第34話「邪竜 vs 屍竜」
朝の光が昇り、暗い夜の闇が明け染めた頃。
ルギアスの上空を舞う一匹の竜の姿があった。
漆黒の巨体で優雅に飛行するその姿は、恐ろしくもあり、美しくもある。
昨日、ルギアスの兵士達が初めて見た時は、その姿に圧倒されたものだ。
だが、その邪竜が味方であると分かった今、これほどに頼もしいことはない。
「へへ。あのドラゴンがいれば俺たちの勝利は間違いねえな。」
「ああ。きっと、また昨日の大業が見られるぞ!」
兵士達は、これから始まるであろうドラゴンの無双劇に、ワクワクと胸を躍らせていた。
「クリムさん、ミモザ。
俺が意識を失っても構わなくて良い。
ただ、二人の魔力が尽きそうになったら、すぐに教えてくれ。
その時は、即座に引き返す!」
『了解!』
ドラゴンの背には3人の戦士が跨り、振り落とされないように、魔法の縄でその体をドラゴンに括り付けている。
「それから、昨日お伝えしたように、おそらく屍竜が現れると思います!
その時は作戦通りにお願いします!!」
『了解!!』
戦士達は最後の打ち合わせを終え、戦闘態勢に入った。
「それじゃ、チューニート! よろしく頼む!!」
『ワハハハハハ!! 任せろ!!!』
意気揚々と返事をし、旋回を始めるドラゴン。
一周、二周、三周…
徐々に早くなっていく速度。
それに応じて発生する強風。
昨日、その威力を目撃した屍人の軍勢は恐ろしさの余り、身をすくめていた。
「…グ、グゥ。」
「マタ、アレガ来るノカ?」
「クソ、ヤツを止メヨウニモ、コッチの攻撃は届カナイ。」
「勝ち目ネェジャネェカ!!グゥオオ!!!」
空を舞う邪竜を睨み付けながら、怨めし気に愚痴りだす屍人達。
そして、徐々に風のスピードが速くなり、いよいよ竜巻が発生しようとした時——
ドゴォン!!!と。
轟音がなった。
次の瞬間、高速で空中を旋回していた漆黒のドラゴンが吹き飛び、出来上がりつつあった竜巻が霧散する。
そして、その陰からあり得ないものの姿が現れた。
「…な!?まさか?!」
「…うそ、、だろ?」
その姿に目を疑う城壁の兵士たち。
「オォ!!アレが来タゾ!!」
「コレなら勝テル!!」
「ウオオォオオォオオオ!!!」
一方で歓喜の声を上げる屍人達。
そこには、空中に浮かぶドラゴンを吹き飛ばしたもう一つの巨体があった。
体表を覆う鱗。
鋭く尖った黄色い目。
巨大なトカゲに翼を生えさせた様な姿。
灰色に濁ったような黄土色の全身。
ソレは、たった今突き飛ばした邪竜に自らの存在を誇示するかのように、高々と咆哮を上げた。
「ギャオオオオオォォオオォオス!!!!」
——もう一体のドラゴンである。
◇
「チューニート! 大丈夫か??」
俺は吹き飛ばされたチューニートに安否を問うた。
『なんの!これしき問題ないわい!!
お主らこそ、大丈夫かの??』
「ああ!こっちは問題ない!!」
「はい!大丈夫です!」
「ええ。僕も問題ありません。」
俺たちは、互いの安否を確認する。
『うむ。とりあえず良かった。
…で、奴がそうじゃな??』
チューニートは、自分を吹き飛ばしたドラゴンを視認しながら俺に問う。
「ああ、そうだ。」
『なるほど。
たしかに竜の姿をしておるが、あんな醜い奴は竜諸島でも見たことないわい。』
「僕も、聞いたことはありましたが、初めてみましたよ。
恐ろしいですね。 "屍竜"。」
感嘆したようなクリムの声。
しかし、発言の内容とは裏腹に、その声に恐怖の色はなかった。
「ええ。
ですが、ソージさんの話が本当なら、わたし達の勝利は揺るぎません!」
「ああ! その通りだミモザ!! 絶対勝つぞ!!」
「はい!」
「うん! がんばろう!」
『ワハハハハ!! 血が滾るわい!!』
昨日、敵の様子からコチラにチューニートがいることが既にバレていると悟った俺は、破壊王がチューニート対策に屍竜を送ってくるのではないかと予想していたのだ。
そこで、前もって屍竜についての説明と対策を共有しておいた。
それをここにも記しておこう。
"屍竜"とは、屍人族に仕えるドラゴンとして、メガトラオムの住人なら誰もが聞いたことくらいはある伝説の存在だ。
ただ、チューニートは屍竜どころか屍人族自体が生まれるより前の時代に異界へと追放されていたし、ミモザは森から出たこともないから昨日まで知らなかった。
