第8話「孤児」
トルシェさんの計らいで、食事を振る舞って貰えることになった俺は、応接室から食堂へと移動することになった。
ちなみに、服も替えのものを用意してくれた。
何から何まで至れり尽せりだ。
食堂への移動中、廊下から幾つかの部屋が見える。
換気のためなのか、各部屋のドアが開いていたので、俺は興味津々に中の様子を見回していた。
各部屋から受ける印象は、俺がゲーム制作時にPC画面から受けていたモノとは、微妙に違う。
何というか……そう、生きているのだ。
タンスや椅子の並びの微妙なずれ。
過ごしやすいように考えて置かれている家具。
機械によってパターン化されたものでは決してない。
何気ないごく当たり前の部屋の様子に、
妙に現実感を感じながら、
トルシェの後について行く。
廊下を一番奥まで行って、突き当たりの扉を開くと、食堂に着いた。
食堂の中はかなり広く、30人は裕に入りそうだ。
食卓が3つ並んでおり、一番奥にダイニング式の厨房がある。
俺はその手前の食卓に案内され、席についた。
「すぐに用意するからね!」
そう言うと、トルシェさんは厨房に向かった。
ちなみに、フィンは仕事があるのか、別の部屋に行って今はいない。
待つこと、数分。
待望の食事がやって来た。
ななめ切りにされて並んでいる香ばしいパン。
栄養満点の野菜たっぷりスープ。
元の世界なら、なんて事のない食事だっただろう。
このくらいなら、ちょっとお金を出せば、いつでも食べられた。
だが、今の俺は一文なし。
転生してから初の食事だ。
「トルシェさん、ホントにありがとうございます!
いただきます!!」
「どうぞ、召し上がれ。」
挨拶を済ますと、パンを取り、ゆっくりと口に運び、頬張った。
……。
うまい。
うますぎる。
「……生ぎでてよがっだぁあー!!!」
俺はそう叫ぶと、一気にがっつき、
残りを一瞬で平らげてしまった。
すると、その様子を暖かく見守っていたトルシェが声をかけてきた。
「ふふふ。おかわりもいりますか?」
「はい、お願いします!」
結局、俺は3回おかわりをしてやっと満足した。
と、そこで、空腹が満たされた俺は、トルシェさんに聞くべきことがあるのを思い出した。
「…あのー、ド忘れしてしまったんですが、
今年って何年でしたっけ?」
そう、いったい今がいつなのか。
いきなりの転生で、そんなことさえ分からずにいた。
「ふふっ。わかる!
たまに忘れちゃいますよね?」
「…え、ええ。そうなんですよ!」
うむ、分かっていただけて有り難い。
いや、ホントに。
「聖暦9985年よ。ちなみに日付は6月8日ね。」
「…ああ、そうでした!ありがとうございます!」
俺は取り繕いながら礼を言うと、考え始めた。
聖暦9985年———
メガトラオムを新規プレイする場合、聖暦9993年の時点で始まる。
つまり、今はゲーム開始時点の8年前。
思ったより、かなり前だった。
そして、この年は戦争が起きる年だ。
バリエッタ王国と神聖大魔王国の間では、小規模な戦が頻発しており、このヴェルニカは最前線なので、戦争自体は珍しくない。
だが、この年の戦争はかなり大きな規模のものになり、これ以降5年に渡って激しい戦争が続くことになる。
それが後々のゲーム本編に影響を及ぼすことになるのだ。
なんとも、物騒なタイミングに転生したものだ。
ちなみにメガトラオムでは、プレイヤーが使うキャラを選べるようになっているのだが、その数はなんと472人を数える。
何せ、26年もかけたのだ。
設定作りには命をかけたと言ってもいい。
もちろん、この472人の設定はめちゃくちゃ作り込んだ。
その中には、この戦争に関係しているキャラも多い。
言ってみれば、歴史の分岐点。
もしも俺を転生させた存在がいるとすれば、狙ったのかと思いたくなるようなタイミングだ。
今が6月8日らしいから、戦争が始まるまでの期間は3ヶ月。
自分の身を守るためには、それまでに十分な強さを身につけるか、遠くに逃げるしかないな。
と、そんなことを考えていると、ドタバタと廊下を走る音が近づいて来て、扉がバンッと勢いよく開かれた。
「トルシェー!!腹へったー!!!」
細身の小さな体に、赤髪、短髪のツンツン頭。
活力に満ちた目のついた顔は、
生気が溢れ出している。
元気の良い少年だ。
「アイン!
まずは『ただいま』っていつも言ってるでしょ?!」
「たらいまー」
「はい、おかえりなさい。」
きっと、いつものことなのだろう。
流れるようなやり取りである。
「ねぇ、今日のごはんなに?!」
「ふふんっ。今日はシチューよ!」
「よっしゃあ!!」
きっとシチューは好物なのだろう。
得意げに言ったトルシェの返答に、赤髪の少年はガッツポーズを決めていた。
うむ。
微笑ましいやり取りである。
「ねぇ、オッサンだれ?」
「……む?」
赤髪の少年は、当然のように居座っていた俺に興味を向けた。
「アイン!そんな言い方しないの!
