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7.私だけの勇者

 

 指先から離れて、宙を飛んでくる炎。

 それはきっと、冒険者が魔獣を倒すときに使う火属性の技なのだろうーーおそらく、「ファイヤ」などという名前のついた。


 ところが、エディの腕が未熟なせいで、硬貨くらいの大きさの火がふわふわ浮いて向かってくるだけだったので、およそ迫力はなく、蝶々やトンボでさえも倒せそうになかった。


 しかしーー


「ああっ!」


 生粋の貴族のチャールズ・イーリイ伯爵にとって、卑しい冒険者の技などは、まったく見たことも触れたこともなかったのだろう。そのちっぽけな炎に驚いて、顔を大きくのけ反らせた。


(チャンスだわ!)


 身体を捻って伯爵の腕から逃れた。

 さっと前に飛び出す。そのとき、レヴォワール家の3人の男の姿が眼に入った。


「ジュリア!!」


 デレっとした顔をして、さあ胸に飛び込んでおいでと両手を広げるリカルドお父様、レオナルドお兄様、弟のアンドレア……


 嗚呼。

 私が飛び込みたいのは、あなたたちの胸じゃない。

 それは、私が少女時代からずっと恋焦がれてきた、同い年のエドモンド・アラベスターの胸……


「逃すか!」


 一瞬の迷いが、チャンスを奪った。

 イーリイ伯爵は私の腕をむんずとつかんで引き寄せると、その腕をねじり上げ、お兄様の自動拳銃オートマティックを奪い取った。


「あっ、見たぞ!」


 アンドレアが叫んだ。


「よくもお姉様の腕を痛くしたな! お姉様を愛してるなんて嘘っぱちだ! 化けの皮を剥いだな、このインチキ伯爵め!」


「違う!」


 イーリイ伯爵が、甲高い声で叫び返す。


「お嬢様を絶対に失いたくないからこうしたのだ。これこそ溺愛の証拠だ」


「黙れ、変態貴族!」


 お兄様が、単刀直入な悪口を言った。


「痛くするのが愛の証拠だと? この倒錯野郎。貴様は畜生にも劣るウジ虫だ。今すぐ地獄に堕ちろ!」

「うるさい! 貴様こそ妹を溺愛する倒錯野郎じゃないか!」

「美しい妹を愛して何が悪い! 法律違反か? 妹好きは全員死刑か?」


 伯爵とお兄様の口喧嘩に、父上も参戦した。


「わしは実の娘を本気で愛している。まるで理性を失った獣のようにな。さあ変態か?」


 この問いは、真っ二つに割れた反応を引き出した。


「変態なものですか、お父様。感動しかありません!」

「そもそもジュリアお姉様を愛さないなんて、普通に呼吸をしている男子なら無理なことです!」


 レオナルドお兄様とアンドレアは擁護したが、


「変態に決まってるだろ!」

「そうよそうよ」


 イーリイ伯爵とパトリシアお母様は断罪した。


「何を、変態だと? 怒ったぞ!」


 父上が顔を紅潮させて近づくと、


「動くな、撃つぞ!」


 伯爵が自動拳銃を父上に向けた。しかし、


「撃つなら撃ってみろ! わしは娘を護るためなら、例え7回死んでも7回蘇り、貴様に取り憑いて呪い殺してやる!」


 自動拳銃が火を噴いた。


 父上は尻もちをつき、這うようにして木の陰に隠れた。


「何をしているの、あなた。自慢の回転式拳銃リボルバーがあるでしょ!」


 母上が叱咤したが、


「ジュリアに当たるのが怖くて撃てん……」


 樫の木の向こう側から、弱々しい声が返ってきただけだった。


「ほらどうした? 腰抜け貴族ども」


 伯爵が躊躇なく自動拳銃を連射すると、お兄様と弟も飛び上がって木の後ろに隠れた。


「卑怯だぞ! 正々堂々と決闘しろ!」


 レオナルドお兄様が要求すると、


「嫌だ!」


 イーリイ伯爵が拒絶した。


「お嬢様を抱き締めて、この柔らかい肌の感触を知ってしまったら、もう死ぬまで離せなくなった。このまま連れて地の果てまで逃げてやる!」


 私は必死で抵抗したが、伯爵の力は魔物のようだった。

 恐ろしい怪力で、地面にしゃがみ込んだ私をずるずると引きずっていく。

 しかも片手は、自動拳銃を父上たちの隠れた木のほうに向けて。


(どうしよう。本当に連れ去られてしまう。伯爵の毒牙にかかったら、ひょっとして、私も吸血鬼になってしまうかも……)


 悪い予感に恐れおののいた。

 そのときーー


「トオッ!」


 突然落ち葉が舞い上がり、人間が飛び出してきた。

 伯爵が眼をひん剥く。


 その人間は、奇妙な格好をしていた。

 あえてなのか、それとも本当にお金がないのか、ボロボロの布を身体にまとっている。

 そしてその背中には、どう見ても手作りの、安っぽい感じの大剣を背負っていた。


「勇者参上!」


 その人物は、自らを「勇者」と紹介した。

 伯爵は茫然としていた。

 でも私には、正体がわかっていた。


(エディ。私のために、おかしな変装までしてくれたの? もしかして、私を好きだから?)

 

「覚悟!」


 エディは背中の大剣を抜いた。

 天に向かって突き上げた刃が、銀色に光ったーーたぶん、銀紙を貼ってあるのだ。


 伯爵が自動拳銃をエディに向けた。

 その腕に飛びついた。エディに危害を加える奴は許さない!


「離せ!」


 伯爵が私を地面に突き倒した。


「あっ! よくもお姉様を!」


 木の陰からアンドレアが飛び出す。伯爵の拳銃がそっちを向く。


「トオッ!」


 大剣を大きく振りかぶり、ボロボロの布を翻して、エディが高々とジャンプする。


 伯爵が振り向きざまに拳銃をぶっ放した。

 エディの髪の毛がパッと散った。

 私の理性が吹っ飛んだ。

 

「やめて!!」


 伯爵の腕を両手でつかんで、拳銃を自分の胸に抱えるようにした。

 次の瞬間、銃声が轟いた。



 あ……



 衝撃をまともに胸に受けて、私は倒れた。


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