まあ、その2人は例外と言っていいだろう。
もちろん見た事がある者は極めて少ないが、一般的には広く知れ渡っているのだ。
ただし「屍人族に仕えるドラゴン」という認識には誤りがある。
正確には「屍人族に仕えるドラゴンもどき」だ。
そもそも屍人族というのは、奈落の悪魔が人間の死体を改造し、その器に闇魔法で作り出した魂を入れることで生まれる化け物だが、使われるのが人間の死体だけとは限らない。
動物や、魔物の死体を使って作られた動く屍。
それを屍獣という。
そしてある時、奈落の悪魔は地上最強の魔獣であるドラゴンの死体を求めたが、手に入れることは極めて困難だった。
しかし、どうしてもドラゴンを配下に加えたかった悪魔は、恐ろしい研究に着手する。
あらゆる種族の死体を闇魔法の一種である合成魔法によって掛け合わせ、ドラゴンに非常に良く似た別の屍獣を生み出す研究だ。
研究は難航を極めることになるが、魔導の天才である"古の大魔王モラール"を家臣として取り込むことに成功すると、彼の魔術的才能を利用して研究を完成させた。
そうして、竜に近しい力を持つ『竜もどき』が生み出されたのだ。
すなわち"屍竜"の誕生である。
さて、そんな化け物に、本来の力の1%すら出せない今のチューニートでは正直、勝つことは難しいだろう。
だが、合成魔法によって作られた"屍竜"には弱点がある。
それは、「砂銀」と呼ばれる砂だ。
砂銀は、読んで字の如く銀色に光る砂で、砂鉄のようにそこら辺の土や、砂など何処にでも含まれている。
特に何の価値もないただの砂なのだが、実は合成魔法によって一つにされたものを分解する働きがあるのだ。
完全に分解するためには大量の砂銀が必要になるが、そこらじゅうにあるので時間さえあればいくらでも調達できる。
昨日、ハザック将軍に頼んで用意してもらって来た。
ちなみに、屍竜が合成魔法によって作られていること自体、一般的には知られていないことだったから、ハザック将軍は大層驚いていた。
「よし! 行くぞ!!」
俺の合図で、チューニートは再び天高く飛翔する。
すると透かさず屍竜が襲いかかって来た。
獰猛な顔つきで迫ってくる屍竜。
それを確認すると、クリムが祈りの声を上げた。
「天にまします我らの父よ…」
すると、天から光が降り注ぎ、すぐそばまで接近してきた屍竜を照らした。
「ギャゥウ…!」
聖なる光に照らされ、唸り声を上げる屍竜。
すると、その動きは鈍くなった。
『ワハハ!
これでもくらえ!
この愚か者があ!!!』
その隙を突き、チューニートが屍竜の首筋に噛み付く。
「ギャオオォス!!」
苦悶の声を上げる屍竜。
同時にミモザと俺が、それぞれ1リットル程の砂銀が入った布袋を投げつける。
ポスッ、と直撃した布袋は、次の瞬間突然に爆発した。
クリムの爆炎魔法である。
飛散した砂銀は、チューニートに噛みつかれたままの屍竜にばら撒かれる。
「ギュアッ!?」
ビクッと、何か不快なものに触れたかのような反応をした屍竜は、その場でジタバタと暴れ出した。
『グゥオ!!
こやつ、物凄い力じゃわい!!』
思わず噛み付いていた口を離し、首を上げるチューニート。
すると、屍竜は暴れた勢いをそのままにくるりと反転すると、長い尾で思いっきりチューニートを叩きつけた。
『ヌグォッ!!!』
物凄い勢いで吹き飛ばされたチューニートは、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
「ウオォオオオ!!! オレタチのドラゴンが勝ってイルゾ!!!」
「クハハハ!!! 今だ! ヤッテシマエ!!!」
途端に大歓声と共に敵が襲いかかって来た。
迫り来る矢と魔法の嵐。
そして、大量の屍人共。
「"障壁球"!」
俺たちを取り囲むように球体の魔法障壁を張るクリム。
それは大量の攻撃を数秒間押し留めた。
こんなことは、並の魔道士では出来っこないだろう。
流石はA級魔道士である。
「ふん! …ゔぐっ。」
「大丈夫ですか? ソージさん。」
僅かに出来た時間で俺は自分の右腕に短剣を刺し、同時にミモザが俺に回復魔法をかける。
右腕からはドクドクと血が溢れている。
「ああ、俺よりもチューニートは?」
『もちろん無事じゃ!
