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第6話「城塞都市ヴェルニカ」

 さて、この世界には大きく分けて4種の人類がいる。

 人族(ひとぞく)魔人族(まじんぞく)獣人族(じゅうじんぞく)妖人族(ようじんぞく)(エルフ、ドワーフ、龍人などの妖精人種)の4種だ。


 厳密には屍人族(しびとぞく)と呼ばれる種族もいるが、奴らは悪魔が造りだした異形の種族なので人類としては認められていない。


 で、この四種族は基本的にはそれぞれの人種に応じて領域を棲み分けているのだが、この中央大陸のど真ん中に位置するバリエッタ王国だけは、世界で唯一の全人種が共存する国なのだ。


 一方で、バリエッタの隣国、神聖大魔王国エルモラールは、魔族至上主義で他種族を嫌悪していることもあり、両国の間には戦争が尽きなかった。


 そのため、バリエッタは神聖大魔王国エルモラールとの国境沿いに、山に面した堅牢な城砦都市を築いた。



『城砦都市ヴェルニカ』



 これが、俺が向かっている街だ。


 兵士や傭兵を中心に栄えるこの街は、

 彼らの欲求を満たす娯楽が発展している。

 南の方は海にも面していているため、

 海路での貿易も盛んだ。

 国としても重要な軍事拠点ということもあり、

 税金も大幅に投入されており、

 バリエッタ有数の大都市だ。


 そんなヴェルニカの街に入るためには、2つのルートがある。


 1つは砦から入る正規ルート。

 ただし、今回はこれはパスだ。


 なぜなら、俺がいる場所からは遠回りになる。

 しかも突然の転生で、俺は自分でも自分の状況がわからない。

 国にも所属しておらず、身分を証明できるものもない。

 そのため、入国審査は不安なのだ。


 結果、険しい山道を抜けて国境を越える2つ目のルートを選んだ。



 ゴツゴツした岩山を進んでいく。

 時折、魔物に出くわすと《生還者》を利用したレベル上げを行い、既に【無職】はLv.100となりカンストしていた。

 ヴェルニカに到着すれば初めての転職が出来る。

 今から楽しみだ。

 

 険しい道のりは、負傷している体にはキツイ。

 だが、視界を埋め尽くす絶景が、疲れを忘れさせてくれた。

 山から一望できるのは、魔人族の領地。

 眼下に広がる広大な緑と、透き通るような川。



(ホント、よくできてるなあ)


 まさに自分が意図した通りに配置されている地形。

 それでいて、自分が作ったグラフィックを遥かに超えて繊細で、鮮やかに広がる景色。

 その嬉しさと感動。

 

 景色そのものの純粋な美しさが、余計に心を捉える。

 思わずもニヤニヤしてしまうが、周りには誰もいない。

 何も気にすることはない。

 それにいたとしても、ステルスモードだ。

 見られる心配もない。



「ふふ、ぐふふふふふ。

 あぁ、さいっこうだなぁ〜!!」


 

 意気揚々と、軽快な足取りで進んでいった。

 とはいえ負傷中の上、飲まず食わずの道のりだ。

 普通なら2日でたどり着くところを、3日半もかかってしまった。



 何はともあれ無事に『城塞都市ヴェルニカ』に到着した。


 どこまでも続く壮大な城壁。

 そして、その城壁沿いに並ぶ中世ヨーロッパ風の街並み。

 

 普段の俺なら、まずその景色に圧倒され、心を震わせて感傷に浸っていたことだろう。


 しかし今の俺はそれどころではない。



「———み、みず。…みず…を……。」



 ネトに殺されかけてから、

 今日まで何も口にできなかったのだ。

 もはや干からびて死にかけていた。

 なんとか生きていたのは〔絶対死なないモード〕こと、〔チュートリアルモード〕のおかげだろう。

 裏ワザ様々である。



 と、いうわけで、俺は迷わず井戸のある場所まで一直線で行った。

 もちろん、街の地図は頭に入っている。


 迷うことなく井戸にたどり着くと、

 俺は重たい体にムチ打って、

 急いで水を汲み上げる。

 

 次の瞬間、迷わず桶に顔を突っこんだ。


 

 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅん!



「ップハァ!!んめー!!!