失礼でしょ?!」
「オジサンだれ?」
「『お兄さん』!」
「おにーさんだれ?」
いや、まぁ、裏ワザで改変したから
17歳になっているが、
中身は43のおっさんである。
「オッサン」で間違いない。
「俺はソージだよ。
大怪我で死にかけてた所を、
トルシェさんに救われたんだ。」
「あぁ、フィンがやってくれたんだろ?
ふふんっ。凄いだろう、ウチのフィンは!」
アインは誇らしげに言った。
「ソージは、何で怪我してたんだ?」
「ああ、旅をしていた所を、
盗賊に襲われてしまったんだよ。」
「盗賊?!すげー!!どんなだった?!」
これは嘘だ。
実際は盗賊なんかより、もっと恐ろしいやつらだった。
しかし、少年は目を爛々と輝かせて、食いついて来る。
「ははっ。問答無用で殺されかけただけさ。
そんないいものじゃないよ。
会わないに越したことはない。」
「くぅおお!ソージ、カッケーぜぇ!!」
うん、少年というものは、危険なものに惹かれる生き物だ。
それは、この世界でも変わらないらしい。
『ただいまー!』
「みんな、おかえりなさい!」
と、そこで再び扉が開いて、ぞろぞろと子供達が入って来た。
活発そうな金髪の少女。
ずんぐりとした体格の獣人族らしき少年。
深緑色の髪にまん丸のメガネをかけた少年。
白髪の間から小さな角が生えた少女。
個性的な外見をした4人の子供たちだった。
「見て!何かオジサンがいるわ!」
「おー、ホントだ。オジサン新入りスタッフ?」
「ふむふむ。今度の新入りは随分と若いですね。」
「…」
「こら!『お兄さん』よ!」
「ははは。トルシェさん、俺は気にしませんよ。」
子供たちは、こちらのペースなど気にしない。
勝手に新入りスタッフということで話が進んでいく。
いや、そのうち一人は、無反応で特に興味を示していないようだが。
「オゥ、お前ら!
コイツはソージ。
新入りじゃねぇぞ!
盗賊と戦った男だ!!」
うん、正しくは襲われただ。
戦ったに変換されている。
これが子どもというやつか。
「え?ホントに?!」
「おー、そいつはスゴイ。」
「むむ。さてはソージさん、冒険者ですね。」
「……」
「ふふん。オゥ、お前ら!
ソージと盗賊の戦いについて
聞きたかったら、静かにしやがれぃ!!」
ちょっと早くみんなより俺と出会っただけなのに、アインはなぜか誇らしそうだ。
「ふふ。ソージくん、子供たちの相手をしてくれる?」
トルシェさんに頼まれた。
そういえば、フィンさんにもさっき頼まれたな。
子どもの遊び相手というのは貴重なのだろう。
俺は元々、子供好きだし、
この後用事があるわけでもない。
何より、お世話になった2人の頼みだ。
断る理由はない。
「トルシェさん、もちろんです!
俺、時間は有り余ってるんで!!」
「なんだ、ソージ、ニートだったのね。」
「おー、そうだったのか。」
「む。冒険者じゃありませんでしたか。
予想が外れてしまいましたね。」
「……」
「だまれ、キサマらぁ!」
「きゃあ〜!ニートが怒ったー!」
「オゥ、お前ら!
ソージを舐めてんじゃねーぞお!?」
アインだけは俺の味方についた。
どうやら、盗賊の話で余程俺のことを気に入ったらしい。
とりあえず、俺は全力で子供と遊ぶ時のモードに入った。
いつものアレだ。
「ククク。
キサマら、この俺を愚弄するとはいい度胸だ。
覚悟はできてんだろうなぁ?
