第35話「夢のはなし」
その日の夜。
ルギアスに首都アンノールからの援軍が到着した。
20万もの大軍を率いて来たのはバリエッタ王国軍総大将のキルシェン・クラファイト。
王国最強の軍人である。
さらには、ハザック将軍の父親である国王ガロット・レオムンドも同行していた。
首都から来た指揮官たちが、到着早々に作戦会議室へとやって来くると、ルギアスの指揮権がハザック将軍から彼らへと移ることになった。
今は、ハザック将軍がその父ガロットに、ここ2日間の戦況報告をしているところだ。
俺達はその様子を会議室の隅っこで眺めている。
「——たった2日で9万も…??」
その報告の内容に国王は絶句する。
チューニートが大量の屍人を屠ったことについて聞いたのだ。
「はい。 信じ難いことですが、まことであります。」
「そ、そのドラゴンを連れてきた者達を急いで連れて参れ!!
褒美を取らせるぞ!!」
「父上、その者達ならば既にここにおります。」
「…!?」
そうして、ハザックが腕を伸ばし、俺達を指し示した。
「おぉ! そこにおったのか!
オホンッ。これは失礼した。
…で、お主らがドラゴンの友なのじゃな?!」
国王は咳払いを一つすると、先ほどまでとは打って変わって、厳粛な雰囲気を纏い、俺たちに問いかけてきた。
「はい。その通りでございます。」
俺は出来るだけ丁寧に返事をする。
「さようか! よくぞ、ルギアスの防衛に力添えをしてくれた!
このガロット・レオムンド、心より感謝する。」
満面の笑みを携え、深みのある温かな声音で発せられたその言葉は、決して上辺ではない心からの感謝が伝わってきた。
きっと、国王であるガロットは、戦いの厳しさや、屍人の恐ろしさを知っているので、チューニートの活躍がどれ程の人々を助けることになったのかを知っているのだろう。
「褒美として、それぞれに金貨一万枚を授ける。」
「はい! ありがとうございます!!」
「ひぇっ!! い、いちまんまい?!?」
「おい、ミモザ!! 静かにしろ!!」
「ひゃ、ひゃい。」
いきなりドデカい金額を言われてミモザは思わず声を上げてしまった。
だが、実のところミモザだけではなく、ベイムラスや、クリムなども目を見開いていた。
動じていないのはセスクだけである。
そんな俺達の様子を優しく見つめていた国王は、続けて言った。
「ふふふ。
こんな程度では、お主らの活躍への褒賞としては、まだ足りん。
とはいえ、まだ戦いが終わった訳ではないからのう。
本格的な褒賞は、無事に戦いが終わってからじゃ。
それまでに、欲しいものを考えておれ。
儂に出来ることなら何でもくれてやろう。」
「な、なんでも…?」
「うむ。 もちろん、できる範囲じゃがの。」
いや、バリエッタの国王の出来ることなんて、もの凄く色々あるぞ。
これは素晴らしい幸運だ。
「それまでに何が欲しいか、各々考えておくことじゃ。
…その代わり、もうしばらく力を貸してくれるかのう?」
「はい! もちろんでございます!!」
「うむ。」
そう言うと、国王は改めて俺達の顔をじっくりと観察しだした。
「それにしても、まだ若い青年ではないか!
お主がリーダーなのじゃな?」
「はい、そうです。」
「ふむ。 周りにいる同行の者達は、歴戦の戦士のようだが……ん?
そこにいる木人はもしや…??」
「はっ! セスク・ウッドポッドでございます。」
「おぉ! やはりか!!
幼き日に見た英雄と今になって再び会えるとはのう!」
「ガロット様。
こんなにも立派になられた御姿を拝見でき、光栄です。」
「しかし、こんなタイミングで英雄に会えるとは!?
