第1話「夢の実現」
小雨が降る夕方の河川敷を、
俺は不気味に笑いながら自転車を漕いでいた。
「ふへ、ふへへへ」
多分、周りから見たら、
かなりヤバいキチガイのような
顔をしているだろう。
俺はニヤニヤと顔を緩ませながら、
河川敷を進んでいる。
職場からの帰宅中だ。
さて、俺がニヤけているのには理由がある。
それは、俺が昔からずっと作り続けていた
自作ゲームが昨日夜遅く、ついに完成したのだ。
俺は幼い頃から妄想、
もとい空想が大好きだった。
暇さえあれば頭の中で何かを空想し、
1人で夢の世界を楽しんでいた。
空想する内容はさまざまで、
ファンタジー世界のことから、
現実のことまで、何でも想像した。
あれは、高校の時だったか。
俺は登校中に
「クラスで面白い発言をして、
みんなの笑いを取っている自分」
を妄想していた。
思わず気分が良くなって
ニヤニヤしていたら、
学校に着いてクラスメートに
「お前、今日朝来る時ニヤついとったぞ?」
と言われたのは良い思い出だ。
とにかく、俺はそんな妄想野郎なわけだ。
ふっ。
とすれば、ファンタジー世界に
憧れを抱くのは当然の帰結と言えよう。
そう、これは最早宿命。
俺は、自らファンタジーゲームを
作ることにしたのである!!
いやあ。
あの決意をしたのが26年前。
この26年間、俺は自分自身が
求める理想のファンタジーゲームを作るため、
あらゆる時間を使い尽くした。
気がつけば西暦2047年になってしまった。
プログラミングの勉強から始めて、
CG、デザイン、人工知能と学び、
ハイスペックなPCや作業環境を
整えるためにお金も注ぎ込んだ。
1人で作るのは流石に無理かと思い、
仲間を集めようともしたが、
やはり同じ熱量の仲間を集めるのは、
なかなか難しかった。
いや、情熱がある奴は何人かいた。
でも、そういう奴に限って
俺の理想とするファンタジー世界と
ほんの少しだけ、考え方が違う。
本気の奴だからこそ、
俺も相手もなかなか意見を変えない。
俺はコミュ障で人見知り、
さらには頑固者だから、
結局1人で作ることになってしまった。
それもあって、
残念ながら達成できなかったこともある。
たとえば、
世間のトレンドはゲームと言えば、
フルダイブ式のVRに移ってしまったが、
流石に1人でそこまでのことは出来なかった。
俺が作ったのは昔ながらの、
PC画面上でプレイするオープンワールド形式。
今じゃ時代遅れもいいとこだ。
でも、それでいいのさ。
だって、作り上げたんだから。
だって、完成させたのだから!
何度あきらめそうになったか分からない。
なにせ技術もどんどん進歩していくから、
俺の知識は古くなるし。
素人の俺がゲーム世界の歴史や
ストーリーを書いたら、
次から次に矛盾が出るし。
でも、設定厨だから妥協はしたくないし。
苦節26年。
たった一つのゲームを作るのに
馬鹿みたいに時間がかかったが、
でも、やり通したんだ。
これは誰にだって誇れる。
「へへ。長かったなあ、、。」
小雨と夕陽によって
幻想的に赤く染まった河川敷を
自転車で進みながら、
ふいに感極まってしまう。
すると、すれ違う人たちから
奇異な視線を送られる。
やっぱり周りから見たら変人なのだろう。
40歳過ぎたおじさんが1人で
ニヤけたり、涙ぐんだり。
でも、今は不思議とそんな視線さえ心地いい。
(ふふ。くふふはははあ!!
早く!早くプレイしたいぞお!!)
心の中で厨二病全開で叫んだ俺は、
全力で自転車を漕ぐ。
最後には雨が強くなって来て、
分厚い雲が太陽を塞いだ。
しかし、そんな状況さえ
今の俺に影を差すことはできない。
俺は相変わらず傘もささずに、
笑い声を上げながら
自転車で爆走するのだった。
〜 自宅 〜
「よし!早速やるぞ!!」
帰宅した俺は、雨に濡れた頭を
タオルで拭うと、飯も食わずに早速PCを起動。
続けて自作ゲームのアイコンをクリックした。
『メガトラオム』
それが、このゲームの名前だ。
いずれオンラインで世界中の
プレイヤーが参加できるように
したいと思っているが、
まずは1人でゆっくりとプレイする予定だ。
初期画面が出てくる。
この時点で、俺としては興奮ものなのだが、
テストプレイの段階で
何度も見ているので冷静になれる。
深呼吸をして俺は
『New Game』の文字を選択した。
くるくると。
ロード中のアイコンが回っている。
じれったい。
楽しみすぎて、この時間がやけに長く感じる。
ゴロゴロと。
外では雷が鳴り出したようだ。
興奮を抑えきれなくなった俺は、
勝手に一人でナレーションをしだした。
「さあ、いよいよです!
世界のゲーム史に名を残すであろうこの作品!
記念すべき1人目のプレイヤーはなんと、
このゲームを作ったクリエイターがその人!!」
自分で言いながら
テンションが上がってくる。
言っている言葉に特に意味はない。
これぞ、厨二クオリティ。
「作者自らが今、伝説の扉を開こうとしています!」
ロードがいよいよ完了しそうだ。
「さあ、いよいよ『メガトラオム』の世界に
伝説の勇者がその一歩を踏み出し…」
ドゴォン!!
突然に。
耳を劈く轟音がなった。
いや、俺の耳はその音を捉えることもなかった。
なぜなら、俺は音が鳴るより一瞬早く、
眩い光に包まれて、
意識を失ってしまったからだ。
この日、俺こと
「花村想実」は失踪した。
つづく