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14.墓場荒らし


 あなたたちを消すーー


 デイビッド・フーディエ子爵の「予告」は、あたかも無名戦士の墓場を、一瞬にして真夏から真冬へと変えてしまったようだった。


 リカルドお父様とレオナルドお兄様と弟のアンドレアが、身体を抱いてガタガタと震え出した。


「待て、早まるな! 消さないでくれ!」


 と、父上が涙混じりに哀願した。


「わしは娘を溺愛している! しかしまだ溺愛し足りない。だからわしをこの世から消さずに、もっともっと溺愛させてくれ!」

「お言葉ですが、お父様」


 レオナルドお兄様が、歯をガチガチ鳴らして割って入った。


「俺はジュリアを、お父様の1000倍溺愛しています。だから俺は、お父様の1000倍消えたくありません!」

「お兄様」


 弟のアンドレアも、真っ青な唇で言い募った。


「僕はお兄様の、1万倍お姉様を愛しています。そしてこの愛の強さには、魔王のどんな術も勝てないと信じています!!」

「フフフ」


 フーディエ子爵が、自信たっぷりに笑った。


「なるほど。愛に勝てる魔術はないか。ではこいつはどうかね? 消えます消えます」


 そう言うと、子爵がパチンと指を鳴らした。

 と同時に、アンドレアがスーッと消えた。


「アンドレアちゃん!!」


 パトリシアお母様が絶叫し、白目を剥いて失神した。


 フーディエ子爵の腕の中で、私も気が遠くなった。


(どういうこと? ここには人が隠れられるような場所はない。20メートルほど向こうに慰霊塔があって、あとはただ、四角い石が敷き詰められた舗道と、何千という戦死者を埋めた広大な土地が延びているだけ……)


「ア、ア、ア」


 レオナルドお兄様が、震える指を子爵に突きつけた。


「ア、ア、アンドレアを、どこにやった!」

「さあ、どこでしょう?」


 子爵の声を、私はどこか遠い世界から聞こえるもののように聞いた。


「あなたもそこへ行けばわかるでしょう。消えます消えます」


 子爵が指をパチンと鳴らすと、レオナルドお兄様も消えた。


「貴様あ! 馬鹿野郎、死ね!」


 父上が逆上して、公爵らしからぬ汚い言葉を吐いた。


「息子は消えたくないって言ってるのに、あっさり消しやがって。魔王には血も涙もないのか!?」

「魔王……」


 フーディエ子爵が、ふと口をつぐんだ。


「さっきからあなたたちは、私を魔王と呼ぶ。私のことを、本当に魔王と思っているのですか?」

「ち、違うのか?」

「さあて、どうでしょうね」


 子爵ははぐらかすように言った。


奇術師イリュージョニストデイビッド・フーディエは、果たして人か魔か。確実に言えることは、私のお観せするイリュージョンは、とても人間業ではないということです。フフフ」

「ではやっぱり」


 父上は後退あとじさった。


「魔王なんだな。わしも消すつもりか?」

「いいじゃないですか。つまらないこの世の日常に、どうして執着するのです? こんな世界からはさっさと消えて、フーディエの提供するイリュージョンの世界で遊んだほうが絶対に楽しいですよ」


 父上が尋ねる。


「そのイリュージョンの世界とやらには、何があるんだ?」

「不思議で素敵なものばかりです。例えば私が過去に消した4頭立ての馬車、象の親子、水槽のイルカ、管弦楽団、エッシャー塔、豪華客船キャサリン号、舞台に集まった観客たち。これらが日夜、わずらわしい現実から解放されて、自由に遊び回っている世界です。どうです、あなたも私の手で消されたくなったでしょう?」

「おかしなことを言うな!」


 父上が怒鳴る。


「エッシャー塔がどうやって遊ぶ? それに塔も船も観客も、貴様はまた元に戻したじゃないか。それが別の世界にあるとはどういう意味だ?」

「行けばわかりますよ。そしてあなたはきっと、もう帰りたくなくなりますよ」


「冗談じゃない!」


 父上は悲鳴を上げた。


「わしには財産も城もある。名士としての地位もある。そして何より、溺愛するジュリアがいるのだ。絶対に、よその世界になど行きたくない!」

「それは残念です。では、お嬢様が消えるところを、どうぞご覧になっていて下さい」

「コラッ、魔王!!」


 父上は唾を飛ばしてわめいた。


「ジュリアがこの世からいなくなったら同じことだ。ジュリアのいない世界に誰がいたいものか!」

「わかりました。ではひとまず先に行っていて下さい。消えます消えます」


 フーディエ子爵が指を鳴らした。

 父上は、煙のように消えた。


「やっと静かになりましたね、お嬢様」


 子爵の熱い息が、首すじにかかる。


「さあ、いよいよイリュージョンの本番です。消えるのは、何と言っても美女でなくてはなりません。あなたなら完璧だ。理想だ。どうか良きパートナーとして、私に消されて下さい。よろしいですか?」


 身体は痺れたままだった。


(ここへ来るまで、フーディエ子爵の奇術には必ずタネがあると思っていた。でも眼の前で見ると、その確信は変わった。これにタネはない。まさしく魔術だ……)



 私は消される。

 まだ18歳で、恋も知らないというのに。



 デイビッド・フーディエ子爵のマントに包まれて、子猫のように震えている私。

 先に消されてこの世からいなくなった、父上とお兄様と弟。

 それを目の当たりにして、気絶してしまったお母様。


(最悪のシチュエーションだわ。お願い、神様。この状況からどうか救い出して!)


 どうしていいかわからず、思わず必死に神頼みをしたとき、奇跡が起こった。


 私から見て右手のほうの地面ーー戦死者が埋められている土地から、突然ぬっと足が生えたのだ。

 その足は、まるで恐竜のような特徴的な形をしていた。


(あれは!)


 間違いない。

 エドモンド・アラベスターーーエディがエミューの術を使ったのだ!

 

(エディは、「お前を消させはしないとフーディエに告げてくる」と言っていた。だから、子爵のあとをつけて無名戦士の墓場まで来て、地面に潜んだのね。ひどく冒瀆的で、無神経な隠れ場所だと思うけど、とにかく冒険者に憧れているからこそできる技だわ)


 地面から生えた足は、勝利を確信したかのように、器用にVサインの形をつくった。

 子爵はまだ、それに気づいていない。


「フフフ。心の準備はよろしいですかな? 消えます消えまーー」

「救けて!!」


 エミューの足を見て勇気づけられた私は、ようやく声を出すことができた。


 次の瞬間ーー

 地面が割れて、眼を怒らせたエミューが飛び出してきた。


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