…すまんのぅ、不覚を取った。』
「いや、このくらい覚悟してたさ。
何せ敵もドラゴンなんだからな。」
『どれ、魔道士よ。 交代しようか。』
「はい! ちょうど限界でした!!」
その瞬間、障壁が消え攻撃が迫って来た。
しかし、次の瞬間には翼を広げ一回転したチューニートに全ての攻撃がはたき落とされた。
それどころか、発生した衝撃波で迫って来ていた屍人達も吹き飛ばされる。
そして、瞬く間に地上からの攻撃が届かない天空へと舞い戻った。
「やっぱり、多少の砂銀じゃ話にならない。
何とかして奴を射程距離に引き入れたいな。」
そう、要塞からの射程距離に入れば、大砲を使って大量の砂銀を屍竜に撃ち込むことになっている。
何せ砂銀自体はそこら中にあるのだ。
球数は相当に用意できたから、射程に入ってしまいさえすれば「数うちゃ当たる戦法」でゴリ押しできる。
だが、屍竜には弱点である砂銀を感知できる認知機能が備わっているのだ。
だから、砂銀の砲弾が大量に蓄えられている要塞には、近づいて来ようとしない。
そのために、万が一奴を誘き寄せることが出来なかった場合のBプランとして、隙があれば少しずつでも砂銀を当てているのだ。
「ギャオオ!!」
奇声を発しながら屍竜が再び迫ってくる。
「チューニート!
肉弾戦では分が悪い!!
少し距離を取ってくれ!!」
『あいわかった!』
もの凄い速さで距離を取るチューニート。
どうやら速度ならコチラに分があるようだ。
『むぅ…。力を出せんというのはもどかしいのう。』
「悪いな! 俺が弱いばっかりに。」
『ワハハハ!! よい!! ちょうど良いハンデじゃ!!』
そんな事を言いながら展開される邪竜と屍竜の鬼ごっこ。
その光景は、側から見れば尋常ではない迫力だろう。
無論、その竜の背に乗っている俺たちはめちゃめちゃに振り回される。
クリムの魔法の縄で体を固定していなければ、とっくに振り落とされているだろう。
ミモザは、何とか屍竜に一撃入れようと弓を手にしていたが、とても矢を放てるような状況にはならない。
すると——
「"鎮まれ"」
クリムの呪文と共に揺れが一気に収まった。
しかし、チューニートの高速移動は相変わらずだ。
奇妙だが、乗っている俺たちにその揺れが伝わらないのだ。
いや、全く揺れないわけではないのだが、その動きは滑らかで、平然としていられる。
それを確認すると、ミモザは今度こそ弓を構え、砂銀を塗りたくった矢を放った。
それは屍竜が認知するにはあまりに少量すぎる砂銀であったため、屍竜はその脅威に気づかず避けようともしなかった。
その結果、矢は見事に命中し、本来なら大抵の攻撃を跳ね返すであろう屍竜の腹に突き刺さった。
「ギュァア!!」
屍竜は怒りの声を上げるが、気にも留めずにミモザはニ撃、三撃と矢を放っていく。
しかし、屍竜も一撃目で「この矢は自分に刺さる」と学習したのだろう。
翼をはためかせて、突風を発生させると矢は全て吹き飛ばされてしまった。
そして、次の瞬間には体をくの字に曲げ、唸り声を上げると、お腹の辺りが濁った緑色に光りだした。
『咆哮か!
どれ、力比べでもしてみるかの?』
「…ばっ、ばか、やめろ!!」
『ワハハハ!! まあ、見ておれ!!!』
屍竜は曲げていた体を一気に一直線に伸ばし、俺たちの方へ大きく開いた口を向けた。
次の瞬間、緑色の光がお腹からみるみると競り上がり、光線となって口から放出された。
それに対して、こちらはノーモーションで瞬時に光線を繰り出す邪竜チューニート。
濁った緑色の光線と、漆黒の光線。
破壊をもたらす二つの光線は、中央で衝突すると、激しい轟音を撒き散らしながら、一瞬、拮抗する。
だが、徐々に漆黒の光線は押され始めた。
「ぐっ…! バカやろう!! 何が『まあ、見ておれ』だぁあ!!」
俺は右腕を短剣で突き刺しながら恨めし気に叫んだ。
すかさず回復魔法をかけるミモザ。
さらに、支援魔法でチューニートを強化するクリム。
それにより、押されていたチューニートの破壊光線は、徐々に押し返し始めた。
「うおぉぉおおお!!!」
そうして、しばらくすると二つの光線は霧散した。
『ワハハ! 見よ!!
今がチャンスじゃ!!
魔道士! 我とあやつを縄で結べ!!』
見ると、たしかに屍竜はグッタリとしていた。
クリムはすかさず呪文を唱えた。
「"連鎖"!」
すると、チューニートと屍竜を結ぶ魔法の縄が接続された。
「なるほど、このために迎え撃ったわけか。」
『うむ。 フツーのドラゴンは咆哮を限界まで放つと、数十秒動けんからのう。
まあ、我は別だが!