お主には百年前の褒賞も授けねばならんのう!!」
国王は100年ぶりに再会したセスクに歓喜の声を上げた。
続いてミモザ、クリムとも挨拶を交わしていく。
きちんと一人一人に顔を向け、目を合わせて話す国王の姿からは、高い品性が窺えた。
「…む? お主も仲間なのか??」
…と、国王の目がベイムラスに止まった時、突然に雲行きが怪しくなった。
その声は低く、表情は少しの困惑と、怒りにも似た嫌悪感のようなものを孕んでいた。
理由は明白。
ベイムラスが鬼人族だからだろう。
ガロットは、過去に鬼人族のテロリスト集団によって酷い目に合っている。
そのため、鬼人族への憎しみは普通の差別主義者の比ではない。
だから、人格者であるはずの国王のガロットが、こんなにも露骨な態度を取っているのだ。
「はい。 私も仲間です。」
「そうか。 …うむ。よくやってくれた。」
一応、皆が見ている前。
しかも大活躍をしたドラゴンを連れてきた一行の仲間ということもあり、労いの言葉をかける国王。
しかし、他のメンバーに比べると明らかに口数が少なく、淡白とした態度である。
その様子からは、明らかに鬼人を歓迎していないことが伝わって来た。
「では、明日も戦いは続くからの。
今日はゆっくり休むのじゃ。」
そそくさと言ったその言葉は、まるで俺達を追い出すようだ。
「父上、彼らも作戦会議に出て貰った方がよろしいのでは?」
「よい! この者達には休んで貰う。 作戦は追って連絡しよう。」
重苦しい口調で放った国王の言葉。
室内には明らかに悪い空気が漂っている。
つい先程まで、あれほどに盛り上がっていたのに、鬼人族がたった1人いただけで、こうなってしまった。
ガロットにとって、鬼人族とはそれ程に憎しい相手なのだろう。
俺達は逃げるようにして会議室を後にした。
「…すまぬ。 俺のせいで嫌な思いをさせた。」
「何を言うベイムラス殿! 我らはお互いに命を預け戦った仲間ではないか!?」
申し訳なさそうに謝ったベイムラスに、セスクが答えた。
「そうですよ!
ベイムラスさんがいたから、昨日敵将ゲイドームの手からルシウス軍団長を救えたんですよ!?
胸を張ってください!!」
「うん、ベイムラスさんの槍捌きと勇敢さは素晴らしかったです。」
ミモザとクリムもそれに続く。
「…すまぬ、ありがとう。」
そんな励ましの言葉に、申し訳なさそうに鬼人の男はそう言った。
「ベイムラス。
これはある意味チャンスだぞ。
お前が活躍して、ガロット様の鬼人族に対する評価を変えてやるんだ。
そうすれば、きっと多くの鬼人族が助かることになる。」
「…!?」
俺の言葉を聞いて、ベイムラスの目に微かな光が灯った。
「ああ、そうだな。」
長い間、家族の元に帰ることがこの男の目的だった。
しかしそれを達成した今、新たな戦いが始まろうとしていた。
これまでに己も、己の愛する者も、何度となく苦しめられて来た差別。
世界からそれをなくすことなど不可能だろう。
しかし国王ならば、多少の改善くらいは出来るかもしれない。
そして、彼は今、その国王にアピールできるチャンスがあるのだ。
沸々と。
ベイムラスの内側には闘志が滾り始めていた。
「ククク。
まあ、どうしても差別が終わらないようなら、俺の所に来い!
戦争が終わったら、差別のない新しい国を作ってやろう!!
フゥーッハッハッハッハァア!!!」
「…ふっ。それも面白いな。」
む?
こやつめ、信じておらんな。
まあ、いい。
いずれその時が来れば分かることだ。
クククク!!
「ところで、まだ寝るには早い。
どうだ?
皆で一杯やらないか?」
セスクからの魅力的な提案。
戦の夜は酒と決まっているのだ。
「いいですね! ぜひ、一緒にのみましょう!!」
目を輝かせて反応したミモザ。
こいつをセスクと一緒に飲ませてはいけない気がするが……
「いいですね! じゃあ、厨房にお酒を取りに行きましょう!」
うむ。 止めるタイミングがないな。
まあ、なるようになるだろう。
◇
——そして、2時間後。
「あっはぁあ〜んん❤️
せぇすく、たいちょぉ!!
