13.子爵の異常な愛情
「魔女を呼び出す別の方法を考えよう」
リカルドお父様がレオナルドお兄様にそう言って、2人で何やら相談が始まると、
「お姉様、ちょっと」
アンドレアが私の腕を引いた。
「どうしたの?」
慰霊塔の陰に連れられたところで、私は訊いた。
「生贄になるのをやめたから、これあげる」
弟が突き出した手には、小さな箱があった。
受け取って開けてみると、中にはネックレスが収まっていた。
そのネックレスは、7色の不思議な光を放っていた。
「これ……どうしたの?」
「お姉様にあげようと思って、プレゼントを買ってあったんだ」
「プレゼント? また?」
「だって、大好きなんだもん!」
弟のつぶらな瞳には、涙がいっぱいに溜まっていた。
「そのネックレスは、いつでも身に着けててよ。すごく役に立つから」
「役に立つって、どんなふうに?」
「それには魔力が封じ込められているんだ。効果は魔術無効。相手の魔術攻撃がすべて効かなくなる」
「魔術ですって?」
私は呆れた。
「誰が私に魔術攻撃をするっていうの? だいたいこんなもの、どこで買ったの?」
「この前、生命力アップの魔石を買ったのと同じ魔石屋」
「……で、いくら払ったの?」
「お母様にねだって戴いた、お小遣い全部」
頭を押さえた。
「お姉様どうしたの? 頭痛?」
「ええ、そうよ」
「ちょうど良かった。薬草屋で買った薬草を持ってるからあげるね」
「いいわ。それより」
ネックレスを箱にしまった。
「返品してきなさい。あなた騙されたのよ」
「そんなことないよ。同じものを買ってる冒険者のお客さんがたくさんいたよ」
「いいこと。貴族は冒険の旅には出ないの。必要ない人にこんなものを売るなんて、立派な詐欺だわ」
「あなたたち、何をコソコソしてるの?」
突然背後から、母上の鋭い声が飛んだ。
「アンドレア。いい加減に目を覚ましなさい。いくらジュリアを溺愛しても、一緒にお風呂にも入ってくれないのよ」
母上はアンドレアに近づくと、ギュッと抱き締めた。
その瞬間、
「気持ち悪い。この化け物!」
母上を思い切り突き飛ばした。
「おい、何をしてる?」
地面に大の字に倒れた母上を冷たく見降ろして、父上が言った。
「レオナルドと話し合って決めた。生贄を捧げる代わりに、慰霊塔に生き血を注ぎかけてみようと。そうすれば、魔女が出てきてくれるかもしれん」
「生き血ですって?」
母上が飛び起きた。
「あなたたちは、どうしてもアンドレアちゃんを傷つける気なの?」
「アンドレアじゃない。お前さ」
父上が、ニヤリと唇の端を上げた。
「男よりも、女の血の方がいい。絵になるし、ほら、女は血を流すのに慣れてるからな」
「何てことを……」
母上が、じりじりと後退った。
「わたくしは嫌です。そんな、血を注ぎ出すだなんて」
「お前はどうしてそう我儘なんだ。コラッ!」
父上が顔を真っ赤にして拳を振り上げた。
「ジュリアを救うためだぞ? 喜んで死んだっていいくらいだ」
「よくありません! 絶対に嫌っ!!」
「ならば力ずくで、生き血をもらうまでだ!」
母上が逃げた。
追う父上。
「やめてっ!」
私は叫んだ。
「魔女なんて本当にいるの? いなかったらどうするの?」
「それを試すための生き血だ。おい、逃げるな!」
父上と母上のあとを、レオナルドお兄様とアンドレアが追う。私もその後ろを走った。
するとーー
「ほうら、捕まえた」
眼の前に突然男が現れて、私を抱き止めた。
いったいどこから出現したのかーーそれは、まるで不思議な奇術を観るようであり、そしてその男は、奇術師がよく着る黒いマントを羽織っていた。
「あははは。無名戦士の墓場にレヴォワール家の皆様が入っていくのを見かけて、興味をそそられてあとをつけてみたら、まさか私が消すと予告したお嬢様が自ら飛び込んできて下さるとはね」
風が吹いてマントが翻ると、血のように真っ赤な裏地が見えた。
「ジュリアお嬢様。あなたの美貌は噂通りだ。どうか私に消させて下さい。申し遅れました、デイビッド・フーディエです」
デイビッド・フーディエ子爵ーー
人呼んで、世紀の奇術師。
消失マジックの腕は世界一。また彼は、美人の噂を聞くと、どうしても会って消したくなってしまうのだという……
「ジュリアお嬢様。私は、あなたに一目惚れしてしまいました」
私の耳元で、甘く囁きかけるように言う。
「嘘ではありません。あなたと婚約したい。あなたが欲しい。あなたを消したい。ああ、どうか私の好きにさせて下さい」
異常だ。
このアラン王国でもっとも有名な奇術師は、異常者だった。
やることも、言っていることもおかしい。
まさに理解不能。
(もしかしたら本当に、フーディエ子爵は魔王か何かなのかもしれない)
そんな凶々しい空想に怯えていると、
「おや、震えてますね? でも安心して下さい。私の妻になったら、毎日最高に愉しい夢を見させてあげますよ」
子爵の声には、奇妙な安心感があった。
ステージで美女を毎日のように消しているせいだろう。女性がすっかり身を委ねることが、子爵にとっては当たり前の日常であり、その自信が伝わることで、女性はなおさら身を委ねやすくなるのだ。
(どうしてだろう。フーディエ子爵から逃げたいのに、逃げられなくなっている)
そうだ。
家族以外の男性に身体を触られたのは、あのチャールズ・イーリイ伯爵に捕まって以来のことだ。
男性に慣れていないせいで、心臓が早鐘のように打っている。
こんなに速く心臓が動いたら、死んでしまうのではないかと思うくらいに。
嗚呼……
どうして?
どうして私は、こんなにドキドキしているの?
まさかだけど、異常者の子爵を好きになってしまったの?
そうじゃなかったら、もっと本気で抵抗しているはずよ。
「ジュリアお嬢様。どうか結婚して下さい」
デイビッド・フーディエ子爵の、男性的な自信に溢れた声が耳をくすぐる。
「私はもう、他の女性は消しません。あなただけを消します。さあ、私と一緒に世界を周りましょう。そして世界中の人々を、イリュージョンで愉しませるのです」
返事はできなかった。
身体が痺れて、首を振ることもできなかった。
ただ勝手に、涙が流れた。
何の涙だろう?
自分の心がわからない……
「そ、その魔の手をジュリアから離せ! 魔王!」
父上が、真っ青な顔で怒鳴った。
「まままままままままままま魔王! けけけけけけけけけけけけ決闘だ!!」
お兄様も震えながら叫んだ。
「お、お、お姉様に何をする! ぼ、ぼ、僕が相手だ!!」
弟も顔を引きつらせて吠えた。
「おやおや。邪魔な人たちですね」
フーディエ子爵が、私を抱く腕に力をこめて言った。
「では仕方ありません。まずはあなたたちから、消すことにしましょう」