いいだろう。全員まとめて相手してやる。
表にでやがれ!!」
「キャハハ!ソージ、おもしろ〜い!!」
「おー、なかなか珍しいやつだな。」
「…。どうやら、ソージさんはニートに加えてキチガイのようですね。」
「……」
と、まぁ、こんな感じでグラウンドに出ることになり、日が暮れるまで子供たちと遊んだ。
アデルフォス孤児院には、子供たちが全部で25人いて、遊んでいるうちに、続々と色んな学校から子供達が帰って来た。
「魔法学校」や「冒険者養成学校」など、一人一人の適正や志望に合わせた、学校に通っているらしい。
特に「軍人学校」に通う子が多いとのことだった。
ヴェルニカ自体が、軍人で栄える街だからだろう。
ちなみに、最初に帰ってきたアインを含む5人の子達は、冒険者養成学校に通う子達らしい。
5人の名前は次の通り。
元気な金髪の生意気娘は、人族のシェーラ。
「おー」が口癖の牛の獣人族、トポ。
分析好きの少年は、魔人族のセロリ。
白髪の大人しい鬼人族の少女マーシュ
盗賊大好きマンのアインは、鉄人族だ。
彼らとチャンバラごっこをしたのだが、冒険者養成学校に行ってるだけあって、みんな強かった。
まだ、【無職】の俺はフルボッコ。
奴らは遠慮なしに魔法や、攻撃をぶっ放して来やがったから、フィンさんにもう一回治癒してもらわないといけない所だった。
まったく、子供とは加減を知らないものである。
ちなみに、俺が隠しキャラとして作ったアデルフォス孤児院の子供たちは、8年後のもの。
だから、ほとんどいなかった。
というのも、この街には、3ヶ月後から始まる5年間の戦争によって戦災孤児が溢れることになるのだが、俺の作ったキャラはその中に沢山含まれているのだ。
とはいえ、あの5人の中に孤児院の卒業生として作ったキャラが1人だけいた。
分析大好きメガネ魔人少年のセロリである。
彼は卒業後も、よく孤児院を訪ねては食べ物を差し入れる、心優しいやつなのだ。
そして、素晴らしい【特性】を持っているが活かしきれていない。
主人公と関わる中で、それが開花するわけだ。
何はともあれ、子供たちと遊び終えた俺は、結局夕食も一緒にご馳走になった。
異世界に来て初めての街は、随分と騒がしいスタートだった。
しかし、その分、楽しくもあった。
元の世界でも、俺は子供好きだったが、子供と遊ぶ機会など独身中年男にはなかなかないのだ。
傷も治癒し、幼い活力にふれて、さらには食事もご馳走になって。
俺は明日からの、異世界生活にますますやる気が漲ってきた。
帰り際、アインとトルシェ、フィンの3人が玄関まで見送りに来た。
「オゥ、ソージ!また、来いよ!!」
「ソージくん、今日は本当にありがとう!」
「ぜひ、また来てね。」
「いえ、こちらこそ、
何から何までありがとうございました!
アインも楽しかった、ありがとうな!」
俺は3人と挨拶を交わす。
すると、アインが徐ろに口を開いた。
「ねぇ、トルシェ!
門までソージに着いてっていい?!」
すると、トルシェは何かを悟ったように優しい表情でアインを見つめると、俺の方に了解を求めてきた。
「ソージくん、いいかな?」
「ええ。そのくらい、構いませんよ。」
「おっしゃあ!!」
俺はアインと2人で家を出た。
すっかり暗くなった小さなグラウンド。
門まではそう遠くない。
こんな僅かな距離を惜しむほどに懐いてくれたことが、少し嬉しかった。
「…ソージ。」
「…どうした、アイン?」
ところがアインは、それまでと打って変わって、えらく真剣な調子だった。
「…また、来いよ。」
ああ、そうか。
こんな元気だから、つい忘れてしまいそうになるけど、この子は孤児だった。
親に捨てられたか、あるいは死んだか。
戦争の多い都市だから、戦いに行ったきりなんてこともあるかもしれない。
俺も成人してからではあるが、若くして両親を失った。
だから、ほんの少しアインの気持ちがわかる。
きっと、アインの中では大人は帰って来なくなるのが常識なのだろう。
そう思った俺は、勤めて明るく振る舞った。
「なんだ、小僧よ。寂しいのか?
クククッ。
案ずるな!
この俺は必ず再び舞い戻り、
キサマとの遊戯に戯れると約束しよう!!」
「…!うるせェ!
別に俺は寂しくなんかねェよ!!」
「恥じるでない!
案ずるな。
この俺様との別れを惜しむのは、
全人類にとって当然の反応なのだから!!」
「あー、真剣に話して損したぜ。
ソージはマジでイカレてんな。
……まあ、ちゃんとまた来るならいい。」
アインはそう言うと、安心したのか、また元気に喋り出した。
玄関から門までの、短い距離。
あっという間の時間は、俺に大切な何かを思い出させてくれるような、そんな瞬間になった。
門に辿りつき、別れ際に今度は俺が真剣な調子で言った。
「…アイン。また、絶対来るからな。」
「オゥ!いつでも来いよ!!」
しかし、転生初日は散々な目にあったが、
いわゆる城塞都市ヴェルニカでの初日は、
心温まる1日になったものだ。
そんなことを考えて、歩いていく内に俺はあることに気がついた。
「…あ、俺、帰る家なかった。」
とりあえず、明日は金を稼ごう。
つづく
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※補足(新キャラ一覧)
【アイン】
人族(鉄人族),13歳,男
赤髪短髪のツンツン頭
細身で小柄
ガキ大将気質
【シェーラ】
人族,11歳,女
金髪
元気な生意気娘
【トポ】
獣人族(牛人族),9歳,男
黒髪。ジャイアンみたいな髪型。
ずんぐり体型。
いつも淡々としている。
「おー」が口癖
【セロリ】
魔人族,男,9歳
深緑の短髪。坊ちゃんヘア。
大きな丸眼鏡。
分析好き少年。
ソージが孤児院の卒業生として作ったキャラ
【マーシュ】
鬼人族,7歳,女
綺麗なまっ白の髪、ショートボブヘア。
(銀髪と言ってもいいかも)
おでこから小さな一本の角。