んちゅう〜!!ちゅう!!
ちゅうしてぇええん!!」
案の定、こうなっていた。
「み、ミモザ、やめろ…はなれるのだ。」
「いやぁん❤️
たいちょぉ、照れないでえ、うっふん。
ほぉら、わたしのことぉ、たいちょおの好きにしていいんですよお❤️」
だが、やばいのはミモザだけではない。
普段は冷静なクリムさんまで、酒のせいでおかしくなっていた。
「うん! ミモザさん、その調子だよ!がんばれ!!」
満面の笑みでミモザを応援している。
その表情からは怪しいサイコパス感が漂っていた。
「あ、そうだ! 僕がセスク隊長を惚れさせる魔法を掛けてあげるよ!」
「…な!? く、クリム殿!やめるのだ!!」
「いやぁ〜ん!!
たいちょお、そんな魔法掛けられなくても、わたしに惚れてるだなんて❤️
ああん!!
その言葉だけでわたしぃ……//////」
「うふふ。 "魅了"」
「やめろ!! ふんぬ!!!」
まったく話を聞かずに放たれたクリムの言語魔法を、刀で一閃したクリム。
「あっ❤️
セスクたいちょう、かっこいい……//////」
「おお、魔法が斬られちゃった!
さすがはセスク隊長だなあ。
よし、それじゃあミモザさんの方をますます惚れさせよう!!」
「…な!! そ、それはもっとやめるのだ!!!」
「えい! "魅了"」
「はああぁぁあんんん!!!!
せぇすくたいちょおおおううん!!!!
んっ!ん!
あへ、あへへへ、えへ❤️❤️
たいちょたいちょたいちょおあ、あいちてるぅ…/////」
う、うむ。
こいつらはもう放っておこう。
俺は気を取り直して皆の様子を静かに見守っている鬼人に話しかけた。
「ベイムラス。
さっきの話、俺は本気だぞ。」
「ん? さっきの話とはなんだ?」
「…建国さ。」
「…ああ、そのことか。」
国を作る、なんてぶっ飛んだ話のはずだが、ベイムラスは意外にも淡白な反応だった。
「驚かないのか?」
「まあ、ソージだからな。
今さら、国の一つや二つ作ったところで驚きはせん。」
「ははは、なるほど!」
たしかに、俺はベイムラスの前で異常なことばかりして来た。
もはや、俺が何をしようと驚かないらしい。
「その時は、ぜひお前にも来てもらいたいと思ってる。
もちろん、家族も一緒にな。」
「それは、魅力的な提案だな。
それにソージには恩もある。
何が出来るかは分からぬが、その時は手伝わせてもらうよ。」
「ああ、ありがとう。」
何をして貰うかは、決まってる。
俺の国に来たら将軍になってもらうのだ。
ベイムラスは本来の歴史では、大戦争で鬼神のごとき活躍をする軍人なのだからな。
「ベイムラス、お前はどんな国にしたい?」
「そうだな……」
鬼人はしばらく考え込むと、ゆっくりと口を開いた。
「この1週間、ずっと考えていたことがある。」
1週間、というのは俺がベイムラスを解放してから家族と共に過ごした時間のことだろう。
「俺はたまたまソージに出会い、自由になることが出来たが、奴隷達は世界に溢れている。」
「…そうだな。」
「奴隷でなくとも、鬼人や鉄人は差別を受ける。」
「ああ。」
「鬼人や鉄人でなくとも、貧しい家庭に育つ者達は、色々なハンディを背負って生きることになる。
教育を受けられなかったり、十分な飯が食えず身体の成長が不十分だったりな。
そんな問題をなくす方法はないかと、俺は最近、そればかり考えている。」
そうか。
ベイムラスは、自由の身となり、幸せを手にしたからこそ、この1週間色々と考えていたようだ。
「…何かいい方法は思いついたのか?」
「いや、まったくだ。
実際、教会や、慈善団体があらゆる活動をしているにも関わらず、未だに世界はこんな状態なのだ。
俺ごときが少し考えたくらいで答えは出ないだろう。」