 生き返ったぁあー!!!」



 ただの水。

 その美味さに感動し、俺は叫んだ。

 久しぶりの水分に体が喜んでいる。

 周囲の目も気にせず、猛烈な勢いで俺は水を飲み続けた。



 「っごく、っごく、っごく、、」

 「…あの、お兄さん大丈夫ですか?」

 「っごく…ップふぁいっ?!」


 

 水を飲むことに夢中になっていた俺は、

 声をかけられたことに驚き、奇声を発してしまった。

 見るとそこには若い女性が立っていた。


 白い修道服。

 艶のある水色の髪。

 好感の持てる快活な立ち振る舞い。 

 控えめに言っても、間違いなく美人だ。

 歳は20代半ばだろうか。


 この近くにある教会の修道女だろう。

 


「っあ!驚かせてしまってすみません!

 お兄さん、怪我をされているようなので、大丈夫かな?と…。」



 たしかに、俺はあまりに酷い格好をしていた。


 身体中、血と泥にまみれ、服は所々裂けている。

 こんな格好で街中を歩いていたら、注目を浴びるのは当然である。


 

「ああ、こんな格好ですみません。

 ()()()()怪我してしまっ…」

「”ちょっと”じゃありませんよ!ひどい怪我です!

 少し診せて頂けませんか?」



 修道女は、俺が話すのを遮って言った。

 

 

「ありがとうございます。

 一応、薬草で治療はしたんですが…。

 完全には治らなくて。」

「…ええ、そのようですね。

 どうやら傷が深すぎたようです。

 …というより、

 こんな傷を負って生きてるなんて奇跡ですよ!

 きっと天の御加護があったのでしょう。」



 修道女は、俺の傷口を診て驚きながら、そう言った。

 実際、〔チュートリアルモード〕がなければ死んでいたのだ。

 当然の反応である。


 修道女は、井戸の水で傷口をキレイに洗ってくれた。



「ここでは、この程度のことしか出来ません。

 ですが、着いて来てくだされば、

 傷を完全に治して差し上げられるかもしれません。

 時間はおありですか?」

「本当ですか?!ぜひ、お願いします!!」

「はい!それでは着いて来てください!」



 助かった。

 正直、この傷はすぐにでも治したかった。

 もうずっと傷んでいた。


 ゲームなら薬草を使って体力を回復させるだけで良かったが、ここではそうもいかない。

 おそらく、ゲームと現実が絶妙に融合した世界なのだろう。


 とにかく、早く治したかった。


 一応、手立てはあった。

 優れた回復アイテムを買うか、

 強力な治癒力の使い手に治してもらうか。

 この2つだ。


 しかし、高額な回復アイテムを買うにはお金を稼がなければいけない。

 そうなると、無料で癒してくれるような、

 強力な治癒力の使い手を頼るのが、

 一番手っ取り早いわけだ。


 そして、このヴェルニカにはそれがいる。

 しかも、その人物は修道士だ。


 この女性が修道女の格好をしていることを考えると、

 もしかしたら、俺がアテにしていた人物を紹介してくれるのかもしれない。

 

 道中、修道女が自己紹介をしてくれた。


「わたしはトルシェ・フィリアです。どうぞ、トルシェとお呼びください。」

「俺はソージです。よろしくお願いします。」


 修道女、改めトルシェは負傷中の俺を気遣いながら、ゆっくりとペースを合わせて歩いてくれる。

 そうやって彼女の後を歩く俺は、さっきまで喉の渇きで気にする余裕のなかった街中の様子に目が止まった。


 往来を行き交うエルフ、ドワーフ、獅子人、魔人。

 あらゆる種族が共存するバリエッタ王国でしか見られない光景。

 ちなみにトルシェは人族だ。


 何よりも感動するのは、何もかもが、

 ちゃんとリアルであるということ。

 自分で作ったものがこうして、

 リアルな世界として成り立っている。

 その中に自分が生きているこの感覚。

 最高だ。


 俺は無意識のうちにニヤニヤと

 口角を歪ませながら、

 トルシェの後を着いて行く。

 すると、不意にトルシェが振り向いた。



「ソージさ…!

 あ、あのソージさん?どうされました?」

「…へ?あ!すみません!なんでしょう?」



 トルシェは、気色悪い笑みを浮かべる俺を見て、

 声を引き攣らせていた。



「え…ええ。

 その、ソージさんはどうして

 そんな大怪我をされたのかと思いまして。

 もしかして、先日の不吉な天災(アポカリプス・ワン)で?」

「… 不吉な天災(アポカリプス・ワン)?」

「ご存知ないのですか?!

