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第15話「想定外」


 中央大陸の中心に、妖人族と獣人族、そしてバリエッタ王国の領地を分ける三角(トゥリゴノ)山脈と呼ばれる山岳地帯がある。


 そこには世界で8人の屍王の1人『破壊王ゼリドール』が、太古の昔から居座っていた。


 そんな中、今から約100年前にゼリドールは自らの忠臣である『屍将ヴォルデス』に人類への攻撃を命じた。


 ヴォルデスは特にバリエッタ王国と妖人族に対して激しく攻撃を仕掛け、多大な損害を与えた。


 屍人族の勢いは凄まじく、人類は推される一方だったが、ある時木人族(ドライアド)の英雄セスク・ウッドポッドが立ち上がった。


 彼は屍将ヴォルデスを謎と危険の森(ミスティリスク)に誘い込むと、木髭(エント)と共に立ち向かい、見事にヴォルデスを討ち果たしたのである。


 しかし、自らの最後を悟ったヴォルデスは命と引き換えに強大な呪いを装備に込め、部下達に命じて森を覆うように配置させた。



 鎧はバジリスクの住まう湖の底へ。


 剣は暗い洞窟の奥へ。


 兜は木髭王(エントキング)の頭へ。



 それ以降、謎と危険の森(ミスティリスク)は、呪われた森となり、木人(ドライアド)は里から出る事が出来なくなってしまったのだった。












 薄暗い森の中。


 俺の目の前には不気味な湖が広がっている。


 この湖の奥底には、俺の目的としている『屍将ヴォルデスの鎧』があるのだが、その前には水中の殺戮者バジリスクが潜んでいる。


 さらに、小さな毒蛇が何千、何万といることだろう。



 こんな湖に入るような愚か者は、即死するのがオチだ。

 しかし、俺はそんなのお構いなしに湖に飛び込んでいった。



 そう、〔ステルスモード〕があるからだ。




 ふっ。

 制作者であるこの俺にとって、この程度のこ…




「ぶべごっ!ばごっ…ぼごぼごぼぼほぼ!!」




 うん、息が出来なかった。



 いや、俺は泳げないわけではないんだ。

 

 少し言い訳をさせて欲しい。


 ゲームでも水中に潜る際には、『息』のゲージが存在しており、潜っていられる時間には限度があった。


 だが、水中の中で裏ワザの暗号をチャットスペースに入力すると〔永泳(えいえい)モード〕になり、息が無限に持つようになるのだ。



 だが、ほら?


 この世界にチャットスペースなんてないだろ?


 だから、暗号を呟こうとしたら口に水が入って来て、ちゃんと暗号を言えなかったんだ。



 うむ。

 これは仕方ない。


 不測の事態だ。


 いや、しかし困った。

 〔永泳モード〕ありきでの攻略予定だったのだ。



 どうしたものか…



 

 本来の攻略方法は、2つ。


 身体強化魔法を使って息の続く時間を長くする。

「エアの葉」というアイテムで息を長く持たせる。


 このどちらかだ。


 しかし、俺には魔法も使えないし、エアの葉もない。



 うーむ。



 やはり、〔永泳モード〕を使うしかないよな…



 それにしても、ステルスモードの性能はゲームだったら違和感なかったけど、現実だと変だよな。


 敵の攻撃は当たらないのに、水中の水は体内に入ってくる。

 でも、普通に水を飲もうとしても飲めない。

 そもそも、物を掴めない。

 かといって、ドアをすり抜けたり、地面に埋まったりはしない。



 うん、物理的に考えたらめちゃめちゃだが、まあ、元々はゲームだったから仕方ないな。


 

 と、そんなことを考えつつ、俺は何とか〔永泳モード〕を発動させる為にアホな頭で必死に考え、片っ端から実行してみることにした。






—————






【永泳モード発動実験No.1 「勢いで行く」】

 



 俺は湖までたっぷりと助走の距離を取り、そして全力疾走を開始した。


 ぐんぐんと湖が近づく。


 そして、最後の一歩を力強く踏み切った。



 大きなジャンプの後、着水。

 〔ステルスモード〕のため音もなく水中に沈んだ。


 空中から水中へと移動し、浮遊感が漂う。


 辺りには毒蛇がウヨウヨしているが、俺の存在には気づかない。



 俺は叫ぶような勢いで暗号を解き放った。



「uダブぼごぼぼほごごぼご!!!」





 実験結果:失敗(1文字だけ言うことができた)

 成果:自分がアホであることを再確認した。







【永泳モード発動実験No.2 「雰囲気で行く」】





 恐ろしく危険に満ちた呪いの森。

 空気は澱み、草は(しお)れている。


 そんな暗黒の森の奥深く、屍人の怨念の渦巻く地で、不気味に笑う1人の男がいた。



「クク。ククク。

 クゥーッハッハッハッハァ!!!