たしかに、この問題が解決できるなら、元の世界で言うところのノーベル平和賞間違いなしだ。
そんな簡単に実現できることではないだろう。
「さっきの国王のように良い人だから、差別をしないとも限らない。
差別をする者の中には、かつて俺たちの方から酷い仕打ちを受けた者もいるだろう。
そうやって色々な歴史の上に今があるのだ。
…考えれば考えるほど難しい問題だよ。」
驚いた。
ベイムラスは、自分を差別してきた者の事さえも慮っているのだ。
「…だが、一から国を作るなんていう発想はなかった。
もし、まったく新しい歴史を一から作ることができれば……あるいは希望があるかもしれない。」
「……。」
「だから俺は、人種や、貧富の差で苦しむ人々のいない傷のない歴史を持った国を作りたい。」
それは、ある意味でありきたりな理想なのかもしれない。
だが、自分自身が差別と極貧を経験し、それを潜り抜けた先に幸せを掴み取った男の夢である。
その言葉には、ズッシリとした重みがあった。
実際には、一から差別のない国を作ろうとしても、結局は何処かでそういったものが生まれるだろう。
それが人間というものだ。
だがそれでも、最初からそういう夢を持って建国するのと、そうでないのとでは大きな違いが出てくるだろう。
夢は踏み出さなければ実現しないのだ。
最初、俺がファンタジー世界に憧れて、ゲーム制作を始めたように。
26年も掛けてメガトラオムを作成したように。
根気強く、夢の国を作れたらと思う。
「…だが、まずはこの戦争で活躍して国王の鬼人評価を変えてからだ。
バリエッタの鬼人すべてがソージの国に来れるわけではないからな!」
「ああ、そうだな!!」
その後、俺達は理想の国について熱く語り合った。
ベイムラスは流石に鬼王の血を継ぐものだけあって、賢く、知恵に富んでいた。
教育を受けていないので、知識の量は少ないのだが、何というか深い思慮があるのだ。
きっと、それは人の上に立つべくして生まれてきた所以なのだろう。
俺は、ますますこの男のことが気に入ったのだった。
こうして、今日はベイムラスと深く話すことができた。
昨日はセスクと話すことができた。
戦争ってのは嫌なものだが、こうして、酒を酌み交わすのは悪くない。
命を賭けて戦うせいか、自然と話も深くなる。
明日からも、まだ戦いは続く。
とは言え、チューニートの存在によってコチラの絶対的優位は揺るがない。
屍竜も倒したのだ。
屍人族は別のドラゴン対策を講じてくるだろうが、俺の考えうる限り、まず負けることはないだろう。
そう思うと、むしろ戦の後、こうして仲間たちと過ごせる時間が、少し楽しみになってきた。
相変わらず、ミモザはぶっ壊れてセスクに抱きついている。
クリムはサイコパスな笑顔で魔法を乱発している。
セスクは、ミモザを振り払いながら、必死に魔法をかき消している。
「…ふっ。良いものだな。 仲間というのは。」
その様子を眺めながらベイムラスが呟いた。
鬼人の彼にとって、家族以外の仲間と呼べる存在は初めてなのかもしれない。
「ああ、そうだな。」
こうして、俺達はルギアス防衛戦2日目を終えたのだった。
◇
次の日、あり得ないことが起こった。
いや、違う。
俺はそれを想定するべきだった。
だが、予想を遥かに超える事だったのだ。
何せ、敵は一万年もの間、戦いを続けてきた猛者たち。
つまり、敵を騙し、意表を突き、欺くことをし続けてきたのだ。
制作者とは言え、戦争に関してはただの素人である俺が、意表を突かれるのは当然だろう。
とにかく、敵はコチラの想像を遥かに超える手を打ってきた。
そして、それは想定していたとしても、対応することなど出来ないレベルの事態だった。
———現在世界最強の八屍王が1人、"破壊王ゼリドール"が現れたのだ。
つづく




