の結果。奈々川さんと考えて生み出した球だ。
「これは、ただの草野球チームじゃないと言ったところですか」
元谷は仕事中だが微笑んだ。
「ふふ。Aチームの……いや、A区の底力とは凄いものですね」