 湖よ!

 その程度でこの俺様を止めたつもりか?!

 ハッ!片腹痛いわ!!」



 男は言葉を紡ぎながら、湖の中へと足を踏み入れていった。



「そう、この俺はキサマを作った男だぞ?

 分かっているのか?!

 ならば、この俺を通すのだな!!

 フウッーハッハッごぼぼぼほばぼがぼほがかぼ……」







 実験結果:失敗。

 成果:たとえ俺の空想(メガトラオム)の中でも、俺の妄想は実現しないことを確認。

    ※とても楽しかった。







【永泳モード発動実験No.3 「低姿勢で行く」】



 呪いの森の奥深く。

 不気味に広がっている湖。


 そのほとりに、1人の青年が土下座をしていた。




「…あの、さっきは調子乗ってスミマセン。

 どうか、一言でいいので水中で喋らせてください。」



 男は懇願すると、湖の中に足を踏み入れた。



 そして…



 「ぶへぇぅっ!!!」




 実験結果:失敗。

 成果:そろそろ真面目にしようと決意した。









【永泳モード発動実験No.4 

 「手のひらで空気だまりを作る」】




 次に俺は口元を手のひらで覆い、空気だまりを作るようにして水中に潜ってみた。


 そして、潜水するやいなや暗号を唱えようと試みた。




「〔uw forever swiびんゔぼぼほへぇっ!!」




 実験結果:失敗。もう一歩だった。

 成果:空気だまりを作る路線は間違っていないと思った。







【永泳モード発動実験No.5 皮袋で空気だまりを作る】



 今度は手のひらの代わりに皮袋を使って空気だまりを作ることにした。



 皮袋の中に入っているアイテムなどを一旦取り出して、湖畔に並べておく。


 幸いここには人はいないので、盗られる心配はない。


 万が一に備えて、回復薬だけはポケットに入れておいた。



 「よし、行くか。」



 俺は口元に皮袋を押し当て、水が入ってこないように可能な限り隙間をなくすように手で抑えると、湖にゆっくりと入っていった。


 気味の悪い無数の毒蛇が視界を覆う。



 俺は一息に暗号を言い切った。



「〔uw forever swimming mode sh 013〕」



 


 実験結果:成功

 成果:〔永泳モード〕を発動した。






—————





 



 水中の中は、暗く濁っており、視界はわずか数センチ先までしか見ることができない。



 しかも、そんなわずかな視界の中に毒蛇がウジャウジャと泳いでいる。


 ステルスモードなしには絶対に足を踏み入れたくない場所だ。




(とりあえず、下に進まないとな。)



 視界は優れないが、『屍将ヴォルデスの鎧』を回収する為には湖の底までいかなければならない。


 だから、俺は視界の悪さなど気にも止めず、下へ下へと潜っていった。



 〔永泳モード〕はバッチリと効果を発揮し、呼吸をしていないのに、体は全くキツくならなかった。



 お陰で俺は残りの『息』を気にして、ペースを抑えることもなくグングンと底へ進んでいく。



 しばらく進むと足場が現れた。



「さあ、ここからだな。」



 本来なら魔力感知などを使って『屍将ヴォルデスの鎧』の在り処を探っていくのだが、当然今の俺にはそんなことはできない。


 そのため、手探りで探すしかないのだが、その代わり制作者の知識があるので、大体どの辺りに沈んでいるかは分かる。


 俺は、自分の記憶を頼りに湖の中央に向かって進んでいった。



 そうやってしばらく進むと、突然に足場がなくなり、一気に深くなっている崖のような所に行き着いた。



「…っと!あぶねぇ。

 やっぱり分かってても視界が悪いと怖いな。」


 

 ここから先に進むと、深度が一気に増す代わりに、水質が変わり視界が開けるのだ。


 俺は崖の境目を越え、さらに深く潜っていく。



 すると、暗闇と毒蛇に(まみ)れていた視界が一気に開け、広大な水中の景色が広がった。



 そして、その中心に———




「…うおお!すげえ!!」




 バジリスクがいた。



 100メートルを超す巨体で雄大に泳ぐ圧巻の姿。


 それは、本来見るもの全てに恐怖と絶望を与える死の象徴であるはずだが、〔ステルスモード〕の俺は安心しきっている。


 むしろ、自分が制作した魔物の迫力に圧倒され、感動すらしていた。



 1枚1枚精巧に作られた鱗。

 獰猛な鋭い牙。

 獲物を捉える鋭利な瞳。

 水中に浮かぶ漆黒のシルエット。

 ヌルヌルと自在に泳ぐその動き。



 どれ一つとっても素晴らしい完成度だ。




 いつものように、思わずもニヤニヤとしながらバジリスクの懐にあるヴォルデスの鎧に向かって泳いで行く。


 〔ステルスモード〕のため、バジリスクに気づかれることもなく、難なく鎧まで辿り着いた。


 