 つい先日、世界中を襲った大地震と雷の嵐ですよ?!

 あらゆる建物が地震によって崩れ落ち、

 雷によって焼き払われました。

 ところが、すぐ後には全てのものが元通りに!!

 このヴェルニカの城塞も崩壊したと思ったら

 瞬く間に元に回復していたのです!!

 ……まさか、あの大事件を知らなかったのですか?」

「…え、ええ、はじめて知りました。」

「まさか、そんな人がいたんですね。

 世間ではその不気味さから、

 世の終わりの前兆だとか、

 破滅の始まりだとか騒がれ 、

 不吉な天災(アポカリプス・ワン)と呼ばれています。」

「…そうだったんですね。」



 これは、俺の知らない情報だ。

 しかし、妙だ。

 それほど大きな規模で不可解な事件なら、

 制作者の俺が知らない筈はない。

 もしかしたら、俺の転生の謎と関わっているかもしれない。




「あの大災害では全てのものが回復したので、

 被害者はいませんでした。

 ですが、ソージさんがあまりに

 大怪我なさっていたので、

 もしかしたらと思ったのですが…。」

「俺は旅をしている道中、

 盗賊に襲われてしまったんですよ。」

「そうでしたか。それは大変でしたね。

 でも、命があって何よりです!」



 俺はとりあえず、テキトーに話を合わせておいた。

 まさか、魔王の暗部に殺されかけたと言うわけにはいくまい。


 …と、喋ってると目的地に着いたようだ。



 見えたのは2メートルくらいの高さの

 木の柵で囲まれた、長方形の敷地。

 その中には小さなグラウンドのような庭。

 奥には大きな二階建ての家があった。

 家の側面は深い焦茶色(ブラウン)

 屋根は白というシックな建物。


 敷地を囲んだ木の柵は、

 白いペンキで塗られており、

 入り口の所だけ門として

 開閉できるようになっていた。


 そこには看板が掛かっている。



 『アデルフォス孤児院へようこそ』



 ここは、アデル修道会という教会付属の団体が運営する孤児院だ。


 このアデルフォス孤児院は普通にメガトラオム(ゲーム)をプレイしても関わることはまずないが、実はたくさんの裏設定を盛り込んでいる。


 何度も訪れ孤児院のスタッフや、子供達と仲良くなるにつれて隠しイベントが発生するのだ。


 俺は世界のあらゆる場所に

 そういう隠し設定を作っている。

 普通にプレイしただけでは、

 まず関わることのないような

 脇役キャラの裏設定。

 隠れた実力者。

 隠しイベント。

 

 そんなのを、

 これでもかというほど詰め込んだ。

 

 何せ26年もかけたのだ。

 この城塞都市ヴェルニカだけをとっても相当な数に登る。


 ただ、俺はアホだから、

 設定を作りすぎて覚えていないものも多い。

 ちゃんと覚えているのは

 半分いくかどうかだろうか。

 自宅に置いてある、設定資料集を読み漁りたい気分だ。


 さて、トルシェの案内で、

 門を通り、孤児院の敷地内に入ると、

 意外にとても静かだった。

 トルシェさんによると、子供達は学校に行っているのだそうだ。

 

 グラウンドのような庭を横切り、玄関を通って建物の中に入る。


 玄関からは木造の廊下が続いていた。

 掃除が行き届いており、清潔にされていたが、

 奥の方に落書きの跡があったり、

 壁に小さな穴が空いているのが見えた。

 子供達の仕業だろう。


 トルシェは、そんなものに目もくれず、玄関から一番近い部屋に俺を通した。


 落ち着いた広めの部屋で、

 中央にある丸いテーブルを挟んで、

 2つのソファが向かい合わせに置いてある。


 おそらく、応接室だろう。



「どうぞ、こちらに掛けて楽にしてください!」

「ありがとうございます。」



 勧められるままにソファに腰掛けると、トルシェはお茶を出してくれた。



「それでは、先輩の修道士を呼んできますね。

 ふふっ。

 その方はホントに凄い治癒の力をお持ちなんですよ!

