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入れ替わり

 ――それで、亜樹の店でしこたま飲んで、「ウチに泊まっていけば?」なんて誘われて亜樹のマンションに泊まって、起きたら全然知らない場所で、ホテルか何かに連れ込まれたのかと思いつつ顔を洗いに洗面所へ行って鏡をのぞき込んだら……〝かわいすぎるヒーロー〟こと木場たつきになっていた。


 ……冷静になって記憶をさかのぼったところで、なにがなんだかサッパリわからん。なんだ。なにがどうなってやがる。


 試しに頬に触れてみる。自分のものとは思えないくらい柔らかいし、剃り残したヒゲがないからイヤってくらいすべすべしてやがる。「あー」と声を出してみれば異様に高い。間違いない女の身体だ。股間には当然あるべきものがなくて、心許ない気分になる。


 冷たい水を顔に浴びせ頬をつねり、それから再び鏡を覗く。変化なし。夢や幻想や病気ではないとは思うが……それを確かめる手段はひとつ。外に出て、人に会って、俺の姿を確かめてもらう。それしかない。


 覚悟を決めて洗面所を出ると――見知った顔にばったり遭遇した。木場たつきのマネージャー、弓田葵だ。


 想定外のことに固まる俺を見て、弓田は呆れた表情で息を吐く。


「いつまで家でのんびりしてるつもり? 早く準備して。仕事に遅れる」

「いや、その、ちょっと待って欲しいっていうか……そもそも、俺が女に見えてるのか?」

「なに言ってるの? 頭でも打った?」


 ……どうやら、俺は本当に女になってるらしい。アホかよ、現実。


「ほら、着替えて。荷物は私が準備しておくから。メイクは車でいいわよね? ていうか、顔青すぎ。ちゃんと寝たの?」


 弓田は勝手に喋りながら俺の腕をぐいぐいと引いて歩く。このままついて行けば最後、わけのわからんままモデルか何かの仕事をやらされる。事情を説明したところで頭がおかしくなったと決めつけられ、病院へ担ぎ込まれるのが関の山。こうなれば、とりあえず逃げるしかない。


 弓田の手を振りほどいた俺は着の身着のまま部屋を飛び出し、玄関へ急いだ。


「ちょ、ちょっと! どこ行くの! ねえ!」


 どこに行くかなんて、俺が知りたいくらいだ。



 玄関に置いてあったサンダルを履いて外へ飛び出せば、ホテルの廊下のような場所に出た。無我夢中で駆けていくとエレベーターが目について、ボタンを押せば扉が開く。箱の中に飛び乗って、1階のボタンと閉のボタンを同時に押せば、閉まっていく扉の隙間から息を切らしながら廊下を走ってくる弓田の姿が覗き見えた。とりあえず逃げ切れたらしい。間一髪だ。


 ホッと一息ついたところで、エレベーター内にある姿見に映った自分の姿を眺めてみる。ハートマーク多めのぶかぶかTシャツと太もも丸出しのショートパンツの組み合わせは、ぱっと見たところ下に何も履いていないようで恥ずかしい。クソ、せめてこの服だけでも着替えてくるべきだったな。


 間もなくしてエレベーターは一階に到着した。扉が開くと同時に箱の外へ飛び出し、勢いそのまま広いエントランスを駆け抜けて自動扉から外へ出ると、太陽が容赦なく照り付けてきた。いつもよりも肌がジリジリと焼けるような気がする。なんだって女の肌ってのはこう軟弱なんだ。


 自分が出てきた建物を振り返って見上げてみれば、見覚えのあるタワーマンションだ。恐らくここは来田街、『ビッグショッカー』の近所だろう。となれば、まずは亜樹に会ってみるか。この状況を説明したところで信じてくれるとは限らないが、現状、一番頼れる奴といえばあいつしか思い浮かばない。


 急ぎ足で道を行けば、周囲を歩く奴らの視線がやけに刺さる。時折スマホまで向けられる。痴女みたいな格好のせいかとも思ったが、どうやら原因はこの顔だ。ヒーローなら素顔なんて晒すなよ。


 手で顔を隠しながら亜樹の店へと向かうと、店のボーイである星野くんが眠そうにあくびしながら入り口周りをほうきで掃除していた。相変わらず呑気な奴だ。その横を素通りして店へ入ろうとすれば、細っこい奴の腕がすぅっと伸びてきて俺の歩みを止めた。


「あー、ちょっとちょっと。まだ準備中……ってか、君みたいな子供が来るとこじゃないから、この店」

「……いや、その、身内が働いてて」

「知り合い? ウチのスタッフにこれくらいの身内がいるなんて話、聞いたことないけど」

「いや、ほら、真黒さんのいとこですよ」

「真黒さん、家族と距離置いてるって聞いてるけど……怪しいな、君。なんか別の目的とかあるんじゃないの?」


 ちくしょう。変なところで真面目なヤツだ。どうにも誤魔化しきれそうにない。こうなれば、強硬手段しかないだろう。


「いいから退けって。アイツに話を通してくれりゃわかる」と、俺は星野くんを避けて店に入ろうとする。

「ちょ、ちょっと! 駄目だって!」と星野君は意地でもそれを許さない。

「いいから通せ! 店の仕事サボってアイドルの映画観に行ってたこと亜樹にバラすぞ!」

「ちょっ! なんでそんなこと知ってるの!」


 その時、店の扉が内側から勢いよく開いた。現れたのは亜樹と、それに――。


「来ると思ったわ……というか、来なかったらどうしようかと思ったけど。焦ってるのはわたしも同じよ。真黒蓮、まずは中で話をしましょ」


 アロハにジーパンを組み合わせた格好をした、女みたいな喋り方をする俺だった。


 ふざけろ。いったい何がどうなってやがる。

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