5.吸血鬼の花嫁?
「どういうことか説明してもらおう」
リカルドお父様に詰め寄られて、レオナルドお兄様が、チャールズ・イーリイ伯爵と決闘するに至った経緯を説明した。
その横でパトリシアお母様が、「まあ、ジュリアのために命を賭けるなんて」などと時折口を挟んだが、すべて無視された。
その最中にーー
「お姉様、ちょっと来て」
3歳年下の弟のアンドレアに、腕を引かれた。
「どうしたの?」
樫の木の陰に連れられたところで訊いた。
「これ」
弟が突き出した手には、小さな箱があった。
受け取って開けてみると、中には石が収まっていた。
その石は、7色の不思議な光を放っていた。
「この石……どうしたの?」
「お姉様にあげる。プレゼント」
「プレゼント? どうして?」
「好きだから」
弟のつぶらな瞳には、涙が溜まっていた。
「朝から晩まで、お姉様のことを考えてる。こんなにも誰かを好きになることって、もう一生ないと思う」
「そんなことないわ。人生は長いんだから、いつか素敵な人に出逢えるわよ」
「ジュリアお姉様より素敵な人? あり得ないよ!」
まるで私が悪口でも言ったかのように、アンドレアはプンプン怒った。
「お姉様は、自己評価が低すぎる。自分がどれだけ魅力的かわかってるの?」
「ごめんなさい。でもあなたは、まだ広い世間を見ていないから」
「見なくたってわかるさ! 貴族学園で男子が騒いでる女の先生だって、お姉様と比べたら全然だもん。ドラゴンとスライム、いや、勇者の聖剣と小人の棒さ!」
「……喩えがちょっと、何言ってるかわからないわ」
アンドレアは15歳だけど、まだまだ少年っぽいところがある。
そう思ったとき、ふとエドモンド・アラベスターの顔が浮かんだ。
(そうだわ。エディなんか、18歳でも本気で冒険者になろうとしてるんだもの。男の人って、きっといくつになっても少年のままなところがあるんだわ)
「ねえ、その石は、いつでも身につけててよ。すごく役に立つから」
光る石に眼を落とした。
「役に立つって、どんなふうに?」
「それはね、魔石なんだ。効果は生命力アップ」
「魔石ですって?」
私は呆れた。
「魔石なんて、どこで手に入れたの?」
「普通に、魔石屋で買った」
「魔石屋……そんないかがわしいところに、1人で入ったの?」
「いかがわしくないよ。勇者っぽい服装の客がいっぱいいたよ」
「貴族の子弟が行く場所じゃないでしょ。あなた、いくら払ったの?」
「これまで貯めてきた、お小遣い全部」
膝の力が抜けて、しゃがみ込んでしまった。
「お姉様どうしたの? 貧血?」
「ううん。貧血じゃないけど、ちょっと眩暈がして」
「あ、ちょうど今、薬草屋で買った薬草を持ってるんだ。あげるね」
「いいわ。それより」
立ち上がって、魔石を箱にしまった。
「これは返品してきなさい。あなた、詐欺師に騙されたのよ」
「そんなことないよ。ちゃんと繁盛してるお店で買ったんだから」
「いいこと。貴族は冒険の旅には出ないの。だから魔石は必要ないの。必要ない人にこんなものを売るなんて、それだけで立派な詐欺行為よ」
「あなたたち、何をコソコソしてるの?」
突然背後から、母上の鋭い声が飛んだ。
「アンドレア。いい加減にジュリアを溺愛するのはおやめなさい」
母上はアンドレアに近づくと、ギュッと抱き締めた。
「ほら。お母さんが溺愛してあげるから。ね? あなたは昔、わたくしのお乳を飲んで、わたくしとお風呂に入ったのよ。したければ、いつでもまたそうしてあげるわ」
「結構です、お母様」
「遠慮しなくていいのよ。わたくしはまだ40歳。お乳だって、少しも垂れてはいませんのよ」
母上は、息子の前で豊満な胸を揺すってみせた。
するとアンドレアは、
「気持ち悪い。この乳モンスターめ!!」
母上を突き飛ばして、そっぽを向いた。
「おい、何をしてる。みっともないぞ」
再び地面に倒れて泥まみれになった母上を冷たく見降ろして、父上が言った。
「レオナルドから事情は訊いた。ジュリアを狙う吸血鬼は殺すしかない。レオナルドが決闘に敗れたら、次はわしが行く」
むしろ、話がややこしくなっていた。
「そうじゃなくて、お父様のお力で決闘を止めることはできませんの?」
父上は首を振って私の懇願を却下し、
「昔わしと一緒に風呂に入り、オムツも替えたお前に懸想する外道は、親子一丸となって成敗する。当然のことだ」
オムツの黒歴史を消せるアイテムがあれば、小遣いを全部はたいてそれを買おう。
「ありがとう、お父様。ということで、ジュリア、拳銃をこっちへ」
レオナルドお兄様が、決闘に使う自動拳銃を返すように要求した。
その瞬間に走った。
この銃は渡さない。
私のために、殺し合いなんかさせない。
貴族のお嬢様で、家族に溺愛されて育てられてきても、反抗するときはするのよ。
「待て、ジュリア!」
振り向かずに走り続ける。森の出口はこっち? 何だか道に迷いそうだけど、足を止めてはならない。ひたすら全力で駆ける。
するとーー
「ほうら、捕まえた」
眼の前に突然男が現れて、私を抱き止めた。
その感触は、ぞっとするほど冷たかった。
「あはは。ニタイの森にレヴォワール家の皆様が入っていくのを見かけて、興味をそそられてあとをつけてみたら、まさか未来の花嫁が自ら飛び込んできて下さるとはね」
男は私の耳に冷たい息を吐きかけて言った。
「王宮の舞踏会でご挨拶して以来ですね、ジュリアお嬢様。無礼をお許し下さい、チャールズ・イーリイです」