 きっとソージさんの怪我も良くなります!」

「はい、ありがとうございます。」


 そう言って、トルシェは軽快な足取りで部屋を出て行った。


 俺は出されたお茶を飲む。


 うまい。

 ただの麦茶だが、何というか、コクがある。

 何気にこの世界で、水以外に口にした初めてのものだ。

 

 それにしても、トルシェに出会えたのはラッキーだった。

 なにせ、俺はもともとアデルフォス孤児院に来る予定だったのだから。


 ここには、俺が作った隠し強キャラがいる。

 トルシェが連れてくるのはきっとその人だろう。



 スタスタと。


 廊下から二人分の足音が聞こえてきた。

 トルシェが戻ってきたようである。

 足音は近づいてきて、俺がいる部屋の前で止まった。

 


 ガチャり、と。



 扉が開く。

 そこにいたのは俺の想像していた通りの男だった。

 


「こんにちは、フィン・フィルディンと申します。

 あなたがソージさんですね?」

 


 その男は、今すぐ冒険者になっても、A級になれる実力を持つエルフ族だ。















 時は数日遡る。


 ここはバリエッタ王国の西隣、

 神聖大魔王国(エルモラール)の首都ケンドス。

 

 その中心にそびえ立つ荘厳な魔王城の王室で、

 魔王クルエルは奇妙な報告を聞かされていた。



「‥‥そして、私の剣がその者を捉えるより一瞬早く、

 その者は姿を消しました。」

「‥‥ほぅ。

 つまり、あの不吉な天災(アポカリプス・ワン)と共に現れ、

 ソイツの周囲だけは

 燃えた木々が回復しておらず、

 その上、機密情報のはずの

 オマエの名を知っており、

 殺しても死なず、

 挙げ句の果てにオマエの目の前で姿を消したと‥。

 そういうことだなァ?」



 光沢を放つ白銀色の髪。

 筋骨隆々で逞しい肉体。

 さらに瞳孔が赤く光る鋭い目。

 威圧感のあるドスの効いた低い声。


 この魔王には、近づくものを圧倒する威厳があった。


 しかし、魔王に報告するものもまた、百戦錬磨の男。

 堂々たる振る舞いで、受け答えをしていた。



「はい、申し訳ありません。」

「よい、構わぬ。

 オマエがオレに嘘などつかぬことは、

 よく知っているからなァ。

 ‥して、蜘蛛の頭よ。

 オマエはソイツをどうするつもりだァ?」


 蜘蛛の頭と呼ばれた男、

 すなわちネト=ハルマクラは、

 一切迷わずに答えた。



「は!必ずこの手で奴の息の根を

 止めてご覧にいれます!」

「ふむ‥‥いつもなら、

 そうするとこだがァ、今回は待て。」



 魔王は、この奇妙な事件に興味を抱いていた。


 というのも、つい先日世界中を襲った

 不吉な天災(アポカリプス・ワン)は全く原因も原理も分かっておらず、

 世界中の権力者や研究者達の間で

 大騒ぎになっていた。


 そしてそんな世界を揺るがす謎の大事件と、

 時を同じくして現れた、不可解な点の多すぎる男。


 何か繋がりがあるかもしれない。

 

 その謎を解けば、他国を出し抜くことが出来るかもしれない。




「クククッ。

 オレも一目見てやろウじゃないか!

 生かしてここに連れてこイ!!」

「…!…よろしいのですか?」



『疑わしきは殺せ』を信条とする、あの魔王クルエルが

「生かして連れてこい」と言った。

 これは前代未聞のことだった。



「よい。今回はなァ。ソイツの名はわかるかァ?」

「はい。鑑定の結果【花村想実】と出ています。」

「そうかァ。徹底的に探し出して必ず連れてこイ。」

「は!仰せのままに!」

「ククク、あァ楽しみだァ。」



 11人の魔王の中でも、屈指の実力を誇るクルエル。

 しかし、彼の恐るべき所は単純な実力ではない。

 

 血も涙もなく殺し、

 道楽のために拷問し、

 ねじ曲がった正義によって裁きを下す、

 その狂気。


 それこそが、

 魔王クルエルの恐るべき所だった。

 

 その魔王が、殺さずに会いたがっている。

 それを聞いた時、配下達は驚き、

 そして思った。



 あぁ、この【花村想実】という男には、死よりも悲惨な何かが待っているのだ、と———。







 つづく



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