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ヒーロー決定

『ビッグショッカー』店内カウンター席では、木場たつきの身体になった俺の隣に俺の身体になった木場たつきが座っている。


 理由はサッパリわからないが、お互いの精神があべこべになる入れ替わり現象が起きたと考えるべきだろう。


 現状を改めて呑み込んだところで、耐えがたい目眩が襲ってきた。眉間のあたりを押さえていると、気を利かせた星野くんが俺の前に水の入ったグラスを置いてくれる。「サンキュ」と礼を言いつつ軽く手を振ると、星野くんは耳まで真っ赤にしながらえへえへと気色の悪い笑い声をあげた。


「……本物じゃん。本物のバットガールにお礼言われてんじゃん、俺」

「だから、俺は真黒だ。あんまふざけたこと言ってるとゲンコツ食らわせんぞ」

「……いや、むしろお願いしたいというか……」


 ダメだ、話通じねえ。見てくれは女なら中身は男でもいいっていうなら、コイツはとんだ変態だ。星野くんとは今後もう少し精神的に距離を置くべきかもしれない。


 亜樹も同じようなことを思ったらしく、「誰も入ってこないように見張ってきて」と星野くんを店の外へと追い出す。渋々店の外へ出ていく背中を見送り、ホッとしたところで水を飲もうとグラスに手をかけようとした直前、横からにゅっと手を伸ばした木場にグラスを奪い取られた。


「おい、なにすんだ」

「わたしの身体よ。なにを飲むかはわたしが決める」

「今は俺の身体だ。朝からなんも飲んでないんだぞ。少しくらいいいだろ」

「ダメ。そのまま死なない程度に飲まず食わずで過ごすのが理想的よ。トイレになんて行かれて、わたしの身体にいたずらされたら困るから」

「……お前なあ――」


「ちょっとちょっと」と穏やかに割って入ってきたのは亜樹だ。


「喧嘩なんてしてるヒマないでしょ。ふたりの状況をどうにかする方が先なんじゃないの?」


 いくら当事者じゃないとはいえ、亜樹はこの入れ替わりなんて状況を前にして至って冷静である。肝が据わっているというか、こういう時に頼りになるのは女なのかもしれない。


 にこにこ笑顔の亜樹を眺めながら、「よくコイツの話を信じたもんだな」と木場を指さすと、すかさず「当然」という答えが返ってきた。


「レンちゃんの中にいるのがレンちゃんじゃないなんて、一目でわかったからね。アタシにしてみれば信じる信じない以前の問題だよ」


 なんだか、妙にこそばゆい気分になった。顔が熱くなるのを感じながら「ありがとよ」と呟いたその時、木場が「お熱いとこ失礼」と気だるげに言いながら俺の胸を触ってきた。


「おい、なんだよ急に。胸が触りたくなったのか」

「黙って。これはわたしの身体よ」


 ぎゅっと目をつぶった木場は眉間に細かいしわを寄せると――。


「質問。アンタは本当にこの件に関わりがないわけ?」

「あるわけねえだろ。お前こそ、なんか秘密があるんじゃねえだろうな」


 それから、数秒の沈黙。しびれを切らして「なんのつもりだ」と問えば、木場は胸から手を放して息を吐いた。


「……本当に関わりがないみたいね。ならいいわ」

「何やったんだ、お前」


「心音を見たの」とわけのわからん答えを返した木場はカウンターに頬杖を突く。


「なんだそりゃ」

「あとでイヤってほどわかるわよ。本来、これは〝わたしの身体〟の得意分野なんだから」

「意味が分からん」

「だから、後でわかるってば」


 取り付く島もないというか、こちらと意思疎通をする気があるのかも怪しい。「そうかよ」と吐き捨てた俺はふと尿意を覚えて席を立った。


「ちょっと、アンタ。どこ行くの」

「トイレだよ。ほっとけ」

「ちょ――ダメに決まってんでしょ! アホ!」

「だったらここで漏らしてやろうか?」

「それもダメ! 当たり前!」


 なんだコイツは。水もダメ、トイレもダメじゃ、「死ね」と言っているのとほぼ同義だ。「じゃあどうしろってんだ」と半ばキレながら訊ねたのと同時に、店の扉が勢いよく開いて覚えのある奴が飛び込んできた。