 さあ、ここからが勝負である。



 ステルスモードのままでは、物を掴むことが出来ないので、一旦姿を現す必要がある。


 そして、鎧を手に取ってから再びステルスモードを発動するのだ。



 しかし、その一瞬でバジリスクに見つかり、攻撃を受ければ悲惨なことになる。


 一応、ヴェルニカで手に入る物の中で最高級の回復薬を持って来たから、余程のことでない限り大丈夫とは思うが、出来れば痛い思いをしたくはない。


 無事に攻撃を受けずに成功するに越したことはないのだ。

 


 ちなみに、〔永泳モード〕発動中であれば、水中でも問題なく喋れることはさっき確認しておいた。




「——よし、やるか。」



 俺は気合を入れ、集中力を高めると、ヴォルデスの鎧に触れるように手をセットした状態でスタンバイした。



 そして、バジリスクの動きに集中する。



 自在に泳いでいる巨大蛇が、出来るだけ遠くに離れ、反対側を向くタイミングをじっくりと待つ。



 そして、その瞬間が訪れた。

 バジリスクとの距離は約200メートル程。

 顔は真反対ではないが、全く違う方向を向いている。



 俺はこのチャンスを逃すまいと、素早く暗号を唱えた。



「〔uw stealth mode zz 005〕」



 その瞬間、ステルスモードが解除され、水中に俺の姿が現れた。


 そして、すぐさま鎧を手に取ると、再びステルスモードを発動しようとする。



 ところが、バジリスクは既に俺の存在に気付いていた。


 巨大蛇は、いつの間にか己の住処に侵入していた外敵である俺に怒り狂い、憤怒の形相で迫って来ていた。



 俺は慌てて暗号を口走った。




「〔uw stealth mode sh 005〕!」




 バクンッ!!



 バジリスクの大顎は俺がいたはずの場所を噛み砕いた。



「…あ、あぶなかったな。」



 まさにタッチの差である。



 しかし、とにかく無事に『屍将ヴォルデスの鎧』を回収することに成功した。



 まず、一つ目のミッションクリアである。


 これ一つとっても、本来なら優にA級クエストを越える難易度になるだろう。


 いやはや、裏技というのは凄まじいものだ。



 俺は鎧を運び、陸に上がると、皮袋から出していた荷物を入れ直すためステルスモードを解除した。




『経験値41238を獲得しました。』

『【厨二患者】〔初級〕Lv.18→66に上がりました。』




 1割分のバジリスクの経験値が入った。


 出来れば、バジリスクに気づかれずに鎧の回収を済ませたかったが、結果的に経験値が入ったので、ラッキーである。


 俺は、荷物を皮袋にしまうと、既に日が暮れており、体力的にも限界だったので今日は休むことにした。














 翌日、俺は湖とは森の反対側に位置する洞窟までやって来た。



 二つ目の呪いの武具『屍将ヴォルデスの剣』の回収のためである。



 森を横断するには相当な距離があったので、朝から歩いて既に昼過ぎである。


 とはいえ、移動中に何度か木髭(エント)の群れを発見し、レベル上げを行いながら来たので、有意義な時間になった。


 

 現在、【厨二患者】〔初級〕のレベルは82だ。

 昨日の朝まで〔見習い〕Lv.1だったことを考えると、異常に早いペースなのだが、正直物足りない。


 レベルは〔職業ランク〕が上がり、【既修職】の数が増えるほどに上がりにくくなっていくからだ。


 早く、森の呪いを解除して賢者から【特性】を与えてもらいたいものである。


 そうすれば、もっとレベル上げは早くなるだろう。


 

 ちなみに【厨二患者】〔見習い〕を終えたことで、俺には新たな特性【妄想癖】が加わった。


 その詳細はこうだ。






【妄想癖】

 いつも妄想する癖。


(効果)

 不意打ちを喰らいやすくなる。

 精神干渉系の攻撃に対する耐性が少し低くなる。





 うむ。


 素晴らしい。

 実に素晴らしい。


 これでこそ、厨二患者。



 フゥーッハッハッハッハ!!!