ワハハハハハ!!!』
ドラゴンは咆哮を使いすぎるとしばらく動けなくなるから、一度の咆哮は余力を残して打ちやめるのが普通だ。
だが、チューニートが迎え撃った事で、やめた瞬間に敵の咆哮に襲われるという状況を作り出し、限界まで咆哮を引き出したのだ。
ちなみに、咆哮を限界まで使おうとも、ブレイクタイムなしで動けるドラゴンは数体しかいないが、チューニートはしっかりその中に入っている。
まあ、本来の力を出せば全ドラゴンで2番目の強さなのだ。
そのくらいでなければな。
『むぅ…なかなか重いのう。』
チューニートは、魔法の縄ごと屍竜を引っ張り、要塞都市の城壁へと向かう。
俺は屍竜の動きが止まっている内に射程圏まで運ぶことができるように、ここぞとばかりに右腕に短剣を突き刺す。
「ぐぁああっ!!」
「ソージくん! 大丈夫かい!?」
叫びながら回復魔法をかけてくれるクリム。
ミモザも黙々と俺の回復に努めてくれている。
一応、戦闘が始まる前に痛み止めの麻酔を打ってはいるのだが、正直効いてるのか分からない程に痛い。
だが、ここで俺がびびってしまえば千載一遇のチャンスを逃してしまう。
そして、万が一屍竜を撃ち漏らせば、莫大な被害が出るだろう。
だから、ここで引くわけにはいかなかった。
『すまんのぅ、ソージ!
もう一踏ん張りじゃ!!』
「ぐっ…ク、クク!
ごごれじきのごとぉ!!
ごの俺ざまにがかれば、屁でもないわあ!!!」
歯を食いしばっての強がり。
だが、それでいい。
『ワハハ!!
さすがはソージ!!!
それでこそ厨二じゃ!!!』
そう言うと、チューニートは一気に加速し、屍竜を射程圏に率いれた。
そして——
何百発と言う砂銀砲弾が屍竜に放たれた。
命中したのはその内10発前後だったが、それで十分だった。
合成魔法により保たれていた屍竜の肉体は、その結合を留めることが出来ず、空中で爆散したのだった。
「よし!! やったよソージくん!!
…と、気を失っている。」
「血を流しすぎたんですね。」
『うむ。よくやったわい。
…どれ。
約束通り、お主らの魔力が尽きるまでは敵を屠るとするかの。』
「…ほ、ほんとうにやるんですか?」
それは、つまり気を失ったソージの右腕を痛めつけ、血を流し続けるということ。
事前に打ち合わせ済みとは言え、流石に気が引ける行為だ。
『ワハハハ!
女子よ!!
お主はいつも容赦なくソージの右腕を突き刺しているではないか?!』
「い、いや、でも気を失ってる時にやるのは流石に気がひけると言うか…」
「う、うん。
意識がある時の方が、逆に辛いんじゃないかな?
痛みがあるし。」
顔を引き攣らせながら、冷静に突っ込むクリム。
『ワハハハ!!
そういうことじゃ!!』
「たしかに、そうですね。
…うん! たしかに、そうです!!」
ミモザは、納得すると満面の笑みで答え……短剣を振り下ろした。
ものすごい勢いで。
「ふんすっ!ふんすふんす!
ふんす! ふんす! ふんす!!」
「ちょっ! ちょちょ!! ミモザさん!?
何もそこまでやらなくても!!」
「えへへ、大丈夫ですよクリムさん!!
今は痛みはありませんから!!!」
「えーっと…」
『ワハハハ!!!
お主も大概のキチガイよのお!!
実に愉快じゃ!!』
「ふんす! ふんす! ふんす!!」
『ワハハ!!
今までで一番力が漲ってきたぞ!!!』
「え、そうですか!?
それなら、もっと早くソージさんを気絶させれば良かったですね!!
そうしたら屍竜ももっと楽に倒せたのに。」
『ワハハハハ!!!!』
「と、とりあえず回復しよう。」
唯一まともなのは魔導士だけだった。
何はともあれ、屍竜を倒した一同は、この後チューニートの稲妻竜巻を3発ぶっ放すことに成功した。
狂人女兵士の活躍(?)により、ソージの出血量が昨日より多かった為、技の威力も増していて合計7万の屍人を倒すことができた。
その結果、俺には大量の経験値が入った。
実は俺は今日、それを見越して戦闘が始まる前に教会で転職をしていたのだ。
新たな職業は【変人】。
もちろん〔奇系〕の下位職だ。
そして、この日の戦闘で一気に【変人】も修職してしまった。
いやはや、戦争は恐ろしいものだが、レベル上げという観点では異常に優れている。
いや、チューニートの存在がチートすぎるのか…。
明日は、もう一つの奇系下位職【奇人】に転職するとしよう。
つづく




