表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/40

17.賢者様に狙われた私


 奇術師イリュージョニスト子爵の騒動から、3か月が過ぎた。

 季節は秋。

 愛馬〈ドウティング〉に跨っての、紅葉を眺めながらの中庭の散歩が心地よい。


 ドウティングとは、異国の言葉で「溺愛」を意味するらしい。むろん、名付け親はリカルドお父様だ。

 ちなみにレオナルドお兄様の愛馬は〈オンリーラヴァー〉で、アンドレアは〈ラブパッション〉、父上は〈クレイジーアバウトユー〉である。


「ジュリア!」


 サクラの樹下で〈ドウティング〉を止め、赤や黄色に色づいた葉に手を伸ばしていたとき、パカラッパカラッという馬の駈歩かけあしの音が聴こえてきた。


(中庭で駈歩なんて……せめて速歩はやあしでないと危ないわ)


 猛然と馬を走らせて迫ってきたのは、顔面を紅潮させたレオナルドお兄様だった。


「おまおまおまおまおまおまおまおまおま」


 お兄様が手綱を引いて〈オンリーラヴァー〉を止めた瞬間、私はグーでお兄様の顔面を殴った。

 お兄様は後ろ向きに1回転して落馬した。


「気持ちいい!」


 レオナルドお兄様はすぐに立ち上がり、はしばみ色の瞳をキラキラと輝かせた。


「一度お前に全力で殴られたかったんだ。これで積年の夢が叶ったよ!」


 私は気持ち悪いです、と喉まで出かかったが、何とか堪えて馬から降りた。


「お兄様、落ち着いて下さい。庭で駈歩はいけません」

「待て待て待て待て待て待て。これが落ち着いていらいらいらいらいいらいらいら」


 殴る構えをしたら頬を出してきたので、もう諦めた。


「吃らずに話せませんか? まず何があったかを言って下さい」

「いや、すまん。お前が好き過ぎて、つい」

「ありがとうございます。特に嬉しくもないですけど」

「ゾクッ! さすがジュリア。俺の歓ばせ方を熟知しているなあ!」


 泣きたくなった。

 レオナルドお兄様は、超絶美男子だ。

 それなのに、私を溺愛しているせいで、何かが完全におかしくなっている。

 たぶん誰とも結婚できまい。哀れだ。


「ジュジュジュジュジュジュジュジュジュリア」

「はい、何でしょう?」

「たたたたたたたたたたたたたたたた」

「何が大変なのですか?」

「おまおまおまおまおまおまおまおま」


 すると突然〈ドウティング〉がイラッとした顔をし、後ろ脚でお兄様を蹴った。

 お兄様はまた後ろ向きに1回転したが、今度は「気持ちいい」とは言わなかった。


「うー、効いた。でもお陰で落ち着いたよ。ところでお前は、ノックス大賢者のことは知ってるだろう?」

「ノックス大賢者? あの有名な?」


 お兄様はゴクリと喉を鳴らして頷いた。


「我がアラン王国を訪れて、経済発展のための助言をしてくれているあの【賢者十段】のノックス大賢者が、お前をパートナーにしたいと外務大臣に要求したんだ!」


 意味がわからなかった。


「賢者様のお仕事は、政治関係でございましょう?」

「仕事というか、その突出した知恵を、世界のために役立てるのが役割だ」

「お金を受け取らずに?」

「もちろん、国が謝礼を払ってるさ。しかし我が国が雇っているわけではない。賢者は国を渡り歩く。そうして訪れた国や地方で、もっとも必要なことを教授し、やがてまた旅立っていく。まあ、教えられた知恵を活かせるかどうかは、その国の政治家の力量にかかっているがね」


 話を聞いて、ますます意味がわからなくなった。


「いったいどうして賢者様は、私なぞをパートナーに?」

「私なぞ?」


 レオナルドお兄様が、まるでオーガのような恐ろしい顔をしたので、私は〈ドウティング〉をけしかけるポーズをとって牽制した。


「ジュリア、そう自分を卑下するな。お前の素晴らしさは宇宙よりも偉大なのだから」

「そんなことでいちいち怒らないで。この子が蹴るわよ」


 お兄様は〈ドウティング〉から眼を逸らした。


「しかしなジュリア、この話は本当なんだ。外務大臣の第一秘書が俺の親友で、さっき酒場バーで内密に教えてくれてね。早くお前に伝えなければと急いで帰ってきたんだ」


 首を傾げた。


「だけど私は、政治のことなど何も存じません」

「甘いぞ、ジュリア!」


 お兄様が一歩近づいたので、私は一歩下がった。


「……なぜ下がった?」

「嫌だからです。それより、何が甘いのですか?」

「ジュリア。お前は、大賢者の知恵を甘く見過ぎている」

「どんなふうにですの?」

「ノックス大賢者の考えていることは、つまりーー」


 お兄様は声を潜めて、


「世界一の美女は国を滅ぼすこともある、という昔からよくある事例だ」


 と言い、真っ直ぐに私を見た。


「はあ?」


 拍子抜けした。


「そういう昔話は聞いたことがありますけど、私はだいいち、世界一の美女なんかじゃありません」

「それが卑下だと言うのだ! お前は世界一どころか宇宙一……あ、蹴らないで」


 頼みも虚しく、〈ドウティング〉の蹴りが見事に腹に決まった。


「ぐふっ! でもそれ以外に考えられない。きっと大賢者は、アラン王国を訪れてから美女のことを調べ、お前が国を滅ぼす逸材であることを見抜いたのだ。だからこそ自分のパートナーに指名して、身近に置いておき、国を滅ぼさないように監視することにしたのだろう」


 お兄様はそう言うなり、〈オンリーラヴァー〉に飛び乗った。


「さあて、こうしちゃいられない。ジュリアを奪われてなるものか。例えアラン王国が滅びようとも、溺愛する妹は渡さない! 親友の秘書に掛け合って、外務大臣を動かし、ノックス大賢者には諦めていただく!」


 私の返事も待たずに、お兄様はパカラパカラと馬を駈歩かけあしで行かせた。


(諦めていただくって……そもそも王に知恵を授けるような方が、お兄様の言うことなんて聞いて下さるかしら)


 ため息をついた。そして、愛馬の艶の良い焦茶色の背中を撫でた。


「ねえ、ドウティング。賢者様に呼ばれたら、私は行くべきかしら? もし嫌でも、断わることはできるかしら?」


 すると〈ドウティング〉が私のほうに顔を向け、言葉を発した。


「大変なことになったなあ、ジュリア」


 私は腰を抜かした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