 という訳で、俺は屍人族が徘徊する洞窟の中へ突入していった。













 中は薄暗く、岩がゴツゴツしている。


 時折、ピチョン、ピチョン、と水滴が落ちる音が不気味に響き渡り、侵入者の心を恐怖で挫く役割を果たしていた。



 しかし、何よりも恐ろしいのはここを守る屍人族だ。



 彼らは元はと言えば人類だったのだが、死後の肉体に悪魔が闇の魔術で生み出した異形の魂を埋め込み誕生した化け物である。


 彼らの行動原理は、世界の支配権を自らの産みの親である奈落の悪魔に渡すということ。


 ただ、それだけの為に生き、動き、存在している。


 だから、知性を持ち、人語を話す彼らだが、惑わされてはいけない。


 心などそこにはなく、ただ悪意だけが彼らを突き動かす原動力なのだから。


 しかも、奴らは強い。


 一体一体が、元人類だった時の強さよりも闇の力によってパワーアップしているのだ。



 そんな屍人族がさっきから俺の目の前を闊歩している。



 俺は目の前を通り過ぎる屍人達を一人一人じっくりと観察する。



 灰色の無機質な肌。

 見る者を怯えさせる獰猛な顔つき。

 黒い眼球に浮かぶ赤い瞳。

 醜悪な体臭。

 


 すれ違う屍人族は、一人一人顔が違い、歩き方が違う。


 元獣人族だった者、妖人族だった者、人族だった者、、異形の姿にねじ曲げられてはいるが、それぞれにかつての面影を残しているのだ。



 俺はバジリスクの時と同様に、彼らの見た目のリアルさに感嘆しながら、奥へ奥へと進んでいった。



 随分と進んだところで、とうとう最奥の部屋にやって来た。



 そこには、『屍将ヴォルデスの剣』が地面の岩に突き刺すようにして立てられており、それを守るようにして20人ほどの屍人が群がっていた。



 その中心には、屍人達の隊長と思われる一際大きい個体がいる。



 隊長クラスになると、A級冒険者並みの力を秘めている。


 

 出来れば、気づかれずに剣を回収したいものだ。


 

 俺は屍人達の背後にある剣の元へと辿り着くと、剣に手を添えて深呼吸をする。


 コイツらは知性を持っている分、さっきのバジリスクとは違う緊張感があった。


 逆に、知性を持ってるからこそ、俺の存在を認識しても、すぐには攻撃しないはずだという思いもあった。



 俺は、自分を落ち着かせ、集中力を高めるとステルスモードを解除した。



 次の瞬間には、再びステルスモードの暗号を唱えながらヴォルデスの剣を掴む。



「〔uw stealth mode———〕」

「…!?

 キサマ、何者ダ?!」



 だが、気配感知を備えている屍人の隊長は、俺が姿を現した瞬間に、俺の存在に気づいていた。



 そして、明らかにヴォルデスの剣を盗もうとしている俺に対して、咄嗟に短剣を投げつけてきた。



「〔———sh 00ごぐあぁっ!」



 グサリ、と。



 短剣は俺の肩に刺さり、その直後に短剣ごと俺の姿は消えた。




「…消エタ?!」



 ザワザワと、屍人達が騒ぎ始める。


 そして、屍人の隊長が言った。



「オイ!オマエラ!!

 剣ガ盗マレタ!

 探セ! マダ近クニイルハズダ!!」




 8人の屍王の1人、破壊王ゼリドールから、この洞窟の守護を任されている彼ら。


 もし、剣が盗まれようものなら、後でどうなることか分かったものではないだろう。



 奴らは血眼になって探していた。



(クククッ。

 この俺様が姿を表すことなど

 絶対にないというのになあ!)



 どちらが悪役か分からないような醜悪な笑みを浮かべながら心の中で叫んだ俺は、一歩ずつ洞窟の外へと向かっていく。


 しかし、ステルスモードを解除してからでないと、肩に刺さった短剣を抜くことが出来ない上に、回復薬も使えない。



(外に出るまでは、かなりキツイものがあるな…)



 しかも、屍人族の武器は呪いが込められている。

 早いところ聖系職の人に呪いを解いてもらわなければ、たとえ傷口を回復しても、呪いによって精神がますます蝕まれていくだろう。


 ちょうど獲得したばかりの特性〔妄想癖〕による精神力のダウンも余計に影響する。



 まだ、木髭王の頭に乗っている『屍将ヴォルデスの兜』が残っているのだ。


 急ぐ必要がある。

 


 俺が痛みに何とか耐えながら進んでいると、先程の隊長の声が響いた。




「ドウヤラ、既ニ逃ゲラレタヨウダナ…。

 …オ前ラ!!

 戦闘準備ダ!!

 木人族(ドライアド)ノ里ヲ攻メルゾ!!」



 

 ———予想外のことが起こった。

 






つづく

 



 



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