「ちょ、ちょっとたつきっ! 身体が入れ替わったってどういうこと?!」


 並んで座る俺と木場を交互に見る弓田葵は額ににじむ脂汗を手の甲で拭った。



 弓田葵はすっかり〝変わり果てた姿〟になってしまった木場たつきの話をじっと黙って聞いていた。

信じないのは大前提として、呆れるか、ブチ切れるか、そうでなければビンタのひとつでも食らわせるかと思っていたが、話を聞く弓田の表情は思いのほか真剣そのもので、それどころか話が終わると同時に「なるほど」なんて納得したようにうなずくんだから笑うしかなかった。よく入れ替わりなんて信じられるもんだ。俺ですら今も夢だと思いたいくらいなのに。


 弓田はこめかみの辺りを人差し指で突きながら呟く。


「……でも、原因がわからないわね。ちょっと前にそんな映画が流行ったけど」

「『君の名は。』のこと? 勘弁してよ。イケメン高校生が相手ならまだしも、30のオッサンと入れ替わってんのよ、わたし」


 腹の立つ木場の物言いに、俺はつい「おいコラ。誰がオッサンだ」と言い返す。


「オッサンにオッサンって言って何が悪いのよ?」

「だったら今はお前がオッサンだろうが。鏡見ろよ、オッサン」

「あーもう! ヘンなこと言わないで! 考えるだけでイヤ!」

「落ち着いてふたりとも。こうなったからには、きっと何か原因があるはずよ。早くそれを探らなくちゃ」


 冷静な調子で仲裁に入った弓田を見てクールダウンしたらしく、木場は「そうね」と渋々うなずいた。


「てことで、葵。いま入ってる仕事の全キャンセルと、この件の調査よろしく」

「……ああ、今から頭が痛い。どんだけ各方面に頭下げなきゃいけないのかしら、私」

「下げるための頭でしょ。頼んだわよ」


 弓田の肩を軽く叩いた木場は俺へ目線を向ける。


「で、アンタ。アンタはわたしと一緒に来なさい」

「水も飲ませず、トイレにも行けないよう、どこぞに閉じ込めて監視でもするつもりか?」

「馬鹿ね。それじゃわたしの身体が死ぬじゃない。ただ、アンタを鍛えてバットガールをやれるようにするだけよ」


 俺が「は?」と返したのと、弓田が「待って」と焦った声を上げたのは、ほとんど同時のタイミングだった。


「たつき。いまの発言、どういう意味?」

「言葉通りの意味。いまわたしがヒーローできない以上、コイツにやらせるしかないでしょ」

「気持ちはわかるけどそれは賛成できない。どういうことが起きるか想像がつかないわよ」

「うっさい。わたしはヒーローなの。困った人がいたら助けるのがヒーローの仕事でしょ? わたしがバットガールをできないなら、コイツにやらせるしかないじゃない」

「だからって、見ず知らずの男にヒーローをやらせるなんて――」

「見ず知らずではあるけど、腕は確かよ。わたしの一撃にだって耐えたし」


 弓田は木場の言い分に「でも」と返し、そこからまた言い合いが始まる。


 勝手なふたりだ。俺抜きで話を進めてやがる。


 ……それにしても、普通の神経していたら、入れ替わりなんてとんでもないことが起きている時に人助けのことなんて考えられないだろう。俺が思っていた以上に木場はヒーローという仕事に対して真剣に取り組んでいるらしい。両手に余るほどクソ生意気で、チョモランマよりプライドの高そうな女ではあるが、そこだけは認めてやらざるを得ない。


 ――だとすれば……手伝う理由なんてそれくらいで十分だ。


 俺は言い争いを続けるふたりの間に「おい」と割り込んだ。


「なによ? いま大事な話をしてるところで――」

「やるよ、やってやる。ヒーロー。それでいいんだろ?」


「な――」と言葉を失う弓田とは対照的に、木場は「そうこなくっちゃ!」とガッツポーズする。


「……たつき。私は知らないわよ」

「決まったことよ。それに。葵は文句を言うよりも先にやらなきゃいけないことがあるんじゃないの?」


 ため息をついた弓田は重そうな足取りで店を出て行く。その背中を視線だけで見送りながら、亜樹は「よかったね」と俺の頬を人差し指で突いてきた。


「よかったって、何がだよ」

「だって、レンちゃんって困ってる人助けるの得意でしょ? ヒーローなんて、天職なんじゃない?」


「得意なんて思ったことも、得意なんて言ったことも、一度もねえよ」と返してやると、亜樹は何も言わずに微笑んだ。この、歳の離れた弟を暖かく見守るような亜樹の微笑みが、どうにも俺は得意ではない。


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